みんな知ってる"奄美の鶏飯"
日本人が「鶏飯(けいはん)」と聞いて思い浮かぶものはたいてい鹿児島、奄美の郷土料理だろう。知名度こそあるが、ご当地・奄美、しいて九州でもない限り、食べる機会は少ないと思う。鹿児島に立ち寄る機会があったので食べてきた(むしろ順序でいえば最後に食べた)。
茶碗によそった白米に、ほぐした鶏肉、錦糸玉子、あと椎茸に沢庵、そして薬味がのってある。そこにダバダバッと出汁をかけていただくと。こうしてひとつの料理が彩りのあること(具材のバラエティ)に「贅沢だ」と感じる感覚は、日本人と日本食の特徴だという気がする。
店員さんから「召し上がるのははじめてですか?」と聞かれワクワクしながらそうですと答えたら、「お茶をすべてかけて柚子胡椒をつけてお召し上がりください」と簡潔見事な説明をして去っていった。ちょっと寂しい。
うん、ふつうにうまい。実は居酒屋で頼んだ1メニューで、鶏飯だけでやってます!という訳でもない。まさしく「ふつうにうまい」の使いどころって気がする。ちなみに、この原稿を書いている今長く住んでいたベトナムに戻ってきて、しかも地方都市(ダナン)に住んでいるので、鶏飯を食べたくなっても数ヶ月我慢して悶えるしかない。あ、でも近場のバンコクにならありそうだな。
この鶏飯、鹿児島県では給食の大人気メニューらしい。奄美大島出身の友人に聞くと一ヶ月半~二ヶ月に出てくる旗振って迎えられるレベルの最強格。次点が冷凍みかん、そして週一のパンだと言っていた。パンが週一なんだ。うち(大阪市)ではむしろ米飯が隔週でしかなかったのだけど、これを言ってもあまり信じてもらえない。
また、家でつくるといろいろと手間が掛かるものなので、給食以外では半年に一度くらいだったとのこと。錦糸玉子を焼く人、鶏肉を割く人、たんかん(柑橘)の皮を削る人、といったように、鶏飯イコール家族の思い出だと。なんだそれ、めちゃくちゃいい話じゃないか…。
と、ここまでが鶏飯の話!次はタイに飛び出します。
ふわっふわ"タイ鶏飯・カオマンガイ"
今や47都道府県、どこに行ってもあるんじゃないかタイ料理。世界各地の華僑や中国人が中華料理をはじめるのと同様に、タイ人もそうなのかもしれない(と思ったが日本人も韓国人もネパール人もみんながみんなわりとそうだ)。ちなみにタイ古式マッサージはチェンマイあたりで資格を取った日本人も多いと聞いたことがある。
そんなタイ料理でも人気ナンバーワンが、「カオマンガイ」。ワンって言い切ってしまったが、もう一位でいいんじゃないかってくらいに、日本のタイ料理店に行けば必ずある。パッタイもカオソイもトムヤムクンももちろんぜんぶおいしいけど、日本人にとってネックとなりやすい香辛料も少ない分、よりライトに好まれると思う。
は~!もううまい!!ありがとうね!!!
粒立った固めの米を噛みしめると、鶏肉の風味がパッと口に広がる。ふわっふわに茹でられた鶏肉は想像通り、何の抵抗もなく口の中でむりゅんと音もなく砕かれて、旨味が散らばる前に付けダレの酸味がキュキュッと全体を締める。それをまた鶏の出汁が効いたスープで流してリセットして…永久機関!なんのだ。いやマジうまい。
ここは超巨大カオマンガイ(揚げた鶏肉と茹でた鶏肉のミックス)が名物メニューで、こっちは550バーツ(およそ1900円)とのこと。10人分で2000円を切るという暴力的な安さよ。まぁ、それで言うと、一人分190円がすでにそうだが。ちなみに私が頼んだものは茹でた鶏肉だけのもので、45バーツ(およそ155円)でした。
カオマンガイについて、『激旨!タイ食堂』というタイグルメサイト運営者で、カオマンガイだけで100店舗近い店を食べ歩いたという西尾さんに話を聞くと、「海南島出身の華僑が海南鶏飯をタイ人の味覚にアレンジした料理という説が有力」という。おぉ、似てる似てると思っていたけども、やっぱりルーツと言われていたのか。
「タイ人にとっての日常食で、日本でも大人気。その魅力は"シンプルゆえの奥深さ"にあると思っていて、ご飯の炊き具合、鶏肉の蒸し加減、そしてナムチム(付けダレ)に料理人のこだわりが込められ、シンプルながらもまるで違った仕上がりを見せる」とのこと。西尾さんがある名店の厨房を見せてもらったときは、ご飯だけでも炭火を使って炊いたあとさらにフタの上に炭火をのせて数十分蒸すという1工程のこだわりっぷりに驚いたらしい。シンプルゆえに奥深い、か。その意味では日本のチャーハンでいわれるようなことが近いのかもしれない。
オススメは、まずガイドブック掲載の常連で日本進出もしている『ピンクのカオマンガイ』こと、ガイトーン。『緑のカオマンガイ』ことクワンヘン、プロンポン駅直下の『ヘンヘンカオマンガイ』、ラマ4世通り沿いの『カオマンガイ・ソムポーン』、中華街にある『ピチャイガイトーン』、王宮近くの『ランファー』、などなど。記事末尾にサイトを載せたのでそちらからどうぞ。
ちなみに海南鶏飯に触れたが、シンガポールのチキンライスに代表されるように、マレーシア、インドネシア、カンボジア、などの国にもその派生と思われる鶏飯料理が存在している。宗教上の理由で安全地帯的食材だった鶏肉が好まれたことも影響、そう考えると鶏を不憫に思わなくもないけれど…。これがどれも海南島出身者が広めたってもうどんだけだよ、ノーベル平和賞あげるよ。
歯ごたえシッカリ"ベトナム鶏飯・コムガー"
さて、そして我がホーム・ベトナムに場所を移す。
こっちの鶏飯の名前はコムガー、コムがご飯でガーが鶏肉。だがその前にまず、コムガーには大きく二種類あって、それは「ホイアン名物のコムガー」か「ホイアン名物じゃないコムガー」だ。ホイアンって何?という質問にはあとで答えるとして、「じゃないもの」は、ご飯の上にヌクマムなどで下味をつけて焼かれた鶏肉がゴロッとのせられているだけ、というシンプルなものが多い。
と、ある種当て馬のつもりで食べたこの「じゃないコムガー」も完全に絶品の部類だった。末尾にお店の情報を載せておくので、ダナンに来られたらぜひご賞味あれ。ちなみに、どう見ても一見の外国人観光客が寄り付かない店構えで、5万ドン(およそ235円)以上するローカルフードはほぼ美味しいと思って差し支えありません。
んでさっきのホイアンってなにさというと中部の街。朱印船といえば聞き覚えのある人もいるだろう、江戸時代に日本が交易に使っていた船で、その行き先のひとつが当時広南国と呼ばれていた場所。それが現在のホイアンという訳。四世紀前の日本人の墓があったり、日本橋と呼ばれる橋があったり、なにかと日本と縁の深い場所。カオラウという地元麺料理は伊勢うどんにルーツがあると言われており、それを紹介する記事も以前書いた。
その「コムガー・ホイアン」というと、鶏の出汁とターメリックで焚かれたホクホク&パラパラとしたご飯の上に、脂がのった鶏肉、たまひも、そして酢が絡んだオニオンスライス、香草、ホイアン名物のチリソースが添えられてある。ベトナムで香草はよく食べられるが、フォーなどのスープもの、また揚げ物との組み合わせが多い印象で、ライス系についてくるイメージはあまりない。
なのでこのコムガーホイアンを食べて目をつぶると、まるで日本のハーブいっぱいのカフェごはんを食べているようで、口の中だけ帰国気分。なみにターメリックの黄色はベトナム人的に「おいしい鶏肉」というイメージがあり、丸焼きなどもわざわざ色づけされてあることが多い。日本の玉子(卵黄)がオレンジというのと似てる。
個人的に一押しの名店は、めちゃくちゃ路上にありながら名前の知れ渡っている「Com Ga Xi Hoi An(コムガーシーホイアン)」。観光エリアの旧市街の少し外れ。
同じ「鶏飯」でも、カオマンガイとは対極の歯ごたえ。日本でいう地鶏に近いと言える。それでいて味が強く、噛んでも噛んでも旨味が絶えない。酢が絡んだオニオンスライスの酸味、そしてチリソースの辛味、これによって味がキュッと締まるところは、カオマンガイのタレが持つ役割にも近い。価格は3万ドン(およそ140円)。
先のカオマンガイよりも安いが、路上店ということを考えると高いかも。ただ、そもそもこのようなローカルフードはタイの方が安い。大半のものはタイの方が高いのにことメシに限っては逆転する、これはタイの方が食に関しては優しいというか、庶民感が強いのだ。ちなみにバンコクの日本食は下手すると日本よりも高いので、贅沢するなら金を出せって感じ。ベトナムは安くてお得。
"鶏飯"というフォーマットが教える世界の味覚
奄美の鶏飯、タイのカオマンガイ、ベトナムのコムガー。現代では手軽に調達できる「米」と「鶏肉」という共通の食材でありながらも、見た目も味もまるで違う。
奄美の鶏飯は島津藩からの役人をもてなす料理として生まれたとも言われ、鶏肉以外にもふんだんに使うことで、彩りが強調されているのかもしれない。また興味深いのがカオマンガイとコムガーで決定的に違う「食感」で、鶏肉に対しての物差しが根本から違う。さいわいというか日本では、鶏肉の美味しさの物差しに、柔らかさと歯ごたえの両方があるので、どちらも楽しめるはず。
カオマンガイは今でこそ知られているが、コムガーホイアンは未体験の人が多いのでは?ぜひ、食べてほしい。
取材協力:
シールアンポーチャナー
激旨!タイ食堂(西尾さん)
コムガーアーハイ(現地グルメ口コミサイト)
コムガーシーホイアン(現地グルメ口コミサイト)