カニの呪い
カニを食べたあと、なんだか目がゴロゴロしてとても痛い。海で砂でも入ったかなあと鏡で見てみたら、眼球と下瞼の間に、こんなものが入っていた。
カニの甲羅だった。
どうやら夢中になって食べ過ぎたみたいだ。
磯遊び界で「カニ捕り」といえば、カニトリーナがあまりにも有名だが、あれでは捕まえられないような大物のカニが東京湾にも結構いる。
そいつの名はイシガニ。
その名の通り、石のように堅い殻と強靱なハサミを持つ磯の怪物である。
※2005年8月に掲載された記事の写真画像を大きくして再掲載しました。
先日紹介させて頂いたギャング釣りにまたいった際、ギャングの師匠であるKさんが見事なワタリガニ(ガザミ)を釣り上げた。かっこいい。
そのカニをもらって食べたところ、これがビックリするほどの美味しさだった。さすがは新鮮なワタリガニである。クセが一切無くて身が甘いのだ。
Kさんにお礼がてらそのことを伝えると、ワタリガニとはちょっと違うけれど、個人的にはワタリガニ以上に味わい深いイシガニというカニなら狙って捕れるという話を伺った。
イシガニ、捕りたい。
Kさんの話によると、イシガニを捕まえるにはカニ網という道具が必要とのこと。釣具屋でも売っているが、作った方が安いということなので、作り方を聞いてさっそく制作してみることにした。
カニ網を作るのに必要な道具は防鳥網、ロープ、オモリ、三角コーナー用ネット。釣り用のオモリ以外は100円ショップで購入できた。
作り方は簡単で、網を適当な長さに切って、片方を結ぶだけ。そして現地にいったら網の結んだ方をロープを繋いで、カニのエサを入れたネットとオモリを縛り付けたら完成だ。あとは海へと投げ入れるだけ。ネットはミカンが入っているやつが一番いいらしいよ。
なんでこれでカニが捕れるのかというと、ネットに入れたエサに寄ってきたカニがこの網に絡みついてしまうから。もの凄いシンプルな罠である。
カニ網の準備ができたところで、カニが沿岸に寄ってくる夜を待ってKさんの車で防波堤へと出撃。カーステレオから流れる曲は、パフィーの「渚にまつわるエトセトラ」だ。「カニ~捕りいこう~、カニ~捕りいこう~」と、男二人でここだけ合唱しながら海へ到着。
誰もいない夜の防波堤で、Kさんがこの日のために冷凍庫に溜め込んでいた魚のアラをカニ網に詰め込んで、カウボーイになったつもりで真っ暗な海へと遠投する。カウボーイというかカニボーイだが。
ビューンとカニ網を投げるときに、エサの汁が飛び散ってちょっと泣きそうになった。
一時間ほどハゼ釣りなどをして時間を潰したところで、暗い海へと伸びたロープをたぐり寄せてカニ網を引き上げてみる。なるほど、たくさんのカニがネットに絡まった状態で上がってきた。
しかし、そのカニは我々が狙うイシガニではなく、一文字違いのイソガニだった。惜しい。これも味噌汁にするといいダシがでるのだが、今日はイシガニ目当てなのでリリース。
その後も何回か網を入れてみたのだが、どうもイソガニしか捕れない。なんでだろうなーと真っ暗な海面を懐中電灯で照らしてみて、ようやくその理由がわかった。
そこに水がなかったからだ。
潮が動く日がいいだろうと大潮を狙ってきたのだが、今の時間は干潮。水位が予想以上に下がってしまったため、我々がカニ網を投げていた場所には水がなかったのだ。これでは水中を泳ぐタイプのカニ(一番下の足がオール型になっている)であるイシガニが捕れるわけがない。
「おっかしいなあ。3年前はよくとれたんだけれど。」
と首を捻るKさん。3年前かよ。
さーて、どうしましょうかに。
「これだけ潮が引いているんだから、下に降りればイシガニが拾えるんじゃないかな。」とKさんが言い出した。
カニを拾うという表現が耳慣れないのだが、なんでもその昔、釣り仲間から大潮の干潮時に磯の潮だまりにいくと海に帰り損なったイシガニがいて、それをトングで簡単に拾えるという話を聞いたのだという。なんだその中国の故事みたいな話は。切り株でウサギが転ぶのを待つみたいな話に聞こえる。クリ拾いならぬカニ拾い。どちらも棘に守られているという共通点はあるけれど、生きたカニなんてそう簡単に拾えるものだろうか。しかもトングでって。しかしここでカニ網を投げていても埒があかないので、とりあえずいくだけいってみることにした。
ついこの前、夜の干潟散策会にいってきたばかりなのに、今日は夜の磯散策会である。別に毎日こんなことをしている訳ではないのだが、毎日こんなことばかりして生きていけたらなあとは思う。
すっかりと潮が引いた磯をライトで照らしてみると、イソガニならたくさん見つけることができた。しかし、目的のイシガニは見あたらない。
そりゃそうだ、普通に考えて大人のこぶしサイズの甲羅を持つイシガニが、東京湾のこんな浅場で簡単に見つかるはずがないよな。
半信半疑、というよりも三信七疑くらいの気持ちで足下をライトで照らしながら真っ暗な干潟をウロウロしていると、光りの中になにか場違いな物体が照らし出された。
あ!
イシガニだ!
本当にいた!
光りの真ん中にいるのがイシガニ。マウスオーバーでフラッシュ点灯。
目の前に大きなハサミを持ったでっかいカニ。
もの凄い心臓がドキドキする。
今まで私が捕まえてきたイソガニやザリガニなんかの甲殻類とは比べものにならない迫力である。カナブンやコガネムシを捕まえて喜んでいた小学生が、ある日森の中でオスのカブトムシに出逢ったくらいのドキドキだ。
ここからはイシガニと私の一対一の勝負。向こうはハサミ、こっちはトング。向こうの方がパワー、手数共に勝っているが、リーチだけはこっちの方が有利である。
カニの目を睨みながら慎重にトングを伸ばし、逃げる前に一気に挟んで引き上げる。カニをカニ挟みだ。
まさかのカニ拾い、成功である。
トングを近づけると、イシガニは逃げるどころか猛然とトングに喧嘩をしかけてきた。トングで挟んでもハサミを伸ばしてくる。持ってきたのが長めのトングだったからよかったものの、もう少し短かったらこっちの指が挟まれていたことだろう。
イシガニ、そのマッチョな見た目通りのあっぱれなファイターである。もし仮にイシガニと私が同じウェートだったらきっと私が捕食されていたことだろう。カニ拾いどころか命拾いした気分だ。
「カニをトングで拾う」という非現実的な行動がもの凄く興奮する。きっと宮本武蔵がハエを箸で掴むのと相通じるものがあるはずだ。
この磯遊び、アナジャコ、マテガイ以来の大きな衝撃である。気に入ったぜ。
イシガニを一匹見つけたことで俄然やる気が出てきた我々は、波の音しかしない真夜中の磯を潮が満ち初めてくるまでの二時間あまり散策し、二人で10パイものイシガニを拾うことに成功した。いえーい。
海から上がって一休み。
海風で冷え切った体を缶コーヒーで温めながら、我が人生において、こういう新しい遊びに出逢うっていうのがなによりの喜びであるなあとしみじみ思った。
いやあ、カニ拾い、たのしいや。
捕まえてきたイシガニは、よく洗って生きているうちに紹興酒を入れたお湯で蒸してみた。たぶん今日しか使わないだろうけれど買わずにいられなかったカニ用ハサミとほじる棒で、甲羅をバリバリ、身をホジホジ。至福の時である。
イシガニに身はそれほど詰まっていなかったけれど、さすがはとれたて新鮮なカニだけあってとってもジューシー。味付けをしなくても十分にカニの持つ塩気と甘みだけで食べられる。
イシガニ、とてもうまい。
ただし、それは私にとってだけかもしれない。
所詮は一般市場に出回らないレベルのカニである。他の人が同じカニを買ってきて同じように食べても、それほどうまく感じないのではと思う。自分でとったカニであるという付加価値がつくことで、私にとってカニ一パイでご飯三杯食べられる極上のカニになる。
今度は鍋用にまたとってこよう。
※夜の海は危ないので、一人でいくのはやめたほうがいいですよ。
カニを食べたあと、なんだか目がゴロゴロしてとても痛い。海で砂でも入ったかなあと鏡で見てみたら、眼球と下瞼の間に、こんなものが入っていた。
カニの甲羅だった。
どうやら夢中になって食べ過ぎたみたいだ。
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