特集 2019年6月1日

イモムシハンドブックだけじゃない!92種のハンドブック

ヤゴ、クモ、カタツムリ、モグラ、地衣類、なんでも見分け放題

イモムシハンドブックというすごい本がある。

オールカラーの精細なイモムシの写真。気持ち悪いけど美しい。

出版しているのは文一総合出版、鳥類や昆虫など自然科学系の書籍を出版している会社だ。

イモムシ以外にも特定の動植物を見分けるためのハンドブックを2019年6月現在、92種類を発行している。

気になりすぎるので聞きに行った。

1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと新宿区で活動。
編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。(動画インタビュー)

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もうすぐ100種類

文一総合出版を訪ねると机の上に出版年ごとにハンドブックを並べてくれていた。

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左上から右下にかけて新しくなる
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2017年はハエトリグモから酒米、タガメ、危険生物まで一括りにできない幅広さ

取材に応じていただいたのはイモムシハンドブックも担当した編集部の椿康一さん、そして文一総合出版、広報でTwitter担当である細田さん。

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椿さんは照れくさいからということでこのお姿のみ

そして広報・Twitter担当の細田さんはネットで素性を表していないので写真なし!なので今回はハンドブックに掲載されている小さな生き物たちの写真を中心にお送りします。

まずはイモムシハンドブック

書店でイモムシハンドブックを手にとったとき、正直気持ち悪いと思ってすぐに置いた。でもまた戻ってきて買ってしまったのだ。気持ち悪いけど気になる本である。

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書店でこれが並んでたら絶対に手に取るでしょう

 だいたいイモムシがこんなに違うということを考えたことがなかった。

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こんなのがいるわけ?

細田:
実際私はイモムシが本当にだめで。触れもしなかったんですけれども、この本が発行され読んでいくうちにだんだん慣れてきました。

椿:
読者のコメントを見ると気持ち悪さを克服するために買ったとか、やっぱりそういう方はいるんですね。

よかった。取材に来たはいいものの『イモムシを気持ち悪い呼ばわりするとはどういうつもりだ!』というテンションだったらどうしようと思っていたのだ。

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インスタばえするイモムシですよね

椿:
実際に見たら感動すると思います。

細田:
モフモフですからね。

イモムシハンドブックは好評につき第2弾、第3弾とシリーズを重ねている。シリーズ累計10万部だそうだ。

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イモムシハンドブック2から、オオゴマダラの模様はハート型である

イモムシハンドブックの写真は原寸。たしかにこれを片手にイモムシの種類を調べるのはすごく楽しそうだ(イモムシは苦手だけど見分けることは好き)。

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しかし尺取り虫のポーズのよさよ。著者の愛情を感じる

椿:
ポーズには著者の並々ならぬ思いがありますね。フィールドに小さなスタジオセットを持っていって撮ることもあるようです。

基本は家に連れて帰って育てて自分の家のスタジオで撮ってます。卵の状態から育てていることもありますね。

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眼状紋(目の模様)が横についてるし、目がかわいい
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「イモムシの概念をくつがえしますね」(椿)と言わしめたイモムシ

立って威嚇しているイモムシ。こんなアグレッシブなイモムシがいたのか。

イモムシマーケティング

細田:
最初にイモムシハンドブックを会議に出したときは、売れないって言われたんですよね。

椿:
売れないというか、わからないって。『キャー』みたいな感じになっちゃってちゃんとした話にならなかったんです。気持ち悪いって意見が多かったですね。

ーーー御社でもキャーってなっちゃうんですね。気持ち悪いのと売れるか売れないは別ですか?

細田:
それは全然違います。

ーーー気持ち悪くなくても売れなかった本はありますか?

椿:
綺麗でさらっと通り過ぎてしまうやつとかインパクトが少なかったりします。

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インパクトある

ーーー イモムシ好きって人たちはいたんでしょうか

椿:
あらかじめイモムシファンだという認識はみんななかったと思います。最初は散々言われました。イモムシ愛好会はあるのかとか、観察会やってるのかとか。

ーーーあったんですか?

椿:
ないんですよ。これが出てからはちょこちょこあります

つまり、イモムシハンドブックはイモムシ好きを掘り起こして、イモムシシーンを作り出したのだ。

ーーー需要があっての本ではないですね

椿:
需要の予測は難しいですよね。類書の部数はあれば調べるんですけれども、ないのがほとんどなので感覚ですね。

ハンドブックの歴史

椿:
最初に出たのかワシタカ類飛翔ハンドブックですね。ワシタカ1996年、カモが2000年。
最初に火がついたのは樹皮ですね

細田:
シダも紅葉も人気がありますし、桜のハンドブックとか人気ですね。こちらの貝のハンドブックは重版を重ねています。どんぐりも人気ですね。

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身近で観察しようかなって思うものがありますね(細田)
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コウモリかっこいい!

ーーーコウモリはどうですか

椿:
……哺乳類系は難しいですね。なかなか見られないから。

ーーー人気があったハンドブックって動かないものが多いですね

椿:
どんぐりとか樹皮とか。見られたとしてもすぐどっか行っちゃうというのは影響しています

細田:
リス・ネズミもそうですね。かわいいのはなかなか見られない。

身近で動かないものがハンドブックの秘訣らしい。大事なことを聞いた。

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でもモグラハンドブックには見入ってしまう

ーーーモグラは全ページ珍しいですね。ヘルメットかぶってスコップ持ってるイメージしかないので。

細田:
トウキョウトガリネズミはアツいですよ!世界最小の哺乳類のひとつです

椿:
モグラって見られたとしても襲われて怪我したり死んでるやつですよね。なのに生きてるモグラがたくさん見られる。もぐらの腹なんてそうそう見る機会がないですから。

椿さんは家の近所でモグラを見かけたそうだ。うらやましい。デイリーポータルZでは10年以上「代々木公園でモグラをさがす」という企画案が出ては消えている。(見つかりませんでした、って結果になるのが見えているから)


オトシブミのおもしろさ・写真が決めポーズ

細田:
オトシブミは私、語れますよ(笑)。

オトシブミとは葉っぱをくるくると巻いて揺籃(ゆりかご)を作る虫。巻いた葉っぱが落とし文(人にこっそり渡す手紙)に似ているのが名前の由来。
オトシブミは揺籃の中に産卵し、うまれた幼虫は揺籃を食べて成長する。

細田:
葉っぱ巻いて揺籃を作る。この小さくてきれいに巻かれた葉っぱ(揺籃)が地面に落ちているんです。オトシブミの成虫も小さくてキラキラしててガラス細工みたいです

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顔が長くておもしろい
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両手を広げた決めポーズ!

ーーー写真が最高ですね

椿:
写真はイモムシハンドブックの先生が撮ってるんです。

ーーーオタマジャクシハンドブックの表紙もむちゃくちゃかわいいですね。

細田:
可愛さアピールがすごい。あざといですね(笑)。読者からとても好評な表紙です。

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わらってる

ーーー表紙にはこれっという1枚が選ばれてますよね。

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魚は正面が多い

椿:
普通にしているとまず正面って見る機会ないですから

ーーーこんなに薄いのかって思います

椿:
視点を変えるだけで新鮮ですね。


ハンドブックには著者の一生がかかっている

ーーーところでさっきのハンドブックの幼魚ってなんですか?

椿:
魚って成長段階で姿が違うので種類が分からないのがあるんですよ。下手したら別種かなと間違える人もいます。これがまだこの魚の幼魚だとわかってないのもいるみたいです

細田:
そういった幼魚は成魚まで育てないと種名がわからないですね

椿:
一生を見てないとずっと見れないからわからないんです

ーーーこれは一段と渋いですね。ヤナギハンドブック

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細田:
ヤナギは読者に待ってました!と言われました

ーーーすいません、ヤナギって1種類だと思ってました

椿:
シダレヤナギだけじゃないよというのが分かってもらえればいいかなと思ってます。
ヤナギって垂れてないほうが多いんです。

ーーーえ、ヤナギってたれてないんですか?

椿:
野生化したシダレヤナギにはしだれてないものもあって立派ですよ

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ぜったいにヤナギだとは思わない

たれ方とかそういう同定かと思ったらそんなレベルではないのだ。ハードコアだ

椿:
著者は91歳で、自分の庭を柳園にして30年。ヤナギひとすじのかたなんですよ。

ーーー著者の人生の集大成ですね

椿:
もちろんワープロとか使えませんから。原稿は手書きでした。

ーーー写真もアナログですか?

椿:
写真は写真家が撮ってくれるのでデジタルでした。それは助かりました

ーーー ハンドブック、作るの大変ですね

細田:
ハエトリグモハンドブックの著書は作るために丸2年フリーターになりました。

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順調に重版を重ねているそうです

細田:
ハエトリグモ以外にクモハンドブックもありますが、クモは実際にフィールドで見ると本で見るよりずっときれいです。

椿:
この美しさは紙で再現できないんですよね。

細田:
ハンドブックを持って行って現場で見るとより綺麗に見えるから、感動が違います。

きゃークモ!という気持ちが徐々に減ってクモを探したい気がむくむくと起きてくる。

妖怪・酒米

ーーーたまに毛色が違うのがありますよね。

細田:
これじゃないですか、酒米。

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競走馬の系統のようなものが書いてある

細田:
利酒師の方が買われてたりします

ーーーこれはちょっと語りたくなりますね。嫌われそうですが。あと、妖怪ハンドブック。

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タイトルに「身近な」がついている

 ーーー でも読んでみるといつも通りですね。カテゴリ分けをして生態を解説している。

細田:
妖怪を生物として捉えてますね。

ーーーどこまで冗談なのかわからないとこありますね。

細田:
著者は本気です。しかし書店さんでどの棚に並べていいのかわからないと言われました。

『どの棚にならべていいかわからない』って褒め言葉なんじゃないかと思うが、営業的にはそんなこと言っていられないだろう。


没になったハンドブック

ーーーこれまで候補にはなったけどボツになったハンドブックありますか

細田:
ミノムシとか…。

椿:
繭ハンドブックに結構載せてますね。あと、センダイムシクイ。

ーーーセンダイ…ムシクイ?

細田:
鳥の分類でムシクイ類というのがいるんですけれども、 マイナーすぎるだろってことで見送りました。

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「フィールド図鑑 日本の野鳥」(文一総合出版)から、ムシクイ類

椿:
地味な鳥なんですけれども識別が難しいので編集部で検討したんですが、ちょっと対象を絞り込みすぎかもって。でも目が肥えてくると分かりたくなるんですよ

「目が肥えてくると分かりたくなる」に納得。知れば知るほど知りたくなるのだ。


これから

イモムシハンドブックを買うまで、世の中の木にはりついている長い虫はすべて「イモムシ」だと思っていた。

でも、いろんなイモムシがいる。

それからイモムシを見ると「どのイモムシだろう」と思うようになった。
ひとつだったものが違って見えるのだ。世界の解像度が上がる。

この世サイコーみたいなテンションで椿さんに今後の構想を聞いたところ。

「架空の生き物のハンドブックとかやってみたいですね。いかにもありそうなやつを名前つけて。分布とか書いて。今後進化したらという仮定で、未来の生き物図鑑」

という超意外な答えだった。

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オタマジャクシハンドブックに載ってた見分けチャート。「内臓が見える」って質問が超いい。

取材協力:文一総合出版

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