拙攻:
1969年の旅行記なんですよ。旅行した人は武田百合子さんっていう文筆家の方で、旦那さんが武田泰淳さんという小説家。ご夫婦で、当時のソ連を旅行するという内容です。
石川:
海外旅行がまだ一般的じゃない時代ですよね?
拙攻:
そうですね。
百合子さんは昭和の奥様なんで、基本的にずっと旦那さんに付いていくような感じなんです。旅行自体も旦那さんが急に行きたいと言い出してパック旅行に申し込んだもので、百合子さんは終始、テンションがずっと上がらない。当時としては相当レアな経験のはずなのに。
石川:
ははは。
拙攻:
百合子さんが書いてることって、基本的にまず食べることなんです。
それも料理名が超適当で「なんとかとなんとかをあえたやつ」とか。でもかなり細かくは書いてあって、値段も書かれてたりと主婦らしさを感じます。
まこ:
主婦目線。
拙攻:
なんですけど、それ以外の、旅行に行った先の情報が極めて少ないんです。
まこ:
ええ!旅行記なのに。
拙攻:
代わりにたくさん書いてあるのが、人のこと。日本人の団体旅行者をめずらしがる現地の人たちがいて、その人の服装とか、様子とか、すごく丁寧に描写してくれてるんですよ。
当時の人の様子を写真以上に生き生きと書き写しているので、けっこう貴重な情報だったりするんじゃないかなって思います。
石川:
へえー
拙攻:
一緒に旅行してる日本人の様子もよく書かれてます。旅行先って、やっぱり建物がすごいなとか、この景色がすごいなっていうふうに気を取られがちじゃないですか。
じゃなくて、「わーすごいな」って言っている隣の人の様子が面白かった、みたいな。そんなところばっかり書いてるのがいい。
石川:
なるほど、旅先に興味ないがゆえに、そっちに目を向けられるというか。
拙攻:
そうなんです。
まこ:
冷静なんですね。旅行記って大体テンション上がってますもんね。
拙攻:
そうだと思います。ほんと。
ツアーのアイドル、錢高老人
拙攻:
日本人の旅行のグループの中に1人アイドルがいまして、錢高老人っていう80歳のおじいちゃん。
大阪に錢高組っていうゼネコンがあって、その創業者らしいんですけど、 本の中ではそんなことは触れずに。
石川:
すごい人じゃん
拙攻:
このおじいさんがですね、ほんとに愛嬌たっぷりで。
すごい立派な建物見たら、「あーこりゃすごい立派じゃ。ロッシャ(ロシア)はえらい国じゃ。ロッシャはえらい国じゃ。」って。百合子さんがまたそれをぜんぶ喋った通りに書いてるんですよ。「ロッシャはえらい国じゃ。」って多分20回ぐらい言ってると思うんですよね。
そしてもう1つよく出てくるのは「わしゃ前から知っとった」っていう。
まこ:
知ってるアピール(笑)
拙攻:
マウントを取り出すんですよね。誰かが、「ホテルで濁った水しか出なかった」みたいなこと言ったら、「はっは、わっしゃ前から知っとった」って。
拙攻:
でも、ツアーが3週間あるんで、おじいちゃんだからだんだん体力がなくなっていって。
まこ:
疲れますよね。
拙攻:
最後の方はね、「わし今なんでここおるんやろう」って言い出すんです。
石川:
ははは。
おじいさんが弱っていく様子を見られるのも、百合子さんの観察力あってこそ。
拙攻:
そうですね。 私、今回の収録前にAmazonのレビューを見てたんですけど、やっぱ3分の1ぐらいの人はこの錢高老人にやられてますね。老人に心を奪われてました。
出てくる人がなかなかの変人ばっかりなんですけど、 変人を冷静な目で描写し、それに百合子さん自身さんもね、なかなか意地悪いとこがあるんです。
でも書き手としてはものすごくうまいから、そういう人たちの人間性が50年以上の時をへだてても、伝わってくるんです。
当時のソ連旅行とは
まこ:
69年ってソ連の旅行どれぐらい一般的なんですかね。ビザとか簡単に取れたんかな。
拙攻:
どうでしょうね。相当面倒だと思いますよ。
まこ:
椎名誠のソ連旅行記とかも、「公安が張り付いてくる」みたいな話してますもんね。
こーだい:
知り合いで80年代にソ連に行った人がいるんですけど、空港からホテルまで護送車みたいなのに乗せられて、しかもなんか銃持った人に見張られてたって聞きました。
拙攻:
いまだとトルクメニスタンがそんな感じに近いって聞きますね。ずっと誰かついてきてるみたいな。
こーだい:
北朝鮮も、部屋に入ったら不自然にでかい鏡があるみたいな。
まこ:
怖い!絶対見られてる。
石川:
年代や行き先は置いておいても、パッケージツアーの旅行記っていうのも珍しいですよね。こういう旅行記ってバックパッカー的なイメージ。
拙攻:
ツアーならではの描写もあって、横浜の大さん橋からフェリーでロシアに入るんですけど、最初に旅行会社の人が「じゃあ皆さんお揃いになりましたんで、ここで団長を決めます」って言い出すんです。
石川:
そんなのあるんだ。
拙攻:
団長っていってもとくに何もしないんですけど。当時こういう文化だったんだなって。
まこ:
おもしろい。今度からなんか集まったときは団長決めようかな。
石川:
飲み会とかね。
拙攻:
いいですね。楽しいですね。
トイレの話も充実
拙攻:
ロシア、シベリアから始まって西の方に抜けていくんです。僕はウズベキスタンが大好きで何度も行ってるので、見たことある景色が当時どういう風にこう見られてたのか、みたいな、そういう旅行記としての楽しみ方ももちろんあります。
まこ:
でも、建物のことはあんま書いてない(笑)
こーだい:
飯の話が多い。
拙攻:
飯の話と、あとトイレの話も多いです。
まこ:
トイレね!
拙攻:
トイレの話はひどいです、なかなか。
まこ:
椎名誠も「便座がいちいち無くなってる」っていう話を書いてました。実際、あっちのほう行ってみると便座ないですよね。僕もモンゴルですけど、西の方行ったら空港からもうトイレの便座がなくて。「これ椎名誠で読んだやつや!」ってなりました。
拙攻:
1個だけ、ひどい一文をご紹介してもいいですか。
クレムリンです。ソ連のロシアの宮殿があるんですけど。
(254ページより引用)
で、話はまださらに続きます。あのクレムリンについたシーンなのに、ゲロの話ばっかり。
石川:
ははは。ひどい。
たしかに他にはないタイプの旅行記でした。
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