パリッコ:
僕はどちらかというとエッセイ派なので、小説あんまり読まないんです。でも本屋さんでタイトルに惹かれて、パラパラっとめくってみたら、気になってしょうがなくなっちゃって。
読んでみたら、ここ最近でいちばん印象に残った本になりました。
スズキナオ:
フィクションなんですね。
パリッコ:
そうです。オムニバス小説で、黒蟹県っていう架空の県が舞台なんですね。
ちょっと話それるんですけど、僕は吉田戦車さんっていう漫画家さんの、ぷりぷり県っていうマンガがめちゃくちゃ好きなんですよね。
スズキナオ:
僕も好きです。
石川:
僕も全巻持ってます!
パリッコ:
架空の県の知らない風習とか食文化とかが、ガンガン出てきて、そこに吉田戦車先生のお笑いのセンスが重なって、めちゃくちゃ面白い漫画。
あれはギャグ漫画だから、突拍子もないことがいっぱい出てくるわけですよね。
石川:
はいはいはい。
パリッコ:
男花火といって、屈強な男を大砲で打ち上げて、夜空で線香花火をするのを眺めるとか。
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石川:
なんか棒が出てきますよね。人を殴るための。
パリッコ:
あ、そうそう、何棒でしたっけ。こんなポコポコした棒で、 見た目ほど痛くはないっていう。叱るために叩く棒ですよね。
(※編集注:あとで調べたら「痛めつける棒」でした)
スズキナオ:
ありましたね!
パリッコ:
あれを読んで以来、そういうのがものすごく好きになってしまったんだけど、他にそんなことをテーマにした本って、そんなにないから。
石川:
ははは。架空の県って、そんな一般的な概念じゃないですもんね。
パリッコ:
そこでこの本。この本は、まず最初に地図が載ってるんです。
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パリッコ:
黒蟹県の隣は棚本県と宝来県っていうところ。だけど、普通に千葉県とかも出てくるんです。頭クラクラしてくるんですよね。読んでると(笑)
スズキナオ:
混ざってくるんですね。現実と。
パリッコ:
例えば、最初のページを開いた見開きから、北森県から移住してきたとか書いてあるんです。知らない地名とか固有名詞が凄まじい量で頭に流れ込んできて、だんだん快感になってくるんですよね。
石川:
あーなるほど。
パリッコ:
ギャグ漫画ではないから、内容は派手じゃないんですよね。何も起きない話も割と多いんです。
テーマが隣町同士のいざこざとか。それも別に派手にやり合ったりしないで、「あの町はこうだからさ」みたいな。
スズキナオ:
普通にほんとに生きてる人たちのようすが。
パリッコ:
そうそう。地味な話なんだけど、ものすごく作り込まれた設定があるから、不思議と引き込まれるんですよ。
文章がいい
パリッコ:
ずっと文章が好みの感じなんですよね。奇をてらってないけど、ふふって笑っちゃうみたいな。
オムニバス小説なんですけど、例えば第1話は、三ヶ日凡(みつかびなみ)っていう30代の女性が、黒蟹県に転勤するところから始まるんです。
黒蟹県っていうのは本の帯にも「黒蟹とはまた、微妙ですね」って引用されてるぐらい、 なんかあんまりぱっとしてない県っていう設定。
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パリッコ:
で、その、三ヶ日凡は機械製品の営業職なんです。その製品名が、「パワーエートス」「エートスジュニア」「セレマ3」「セレマ4」とかどんどん出てきて、「今までのエートスシリーズは若干オーバースペックだったので、これからはパワーエートスですよ」みたいなことを言ってるんだけど、それがなんだか全然わからない。
石川:
(笑)
パリッコ:
章の最後にワード解説があるんです。これも、架空と実在が入り混じってて、もう、頭が混乱してきます(笑)
スズキナオ:
それが何かは読み進めてもわかってこないんですね。
パリッコ:
わかってこない。
石川:
別に伏線とかじゃなくて。
パリッコ:
伏線じゃないですね。最後の方にちょろっと、別の主人公の話の時にまたパワーエートスが出てきて、どうやら四角いものであるってことだけがわかったりして(笑)
石川:
いいなそれ。面白そう。
パリッコ:
ね。この絲山さんの本、実は初めて読んだんですけど、さかのぼって読みたいなと思うぐらいすごい好みでしたね。
半知半能の神様
パリッコ:
もう1つだけ。大きな軸として、「神と黒蟹県」っていうタイトルなんで、 神様が出てくるんですよ。
スズキナオ:
へえ。
パリッコ:
その、神の設定が、全知全能までいかなくて、というほどではなくて、半知半能。1万年以上も生きているんだけど、人間のことはあんましわかってないんですよね。
ちょっと読み上げます。
全知全能の神と言うけれど、すべの神がそうだというわけではない。この神は半知半能といったところだった。とはいえ神にしかできないこともある。たとえば同時刻に二軒の店にいて、カレー南蛮とおかめそばを食べている。身なりや顔立ちにこれといった特徴がなく、見かけた人間の記憶に残らないところも神の神たる所以であった。
っていう。その神はなんなんだっていう。
おじさんみたいな姿だったり、女性の姿だったりする時もあるんですけど、人々の生活に馴染んでて。
で、「神とお弁当」っていう章では、町でお弁当コンテストが開かれるんですよね。
石川:
うんうん。
パリッコ:
いろんな人が審査員にいた方がいいだろうっていうことで、 「60代の男性」という枠でその神が呼ばれて、お弁当コンテストの審査に参加させられるんですよね。
スズキナオ:
神と気づかれず。
パリッコ:
そう。ここもすっごい好きで。
その神様っていうのは、 お弁当というものがよくわからないんです。毎日毎日何百人という人が箱に食べ物を綺麗に詰めて写真を送ってきて、すごいなお弁当って。みたいな感じらしくて。
ちょっと読み上げます。
考えれば考えるほど弁当というものがわからない。
人を超えた存在なのに可愛いんですよ。なんか。
スズキナオ:
神なのに。
パリッコ:
そういう神様が出てくる章と、黒蟹県に暮らす人々の章が交互にあって、全8章。とはいえ、最後の章でガチンと全部が組み合わさって気持ちいい!みたいなこともない。
石川:
ないんだ(笑)
スズキナオ:
いい感じなんですね。
パリッコ:
なんか不思議な小説なんだけど、「好みすぎる」って感じがしましたね。
石川:
分かりました。魅力。
黒蟹県って名前もいいですよね。ありそうな名前ではないじゃないですか。それがしれっと出てくる面白さって多分あるんだろうな。
パリッコ:
そうそうそう、黒蟹だもんね。
面白かった。
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