特集 2024年10月31日

読者を振り回し、置き去りにしながら淡々と進んでいく「読む麻薬」的小説~「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」

デイリーポータルZのライター、関係者が愛読している本を語ります。

今回はライターのこーだいさん。レコメンドは「金を払うから素手で殴らせてくれないか?(木下古栗・著、講談社)」。

聞き手はまこまこまこっちゃん、石川です。

ではこーだいさん、お願いします。

インターネットにラブとコメディを振りまく、たのしいよみものサイトです。

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読む麻薬

こーだい:
小説なんですけど、どうやって薦めたらいいのかな…
「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」っていうタイトルなんです。

まこ:
すごいタイトル

石川:
いいタイトル(笑)

こーだい:
木下古栗っていう人の本で、 これがですね、べらぼうに面白いんです。

説明が難しいんですけど、あえて表現するなら「読む麻薬」っていうか、読んでると思考がトリップしていくような破天荒さがあります。

一応、分類上は純文学なんですよ。でも全然そう思えないぐらい下品なこととかもあったり。

石川:
へー

こーだい:
短編集で、いちいちタイトルが面白いんです。「IT業界 心の闇」「Tシャツ」「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」の三編。

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目次より引用

僕は「Tシャツ」っていう話が1番好きで。
読者をひたすら置き去りにしながら、淡々と進んでいきます。結末を言っちゃうと、主要な人物がひとり死ぬんです。

こーだい:
で、死んだ後の最後の一段落を引用します。

灰になる長岡夫人。妻に先立たれた高齢寡夫の典型として旦那の方の長岡もすぐ逝く。清水も他界。そしてまち子も星になる。やがて高志も死ぬ。高志世代も全員死ぬ。その子の世代も。そのさらに子の世代も。そのまた次の世代も。その次も。その次も。行き詰まる文明。やがて大規模な気候変動により厳しいことに。絶滅する人類。消滅する地球。しかし宇宙は続いていくのであった。(p115~116)

っていうところで終わるんですよ。すごくないですかこれ。

石川:
あー、すげえな

こーだい:
そこまでは全然そういう壮大な話とか一切出てこなくて、登場人物何人かとその町内だけで完結しているような話がなんですけど、最後だけこの畳みかけるような終わり方。

まこ:
カメラがすごい勢いでズームアウトしてる感じ。

こーだい:
そう。これがもう10年ぐらい前の本なんですけど、就職活動してる最中で、なんかすごい嫌な毎日の中で、これ読んですごく気が楽になったんです。

まこ:
なんで(笑)
確かに宇宙文明も滅びゆくから、別にいいかって。

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「Tシャツ」より、こーだいさんが一番「筆が乗ってんなー」と思ったページ。(p107)
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失踪した同僚を、本人と一緒に探しに行く

石川:
物語の面白い面白くないって、波あるじゃないですか。やっぱ山場が一番面白かったり。

こーだい:
そういう意味では、これはずっと踊ってるインド映画に近いかもしれないです。ずっとヤマ。

まこ:
プロットじゃなくてね。

こーだい:
だからすごい。表題作の「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」っていうのは、ある日、職場に行ったら同僚が失踪してるんです。その失踪した同僚を、失踪した同僚本人と一緒に探しに行くっていうお話ですね。
もう何言ってるかわからない。

石川:
いや、ここまできたらもう、読んでのお楽しみって感じですね。

こーだい:
一回読んでくれとしかなかなか言えなくて。
ちなみに表題作のラストはここで言っちゃうと……。

石川:
はい。

こーだい:
いなくなった原因っていうのが、失踪した原因っていうのが、また引用すると

米原に手渡された彼自身の始末書と思われた封筒の中身は遺書だった。そこには「来るべき消費税増税に抗議して自殺する」と書かれてあった。(p170)

石川:
でも、本人いるんですよね?

こーだい:
いるんです。

石川:
これは読んでみないとどういうことかわからないな。

 

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純文学の中でいちばん下品な作品を大量生産してる人

石川:
ほかもずっとそういうペースなんですか?
なんかこう、読者を振り回すというか。

こーだい:
振り回して、下品な方向に行ったり、非常識な方向に行ったり。
展開としてそんなものすごい突飛なことは起こらないんですけど、なんかいちいち出てくる奴らが変なんですよ、この話って。

まこ:
ほうほうほうほう。

こーだい:
この作者がその……僕が知ってる純文学の中でいちばん下品な作品を大量生産してる人で

まこ:
大量生産してる(笑)

こーだい:
前にTwitter文学賞(※)の国内編一位になったらしくて、コアなファンがいる作家さんです。

※Twitterユーザーが投票で選ぶ文学賞。第5回(2014年)に受賞。

僕もこの人の書いた本全部読んでるんですけど、もっとすごいインパクトのあるタイトルもあってですね。
『サピエンス全史』っていう本あるじゃないですか。

石川:
はいはい

こーだい:
はい。あれのなんかオマージュで、『サピエンス前戯』っていうのがあって。

石川:
ひどい(笑)

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サピエンス前戯 長編小説集(河出書房新社)

こーだい:
この本の帯についてる説明がすごくて、

身長、寿命、インターネット、XVideosー21世紀、ピークに達したかに見える人間の能力と文化。だがそれはまだ前戯にすぎなかった

石川:
言葉遊び的な面白さが、めちゃめちゃありますね。

こーだい:
そうそう、言葉遊びもすごい散りばめられててですね。
話の筋を律儀に追おうとすると肩透かしを喰らうというか。それが逆に読んでて妙に癖になるというか、 思考がトリップするというか。

石川:
なんかちょっとイメージできました。

こーだい:
これ全然伝えきれてる自信がないんですけど、ぜひ読んでほしいです。とにかくべらぼうに面白いので。

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