読んだよ 2026年6月16日

北海道の酪農史とリンクする家族のルーツ。暴れ牛との戦い方ノウハウもわかる「父が牛飼いになった理由」

デイリーポータルZのライター、関係者が愛読している本を語ります。

今回はライター伊藤さん。レコメンドは「父が牛飼いになった理由」。

聞き手は石井、んちゅたぐい、りばすと、石川です。

では伊藤さん、お願いします。

インターネットにラブとコメディを振りまく、たのしいよみものサイトです。

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脱サラして酪農家になった父

伊藤:書いたのは、河﨑秋子さんという2024年に直木賞を受賞された作家さん。
実家が北海道で酪農の牧場をやってると。河﨑さん自身も羊の飼育や酪農をやって、そこから小説家になったという変わり種の経歴なんです。 

作家の家が牧場だっていうと「北海道開拓時代からですか?」って聞かれるらしいんですよ。でも実は、お父さんが脱サラして酪農家になったそうで。
逆に面白いのかもってことで「なんで父は牛飼いになったんだろう?」と調べるノンフィクションです。

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石川:へー。

伊藤:他人のお父さんの話って、いわゆる「一市民の伝記」として面白いじゃないですか。
家系をたどると、加賀の藩主に勤めていた武士にたどり着くらしいんです。そこに親戚筋の家もルーツとして出てきて、昔は家を絶やさないために親戚筋の家から養子を出して跡継ぎを補い合ってたとか。それがまず興味深い。

それでいて、もっと日常的な……牛舎で猫に話しかけていた父の話だとか、そんな父を母が冷ややかに見ていたとか、そういうところの筆致もさすが直木賞作家で、とにかくお話がおもしろいんです。

石井:マンガでいうと日常系のほわっとした描写もあり、「そういう文化があるんだ」みたいな興味もあり、みたいな感じ?

伊藤:そうですね。
僕はとくに後者に惹かれたんです。旧満州から引き上げてきた薬剤師のおじいちゃんが北海道の標津(しべつ)に行って酪農をはじめて(これがそもそもすごい)、お父さんも一緒に移住するわけです。

石井: それ、何年ぐらいなんですか?

伊藤: 昭和30年代くらいかな。当時「パイロットファーム」っていう酪農振興策で資金や機材を投入して、人力に頼っていた牧場の開墾を重機などで効率よく進めていったという背景がありました。

木を切ってブルドーザーで土地を均した後に、切り株とか根っこをボコボコ片隅に集めていくと、帯状になって残る。それを「排根線(はいこんせん)」っていって、鹿とか狐の隠れ家になったりするんですって。

で、河﨑さんの実家では、その排根線にめちゃ美味いシメジが生えて。そしたら今度はそこにシメジ泥棒が出るようになったみたいな。その時代だからこそ起きる出来事のリアリティがすごくて、読んでてページをめくる手が止まらなくなるんです。

ただ、パイロットファーム自体は、そんなにうまくいかなかったみたいです。移住した人もなかなか利益が出ずに離農しちゃったりして。でも、また新たに昭和48年から「新酪農村計画」っていうのが始まる。

石井:へー、定期的にあるんですね。

伊藤:より特定地域に集約して、もっとテクノロジーが進んだ機械を入れて、サイロだとか設備とかを整える。その代わり初期投資はもっと大きいよ、というものが募集されました。

お父さんは畜産大学を出て公務員として働き、結婚もしてお子様もいたのですが、そのタイミングで、その制度を利用して酪農家として独立するために別海町(べつかいちょう)に移住したんです。

その「新酪農村計画」は初期投資がかなり大きい制度だったから、作者の秋子さんが同じクラスの子供に「お前の家、借金すげえんだろ」みたいに揶揄された話なんかが書かれてます。

石井:よく飲み屋で「私の人生、小説になるよ」とか言う人いますけど、大抵の人の人生は小説にならないじゃないですか(笑)
でも、直木賞を受賞してる人にかかると、マジで読めるものになるっていうことですね。

一同:(笑)

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暴れ牛との戦い方

石井:この本、見出しがいいですね。「暴れ牛との戦い方ノウハウ」。

伊藤:寄ってくるアブのストレスとかで牛も気が荒くなってるんですよ。そのあばれ牛との戦い方、収め方が非常に細かく描写されてました。「結局、戦うしかない」と。

りばすと:「ふざけんなオラ!」って書いてある(笑)

伊藤:本気だってことを、しっかり叫んで示さなきゃいけない。

りばすと:はいはいはい(笑)

伊藤:で、木の枝を構えて。頭突きをうまくかわした上で……

んちゅたぐい:相手はモーションが大きいですからね。

伊藤:牛に怪我をさせてはいけないんですよ。でも、そうすることで牛に対して「こんなちっこいやつがめっちゃ怒ってんだな」って、気迫が伝わるんですよね。で、牛は「今日はこのくらいで勘弁してやるわ」ときびすを返し、群れに帰る、みたいな。

そういう、教科書とか資料とかでは出てこない酪農の細かい、身体感覚的な話が出てきて、ものすごく面白いなって。

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酪農史とリンクするファミリーヒストリー

伊藤:ほかの家族のエピソードもおもしろくて、おじいちゃんは薬剤師として戦時に満州に行って、そこで女学校に通ってたおばあちゃんと結婚したんです。戦争が終わって大阪に夫婦で住んで、そこから北海道に移住して酪農を始めます。
ただおばあちゃんは裕福なお家で、お嬢様学校を出ていたので、抵抗があったみたい。ついてはいったんだけど、当時のおばあちゃんを知ってた人に話を聞いたら、「もう牛を見るたびにビクッとしてた。そのくらい嫌だったのに……」って。そういう切ない話も出てきます。

んちゅたぐい:けっこうエッセイっぽい感じの本ですね。

伊藤:そうですね。タイトルとしては『父が牛飼いになった理由』なんですけど、その理由探しがきっかけで、北海道の酪農史とリンクするファミリーヒストリーが全体的に見えてきて……。という広がりを見せていく話なんです。

りばすと:なるほど、面白い。

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小説のように一気読み

伊藤:酪農という事業に関してもかなりリアルに書かれていて、利益が出ないし、リスクがやっぱりすごく多い。口蹄疫で殺処分とかあるわけじゃないですか。

石井:そういうことが実際起こりうるわけですもんね。

伊藤:本当にそう。ほかにも温暖化で気温が高くなると牛があまり歩かなくなって、食事の量が減ってミルクをあまり出さなくなるとか。

本には「酪農は総合雑学の世界だ」って書いてあって。設備投資でめちゃめちゃ借金するわけですよ。サイロを作って、重機を買って。で、それに対して年間どれぐらいの量のミルクが取れたか、それでいくらずつ返済して、いくら手元に残るか、みたいなところから逆算して「じゃあ牧草の土地をどれくらい作って……」ってもういろいろ考えていかなきゃいけない。

経理関係も外注しなきゃいけないんだけど、お父さんはその時の税理士の態度が気に入らなかったんで「自分でやる」ってなっちゃったらしいんです。そのせいであとを引き継いだ子供たちが結構大変だったとか(笑)

お父さん、人間味豊かすぎるんです。アメフトが得意だったと言うけど、周りに聞いたら「絶対そんなことない、めちゃめちゃ細かった」みたいな(笑)
大学は四国の方の大学を受験しに行ったら「なんかすげえ田舎じゃねえかよ」と思って、受けないで帰ってきちゃった(笑)。すごいですよね。でも結局、北海道の大学に行ったという。

そういうしょうもなさも余すことなく書かれてる。

ほかにも細かいエピソードで面白かったのが......、
日本ハムが来るまでは、北海道って巨人ファンが多かったらしいんですけど……

りばすと:そうなんだ。知らんかった。

伊藤:お父さんは阪神ファンだったんですって。でもその頃(80年代)って、1回だけ優勝しましたけど、ずっと弱かったんですよ。

そんな中で河﨑さんが小学校4年生の時に北海道新聞に投稿して掲載された川柳があって、それが「うちの父 阪神ファンで 胃かいよう」だったらしくて(笑)「我ながらひどい」って書いてある。
※書籍収録時は「胃かいよう→胃が痛い」に改稿。

河﨑さんって作家としてのデビューが北海道新聞の文学賞なんですけど、実は小学生の時に一回載ってたっていう。そういう話もなんか面白くて。北海道で酪農ぐらしをすることのリアリティと、一家の愛すべき物語がエネルギッシュに語られていて、夢中になって小説のように一気読みしました。

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