絶対損はさせませんから
インタビューの終わりに、小泉さんに、「最後に、読者の方に向けてなにか一言ありますか?」と聞いてみた。そしたら小泉さんは、「とにかく一回見にきてください。ぜったいに損はさせませんから!」と力強く答えてくれた。
たしかにあのでかい馬、力強い走り、観戦の興奮、行って損はなかった(ギャンブル的には完全に損しましたけど!それはあなた次第)。ほんとにただのギャンブルで終わらない魅力があると思うので、次はぜひレースを見ながら焼肉食べたいです。
北海道では、ふつうの競馬とは違った、独特の競馬が行われているという。名前をばんえい競馬という。普通の競馬は、みなさんご存じのとおり騎手が馬に乗って速さを競うわけだが、ばんえい競馬はちがう。馬は騎手を乗せたソリを引っ張るのだ。
そんな話を聴いて、最初は、あー犬ぞりみたいなやつね、と思った。しかし、どうも違うらしい。土の上だ。土の上を、しかも何百キロもある鉄のソリを引っ張って走るのだ。
まさに「馬力」。そんなばんえい競馬を見に行ってきました。
※2009年2月に掲載された記事の写真画像を大きくして再掲載しました。
ばんえい競馬が行われている帯広競馬場へやってきた。冒頭で「普通の競馬とは違う」、なんて知ったふうに書いたけれども、実は僕は、普通の競馬を含めても競馬場に来るのは初めてだ。
ちょっと早く来すぎて、まだ第一レースまで少し間がある。競馬場内を散策してみよう。
するとすぐに目に飛び込んできたのは、これだ。鉄のソリ。実物だ。話によると、小さいものでも500キロ以上、大きなもので1トンある。だいたい軽自動車くらいの重さだ。
左の騎手の写真が乗っているが、これが実物大の人間。こんな巨大な鉄のかたまりを引っ張ってレースをするのだ。大丈夫なの?
馬の心配をしているうちに、いつの間にか第一レース開始の時間。場内放送を聞いてあわててコースに向かう。
外に出てみると、コースはまっすぐ直線のコースだった。スタートからゴールまで、全長200mほど。途中には小さいのと大きいの、2つの山があり、きっとこの山越えがレースの見どころなのだろう。
左の写真の右端がスタート地点。すでに出走する馬たちはスタンバイしている。まもなくスタートだ。
ガチャガチャと馬具のぶつかり合う音を立てながら、一斉に馬が走り出す。この馬が、でかい。そして筋肉質。
日本輓(ばん)系という独特の品種で、体重はサラブレッドの2倍にもなるのだという。どおりで、いままでの僕の馬観を覆すような馬ばかり。
観戦の距離もけっこう近い。よく見れば馬の足の筋肉の動き、そして鼻息が寒さのせいで白くなっている様子まで、肉眼で見ることができる。
そして引いているのは、さきほど展示されていたソリ。繰り返しになるが、鉄製で600kg~1トンにもなるのだ(レースによって違う)。しかも地面は雪ではなく、土。
太い足で一歩一歩、土を蹴りながら走っていく様は、戦車みたいな重厚感がある。
直線のコースには2つの山がある。ひとつ目は小さい山、ふたつめは大きな山。馬はスタートダッシュの勢いで第一の障害(山)を越え、コース中盤まで一気にやってくる。そしてここで馬は…なんと止まるのだ。
第2の障害は傾斜が急なので、いくら体格のいい馬といえど、重いソリを引いて登るのは大変だ。そのため馬のペース配分のために、騎手がわざと一旦停止させるのだ。
このペース配分が、大切なかけひき。馬の特性や土の湿り具合、レースの状況により、「少しずつ小休止を繰り返して遅れないようにする」「障害物直前まで一気に突っ込み、坂の真下でゆっくり休む」なんていろいろな作戦を使い分けるわけだ。
「止まる」という静のかけひき。ここが普通の競馬とは違うところだ。そしておのおのの作戦で、ふたつめの障害物を越える!
第2障害を越えると、一気にゴールへ!と言いたいところだが、険しい障害を乗り越えた後、どうしてもバテて止まってしまう馬がいる。ここでもレースは一波乱だ。そんな馬を声や手綱でけしかけながら(ばんえい競馬ではムチを持たない)、ゴールへ向かう。そして…
1レース見てみての正直な感想を言おう。
普通の競馬を見たことがない僕が言うのもなんだが、これは競馬のイメージを覆す事態だ。この馬の体格、「わざと止める」という静の駆け引き、そして重厚な走り。
優雅な馬が高速で駆け抜けていく、あの競馬のイメージとは全然違う。確かにスピードはゆっくりなのだが、遅いという印象とはちょっと違う。なんというか、「力強い」のだ。
お待ちかね、動画でどうぞ
だいたい30分おきにレースがあるが、馬を見たり場内を見物たりしていると、けっこうすぐに次のレースが始まってしまう。このあとさらに2つほど、レースを観戦して、あの走りもちょっと見慣れてきた。
そうなると、競馬といえばやっぱりギャンブルじゃないですか。賭けると賭けないではレースの興奮度も違うだろうし、せっかく初めての競馬場なのだから、ビギナーズラックというものを使ってみたいじゃないか。
まずはパドックで馬観察。競馬未経験の方のために説明すると、パドックというのはコースの脇にある小さな広場みたいなスペースで、レース前の馬はここをしばらく行進する。その間に、お客さんはここで馬のコンディションを見極めるのだ。
出走表に、「ドナドナ」「こっち見た」「あわ」「首かしげ」など、まったく独自の観点で馬の評価を書き込んでいく。
本当は競馬新聞などを参考にしたらいいのだと思うが、すみません、見方がよくわからないのであきらめました。「ビギナーズラック」という単語に過剰な期待を寄せる。
マークシートに「200円」「200円」とみみっちい金額を書き込んでいたら、見かねた小柳さんが100円くれた。今回の取材は土曜ライターの小柳さんに同行してもらっていた。彼はずいぶん年下なのだが、見かねた感じで100円玉をひとつくれた。
当ったら山分けを約束しつつ、馬券を購入。
かけ方は、パンフレットに「とにかく当てたい人向け」と書かれていた複勝式(※)。3番の「こっち見た」カイセフジに200円(あのアイコンタクトは「俺に任せろ」という合図だったに違いない)。そして、5番の「あわ」ミチノクテンセイに200円(小柳さんの「やっぱり泡でしょう」プッシュから)。
※複勝式…決めた番号が1~3位のどれかに入れば当たり
初めての馬券を握りしめて、いざ、応援へ!
さあ、レーススタート。1~3位に、5番か3番が入ればあたりだ。
いきなり5番「あわ」が好調な出だし。先頭2頭で競っている。手に汗握る展開に、思わず走り出す僕。馬のスピードは人間が小走りするくらいなので、コース脇まで行けば併走することができるのだ。これがまたテンションあがる。
出だしこそよかった5番「あわ」だが、第2障害物の手前、そう例の止まるかけひきのところで後続の馬に抜かれてしまう。少し遅れて坂を上り始め、3位ならなんとか狙えるか…。
3番「こっち見た」はふるわず。あのアイコンタクトは「ごめん」の意味だったのか。あとは5番「あわ」の3着に期待するしかない。
しかし、ゴール前でふたたび止まってしまう5番!そして先行の馬、後続の馬が続々とゴールイン。
ばんえい競馬の舞台裏が見られる、バックヤードツアーというイベントがあるそうなのだ!さっそくむかってみたいと思います!
ばんえい競馬の舞台裏が見られるバックヤードツアー。レース開催日には毎日行われていて、今回のような取材でなくても、誰でも参加することができる。
最初に訪れたのは、装鞍所とよばれるところ。レース前に馬が連れてこられるところだ。
ここでは、レースに出る馬が本当にその馬かどうか確かめる、実馬照合という作業が行われる。毛の色や、顔の模様、つむじの位置なんかで判断されるそうだ。
実馬照合が済んだ馬から、馬具一式を装着される。
そして次にやってきたのは、馬の調教場。
練習用のソリがどっさり並んでいて、その数800ほど。重いソリで筋力トレーニングを、軽いソリで心肺機能のトレーニングを、という具合に使い分けて馬を調教していくのだという。練習には専用のコースがあり、そちらで行われる。
奥にある厩舎では馬と調教師の家族が生活している。馬は800頭近くいるそうだ。
そして検量所。騎手の体重は事前に決められていて、ソリに乗る前にその数字ぴったりに調整しなければいけない。そのためにここで騎手の体重を量るのだ。
もちろん全員がその数字どおりの体重になるようにダイエットしたり、太ったりしているわけではない。体重を量って、たりない分の重さはどうするか。「弁当箱」と呼ばれる重りを入れた箱があり、それをソリに積んで重くするのだ。
検量所のあとは、いつもは入れないコースの裏側から、レースを観戦。これもまた大迫力。その後、ゴール地点で後片付けの見学だ。
ゴールの向こうには、使い終わったソリをスタート地点に戻すためのトロッコが待機している。レースで走り終わった後、トロッコにソリを乗せて、はじめて馬は解放される。走るだけでなく、後片付けまで馬の仕事なのだ。
そのほか、競馬場に設置されているロードヒーティングの話(これのおかげで冬季もレースができる)、写真判定の話(不正やハッキング対策のため、あえてデジタル化しないで現像している)などの説明を聞き、30分ほどの短い時間ながらも、ばんえい競馬の裏側がよくわかる充実したツアーでした。
ツアーを引率してくれた広報の小泉さんに、ひきつづきお話をうかがった。
京都出身だという小泉さん、それまでは特に競馬に興味があったわけではなかったが、ばんえい競馬を見て一気にその魅力の虜になってしまったのだそうだ。そしていまではこうして、競馬場の職員として働いている。(小泉さんの発言は、少し関西なまりに変換してお読みください)
石:レースのおすすめの楽しみ方みたいなのはあるんでしょうか?
小:馬とならんで一緒に走ってみるのがおすすめです。人間の小走りくらいのスピードですし、距離も200m、時間にすると2分くらいですから、けっこう簡単について行けます。最初から最後まで間近で見られて、臨場感が楽しめますよ。
あとはやっぱり競馬ですから、馬券を買ってみてほしいですね。馬に対する思い入れというか、見てて興奮の度合いが全然違いますから。
石:レース中、特にみどころなのはどのあたりですか?
小:第2障害物前の平地ですね。ここで騎手は馬を止めてもいいことになっているので、険しい第2障害に備えて、馬を休ませてペース配分をするんです。ここで馬の特性や土の状態、レースの状況なんかを考えて、遅れすぎないように最適な休ませ方をする。この駆け引きが面白いところです。
石:お客さんは、観光客の方もよく来られるんですか?
小:ええ。ここ数年、特に増えていますね。そういった方にもより楽しんでいただけるように、夏場はバーベキューセットを用意して、レースを見ながらの焼肉なども行っています。
石:遠くからのお客さんにおすすめのシーズンは?
小:夏場でしたら、10月頃ですね。旅行シーズンも過ぎて、少しゆったりとレースを見ることができます。
でも本当は、帯広競馬場のメインシーズンは冬なんですよ。特に一年で最大のレース、3月のばんえい記念。これは遠地からもたくさんのファンの方が来られます。
そう、帯広競馬場のメインシーズンは冬なのだ。レース自体は年間通して行われているのだが、こうして「メインシーズン」なんていわれるのには理由がある。そこには、ばんえい競馬のおかれている現状と深い関係がある。
実は今、ばんえい競馬は存続の危機に瀕している。以前はレースは北見・岩見沢・帯広・旭川の4つの競馬場で開催されていた。季節ごとにこの4つの競馬場をめぐり、帯広では冬にレースが行われていたのだと(これは帯広競馬場にはロードヒーティングがあるからだ)。これが、冬が帯広競馬場のメインシーズンといわれるゆえんだ。
ところが金銭的な理由により、帯広以外の3つの競馬場は2006年に次々とばんえい競馬の廃止を決定。それ以来、ばんえい競馬は年間通してこの帯広競馬場で行われることとなった。
帯広競馬場だけは廃止を免れたものの、毎年毎年、次の年もレースが存続されるかは綱渡り状態だそうだ。ひとまず来年度の開催は決定。しかしそれ以降はまだまだ先が見えない状況だという。
石:ばんえい競馬の魅力ってなんですか?
小:北海道の馬の歴史が凝縮されている、というところですね。ばんえい競馬は北海道の開拓時代、馬と人間の共同作業の中から生まれたものです。
ルールひとつ取っても、たとえばばんえい競馬の場合、ゴールの判定は馬の鼻先ではなく、ソリの一番うしろで決まるんですよ。これはばんえい競馬がただのレースではなく、「荷物を運ぶ」競争だからです。馬と人が協力して北海道を開拓した、そんな歴史の名残ですね。
ばんえい競馬はただのギャンブルではなく、北海道の歴史を伝える文化でもある。そんなばんえい競馬の存続のため、小泉さんはじめ職員の方々も、日夜がんばっているのだ。
小泉さんの熱のこもった話を聴いて、僕もすっかり熱くなり、いてもたってもいられなくなってしまった。そしてここは競馬場。この熱意のやり場は…馬券しかない!ここは再び馬券を買って、一攫千金を狙ってやろうじゃないか。
インタビューの終わりに、小泉さんに、「最後に、読者の方に向けてなにか一言ありますか?」と聞いてみた。そしたら小泉さんは、「とにかく一回見にきてください。ぜったいに損はさせませんから!」と力強く答えてくれた。
たしかにあのでかい馬、力強い走り、観戦の興奮、行って損はなかった(ギャンブル的には完全に損しましたけど!それはあなた次第)。ほんとにただのギャンブルで終わらない魅力があると思うので、次はぜひレースを見ながら焼肉食べたいです。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |