このように、ひとつの街を歩くだけでも様々なタイプと出会うことができた、魅力あふれる東屋の世界。あなたも今すぐめぐってみたくなったのではないだろうか?
ただ、最後にひとつだけ忠告、いや、懺悔しておきたいことがある。それは、本記事中に登場する、東屋に関する専門用語や情報は、すべて僕が今、この原稿を書いている朝4時に、勝手に考えたものということだ。信じてしまった方がいたら、大変面目ない。
でも、東屋はいいでしょ? 本当に。
世にあまたいる東屋(あずまや)通に「なぜ東屋に行くのか?」と聞けば、答えは決まって「そこに東屋があるから」だ。
東屋には、ただ屋根と柱とベンチがあるだけではない。そこは、世知辛い現代社会を生きるすべての人々をほんのひととき「生きづらさ」というにわか雨から守る、精神の避難場所なのだ。
東屋を知る者は人生を知る。日本全国津々浦々、名東(めいとう)や秘東(ひとう)と呼ばれる東屋を訪ね歩いてきたパリッコが、まだ見ぬ東屋をめぐる新シリーズ「東屋放浪記」。記念すべき第1回の舞台は、水と緑の街、東久留米ーー。
多摩地区東部に位置する、東京都東久留米市。市内に美しい2本の川、「黒目川」「落合川」が流れ、駅舎には富士見の名所「富士見テラス」が併設されるなど、東京23区内からほど近い場所にありながら自然豊かで、のどかな空気の流れる街だ。となれば当然、東屋が豊富であることは疑いようもない。
今回は、東久留米の街に東屋を求め、気の向くままに放浪してみよう。さて、どんな東屋に出会えることやら……。
まずは、東屋通ならば誰もが知る名東を目指そう。西武池袋線・東久留米駅西口を出て北西に向かい、 3分も歩けば「黒目川」の美しい流れに行き当たる。川を超え、さらに少しゆくとたどり着くのが「小山台遺跡公園」だ。
丘の上を目指し坂を登ってゆくと、東勘(あずまかん)のある人ならばすぐに気がつくことだろう。
老舗名東ならではの威風堂々たる風格が素晴らしい。
ちなみにこの場所、「遺跡公園」というからには、「遺跡」が存在する。
が、僕はあいにく、東屋にしか興味がない。万が一興味がある方は、撮影しておいた以下の看板を参照されたし。
さて、東屋だ。
どうだろう? この、ブロック状のパーツが複雑に組み合わさった重厚感。テーブルやベンチの足の、過剰ともいえる石張りの意匠も素晴らしい。
また、ベンチに木、テーブルに鉄素材を用いることにより、その重みの違いによって生み出されるリズム感が、人間の直感に訴えられる仕組みになっているところも見逃せない。
建築と違い、東屋の設計者を知ることはたやすくないが、かなりの匠によるものであることは間違いないだろう。
また、その行為自体を推奨することは決してないが、東屋を東屋たらしめる要素のひとつに「落書き」がある。
想いがあふれて書いてしまったものだろうが、どれだけ訪東(ほうとう)を楽しみにしていたかがわかる。
ここ、小山台遺跡公園東屋が全国にその名を知らしめている所以は、やはりその立地にある。ベンチに腰かけ、ふと前方を見れば、眼下に街が見渡せる。
さて、ここからは、風の向くまま気の向くままに放浪してみることにしよう。はたしてどんな東屋との出会いがあることやら……。
しばらくすると、驚くべき名東に出会うことができた。
見れば、先達が全身全霊でその空気を味わっている。ここは、東ナー(あずまなー)にのっとり、相手の気にならないと思われるぎりぎりの位置に立ちってじっと待つ。約15分ほどで自分の番が回ってきた。
今日、まさかここまでの名東との出会いは予想していなかった。これだから東屋放浪はやめられない。先ほどの「小山台遺跡公園東屋」の立地も素晴らしかったが、川沿いにそっと建つこちらもまったく負けてはいない。
こういった立地にある東屋は、通の間で「天国東屋」と呼ばれ珍重されている。
木目のなかに一点だけある鉄の補強のアクセント。時間を忘れて見入ってしまう。
本当にポリが嫌いな悪人は、ポリに見つかれば器物破損罪で現行犯逮捕もありえる落書き行為を行わない。よってこれを書いた人物は、「ポリが嫌いと周囲に宣言する自分が好きな若者」と予想される。
めちゃくちゃどうでもいいな。
いや、お前がつよし好きなんだろ!
まだまだ放浪の旅は続く。
あてなく歩いていると、先ほどの黒目川と並行して流れる「落合川」にたどり着いた。川沿いは公園や空き地の宝庫。東屋の香りを感じる。
すると、すぐに嬉しい出会いがあった。
一見「ただ木製のベンチがあるだけ」にしか見えないかもしれない。が、その頭上には、中心にそびえる木からたくましく枝葉が広がっている。
このように自然発生した東屋的空間は、通たちの間で「天然物」と呼ばれ、これまた珍重されているのだ。
しかも、木から発生するフィトンチッドと、横を流れる川からのマイナスイオン、ダブル効果のおまけつき。東久留米人たちがみな、健康的で血色の良い顔つきをしている秘密をかいま見たような気がする。
川沿いをさらにゆく。
しばらく歩いていると、郷愁に胸をかきむしられるような光景と出会った。
「屋根が屋根の意味をなしていないこのような物件を、はたして東屋と呼ぶのか?」という疑問の声もあるだろう。が、我々マニアは、建築法的な視点から東屋を見ているのではなく、あくまで「ときめくか」「ときめかないか」の心の声に従い、東屋を愛でているだけなのだ。
つまり、これは立派な「スケルトン」タイプの東屋。
珍しく2台並んだすべり台、そしてどこかの子の水筒とのコントラストが芸術的。
街なかに意外なほどたくさんあるのが、通称「会員制」と呼ばれる東屋。
農家や登録制の畑のなかにあり、そこを使っている人にしか利用できない東屋。
おいそれと足を踏み入れることができないぶん、東屋ファンたちのあこがれの的となっており、これを利用したいがために畑を借りる奇特な向きすらあると聞く。が、個人的にはそこまでの行為は、農作物に失礼だと感じ、おすすめできない。
むしろ、
のが、正しきファンの姿であろう。
さて、駅近くまで戻ってきた。最後に、初心者がもっとも身近に楽しめる東屋を紹介しよう。
飲食店に例えれば「チェーン店」といったところだろうか。
が、通たちは口を揃えてこういう。「東屋に貴賤なし」。どんな東屋にも魅力をみいだし、全身全霊で味わってこそというわけだ。
この「ゴミを」までしか読めない注意書きからストーリーを想像するのもまた、東屋の楽しみなのだ。
このように、ひとつの街を歩くだけでも様々なタイプと出会うことができた、魅力あふれる東屋の世界。あなたも今すぐめぐってみたくなったのではないだろうか?
ただ、最後にひとつだけ忠告、いや、懺悔しておきたいことがある。それは、本記事中に登場する、東屋に関する専門用語や情報は、すべて僕が今、この原稿を書いている朝4時に、勝手に考えたものということだ。信じてしまった方がいたら、大変面目ない。
でも、東屋はいいでしょ? 本当に。
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