特集 2023年3月9日

ありふれたものの鑑賞ガイド

『The Gates』 金子綺乃

つづいては「門」のガイドだ。

 『The Gates』 金子綺乃

ありきたりのガイドブックにならないことはさっきのでよく分かった。今度はどんな話なのか。

作者は門をいくつかの種類にわけて紹介しているようだ。

まずは「誘い込む」ゲート。居酒屋の扉、テーマパークの入口など。通過することによって異世界に誘い込むもの。

つづいて「選別する」ゲート。駅の改札など、入る資格のある人だけが入れる門。こちらとあちらを隔てる「ゲート」性をここではゲートネスと呼んでいる。

そういえばさっきの「バス停」のガイドでは、改札を「受け入れ度が低い」場所と言っていた。

「変化する」ゲートは、道を通り抜けることそのものがゲートをくぐることに対応する。奥にいくほとゲートネスが上がる。

ついには「集う」ゲートもあるという。くぐることがメインの目的ではなく、むしろその場に集うことが目的となっている門だ。

このガイドで感心したのは、見てすぐ分かる特徴で門を分類するのではなく、しばらく向き合わないと分からない特徴で分類したことだ。

そういうことを言うのは、ぼく自身がかつて「門」を鑑賞しようとしたことがあるからだ。その際ぼくは「門らしさ」という、見たままの尺度を考えていた。このガイドブックのような観点は思いつけなかった。

門らしさ:高
門らしさ:低

柱があって屋根があって扉があって・・というように、門としての見た目の要素が多いほど「門らしさ」が上がり、分かりやすく門になる。

要素が少なくなるつれて門らしさが薄れ、それが門なのか、いやそもそも門って何なのかが分からなくなる。たとえば地下鉄の入口は門なのか、といったことを考えてしまった。

『読み終わった人はゲートでないものにまで「ゲートネス」を感じ始めてしまうこと間違いありません』

と、このガイドブックは言うが、そこについてはぼくも分かる。見つづけるとかえって分からなくなってしまうのだ。「変化するゲート」なんて、門じゃなくて道だもの。

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『手すラー』への道 塩田好花

次に、机にあった約十冊のガイドのなかでもっとも印象に残ったものを紹介したい。

「手すり」のガイドブックなのだが、「いったい何を言っているのか・・?」という感じなのだ。

『手すラー』への道 塩田好花

 

表紙をめくると手すりの写真が出てくるので、「ああ、手すりの話なんだな」と思って安心するのだが、そこに書かれた文章に突き放される。

「このガイドは手すりを鑑賞するのではなく、『手すり現象が発生している瞬間』を鑑賞し愛でるためのガイドです」

手すり現象・・? 不穏なことを言い出している。

手すり現象とはこういうことだ。

たとえば階段の手すりを使うときは実際に手を「すって」いる。しかし例えばバスの手すりを考えると、手すりに「つかまって」いたり「握って」いたりする。

つまり「手すり」に対する動作は「する」だけでなく「握る」「つかまる」などがあり、これらの複合が手すり現象なのだという。

どうですか。少し分かるけど、分からないですよね。

たとえばスマホは手すりだという。

『「スマホ」という名の手すり』と高らかに書いてあるが、そんなことを思ったことは一度もない。

しかし、手をするものが手すりであるならばスマホも確かにそうだ。むしろ一日のなかでもっとも手をすっている対象はスマホと言えるかもしれない。 

そしてショッピングカートも手すりだという。

ショッピングカートは、今のところ手すりだとは思えない。でも確かに、ほぼ掴まってるだけのバスの手すりが手すりなら、これも手すりじゃなきゃおかしい。

「永遠に触っていたい。個人的におすすめな手すり。」

と著者が言い切っているのもいい。「おすすめの手すりはショッピングカートですね」と言っているところを想像する。意味が分からない。

そしてついに、「鬼ごっこ」も手すりだという。

いやいやいや。

『「鬼ごっこ」という名の手すり。』

初めて見る日本語である。このページを見たときは衝撃だった。いやだって「鬼につかまる」のと「手すりにつかまる」のは違うよね・・?

あまりのことに、ぼくは次の日も来た。作者の方がいらしたら真意を聞こうと思ったのだ。しかしいなかった。せめてと思い、近くの学生の方に聞いてみた。「俺も分からん」「えーちょっと分かる」となった。わかる派とわからない派に分かれるようだった。

「手すラー」への道は遠い。

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