カフカの変身は笑える
この記事を書くので、うっすらした記憶を正すべく、「変身」を読み返したのだが、陰鬱な印象と真逆でかなり笑える小説だった。朝起きたら虫になってるって、コントの設定みたいだし。Wikipediaにも、カフカは「プププ」と吹き出しながら書いていたそうだ。かわいいな、カフカ。私のこんな暴挙も、きっと許してくれるはず……。
朝起きていたら虫になっていた。一体、それはどんな気持ちなのだろうか。
中学生の時に、かっこいいと思って小説をたくさん読んでいた。「恋空」とか「赤い糸」といったケータイ小説ではない。文学だ。ケータイ小説より文学のほうがかっこいいから。
そんな動機で読んだ不条理小説たちの意味を全く理解できないまま、大人になってしまった。
カフカの「変身」という小説がある。不条理小説の代表で、読んでないにしてもあらすじを知っている人は多いかと思う。
外交員として家族のためにあくせく働くグレーゴル・ザムザが朝起きたら毒虫になっている。奇怪な現象の謎は解き明かされぬまま、虫になったグレーゴルとその家族の日常が過ぎて行く、そんなストーリーだ。
小説の不気味さの一つはその文体にある。淡々と日常を描き過ぎなのだ。
例えば、虫になったことに気づいたグレーゴルが部屋の中で今後のことを考えていると、無断欠勤かと思った上司が家に訪ねてくる。グレーゴルの部屋には内側から鍵がかかっており、上司や家族が「鍵を開けろ」と言う。グレーゴルは、虫になっているから鍵を開けるのにも苦労する。鍵を掴んで、その周りを自分が自転することで、開けようと試みるが、大変な作業だった。さっき虫になったばっかりだ。自分の体の使い勝手がよくわからないに決まっている。
頑張って鍵を開けているとき、「もっと、みんなグレーゴルのことを応援するべきではないか」と、書かれている。その通りな気もするが、こんなグレーゴルの肩の持ち方はあるか、とも思う。
この淡々なばかばかしさ、みたいなものがこの作品のおもしろいところだと思うのだけれど、肝心なグレーゴルの気持ちが全くわからない。朝起きていたら虫になっていた。その気持ちとは一体なんなのか。
今、ARが流行している。Instagramのストーリーだとか、SNOWのような盛れるアプリで、世の中の人たちは犬や猫、その他の何かに変身している。私もよく変身している。
そして、Facebook社が「SparkARstudio」というソフトウェアを発表した。これは、犬とか猫になれるようなARカメラのエフェクトが比較的簡単に作ることができるソフトだ。無料で使うことができて、クリエイターの表現の拡張を目的とされている。
これを使ってARエフェクトを開発すれば、グレーゴルのように毒虫に変身することができるかもしれない。
グレーゴルが虫になり、妹はわりかし献身的に世話をしていた。そして、母も現実を直視したくなさそうだけれど、頑張って愛情を注ごうとしていた。しかし、父親だけが忌み嫌っていた。最終的に父親は、グレーゴルにリンゴを投げる。それも2発も。
なんでも、食器棚にあったリンゴをポケットいっぱいに詰めて、それをグレーゴルめがけて”爆撃”したのだ。一発目はかすめたが、二発目はグレーゴルの背中に直撃し、それによって動けなくなってしまう。
「物が投げつけられる」
これは、ARカメラのエフェクトでよくあるやつだ。
例えば、可愛いクマさんになれるやつは、口を開けるとクッキーが画面にいっぱいできて口に入る。ハートの矢がたくさん顔に刺さる。そんなエフェクトがたくさんあり、それが”盛れる”ということなのだ。
もはや、カフカの変身は、グレーゴル・ザムザは、盛れるARカメラエフェクトなんじゃないか。そう思ってきた。なので、作ることにした。
SparkARstudioは、コーディング不要で操作することができる。写っているのはサンプルの男性だ。男性がいろいろな表情をしてくれるので、その表情をトリガーにしていろいろなエフェクトを試すことができる。
まず、”毒虫”の元になる3Dデータを探してダウンロードした。てんとう虫の3Dデータがそれっぽかったのでそれを使うことにする。てんとう虫は上から見たら可愛いが、裏から見ると毒虫に見えるからだ。
ちなみに、毒虫の描写としては
・足の裏はネバネバ
・背中はかたい
・褐色の腹
・お腹に横の線が入っている
・足はピクピク動いている
・口の中に歯がない
・顎が強い
・褐色の液体が口の中からでてくる
となっている。全てを取り入れるのは難しいが、ここからいくつか要素を取り出して、毒虫を作り出そうと思う。
まず、3Dオブジェクトを配置する。
デカ。
デカすぎてさっきの男性が見えなくなった。なので、スケールなどを調整する。
カメラアプリだし、完全に毒虫になってもイマドキではないので(イマドキな毒虫とは何かはわからない)、顔は映るように設定を調整してみる。これによって盛れるカメラアプリみが上がるのだ。
顔を見れるように設定したら、前衛的な彫刻作品のようになってしまった。どうやら、顔が毒虫の質感と同じ設定になっているようだった。元に戻すべくいろいろ頑張ってみる。
1時間ほど格闘し、目以外の質感を取り戻すことができた。しかし、目は重要である。目の質感を取り戻すべくまた少し格闘する。
ここで終わりではなく、口を開けたらリンゴを投げられるような仕組みを作っていこうと思う。
デカ。
リンゴの3Dオブジェクトを配置するが、やはりデカイ。ちなみに、灰色だとダイオウグソクムシみたいになってしまっているので、色を変更してみた。本来は褐色だが、それだとあんまり盛れなさそうなので、ピンク色にしてみた。
ソフト内で「パッチ」と呼ばれるプログラムのような設定を追加し、口を開けると任意の3Dオブジェクトが移動する仕組みを作った。
これで完成だ。サンプルの男性に申し訳ない気持ちになってくるが、きっと盛れるグレーゴルエフェクトができるはずなのだ。
ちょ、ちょっと待って……。SparkARstudio内でパソコンのカメラに切り替えることができたので、自分の顔にしてやってみたところ、かなりのアレなやつになってしまった。これは、"盛れ"という次元の話ではなくなってきてしまうのではないか。怖い、怖い……。
先ほどはパソコンのカメラだからなんか変な感じになっちゃったんだろう。スマホだったら違うはずだ。
きっと、変身して盛ることができるに違いない。ついでに、グレーゴルの気持ち的なものが分かるはずだ。ソフトウェアから私のInstagramにテストリンクを送って試してみることにする。
じわじわと読み込み、ついに姿が現れた。
おお、変身した! 予想外に毒虫感がすごい。盛れているかどうかは全くわからない。
口を開けるとリンゴが投げられる。これは、全く盛れてない! 盛れてないぞ!
見ているうちに毒虫が可愛くなってくるかもしれないし、そんなことはないかもしれない。SparkARstudioを使えばグレーゴルに変身することができる。
今回は3Dオブジェクトの権利の関係でこのエフェクトを配布することはできないので、毒虫になりたかったなあという方はすみません。
この記事を書くので、うっすらした記憶を正すべく、「変身」を読み返したのだが、陰鬱な印象と真逆でかなり笑える小説だった。朝起きたら虫になってるって、コントの設定みたいだし。Wikipediaにも、カフカは「プププ」と吹き出しながら書いていたそうだ。かわいいな、カフカ。私のこんな暴挙も、きっと許してくれるはず……。
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