世界はハジける
郷に入れば郷に従えということで、パナマ帽を買ったりしたけれど、肝心の年越しの瞬間、誰もパナマ帽なんて被っていなかった。ただただハジけていた。買うべきはパナマ帽ではなく花火だった。元旦の静けさもすごい。世界にはいろいろな年越しがあるのだ。
年越しというものがある。大晦日から元旦になる瞬間。日本では除夜の鐘が鳴り、年越しそばを食べる。二年参りに行く人もいるだろう。場所によっては打ち上げ花火があがって、みんなで過ごすということもあるかもしれない。
そういう年越しを当たり前だと思っていたら、世界は広い。エクアドルでは人形を燃やし、花火を個人で好き勝手にあげて、爆竹がハジけるという年越しをしていた。とてもハジけているのだ。
日本の年越しといえば、除夜の鐘、年越しそば、カウントダウンイベントなどがある。着物を着て、二年参りなんていうのも乙なものだ。大学時代に神社で大晦日の夜から、二年参りや初詣に来る人向けの屋台でバイトをしたこともある。
私は日本生まれ、日本育ちなので、長らくそのような年越しをしてきた。「ゆく年くる年」で除夜の鐘を聞きながら、今年もいろいろなことがあったな、来年はどんな年だろうと静かに想いを巡らせる時間が好きだ。
ただし2019年の年越しの日、私は南米にあるエクアドルのクエンカという街にいた。初めて来る国だから、どのような年越しが行われるか知らない。ただ日本ベースで考えれば、着物的なものを着て、除夜の鐘的なものを聞きながら、神社的なものに行くのだろう。その準備をしなければならない。
エクアドルの着物的なものはなんだろう、と考え、民族衣装的な衣装を買った。お店の方はアルパカの毛で作ったと言っている。値段が安かったので、この値段で本当にアルパカ、と信じられなかった。ただ着心地が抜群にいいので、たぶんアルパカだ。
そして、パナマ帽である。エクアドルのクエンカにいるので、年越し衣装にパナマ帽は外せないだろう。パナマと名前が付いているけれど、生まれたのは「エクアドル」。トキヤ草やパナマソウで編まれた帽子だ。ルーズベルト大統領がパナマ運河を訪れた時、パナマ帽を被っていた。
パナマ帽の故郷はエクアドルのマナビ県らしいが、クエンカもまたパナマ帽が重要な産業になっている。その中でも老舗であるオメロ・オルテガの博物館ではパナマ帽の歴史、パナマ帽ができるまでなどを知ることができる。
紀元前に作られた土偶的なものだと思う。確かにパナマ帽的な帽子を被っている。パナマ帽の歴史を感じるけれど、説明がスペイン語と英語なので、私は理解できず、ただ単純にパナマ帽は関係ないけどこの土偶かわいいよね、と書いてあるのかもしれない。
先にも書いたようにクエンカではパナマ帽が重要な産業になっており、今回訪れた博物館以外にもパナマ帽の博物館があり、パナマ帽を売る店も多く、市場でもやはりパナマ帽が売られている。地元の方も時間が空くと編んだりするそうだ。
パナマ帽の歴史等を学び終わると、売店でいよいよパナマ帽を買うことにした。パナマ帽を買えば、私の姿は完璧なるクエンカ年越し仕様になるのだ。値段はいくらくらいなのだろうか。絵が描いてあったり、着色してあったりするものもあるけれど、一番スタンダードなものが欲しい。
159ドルはちょっと厳しい。嘘、めちゃくちゃ厳しい。そこで思い切って、お店の人に「このお店で一番安いLサイズをください」とお願いした。お店の人はまかせとけ的な感じで、売り場の外から持ってきてくれたのが30ドル。安いじゃない、カッコいいじゃない、と完璧だった。
大きさの調整もしてくれるとのことだったけれど、私はLサイズでぴったりだった。作っているところを見て、本場で買う。最高ではないか。これで優雅に年越しする準備は整った。あとは夜を待つばかりだ。
エクアドルに飛び立ったのは2019年の年末のことだった。いくつかの街や島に行った。高地にある都市は常春で、そうでない場所は夏のような気温で、同じ国の同じ時期でも、いろいろな季節がある国だとわかった。
街を歩いているとよく人形を見かけた。それは顔だけのものもあれば、服を着て、まるで案山子のように見えるものまである。「モニゴテ」というものらしい。同時にカツラなども売っていた。エクアドルが初めてだったので、民芸品的なことなのかと思っていた。
私は今までアラスカのアンカレッジ、ペルーのリマで年越しを迎えたことがあるけれど、別に特に変わった年越しはなかった。アンカレッジでは公園でカウントダウンイベントがあって花火が上がった。ただ驚くことに20時にそのイベントは終わりみな帰って行った。
リマでも公園に皆が集まっていたけれど、特に変わったことはなかった気がする。ほぼ覚えていないレベルなので、たぶん変わったことはなかったと思う。海外の年越しとは、その程度のものと思っていたのだ。
パナマ帽を買って、ウキウキしながらクエンカの街を歩いているとパレードが行われていた。ドレスを着た女性やパナマ帽を被った男性が踊りながら練り歩いていた。私はここで確信した。エクアドルの年越しの正装にパナマ帽は間違いなかったと。買ってよかった。
スペイン語がわからないのだけれど、何かの風刺な気がする。道行く人に聞くと、「エクアドルの政治家の風刺だよ」と言っていた、おそらくだけど。エクアドルでは、少なくともクエンカではこのような人形を作るのが年越しのお決まりのようだ。
日本では街中で焚き火をすることはおそらくダメだ。警察が来る。またキャンプ場でも直火での焚き火は禁止されているところが多い。しかし、クエンカでは大晦日に焚き火が発生する。
そして、街中で見かけた人形を火にくべていた。人形のサイズが人間と同じなので、最初見た時は驚いた。身につけている衣服も人間用の本物なので、「人間だ」と思ってしまったのだ。しかも、そこに爆竹や花火とかもくべる。あちこちでハジけていた。
いよいよ0時が近づき、年越しの瞬間を迎える頃、街に設置された大きな人形たちが撤去され始めた。驚くことにカウントダウンみたいなものはなく、雰囲気で人形を撤去し始めた。係りの人だけが撤去するわけではなく、酔っ払いも乱入して、これやるよ、と言っていた。
この瞬間も周りでは花火や爆竹がハジけている。撤去された人形は数カ所にわけられ火をつけていた。完全なる道で。広場に人形を設置していたのに、燃やすのは道。車も普通に通っていたけど、道で燃やすのだ。
この人形が燃えている火にさらに爆竹を放り投げるから、ハジけること、ハジけること。バンバンだ。あっちでバンバン、こっちでバンバン。道端で花火を売っているので、そこで買っては投げ込み、とにかくバンバンだった。小学生男子が好きそうな花火ばかりがハジけているのだ。
なにより注目する点は、ほぼ誰も民族衣装的衣装を着ていないし、パナマ帽も被っていないこと。私の格好は年越しの正装ということではなかったようだ。温かいからいいんだけどね。日が暮れると高地にある都市なので寒いから。
帰り道に空を見ると霧がかかっているみたいだった。クエンカの街のあちこち燃やしていて、その煙が空を覆っているのだろう。暗いのに火のおかげで空が少し明るい気すらした。ただ次の日、街は静かだった。クエンカの年越しピークは元旦ではなく大晦日のようだ。
郷に入れば郷に従えということで、パナマ帽を買ったりしたけれど、肝心の年越しの瞬間、誰もパナマ帽なんて被っていなかった。ただただハジけていた。買うべきはパナマ帽ではなく花火だった。元旦の静けさもすごい。世界にはいろいろな年越しがあるのだ。
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