特集 2023年10月12日

「円」も「丁寧」も実は略字だった。漢字のプロに聞いた略字のあれこれ

古いアーケード街は略字の宝庫

こーだい:自由だなー。こういうの見ても思うんですけど、昔の人って、漢字の形は自由に変えていいものって考えてた節がありますね。

西村:そうそう。で、地方のアーケード街の手書き看板とかだとそういうのがまだ現役で残ってるとこがあって。新しいものに置き換わるとそこで消えてしまうので、できるだけ見つけたら写真撮るようにしてるんです。同じ「園」つながりでこんなのもありますよ。略字とは少し違うかもしれませんが。

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二つある公園食堂の、下の方の「公」と「園」に注目。園の中身が草書体みたいになっている

竹澤:上の方の「公園」は普通ですね。

西村:そっちは新しいんでしょうね。1枚の写真に異体字と普通の字が両方入ってると、一目で比較できて面白いです。これなんかもそうで。

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「品」の下の口二つがつながった略字。

竹澤:左の手書き看板の「品」は普通ですね。手書きだけど、世代交代がされてるという。

西村:これも面白いですよ。「劇」の略字なんだけど、建物は改装されて新しくなったけど文字は古いやつが使いまわされてる。

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このタイプの「劇」の略字は中国や韓国にもある普遍的なものらしい。

こーだい:アーケード街に略字が多いっていうの、すごくわかります。それにそういうところって店構え自体もすごく個性があってホレボレするようなのが多くて。

竹澤:さっきの「劇」みたいに使いまわしてもらえるのは例外で、新しくなるとどんどん消えちゃうんですよね。略字を書ける人もいなくなっていってるし。やっぱり見つけたら記録するのが大事ですね。

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ホレボレする店構えの例(大阪・十三で撮影)
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そしてここにもよく見ると略字が......!(「産」の生のはらいがない、「番」の一番上のはらいがない、など)
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大昔からあった略字

竹澤:これ、なんの字かわかりますか?

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くにがまえ(囗)に縦棒。

こーだい:えっと、円......?ですか?

竹澤:正解です!

こーだい:やった!

竹澤:西暦800年くらい、平安時代には存在した、今わかっている中で最古の略字なんですけど、もとは「圓」と書いていたのの略字です。弘法大使(またの名を空海、774年~835年)の書いたものの中にも登場します。

こーだい:ほー、由緒ある略字ですね。

石川:くにがまえの下の横棒がちょっとずつ上にずれていって「円」になったんだ。まさか円が略字だったとは思いませんでした。

竹澤:使われ始めた時期がある程度特定されている字はありがたいですね。逆に、日へんに王と書く「曜」の略字があるんですけど、これはいつ頃からあったのかずっと気になってます。

こーだい:今でもたまーにみる略字ですね。

竹澤:そう、たまに王が玉になってることもある略字です。

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曜日の「曜」の略字。これは王が玉になってるバージョン。

竹澤:これが、いつ頃から使われ始めたのかがわからない。今見つかっている最古の資料が1908年(明治41年)の算数の国定教科書なんですけど、まさか国定教科書でそれまでなかった略字をいきなり使うとは思えない。必ずそれ以前にも使われていたはずなんです。

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曜の「曜」が略字に(『算術教授資料』1908年)

西村:これ、同じページの他のところは普通の「曜」ですね。

こーだい:ほんとだ。どうしてそこだけ?

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なぜかほかの曜は略字になっていない。

竹澤:それも謎です。途中で活字が足りなくなっただけかもしれません。そして、王の代わりに玉を使う方はさらに古い例が少なくて、戦前の資料で見つけたのはこの1943年(昭和18年)のこれだけです。

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『軍人援護教育の概要 昭和18年度』より。

竹澤:王(おう)と曜(よう)で母音を共有しているので、おそらく王を使う方の略字が先にあったんじゃないかとは思います。ただ、そこからなぜ玉を使うようになったのか。これも謎です。

西村:漢字書いてて、たまに勢いで点を打ちたくなることがあります。「恵」とか。打たなくていいのに。そんな軽いノリで書いたものが定着しちゃったのかも。

こーだい:文章書いてるときにエンターキーを「ターン!」ってしたくなるみたいな。気になりますね、これ。


略字、それは漢字世界の氷山の一角

新たな略字の謎が提示されたところで、記事はここでおしまいである。「曜」の略字が使われるようになった時期や経緯について、些細なことでもいいのでご連絡お待ちしております。

略字はあまり使われなくなってきていると本文には書いたけれど、竹澤さんは略字を含むそうした膨大な「忘れられそうな漢字」を現世につなぎとめるべく辞典『拾萬字鏡』(サンプルはここで少し見ることができる)を編纂中だという。

略字の世界のほんの一端(記事に盛り込めたのはさらにその半分ほど)を覗いただけでこれだけおもしろいのだから、辞典が完成したあかつきにはどれほど興味深いものになるのか、ワクワクが尽きないのだった。

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