特集 2023年9月12日

ギロチンを手作りする

ギロチンで私達の暮らしは便利になるか

バレンタインデーのチョコレートを手作りしたことがある。今まで気にしていた「あげる/あげない」などどうでもよくて、チョコそのものがとても愛おしいものとなる。作ってみて初めてわかることってある。

一方、人類からギロチンが失われて40年が経った。主にフランスで使われていた死刑執行のための断頭台である。

ギロチンとはどのようなものなんだろうか。私達の生活に導入することは可能なのか。実際に作ってみた。

2006年より参加。興味対象がユーモアにあり動画を作ったり明日のアーという舞台を作ったり。

前の記事:業務スーパーと同じ会社が運営する食べ放題に、業務スーパーらしさを探しに行く

> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

人は煮詰まるとギロチンを作り始める

ギロチンとは関係ないがコントの舞台を書いている。今年は9年目になり、脚本を書いていると既視感が増えてきた。

考えてみれば他の作家のおもしろいものに出会うことも少なくなってきた。飽きたのか消費なのか、そもそも笑いのパターンには限界がある。むしゃくしゃしたのでギロチンを作ることにした。

なぜギロチンなのかは私にも分からないが、意外と使い道もあるかもしれない。にんじんしりしり器、ゆで卵スライサー、考えてみればギロチンくらい残酷な装置は私達のキッチンにある。

命を絶つという用途以外に例えば調理器具として、工具として、私達の暮らしにギロチンが入る余地はないのだろうか。まずはギロチンの形状を調べた。

やはりどれも高い。高いからその怖さが際立つ

まさかのギロチンかぶり

ギロチンを検索してみると他サイトであるオモコロの記事が出てきた(『探求!ギロチンはこれからどうすればいいのか』)。やばい。かぶった。これを書いた人もそうなのか。人はどうして煮詰まるとギロチンを作り始めるのか。

とはいえ、そちらの記事はダンボール製で切れないものだったのでこちらは暮らしに導入できるような実用的なギロチンを作る。

形状を真似して簡単な設計図を書く。刃を斜めにするのは諦めた

投石器やギロチンを作る人々

「切れないでしょう」とギロチンを作ると聞いた担当編集の安藤さんが心配をする。安藤さんはかつて物の動きや機構を学ぶ授業で投石器を作ったことがあるらしい。そんな人が言うと説得力がある。

刃をまっすぐ落とすだけだからなんとかなりそうな気もする。だけどそのまっすぐ落とす精度が難しそうでもある。

まっすぐな木を買ってきてまっすぐ接着すればいいはず。工作は買い出しが最も面倒
首の穴を開ける。大きなドリルがないので小さく何個か開けてつなげてヤスリがけする

土井先生に学ぶギロチン作り

家で簡単に図面を書いてホームセンターで木を買ってきた。断頭するための穴と刃の鉄板を斜めにカットするのはお店のサービスになかったので諦めた。できるかぎりでよい。それが自分なりのギロチンではないだろうか。

「おいしくなくてもよい」と言ってくれる料理の土井善晴さんに学んだ教えで私はギロチンを作る。

非常に手作り感のある断頭穴だ。手作りのチョコレートもいびつな形状をしがちで、そこが愛らしさとなる

怖くなければギロチンじゃない

工夫した点としては土台部分を箱型にして厚みをもたせたこと、60cmというそれなりの高さをつけたこと、そして上部に飾りをつけたこと。

すべてギロチンとしての怖さや威厳をもたせるためにやった。ギロチンは人々を畏怖する見た目でないといけない。

まったく必要がないのだが、断頭台というからには下を箱形状にして厚みを作った
また、一番上にも飾りの意味で鳥居のようなものをつけた。ギロチンに必要なのは威厳だ
鉄板を砥石で研いで刃にした。いびつな部分は研ぎの方向が悪くて生まれた

鉄板を研いで刃にする

刃部分は厚さ3mmの鉄板を砥石で研いだ。斜めにできなかったのが悔やまれる。

そもそもギロチンの刃はどんな首でも落とせるように斜めに付いていたそうだ。たしかに包丁をまっすぐ落とすところを想像すると切れなさそうだ。はたしてその切れ味はどう出るか。

刃部分に重めの木材をつけて勢いを増した

ギロチン作りに熱中する

設計も買い出しも面倒であるが一度材料がそろえば組み立ては熱中をする。それはギロチンにとっても同じことだった。オッペンハイマーの気持ちが今なら分かるような気がする。

刃をまっすぐに落とすためにねじれなく2本の柱を立てられるかが問題であった。なにか工夫があるわけでもなくただ慎重に、慎重に、まっすぐに立てたいという願いのようなものが込められた。

翌朝、木工ボンドが乾いて高さ60cmを超える手作りのギロチンが出来上がった。愛着がみるみるわく。こんなに残酷な装置なのに。

こうして私のギロチンが出来上がった。かわいいギロチンである。
断頭部分の穴は30mm程度。ソーセージくらいなら切れるはずだ。
首を入れて寝かせる台も作った。工夫である。こんなひどい目的でも工夫がある。
キッチンにこうしたものが一つあってもいいのではないか。無印良品に置いてそうだ
ためしにギロチンにかけてみよう
きゅうりである。なんの罪もない。キッチンにある食材に罪はひとつもない。
きゅうりが断頭台にかけられる気持ちとは……!
いやいやいや、なんてかわいそうなんだ!
無念である。きゅうりは何にも悪いことはしてないのに……!!
これが断頭台を見上げるきゅうりの視点である。なんて絶望的なんだ

ギロチンは博愛の装置だった

ギロチンとは残酷な装置のようでいて、実は殺される人に苦痛を感じさせないように作った博愛の装置なんだという。

小説家のバルザックは「革命のおかげで、われわれにはギロチンがある。今では、 復讐としてではなく見せしめのため」と言ったそうな。(参考 千葉大学『バルザックとギロチン』泉利明著

どういうことなんだろう。実はギロチン以前の処刑はもれなく苦しくて、一番苦痛がないのが斬首刑だった。でも剣で人の首を切るのは技術がいるので貴族だけが斬首刑だったそうな。庶民は絞首刑。

そんな折、自由と平等を求めるフランス革命が起こる。貴族でなくても、ということでギロチンが発明されたという経緯もあるそう。(参考 『History "「死刑執行人サンソン」が生きた時代" chapter3』)

そうしてきゅうりは何の苦しみもなく、ギロチンにかけられるのであった。

すごい速度で
鈍い衝撃音とともに
きゅうりが落ちる。成功だ。だけどこの悲しみはなんだ!
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きゅうりを処刑する

こうしてギロチンが落とされて、鈍い音とともにきゅうりの先が落ちた。私はなんてことをしてしまったんだろう。むしゃくしゃしてギロチンを作ったばかりに、何の罪もないきゅうりの先が落ちてしまった。

それはとてもきれいに落ちていた。包丁で切ったような断面のきれいさで。そこに一抹の充実感をおぼえてしまう。そうだ、ギロチンはうまくできたのだ。まっすぐに落ちる機構は完成していたのだ。

きれいに落とされている。複雑な気持ちである

だけどなんだろうこの感覚は。先を落とされたきゅうりの後ろ姿は包丁で切ったものとは明らかに違うのだ。もしもピアノが弾けたならすぐに歌にしていただろう物悲しい後ろ姿である。 

なんて悲しい姿なんだ。包丁で刃を入れたあとと全然ちがう
悲しいと言いながらも別角度から
ダンッ! きゅうり! 嗚呼きゅうりよ!
お前は悪くない! 時代が悪かったのだ!
と言いながらもバナナにもチャレンジしよう

フランス革命が起こり、自由と平等が叫ばれ、あのバナナがギロチンにかけられることとなった
バナナが! 英雄バナナが! 今や私達庶民は娯楽としてバナナの死を見るのだ
動けないバナナに……
重たい刃が襲いかかる……!
ズドッ!
ああ、バナナよ!
なんて物悲しさなんだ! お前は時代の徒花だ!
嗚呼、エリンギ! まさかエリンギまで!
おいたわしや、エリンギさま……!
私達にとっては悪いきのこではなかった、あのエリンギさまが……!
自由と平等の時代にはそぐわず……
サーッ!
ズドッ!
コロ……
時代が悪かったのだ!
こんなものがキッチンにあったら毎日の情緒がえらいことになるぞ……
時代は魚肉ソーセージにおいても同じことであった
あれだけ平和な存在だった魚肉ソーセージが……
ザッ
ドスッ
だがビニールは切れていなかった。ギロチンに勝るものが出てきたのだ
だが権力の強さよ、すぐさまビニールを剥がされて
ズドッ! なんていうことだ!
太巻きの手巻き寿司もギロチンにかかるのだろうか
なんと細巻きなら入ったろうが太巻きだったために入らなかった
こんなみっちみちになるギロチンがあるのか
それでも太巻きのツナマヨにギロチンの刃が襲いかかる……!
自由! 平等! 博愛!
これがギロチンのちからである

暮らしに情緒のアップダウンを

さまざまな残酷な装置が私達のキッチンにあり、そこにギロチンがあってもおかしくはない。と思っていたのだが、この悲しさはなんだろうか。

このきゅうりはただ包丁で切ったものと同じきゅうりであるはずなのに、なぜこんなにも心が揺さぶられるのか。

ギロチンはかつて復讐にとってかわり、見せしめとなった。娯楽や見世物と言わずともそこには少なからずドラマがある。日常をドラマで満たしたいなら、NetflixやAmazon primeなどのサブスクを。それでも足りなかったらギロチンを導入してみよう。そうすればきっと君の情緒は毎日乱高下し、人格はガタガタになるはずだ。


なぜギロチンだったのだろう

さてなぜギロチンを作ろうと思ったのだろうと自分でも不思議だったのだが、実際にギロチンにきゅうりをセットしててすぐにピンと来た。バナナをセットして確信に至った。去勢なんじゃないか。競走馬が勢いを落とし、中国の宦官が女性だらけの後宮に入るためのあれだ。隠喩を超えて直喩とも言えるほど去勢な見た目だった。

つまりこの既視感にとらわれたりする気だるい感情は男性ホルモンの低下の顕れなんじゃないだろうか。

ライターからのお知らせ

とはいえあれも飽きたこれも飽きたとなったうえでも次の一手は出すのである。おもしろさの先の方のさらに先にあるものは10月20日から始まる。情報は少ない方が体験として強いのでなんとか探し出してきてほしい。

 

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