特集 2019年1月30日

タイの日本人向け古本屋のエース商品はコロコロ

友人が中国へ移り住むとき、高校の歴史の授業で使った資料集を持っていったという。理由は「日本語の活字が恋しくなるから」。数年前まで、読書好きの海外在住者にとって日本語書籍が手に入らないことは死活問題。国によっては大手書店が展開していたり、電子書籍という手段もあるが、それも最近のこと。

タイの首都・バンコクに、在住日本人御用達の「古本屋」がある。今回、話を聞いてみると、現地の日本人社会の様子や、インターネット史との意外な関係が見えてきた。

1984年大阪生まれ。2011~2019年までベトナムでダチョウに乗ったりドリアンを装備してました。今は沖永良部島という島にひきこもってます。(動画インタビュー

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巨大日本人街・プロンポンにある古本屋へ

バンコクには日本人が多い、ほんと~に!めちゃくちゃ多い。以前私が住んでいたホーチミンの日本人人口は2万くらいと言われるが、それがこちらは10万人。繁華街を歩けばしょっちゅう生の日本語が聞こえてくるし、タイ人も飲食・ファッション面などで日本文化を消費しまくっているので「タイ製」の日本語も多い。 

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流行りつづける謎の日本語Tシャツ(「つづく」がとくに人気)

日本人はBTS沿いに多い。バンコク市内の公共交通機関である都市鉄道のことで、年1~2回の頻度で終点が変わるほど今も延伸真っただ中だ。その先端の脇を固めるようにコンドミニアム(タワマンみたいなもの)が建ち並んでいく様は、先走った殿様の大名行列のようだ。自分で言うのもあれだが分かりづらいな。

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BTSことバンコク大量輸送システム
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コンドミニアムの一例

ホーチミンと違って日本人との遭遇率が高い背景も、単に人口が5倍ということばかりではなく、BTSがあるがゆえ。ホーチミンというかベトナムではタクシーやバイクでの移動が中心なので、顔を合わす場所がない。そして少なくとも日本人にとっては、この移動の利便性によって住心地はバンコクの軍配が圧倒的に上がる。

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バンコクでも「マンションポエム」感のある看板広告が多い

そのBTSの駅の中で、事実上の二大日本人街が「トンロー」と「プロンポン」。いつも角煮とピアノをイメージするこの駅名。ギュッと一箇所に居酒屋やラーメン店がひしめいているというより、そういうところもあるが、「街全体に日本人がやたらと多く住んでいるエリア」という感じ。

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駅前には有名ブランドも入るデパートがあるが、
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脇に目をやると日本人街を思わせる看板が。

で、前置きが長くなりましたが、今回話を聞く日系古本屋「KEY BOOKS」さんは、プロンポンの方にある。

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日本語の看板が目立つソイ(路地)を入ったところに…
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「KEY BOOKS」さんを発見。
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店内は至って「ふつう」の本屋、しかしこの「ふつう」が海外においてはすごい。

店主の葛谷さんにお話を聞きます。

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余談だが、軒先に思い切り屋台がある風景はバンコクならでは。
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古本屋事情に垣間見える日本人社会

私「想像以上の品揃えですね!」
葛谷さん「ありがとうございます」
私「ぜんぶ日本語書籍、でもところどころにタイっぽさもある」

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当然だが、タイ関連コーナーはかなり充実している。
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一番人気は「タイ語検定」

私「聞きたいことは山盛りですが、まず…売れ筋商品って何ですか?」
葛谷さん「タイ語検定向けの教材です。検定の内容もだいたい毎年同じなので、誰かが勉強したものを売って、それをほかの誰かが買って勉強して、と回っているんですよ」
私「タイに住む日本人らしい売れ筋!ほかにはどんなものが?」
葛谷さん「海外に住まれるとほかの国の歴史や文化について興味を持つ方も多いようで、その関連書籍も。あとは小説、ビジネス書、英検の教材も多いですね」
私「英検?…あ~、現地の日本人学校が英検に力入れてるとかかな」
葛谷さん「そうかもしれません」

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これらの前の持ち主は、タイの次にシンガポールやアフリカへの進出を考えていたのか。

バンコクでは前述のコンドミニアムに住む駐在員が多く、帯同で引っ越してきた家族の付き合いも自然と同じ建物の住人同士で、となることが多い。こだわりを持ってインターナショナルスクールに通わせる!といったことがなければ、学校はもちろん塾も被ることになるので、そこが英検を実施しているといった背景がありそう。

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学習教材は一定の需要があるようだ。
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帰国者向けの、大学受験に関する本までずらり。

と、こんな感じで、扱う…日本人社会で回っている書籍から彼らの暮らしが見えてくる。おもしろい。

 

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美容院や飲食店の店主がまとめ買い

私「こんな方がこんな本を買っていく、なんてありますか?」
葛谷さん「美容・ファッション系の雑誌は、美容院の方がいつもまとめて買っていただきます」
私「あ~そうか、ありますもんね!日系店には日本の雑誌がだいたい」

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こーんな雑誌

葛谷さん「ほかに、マンガや週刊誌を日本食店を経営している方などが買われます」
私「あるある、ものすごく分かる。お客さんには単身者の男性が多かったりするからかな」
葛谷さん「国内のほかに、ベトナムやカンボジアの飲食店の方が買い付けに来たりしますよ」
私「え!そうなんだ!というより、ベトナムからも来てたんだ…」

海外の、日本人経営で、とくに男性客が中心の飲食店にはマンガや週刊誌がよく置いてある。日本の個人経営のラーメン店や床屋の雰囲気と似た感じ。ホーチミンで日本食店を経営する友人は「日本から持ってきている」と話していたが、最新刊でなくてもいいなら、バンコクへ寄ったときに仕入れる方が確かにラクだ。

バンコクには日本製品がなにかと集まり、また生産拠点がある関係で現地の市場でも売られるものならより安く買えるので、ベトナムをふくむ周辺国で商売をしている人にとっては仕入先になっていることが多いと聞く。そこで古本もおいても同じというのは、考えてみれば当たり前だが、興味深い。

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漫画雑誌はだいたい最新刊から一ヶ月ほど古め。
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日本人の流行や趣味が買い取り本にあらわれる

私「お店をはじめてみてから売れ行きで驚いたことってあります?」
葛谷さん「買い取りで、ゴルフ雑誌が想像以上に多いことですね」
私「ゴルフ雑誌!そうか~、分かる!」

なんか俺、さっきから同じ反応ばっかりしてるな。でも分かる、ぜんぶ分かるのよ。日本人社会って似るから。

海外在住者、とくにアジア諸国にお住まいの方なら分かってくれると思うが、海外に住む日本人、とりわけ駐在員間のゴルフ人気はすさまじい。赴任してからはじめた人も多い、というよりはそっちの方が多いかも。上司や取引先に勧められることが多いらしく、週末はゴルフという生活パターンは本当に本当によく聞く話。

葛谷さん「あとは手芸などのクラフトワーク系」
私「いわゆる、駐妻(駐在員の妻の意味)の方が読まれるんですかね?」
葛谷さん「おそらく。同じコンドミニアムに住む方がひとつの部屋に集まってよくやられているそうですよ」
私「でも、週刊誌も月刊誌も鮮度があるじゃないですか、それぞれ売りに来る方がいるんですか?」
葛谷さん「はい。それぞれの雑誌ごとにいらっしゃいます」
私「へ~!ある意味では、その方々がKEY BOOKSさんの入荷を支えているんですね…」

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趣味が出る雑誌コーナー、バンコクで「田舎暮らし」の雑誌を読む人が気になる。
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ガイドブック、タイは2年前発行分まで、レアな国なら積極買い取り。

私「ガイドブックも多そうですね」
葛谷さん「それもやっぱりタイのものが多いですね」
私「観光客だとKEY BOOKSさんを知るというか、日本人社会の存在をそもそも知らない気がしますけど、タイ在住者が訪ねてきた友人からもらったガイドブックを売ったり、または頻繁に来るので買っておく、という場面はありそうです。でも、そうすると、ひっきりなしに仕入れがあるんじゃないですか?」
葛谷さん「そうなんです。なのでタイのガイドブックは2016年以降のものに限定しています」
私「あーなるほど」
葛谷さん「逆に、レアな国なら2012年でも買い取りますね」
私「そっか!タイから周辺国に観光へ行く人も多いですもんね」

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ガイドブックコーナーでは「タイ」や「バンコク」という文字が目につく

タイから遠かったり高かったりで行きづらい場所であればあるほど、ガイドブックの買い取り価格も高くなる。日本だと軒並み同じ価格帯の各国ガイドブックが、タイの古本屋では行き先次第で値段が上下するなんて。ちなみに、韓国のガイドブックが意外と売れないとのこと。そりゃタイより日本から行った方が安いからな。

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日本各地のガイドブックも置いてある。
一瞬、なぜ?と思ったが、夏休みや正月休みの長期帰国前に売れるんだろうなー。

『コロコロ』は漫画雑誌の中でも特別扱い

私「さきほど雑誌ごとに売られる方がいるという話がありましたが、古すぎると買い取れないですよね?」
葛谷さん「はい。たとえば、週刊誌は基本的に一ヶ月以内発行分ですね。でもコロコロは特別で」
私「コロコロは特別!なぜ!?」
葛谷さん「親が本を探す間に子どもに読ませるという状況が多いみたいです」
私「コンビニの立ち読みは防犯や客寄せ効果があるって聞いたことがありますが、それに似てるな」

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コロコロなどの児童向け書籍は子どもでも手に取れる位置に
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幼児向けの雑誌も!

コロコロは買っていく人もいるらしい。そういえば自分が幼い頃、漫画雑誌は親からたまに買い与えられるものだったので、「話が来週や来月に続いている」という概念がなかった。親に購入権があり、かつその親自身が子どもをあやす道具と考えているなら、最新刊かどうかなんて気にも留めないんだろうな。

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児童向け以外に、少年・少女・青年漫画も充実。

ネットコンテンツの隆盛が古本屋の不景気につながった…かも?

バンコクの日本人事情はよく分かった。ここで、KEY BOOKSさんの話も聞きたい。

 

私「いつ頃はじめたんですか?」
葛谷さん「2013年の7月です」
私「意外と最近ですね!これだけ本があるのでもっと長いイメージでした」
葛谷さん「レンタルコミック店で働いていたのですが、常連の方からお店やらないか?と提案されて」
私「でも、古本っていきなりあるものじゃないでしょう、はじめるにあたってどうやって集めたんです?」
葛谷さん「日本からの仕入れと、そのお客さんはもともと古本屋をしていたので、そのときの常連だった方から仕入れて。合計1万冊を半々くらいですね」
私「その方、もともと古本屋って、じゃあなんで店をいったん畳んだんですか(笑)」
葛谷さん「ですよね(笑)。『店は準備しているときが一番楽しい』って言ってたんでそれかな」
私「文化祭みたいなノリだな~」

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買い取りはひっきりなし、近々新しく三階もオープンするとのこと。

葛谷さん「今は日系の古本屋もうちともうひとつくらいですが、2010年頃まではいくつかあったみたいです」
私「へーー、なんで減っちゃったんでしょうね」
葛谷さん「当時は需要もあり単価も高かったそうですが、売れなくなっちゃったみたいですね」
私「2010年以前か…あ、でもそれ意外と、インターネットが関係していたりするのかも?」

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一冊20バーツ(およそ70円)のコーナー

実はこれまで、海外に長く住む日本人で「デイリーポータルZ見てます」という人に会ったことは少なくなく、その理由を「読み物が載ってる貴重なサイトだから」と教えてもらったこともあった。今ネットコンテンツは飽和状態と言われるが、それ以前は、海外在住者の日本語需要を「古本」が満たしていたんじゃないだろうか。

厳密に調べた訳ではないが、2010年あたりからネットコンテンツの裾野が一気に広がったという印象は確かにある。もしかしたら、バンコクにあったかつての古本屋が消えた背景にはネットコンテンツの隆盛があった…の、かもしれない。さらに、電子書籍の普及や、「まんが村」に象徴される違法アップロードもあっただろう。

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扱う書籍には時折、今はなき古本屋のスタンプを見かけるという。
10年以上に渡ってバンコクの人の手を渡りつづけていると思うと、感慨深いものがある。

日本での流行や趣味が古本を通してタイ社会へ

こうして日本人社会での古本の橋渡し役を担う古本屋だが、最後に葛谷さんから意外な話を聞けた。

葛谷さん「本を買う人はなにも日本人ばかりじゃないんですよ」
私「えっ?あ、タイ人ということですか」
葛谷さん「はい。たとえば、手芸などのクラフトワーク系の本は、日本でブームが落ち着いてもタイではまだ需要があったりして、それを買っていくハイソな層もいるんですね」
私「おもしろ!」
葛谷さん「教育に力を入れている家庭では、知育系の日本の絵本も人気です」
私「本をつくった本人は、まさかそんな展開があるなんて想像してないだろうな…」

日本での流行や趣味が、古本屋を通してタイの社会にまで広がってゆく。ハイソとはいえ一部だろうけど、その流通システムはここだけのガラパゴスだ。古本屋の役割が本を再び人の手に渡していくということならば、国をまたいでいるという点でKEY BOOKSさんの文化的貢献度はものすごく高いんじゃないかと思った。

なお、買い取りは3月が多いという。なぜなら日本への帰任にあたって本を処分したい人が増えるから。そのため、1月頃にはあらかじめ半額セールを実施してサイクルを回す。それは、年中暑く、雨季と乾季しかなく、日本人にとっては季節感の薄いバンコクにおいて、数少ない「春」を感じられることなのかもしれない。

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これをタイに持っていくって相当な徳川好きだぞ。売ったけど。

ちなみに…エロ本は扱っておりません。

最後の方で「タイならではのエピソードってありますか?」と聞いたところ、仏教国なのでエッチな本は扱っていないとのこと。しかし過去には「裏で扱ってないの?」と聞いてきたお客さんがいたという。表も裏もないが、威風堂々と欲望を訴える潔さよ。そういう方にこそお話したい、「インターネットというものがありまして…」。

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取材のきかっけをくれた西村まさゆきさんにスペシャルサンクス!(タイに来たときに二人で寄った)

■取材協力

名前:KEY BOOKS
住所:595/7 Soi Sukhumvit 33/1, Klongton-nua, Wattana, Bangkok, Thailand
URL:http://keybooks.in.th/keyshop/
Facebookページ:https://www.facebook.com/keybooks.th/

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