帰りはタイのマイペンライ(なんとかなるさ)精神も味わえる
タイに行ったことがあるなら、チェンマイという街を知っている人も多いだろう。北部に位置する、観光地。なんとそこには「温泉」があるという。これまで二度も行ったが、ぜんぜん知らなかった。行こう、今すぐ行きたい。
景観とか、風呂上がりのドリンクとか、望んじゃいけない。それはとてもストイックだった。
バンコクという街は、軽く引くくらいなんでも揃う。日本食材はもちろんのこと、家電製品も、百均グッズも、本当になにからなにまで。そういえば先日ライターの西村さんが来たときも「野良猫にあげたい」と『ちゅ~る』を探したらすぐ見つかって、「よかったですね」と喜びつつ、同時にその利便性にひっそりと少し引いていた。
しかし、どうしても手に入らないものもある。温泉だ。そりゃ当然、源泉なんてものは地球にしか持って来れまい。別に、日本にいた頃から温泉好きって訳もなく一年に一度行けば多い方だったけど、南国では湯船に入る機会自体が愕然と減るのだから恋しくなるものなのだ。
なので、「チェンマイに温泉がある」と聞き俄然に機運が高まった。当初の目的はコムローイ(ランタンの熱気球)を浮かべるイーペン祭りだったが、日本の心が俺に「浸かれ」とささやいている。行くぞ、温泉!
温泉地の名前はサンカムペーン。「ワロロット市場」という、ネットスラングの変化型みたいな名前の場所からバスで一時間ほどかけて行く。ネットで見かけた情報では20分刻みでソンテウ(軽トラを改造したバス)が走っているというが…。
水嶋「(スマホを見せて困り顔で)サンカムペーン?」
男性「あそこから行けるよ」
お、バッチリ「ホットスプリング」と書いてある!間違いない。それにしても、温泉を「暖かな春」なんて表現した人は詩人だなと、名翻訳!と、たびたび思う。いったいだれが考えた?と思ってこの機会に調べたら、単にアメリカの有名温泉地がホットスプリング市というだけだった。たまたまかよ!この場合、私が詩人だった。
(追記)「スプリングは春ではなく泉だ」という指摘をお寄せいただき、恥ずかしさのあまり憤死しました。「春の泉」って付けた人も…詩人ですよね!(強がり)。訂正してお詫びいたします。
すぐにバスが来て乗り込めるかと思いきや、「10分前にバスが出て次便は2時間後」と言われる。下調べした情報の6倍尺。それマジか。もしかしたらほかにソンテウの停留所があるのか、あるいは統合されてしまったのか。でもここまでバチーンとホットスプリングと書いておいて、ここ以外にあるのだろうか。時間潰すか…。
余談だけど、東南アジア諸国はよく川が茶色で汚いと言われる。が、それは間違いで、単に土壌の成分由来ということらしい。まぁ、タイもベトナムも都市部の川は実際に汚いんだけど、そこに色はさして関係がない。
えー!人気ないの!?ここ。だから2時間に一本だけなのか、あるいはほかの人はソンテウで行っているのか、よく分からん…。何にせよ、温泉だ!え~い、温泉!
なんなんかね、この東南アジアにありがちな謎システム。すぐもぎるならもはや最初からチケットの半券だけ渡しても良いのではないだろうか。雇用をつくること自体が目的のハコモノ事業なあれなのだろうか。
日本の温泉地は、各旅館で温泉を引いており、一方でだれでも利用できる公衆浴場もある、という形が定番だ。それがタイ、このサンカムペーンはどう?というと、ちょっとした温泉テーマパークの様相を呈していた。
真っ直ぐ温泉にも行けるけど、まずは温泉たまごを食べてみたい。僕、実は温泉たまごに目がないんですよね~!じゃなくて、単に朝食を抜いてしまっていたからだ。温泉地で温泉たまごを食べる人の中で、本当に空腹で来ている人はあまりいないのかもしれないが。
地図に従って真っ直ぐ進むと…
間欠泉、はじめて見た。絶対危険だけど、柵も何もないところに愛すべきアジアの雑さを感じる。
バスから降りたのは私ひとりと書いたが、この一帯には見える限りで20人くらいのお客さんが温泉たまごを頬張っていた。なぜだろう、玉子をそのまま頬張る人はとても素直そうに見える。バナナを食べていても、サトウキビをかじっていても、なんとなく同じ印象を抱く気もする。まさか食べるものが人の印象に影響するとは。
ふつうの玉子なのだが、温泉地で自らつくっただけ(さらに言えば茹でただけ)で劇的においしく感じる。ふしぎだ。もう「おいしい」の言葉では間になわない。ありがとう、ありがとうよ、サンカムペーンの温泉たまごよ。こんなうまいものは自然界じゃ狙われて当然だ。来世があるなら鳥にはゼッタイなりたくない、守るの大変。
さて満足。温泉行こーっと。
温玉エリアには足湯もあったが、ガッツリ浸れる温泉があるというのだから日本人的にはそっちでしょう。
温泉たまごも足湯も日本にはあるが、この「温泉」がタイの温泉最大の日本との違うところ。我々の慣れ親しんだものならば、脱衣場で服を脱いで、広く場所を取られた温泉に、先客に迷惑かけずに波立てずスーッと入るものだけど…それがタイは!
景観はおろか、窓すらない。我々もよく知る浴槽がポツンと置いてあるだけだ。サンカムペーンさん、ストイックすぎやしませんか。なお入浴料は60バーツ(約200円)。
ちなみにこれ、台湾の温泉に入ったときも同じ形式だった。あちらは日本統治時代に開発されたこともあって日本式の温泉旅館も多いけど、現地の人には当然の形式でびっくらこいたもんでした。と思って過去の写真を探したら、当時撮った写真はスマホといっしょに紛失したことを思い出して今不毛に悲しくなった…。
コックをひねるとすごい勢いで噴き出す源泉に「業務用」という言葉がちらつきます。
それにしても、世界各地の温泉地では「水着着用の温水プール」か「個室の浴室」という中で、日本だけが肌を見せ合う形をとったことを考えると、なかなかクレイジーな国民性だなと思う。いい意味で。あ、でも、ドイツのサウナなんかも裸同士(しかも男女)だから、公衆浴場タイプの温泉もほかにあるのかもしれない。
自分ひとり用に温泉を張って温泉を排水する、というのはとてもとても贅沢だ。これが200円で実現できるのはかなりの高コストパフォーマンスと言えるのかもしれない。が、すでに見せた写真の通り、景観がなければ窓すらもないので、日本人的な「温泉」の満足度に届きそうで届かない、とにかくふしぎな感覚だった。
温泉って何だっけ。
そんな文化へのゲシュタルト崩壊を起こしてみることも、海外で温泉に入る楽しみなのかもしれません。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |