特集 2023年12月7日

マレーシアの「世界最大級」の盆踊り大会へ行ってきた

やぐらで行われる「なんでもありの催し」

屋台飯で許容量を越えたカロリーを摂取し、ビールまで得てすっかり満足した僕は、メインホールへと向かった。メインホールにはショッピングモールを貫く大きな吹き抜けがあり、中央には大きなやぐらが組まれている。

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赤いやぐら

盆踊りは、このやぐらの周りで行われるようだ。タピオカミルクティーとビールを交互に飲んでいたら、遅れて盆踊り団体の人たちが到着した。

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盆踊り団体と現地集合に成功

彼らは「スターダスト河内」という大阪の盆踊り団体。僕のやっているPodcast、「旅のラジオ」がきっかけで知り合った人々だ。

詳しくはこちらの記事に書かれているが、

以前「オリジナル音頭を作ります」という大阪府枚方市のふるさと納税に応募して、度肝を抜かれるクオリティの「旅のラジオ音頭」を作ってもらったのが始まりだった。その後も枚方市で一緒に飲んだりなど、交流が続いていたのだ。

スターダスト河内には若いメンバーが多く、大学生や高校生、中学生までいる。学校の都合上、今朝の便に乗って、ついさっきマレーシアに到着したという。ホテルにチェックインもせずに、大荷物を抱えながら会場に直行したらしい。
海外が初めてだというメンバーもいるのに、メンバーたちは到着するやいなや衣装に着替えて、踊りの打ち合わせを始めた。ストイックすぎる。僕が中学生だったら、異国の屋台の群れに目を輝かせて飛び込み、そのまま行方不明になっていると思う。

真剣な眼差しで、最終調整を続けるメンバーたち。僕はそれを見守りながら、ミルクティーとビールを飲み続けた。大混雑で座る場所もなかったから、なぜか僕も関係者席に座らせてもらった。子供の頃、祭りに行くと得体の知れない怪しい大人がいたものだが、若いメンバーからは、自分もそう映っているに違いない。

さて、この盆踊り大会では、盆踊りに限らず、さまざまな催しが開催されていた。

現地団体によるソーラン節や和太鼓の演奏からはじまり、

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現地の団体によるソーラン節

地元道場の合気道や、空手の演舞もあった。

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小さな空手家たちによる組手

「日本っぽいものならなんでもあり!」の祭りなんだなあ、と思っていたところフラダンスが始まって、もはや日本じゃなくてもいいみたいだ。

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楽しけりゃなんでもいいよね、の精神。このゆるさがとても心地よい。

その中で盆踊りはメインプログラムと位置付けられているようで、何度かに分けて全体の盆踊りタイムが設けられていた。

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スケジュール表。赤い四角が盆踊り。「Matsuken Samba」の文字も見える

盆踊りや日本文化を知らなくても、やぐらの前にいれば次々と、なにやら楽しげな催しが開かれる。観客が集まり、みんなのテンションが上がってきたところで、メインの盆踊りがスタートする。観客を段階的に盆踊りへ取り込んでいく工夫が、プログラムから見てとれた。

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いよいよ盆踊りが始まるも...

そうして日が沈んだ頃。「Local Lady」による「Local Dance」が終わって、ついに大阪からやってきた「スターダスト河内」の出番が始まった。

まずは和太鼓の演奏だ。たちまち観客たちの注目の的になって、みんなやぐらの前から写真を撮っている。

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次はいよいよ盆踊り、「交野節(かたのぶし)の音頭」である。僕がふるさと納税で「旅のラジオ音頭」を作ってもらった、伝統的な音頭だ。

さて、どれくらいの観客が踊り始めるんだろうと思ったら...

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まだ写真を撮っている。全然撮っている。

現地の日本人たちが周りを踊り始めたが、数は少ない。マレーシアの人々のほとんどが、やぐらの前で踊りをただ眺めている。どうやら、盆踊りが「日本の伝統芸能」的に捉えられて、観客たちが完全に観覧モードに入ってしまったようだ。
盆踊りは参加してなんぼのイベントなので、スターダスト河内のメンバーたちも、一緒に踊りましょうとアナウンスを繰り返すが、ショッピングモールの吹き抜けにマイクの音が反響して、うまく伝わっていない。

どうするのかな......と心配していたところ、やぐらの上から、中高生のメンバーたちが降りてきた。そして身振り手振りで、こうやって踊るんですよ、とマレーシアの人たちに教えている。たとえ反応が鈍くても、笑顔で次から次へと声をかけている。海外が初めてだというのに、全然物怖じしていない。

その熱意に、最初に反応したのは子どもたちだった。
初めから太鼓のリズムにノっていた現地の子どもたちは、自分達も踊っていいのだとわかると、ケラケラ笑いながら踊りの輪に入っていく。そして一緒に楽しそうに身体を揺らし始めた。すぐに場に馴染んで、誰とでも仲良くなってしまう子どもの凄さは、どこの国でも同じようだ。

そして小さな子どもたちの姿を見て、小中学生くらいの子たちが入ってきて、さらに高校生、若い男女と、歳の若い順に続いていく。そのうち、カメラを構えていた大人たちも踊りに参加して、大きな輪が形成されてきた。

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あれよあれよと人が増え、最終的には、やぐらを二重、三重に囲む大きな踊りの輪が完成していた。

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輪が大きくなってきた

もちろん僕もそこに加わる。先ほど「盆踊りは参加してなんぼ」とか偉そうなことを書いたものの、ちゃんと盆踊りの輪に入るのは初めてかもしれない。

交野節が終わったあとは、炭坑節に東京音頭。Youtubeで予習はしたものの、細かい動きは全然わからない。
それでも何周かしているうちに、不思議と身体が覚えてくる。踊りが輪になっているおかげで、前後左右、常に誰かの踊りが視界に入ってくる。それによって、自然と正しい動きを真似できるのだ。輪になって踊ることに、こんなメリットもあったとは。日本の盆踊り会場でも、臆せずさっさと輪に入ればよかった。

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無印で買った甚平も役立った

大きな輪が、やぐらをぐるぐると回っていく。

正直なところ、もともと期待していていた「何万人ものフェスのような熱狂」というほどまではいかない。それでもやぐらの掛け声に踊りの輪が呼応し、熱いバイブスが渦巻いて、吹き抜けを登っていく。侘び寂びのある巨大な建物が、踊りの熱気に包まれて、ショッピングモールとしての息を吹き返したみたいだ。

特に「ジョホール音頭」というジョホールバルのオリジナル音頭は、誰でもノリやすいアップテンポな音頭で、現地の人にも大人気だった。クライマックスになると、花いちもんめみたいに手を繋いでやぐらに駆け寄り、みんなで飛び跳ねる。

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僕が勝手に「ジョホールジャンプ」と呼んでいたこの動きは、側から見ていても派手で楽しそうなため、ジャンプ目当てで老若男女が次々と輪に入ってきた。みんな「フゥー!」とか「ホーウ!」とか好き好きに叫びながら跳んでいる。

僕もヒジャブを巻いた女性と、『鬼滅の刃』の炭治郎のコスプレをした男の子と手を繋いで、思いきりジャンプした。そのとき、この盆踊り大会に人が集まる理由が、わかった気がした。

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なぜマレーシアの盆踊りに人が集まるのか?

22時頃。2日にわたる盆踊り大会は、ようやくお開きとなった。夕飯も食べずに踊り続けていた「スターダスト河内」のメンバーたちは、ようやくありつけた屋台のご飯を「辛い!」とか「甘い!」とかキャッキャ言いながら頬張っていた。

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最後まで写真撮影を求められていたメンバーたち

僕はその様子を眺めながら、屋台飯について考えていた。この屋台飯は、「なぜマレーシアで盆踊り大会が人気なのか?」という問いへの、答えのひとつであると思った。

この二日間、屋台飯を楽しみに訪れた来場者の割合は、かなり多いように見えた。最も混雑していたのは、常に屋台飯のエリアだったと思う。なんだか日本っぽいけど、ちゃんとローカライズされた辛くて甘い食べ物を、みんな両手に抱えて歩き回っていた。

祭りが終わってから、現地の日本人の方が「今回の祭りは、屋台の導線に苦労したのでは」と話していたのも印象的だった。
ジョホールバルでの盆踊り大会は、例年は広い運動場で行われていたらしい。屋台がやぐらを囲んで並び、屋台から常にやぐらの様子が見えるような配置だったという。
そういう配置にすれば、屋台飯を買い終えた人々が、踊りや空手など「なんか楽しげな」催しのあるやぐらへと、自然と吸い寄せられていく。

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そしてやぐらに人が集まったところで、盆踊りが始まる。つまり「食→楽しげな催し→盆踊り」という段階的な人流設計が行われているのだ。飯が入り口になり、盆踊りが受け皿になる。

しかし今回は諸般の事情から運動場が使用できず、ショッピングモールで開催することになった。ショッピングモールの構造上、屋台はやぐらから離れた場所に設置するしかない。すると屋台飯を求める人々が、やぐらを通り過ぎてしまう。
それによって、(もちろん大いに盛り上がったものの)例年ほどの人流をやぐらに生み出せなかったのでは...…というのが、その方の見解だった。

こうして考えると、マレーシアの盆踊り会場に人が集まっていた理由のひとつは、「食から始まる人流設計」にあるのではないか。

イベントで食を売りにするのはよくあることだし、一言にしてしまうと普通すぎるが、これは異国の人々にも興味を持ってもらうための、工夫の賜物だと思う。
あれだけレパートリー豊富な屋台を並べて、かつやぐらで飽きさせないプログラムを続けるためには、多くの人々が動き、尽力していることが容易に想像できるためだ。

そして今回、目にしたように、いざやぐらに人が集まっても、ただ盆踊りを始めるだけでは足りない。盆踊りに参加するのは、現地の人たちにはまだハードルが高いのだ。
だから踊ってもらうための最後の1ピースとして、やぐらの上から降りてきて、一緒に踊ろうと声をかけ続ける。子供を中心として、一緒に身体を動かす楽しさを体験してもらう。そんな地道なプロセスが必要だった。

なぜマレーシアで、盆踊り大会が人気なのか?

それは、「異国の人でも関心を持てるような場を作って、踊りの楽しさを直接伝える」という、一見当たり前だがいちばん難しいことを、関係者の方々が、ずっと続けてきたからではないだろうか。

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異国で音が、はじまるために

深夜0時に、バスでようやく会場を出られた。道路が来場者で大渋滞していて、なかなか出発できなかったのだ。「例年ほどではない」とか書いたけど、やっぱりこんな規模の人々が、こんな場所に集まるのは、すごいことだと思う。

日本から来た盆踊り関係者のバスには、九州・関西・関東など、さまざまな土地の団体が乗っていた。みんなはるばる、マレーシアの地まで踊りに来ていたらしい。僕はビールを飲んでいただけなのに、関係者のバスに乗せてもらって申し訳ない。

祭りも終わったし、これからいよいよ打ち上げだー!とか呑気なことを考えていたのは僕くらいで、「スターダスト河内」のメンバーたちはなんとこのまま帰国するという。彼らはホテルの近くのコンビニでお土産を購入し、シャワーを浴びて仮眠をとったのち、深夜2時にタクシーで空港へと向かっていった。

踊りに来て、踊ったら帰る。本当にストイックである。

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お疲れさまでした

メンバーたちを見送ったあと、僕はホテルのベッドにひとり寝転がって、この二日間のことを思い返していた。祭りの熱が、まだ身体の中心でカンカンと火照っていた。

音頭とは、音の頭。音のはじまりと書く。

海を隔てたこのマレーシアの地で、音が「はじまる」ために、一体どれほどの苦労があったのだろうか。

目を閉じ、ベッドの底へ沈んでいっても、祭囃子がまだ頭の中で鳴り続けていた。


あとの祭り

翌朝、強烈な胃もたれと筋肉痛で起き上がれなかった。屋台飯を食べ過ぎたのと、ジョホールジャンプし過ぎたらしい。予定していたバスにも乗れなかった。テクノロジーでいくら旅が滑らかになっても、こういうところはいまだにうまくいかなくて、旅の楽しさが残っている。

ベッドに寝転びながら先に帰国した「スターダスト河内」のTwitterを見ていたら、今夜は大阪の会場で踊ります!と書いてあって、僕は驚愕しながら二度寝した。

なお今回のマレーシア旅行については、本日公開の「旅のラジオ」でも話しています。そちらもよければぜひお聴きください!

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