特集 2021年2月5日

電話のかけ方が載っていた70年前の国語教科書

国語の教科書といえば、どんなものを思い浮かべるだろう。

芥川龍之介の『羅生門』や夏目漱石の『こゝろ』、あるいは『スイミー』のような物語を思い浮かべる人もいるかもしれない。一冊の本のように、色々な読み物が入っている本を思う人が多いのではないか。

そんな国語の教科書にかつて、ラジオの聞き方や、電話のかけ方、さらには映画の技法までが載っていたという。

そんな「国語っぽくない」国語教科書を紹介したい。

1997年生まれ。大学院で教育学を勉強しつつ、チェーン店やテーマパーク、街の噂について書いてます。教育関係の記事についても書きたいと思っているが今まで書いてきた記事との接点が見つからなくて途方に暮れている。

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> 個人サイト Note

それは70年前だった

今でこそ、国語の教科書を開くと、広告の作り方やインターネットの使い方など、読み物ではない内容が入っている。

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いま使われている教科書。広告の見方などが入っている

しかし、ラジオの聞き方や映画の見方が載っている教科書が出版されていたのは、なんと1950年代。70年ぐらい前だという。そんな昔にラジオや映画が載っていたと。ほんとうだろうか。

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ほんとうです

これは、その教科書の目次。

たしかに、「ラジオ」や「映画」、それに「放送」などという”国語っぽくないもの”が並んでいる。

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この教科書の表紙が、これ。「高等」とは高校のこと

その名を、「言語編」教科書という。上の写真で教科書のタイトルが「高等言語」となっているのは、「高校生向けの言語編教科書」という意味である。

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中学生向けもある。「中等」とは中学生ということ

中学生・高校生向けに出版されていたもので、多いときにはいろいろな会社から30冊近く発行されていたらしい。

1950年代の教科書は2冊に分かれていた

しかし、「国語」ではなく、「言語編」とはどういうことかと思うかもしれない。じつは当時、国語の教科書は「言語編」教科書と「文学編」教科書という2つに分かれていた。

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こちらが文学編

1950年代の国語は、「言語編」教科書と「文学編」教科書の2つを合わせて「国語」になっていたのだ。

「文学編」教科書の目次を見ると、小説や評論文などがずらっと載っていて、「国語っぽい」教科書の姿をしている。

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「そうか、そうか、つまりきみはそういうやつなんだな」でおなじみの『少年の日の思い出』も。70年前から教科書にあった

1950年代の教科書は、今とはずいぶんちがう姿をしていたのである。

今回はその2冊の中の「国語っぽくない」方、「言語編」教科書を紹介したいと思う。

目次をながめる

「言語編」の目次をじっくり眺めてみよう

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あらためて目次を

”ラジオを聞く”や”放送のしかた”、”演劇と映画”など、おもしろそうな言葉が並んでいる。

徳川夢声が書いた”物語放送のコツ”という教材もある。

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徳川夢声は明治〜昭和期に活躍した声優・活動弁士。そんな徳川が国語の教科書にいる。今だったらあれだろうか、アニメの声優が国語の教科書に登場している感じだろうか。そう考えるとすごい。
だから、「徳川夢声が教えてくれる”物語放送のコツ”」は、いまでいうと、「アニメ声優が教えてくれる”ナレーションのコツ”」みたいな感じか。それは読んでみたさがある。

教科書は色々な会社が作っている。それは1950年代もそうだった。他の「言語編」教科書の目次も見てみよう。

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「講演や演説を聞く」とか「脚本と演出」、「新聞の読み方」なんていうのもある。話すことや聞くことについての内容も充実している
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それに、「読み方」という章で「小説の読み方」や「古文の読み方」というのもある。読むためのテクニックを教えてくれる内容もあったのだ

開いてみよう

目次を少し眺めて、いろいろな内容があることがわかった。じゃあ、実際に教科書を開いてみよう。

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さっきと同じ「言語編」教科書の目次

小説の読み方や、古文の読み方に混じって、「広告」という項目がある。広告について教えてくれるのか。

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そのとおり

でかでかと載っていた。ページをパラパラめくるだけですごく目立つ。広告を作るとき・見るときのポイントが載っている。マーケティングの教科書みたいだ。

広告をつくる時の注意点は次の4点らしい。

イ、第一印象を強く与えるようにくふうする
ロ、図案的にすぐれた構図を考える
ハ、よい雰囲気をつくり出すこと
二、必要な点で落ちているものがないかどうか注意する

ハ、の「よい雰囲気をつくり出すこと」がふんわりした指示だ。教科書に載っている「ハンディ英和辞典」と「アテネインキ」の広告は、「よい雰囲気」だということだ。

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よい雰囲気の広告たち
いったん広告です

ハイカラすぎないか

こんな風に、広告や、メディアの使い方がたくさん載っている。しかし、パラパラめくっていて驚くのは、言語編教科書が、めちゃくちゃハイカラなことだ。使っている言葉が、70年前とは思えない。

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「パネル・ディスカッション」という言葉とか
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「プロデューサー」ということば。70年前からそういわれていたのか
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映画の撮影技法まで。これ、勉強していたのすごい
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それと、「テレビジョン」についての説明もあったりする

「テレビジョン」という言葉が出ているのはすごいと思う。というのも、この教科書が出版されたのは1952年。そのときは、まだ、テレビの一般放送は始まっていなかった。なんと、未来の技術についてまで説明されていたのだ。

今で言うとあれだろうか、VRみたいなものの説明が教科書に載っているイメージ。
そう考えると、ハイカラ、というか近未来観さえ、ある。

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あと、いいな、と思うのが、たまに入っている放送局やコンピューターの写真
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未来のテクノロジーへの期待感が透けて見えて、なんだか愛おしい

ネット?

で、面白くなっていろんな「言語編」の教科書を読んでいたところ、おどろきの言葉を発見した。

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この目次なのですが
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ここです

「ネット会議」とある。

え、まさか、最近はやりの「インターネット会議」についての説明まであるのか? 70年前に? それは進みすぎではないか。期待感と共にページを開いてみる。

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教室でやってました

オンライン会議のことじゃなかった。

しかし、「ネット会議」ってなんだろう。文章を読んでみる。

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ああ、野球のネットか

野球のネットを買うための会議らしい。そのネットか。会議のやり方を実際の会議の様子で教える教材ということだ。しかし、中村の発言がすごい。

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「いつも野球をやるたびに、教室のガラスをこわすのです」って気を付けないといけない

そして、会議は紛糾する。

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議場、騒然となる

ネットの購入をめぐって騒然となる生徒会。会議の内容とはうらはらに、いきいきとした生徒会の様子を微笑ましく感じてしまう。

当時の子供たちは、こういう教材を読んで、会議のやり方を学んだのかもしれない。

会話教材が面白い

いま書いた「ネット会議」もそうなのだが、「言語編」教科書を読んでいると、会話文の教材がとても多い。メディアの使い方や、会話の仕方を教えるときに、会話文が多く使われているのだ。

読み物が多い国語教科書と比べて、「言語編」教科書の特徴の一つになっていたといえる。

例えば、「会話のしかた」という教材がある。

それが、こちら。

例文「朗らかな人」

A:ねえ、あなた、朗らかな人ってどんな人。
B:さあ。朗らかな人って……………朗らかな人だわ
A:何言うのよ。そんなこと言ったって、わからないじゃない
B:そうね。じゃあ、愉快な人とでも言ったら。
C:何していらっしゃるのよ。難しい顔して。
B:あら。
A:まあ、わたしが今Bさんに質問しているところよ
C:何を
A:朗らかな人って、どんな人かって。
B:あなたどう思う
C:そりゃあ、朗らかな人だわ

当時の子どもはこれを読んでどう思っただろうか。それまで、国語といえば文豪や思想家の流麗な文章を読むのが普通だったのに、いきなりこの会話である。差がすごい。

そして、多くの教材が、このような実際の会話風に書かれていて、いきいきしている。楽しい教科書だ。

いったん広告です

使ってみよう

……とまあ、いろいろな教材を紹介してみたが、「言語編」教科書には、いますぐ生活に使えそうな、すごく実践的な内容が多い。

じゃあ、実際に教科書を使ってみようではないか。

レッスン① お見舞いの手紙をちゃんと書こう

やはり人間、お見舞いの手紙はちゃんと書きたいものだ。しかし、どんな文章がお見舞いに適しているのだろう。そんなニーズにもこたえてくれるのが「言語編」教科書だ。

さて、ここで2つのお見舞いの手紙を比べてみよう。盲腸になってしまった木島くんへの手紙という設定だ。

 きみは盲腸を一つ取ってしまったんだね。もっとも盲腸は一つしかないから、二つ取るわけにはいかないけれど。 
[…] 
   ぼくの家のねこ、たまという白いねこを知っているだろう。たまのことで、昨晩大さわぎをしました。台所で、ものが落ちるやら、こわれるやら、ものすごい音がしたので、どんでいってみたら、あきれるじゃないか。たまがさけのあきかんを頭からかぶって、大あばれの最中なのだ。兄がブリキ切りで、そのかんを切りあげて、やっと取ってやったんだ。[…]たまのやつ、やれやれといった顔つきで、「にゃん」とないてさっさと座敷の方へひきあげたものさ。そこで兄のいわく、「にゃんというやつだろう」
 […]
 みんな、きみがいないのでさびしがっています。きみの顔を見たら、みんなが大さわぎをして喜ぶでしょう。        

太郎

唐突にねこの話が出てきた。コメディアンさながらの陽気な口調である。比べるのはこちら。

 盲腸の手術をしたそうだね。お気の毒に思っています。 
 […]
 きょう、学校で、数学のテストがありました。二分の一ぐらいの人が、しくじったと言っておりました。数学はぐんぐん進んでいます。きみが学校に来られるようになるまでには、ずいぶん宿題がたまるでしょう。 

次郎より

こちらはずいぶんと暗い。というか、「宿題がたまる」なんて、病人に言ったら嫌な気持ちになる。

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手紙を読んで引く木島くん(ほんとうに教科書にある挿絵)

この2つが並んだあとに、問いがある。

(1)太郎と次郎の手紙を読んで、どちらが木島くんのことを考えて、喜ばせようとつとめているか。
(2)手紙の調子はどちらが明かるいか

こう続く。教科書にははっきりと答えがない。実際に手紙を読んで考えよう、ということだ。

質問の雰囲気からすると、より明るく人を気遣ってくれる手紙がよいということだろう。だから、私の意見では、太郎くんの手紙がよい、と思う。暗い感じよりも冗談の一つや二つ言って喜ばせるのがいいと。

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太郎の手紙を読んで喜ぶ木島くん。同じ挿絵だが、木島くんが太郎と次郎の手紙のどちらを読んでいるのかで挿絵が変わって見える

つまり、こういうことだ。

まとめ:お見舞いの手紙は明るく!冗談の一つや二つ、手紙に入れよう

レッスン② ただしく電話をかけよう

社会人たるもの、正しく電話をかけたいし、取りたい。

じゃあ、電話はどうやってかけたらいいのか。「言語編」教科書はそんなことも教えてくれる。問いが次のような二つのイラストから始まる。

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「上の絵を見てごらんなさい。気持がいいですか、悪いですか」と教科書は問う
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「こんどは下の少女の表情を見てごらんなさい。[…]この楽しそうなほほえみ、いきいきとした表情は電話線にのって、受話器から快いひびきを伴って相手の耳の中へ飛びこんでいくでしょう」と教科書は語る

表情である。

大事なのは、表情なのだ。上のイラストのように、険しい表情で電話をしてはいけない。実際に教科書にも書いてある。

電話ではこんな顔は見えないかもしれません。けれども、受話器から流れ出て、あなたの耳にはいってくるこの人の声は、この人の気持ちを、この人の表情を、余すところなく伝えてくるでしょう。

教科書によれば、気持ちは顕著に声を表すのだという。であれば、やはり晴れやかな気持ちで電話をしなければならない。

まとめ:電話をするときはにこやかに!

そのあとに、箇条書きで13項目にわたって電話をするときの注意点がある。一部抜き出してみた。

・紙とペンを用意してから、電話をかけるようにしなければなりません。話の途中で「ちょっとお待ちください」と言って筆記具をとりに行くのは時間の不経済です

・通話に際しては、送信器にまっすぐに対して、口を近づけ、自然な声で話すようにしよう。普通は約一・五センチー二センチも距離を保てばよいとされています。

・叫んではいけません。どなってはいけません。

かつてあった”国語”

「言語編」教科書の世界を堪能していただいた。教材文が面白くて、ずっと読んでしまった。

この「言語編」と「文学編」教科書、実は7~8年ぐらいしか使われず、1950年代終わりにはほとんど姿を消してしまった。内容がハイカラだったり、今までの教科書とあまりにも違っていたので、なかなか使いづらかったらしい。

”国語”といえば、文章を読むものだと私たちは思っている。でも、そうでない”国語”の姿もあったのだと思うと、この「言語編」教科書のこともたまには思い出したくなる。

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望ましい電話のかけ方を練習する私。にこやかにかけたい
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