「JR全線完乗・防衛戦」という趣味
JR全線乗りつぶし(全線完乗)、要は「JRのすべての路線に乗りましょう」という趣味である。私は7年間ひたすら旅に出て、列車に揺られて、2010年にすべて乗り終えた。
詳細は以前、記事にしたのでそちらを読んでもらうとして。そこにも少し書いたのだけど、この趣味が終わると「防衛戦」というエピローグみたいな新しい趣味が始まる。
当然ながら、たまに新しい路線が開業する
新しい路線ができたり、線路を移設したりというイベントが発生すると、その瞬間に全線完乗ではなくなる。なので、全線完乗というタイトルを保持するためだけに、また旅に出て、乗ってない路線に乗る必要があるのだ。
特に自慢できるわけでもないし(そもそもほとんど興味を持たれない)、完全に自己満足なのだけど、これが意外と面白い。かれこれ12年ほど趣味を続けて、計13回の防衛をしてきたので、思うところを述べていきたい。
どれくらい新規開業するのか
私がJR全線完乗したのは2010年5月。それ以降に発生した、「防衛戦」の対象となるイベントは以下の通りだ。
2010/12/4 東北新幹線 八戸―新青森(開業)
2011/3/12 九州新幹線 博多―新八代(開業)
2014/10/1 吾妻線 岩島―長野原草津口(移設)
2015/3/14 北陸新幹線 長野―金沢(開業)
2015/3/21 石巻線 浦宿―女川(移設)
2015/5/30 東北本線 松島―高城町(開業)
2015/5/30 仙石線 陸前大塚―陸前小野(移設)
2016/3/26 北海道新幹線 新青森―新函館北斗(開業)
2016/12/10 常磐線 駒ヶ嶺―浜吉田(移設)
2017/3/4 可部線 可部―あき亀山(開業)
2019/3/16 おおさか東線 放出―新大阪(開業)
2019/11/30 相鉄・JR直通線 鶴見―羽沢横浜国大(開業)
2022/9/23 西九州新幹線 武雄温泉―長崎(開業)
イベントには、大きく分けると「開業」と「移設」がある。開業とは、新しい路線ができて新規営業を開始すること。そして移設は、何らかの事情で線路を別の場所に付け替えたうえで営業再開することである。
開業はニュースで大々的に報じられることが多い(特に新幹線)ものの、移設の方はあんまり聞かないかもしれない。でも何だかんだこれだけのイベントがあって、私のような趣味者はそれを聞きつけて現地へと赴くのだ。
八ッ場ダム建設のため、元の線路があった場所がダム湖の底に水没。そこを迂回する新ルートで線路を引き直した吾妻線(岩島―長野原草津口)。事情を知ると、ちょっとだけ行ってみたくならないだろうか
JRだけに限定しているので、12年間で計13回、平均すると年1回ほど何かある(何もない年もある)というスローペースである。
でもこの年1回というペースが、実にちょうどいいのだ。年に何回もあるとそちらに意識を持って行かれるし、10年に一回とかだと物足りない。「待て」をしている犬のように開業のニュースを心待ちにし、たまに餌が与えられるとそれに飛びついて満足する。
自分で自分の楽しみを作って、それが満たされるのを受動的に待っている状態。何も考えなくていいし、楽で、それいて実行すると達成感があって満たされる。個人的には最高にちょうどいい趣味なのである。
ここがイイ!① イベント発生のペースがちょうどいい
これがないと行かないような場所に行ける
行き先が勝手に決まるというのもポイントのひとつだ。旅は大好きなのだが、行きたいところには大体行ってしまったので、特にここに行きたいという場所がない。なので行き先に悩むことが多い。
でも防衛戦をやっていると、桃鉄のように勝手に目的地が降ってくる。次はここにいけ! と一方的に指示されるので、そこに行くだけでいい。何も考えなくていいから楽である(さっきから楽してばかりだ)。
たぶん共感されにくいポイントのような気もするが、個人的には「ここは一生行く機会がないだろうな……」というところをフラフラと漂うのが好きである。しかもわざわざそこに行くことを目的に設定すると、他にも「近くだからついでに寄ってみるか」と思う場所が生まれて、より行き先の偶然性が高まる。
東北新幹線が青森まで延伸したときは、ちょっと足を伸ばして雪に覆われた下北半島に行ってみた
路線バスに揺られて、凍てついた冬の海を眺め、
大間の漁港を漂泊し、
津軽海峡をフェリーで渡った。たぶん防衛戦がないと一生行かなかったようなルート
自発的には行かないようなところに行くのって、すごく楽しい。最低限の行程だけを決めて、あとは風まかせに各地をさまよう。私なんかは誰にも話しかけないので特に何も起こらないのだけど、どこに行っても誰かの生活は感じられる。
多くの人にとって、旅というのは非日常を楽しむものだと思う。もっと分解すると、「他人の日常」という「自分の非日常」を味わう行為だと思うのだ。一人で知らない場所をさまよっていると、その感覚が研ぎ澄まされてくる。これを味わえるだけで十分だと思える。
新規開業のおめでたさ
防衛戦のなかでも一番華やかなのは「新規開業」である。特に新幹線は沿線住民の悲願であることが多くて、現地を訪れるとお祝いムードに包まれている。
北海道新幹線開業時に、新函館北斗駅で見たホワイトボード。想いがあふれていて、見ているこっちも心が動かされる……
こちらは在来線で、おおさか東線の全線開業時のパネル。めでたいねえ
開業時にはもちろんたくさんの人が集まる。でも廃線が決まった路線に人が殺到するときのような、少し暗くて殺伐とした雰囲気ではなくて、すごくおめでたいムードに包まれているのが心地いい。特に最近では新規開業よりも廃線の方が頻度は高いので、いっそう開業には心が躍る。ああ、わざわざ来てよかったなあと毎回思えるのだ。
真新しい駅、開発中の駅前
新規開業でもうひとつ注目したいのは、開業に合わせて設置された新駅である。もちろん駅舎は新しいし、駅前も開発中で、今しか見られない景色となっていることが多い。
JRと相模鉄道の相互乗り入れのため開業した「相鉄・JR直通線」。新駅である羽沢横浜国大駅にはひと気も少なくて、真新しい駅舎を堪能することができた
駅前は絶賛再開発中(撮影は開業時ではなく2022年)
新函館北斗駅も、すごく立派で美しい駅舎ができあがっていた
でも窓から見えるのは長閑な景色で、このギャップにときめいてしまう(写真は開業当時)
駅ができ、人が集まり、街が生まれる。その歴史が始まった瞬間に立ち会っている実感があって、ここでもまた人間の営みを肌で感じるのであった。ああ、来てよかったなあと毎回思える(二回目)。
ただ新規開業路線に乗っていて面白いかというと、それはまた別の話で……。そういう路線は、総じてトンネル区間が多いのだ。
これは北陸新幹線の車窓。トンネルじゃなくても、眺望はあまり望めないことが多い
もともとJR全線完乗を目指していた目的も「いろんな景色が見たい」だったので、車窓が見えないと個人的にはあまりテンションが上がらなかったりする。
宮城で開業した「仙石東北ライン」は、従来からある2つの路線(仙石線と東北本線)をつなぐための短絡線である。その距離、わずか0.3キロ!
0.3キロのためであっても、律儀に宮城まで乗りに行ってきた。それで乗ってみて何か感じたかというと、特に何もない。「あ、いま開業区間通ったか!?」と一瞬思う程度で、基本的には「無」である。
でもこうした目的があることで、先に書いたように今まで行ってなかった場所にも行けるし、新たな発見もたくさんある。なので面倒くさがらずに、せっせとこういうところへ赴いているわけです。
路線移設の理由は?
新規開業のほかに「移設」があると書いた。八ッ場ダム建設のような事情で移設したところもあれば、災害の影響で移設した路線もある。この12年であった移設4件のうち、3件が東日本大震災関連である。
震災で壊滅的な被害を受け、約200メートル内陸側に新たにつくられた宮城県の「女川駅」。真新しい立派な駅舎!
ちょうど訪れたときが何かのイベント中だったので、駅前も活気にあふれていた
JR全線完乗したのは震災前なので、被災した区間はすべて一度乗ったことがある路線だ。旧・女川駅にも、2006年に来たことがあった。
その当時の駅前。なぜかポケモンが出迎えてくれたのが印象深い
このホームが、
こうなった。後ろの山だけは変わっていないのが分かる
以前の姿を知っているので、よけいに感慨深いのだ。遠く関西に住んでいるけれど、一度訪れて歩いたことがある街が被害を受けているのを見るのは結構きついものがあって。自分で撮影した震災前の写真を見ながら、胸が締め付けられる日々を過ごしていたときもあった。
JR全線完乗の趣味がなければ、たぶん一生行かなかった街かもしれない。このときも目的はあくまで「防衛戦」だったのだけど、何であれ再訪するキッカケがあって良かったなぁと、しみじみ思った。自分の意思で関わったからこそ、より気になる街になったことは確かである。
ちなみに移設したほかの2箇所も、震災で甚大な被害が出た区間である。いずれも内陸側に線路が移設された。
福島第一原発の付近では、長らく路線が分断されていた(駅の路線図もこのとおり切れていた)。ここが2020年に運行再開したことで、震災による不通区間は全線開通したのであった
行って、帰って、記録を付けること
ここまで書いてきたように、防衛戦をやっていなければ出会わなかった景色がいっぱいある。ガイドブックには載っていない現地の空気を味わうには、こうして自分の足で降り立つことが一番である。
そんな魅力あふれる趣味なんだけど、個人的に一番の醍醐味だと思っているのは、やはり「記録」だ。私は「乗りつぶしオンライン」というサイトに乗車記録を付けている。
先日、西九州新幹線が開業した。それによって、私の乗車率は13度目の100%未満(今回は99.644%)になった(以降の画面は「乗りつぶしオンライン」より)
乗りに行って帰ってきたら、早速ポチポチっと乗車区間を入力して……
無事に100%に返り咲いたのであった
ふー。たぶんコレクション趣味のある方には分かってもらえると思うが、やっぱりコレである。欠けたピースがカチッとはまる瞬間。すべての隙間が満たされて、同時に私の心も満たされる。JR全線完乗をやっていて良かったと思える一番の瞬間である(大げさではなく)。
西九州新幹線に乗りに行く
最後は蛇足であるが、2022年9月23日に開業した「西九州新幹線」に乗るという防衛戦をしてきたので、その様子を少しお話したい。開業すぐには予定が合わなかったので、行ったのは10月に入ってからだ(これまでも無理に開業初日に行ったりはしていない。自分のペースで続けることが肝要である)。
これが西九州新幹線かもめ! 佐賀県側の終端、武雄温泉駅から乗車した
たった5駅、乗車時間30分という短い旅路である。せっかくなので新駅に立ち寄ってみようと、途中駅である「嬉野温泉駅」で降りてみた。
できたばかりの新駅・嬉野温泉駅。嬉野温泉街からは少し離れているせいか、人もまばらな静かな場所だった
絵に描いたような美しい駅構内
そして広々とした雄大な駅前に、
開業の快哉を叫ぶ立て看板
まさに見たかった景色が広がっていた。これから新しく生まれ変わる街への期待感が味わえて非常によかった。
嬉野温泉駅からはバスに乗って、嬉野温泉街の中心部へ。
公衆浴場シーボルトの湯に入り、
そのあと何かに誘われるように、嬉野温泉バスセンターへ
予備知識なしで来たのだが、完全に自分好みのバスターミナルだった
こういうところでバスを待つ時間も人生には必要だと思える
室外機の横にあるラーメン鉢は、昼ご飯の出前か、猫用の給餌皿か
ここも西九州新幹線の開業がなければ、一生来なかった場所かもしれない。たまたま防衛戦があって通りかかり、興味がわいたのでこの地に降り立つことができた。かように、貴重なきっかけを与えてくれるのがこの趣味なのである。
そして再び新幹線に乗って、残りの区間を乗り通す。開業ムードに沸き立つ長崎駅にて、JR全線完乗「防衛」を達成した
帰りは時津港というところまで行き、小さな高速船に乗って大村湾を疾走。海路で長崎空港まで行くルートを取った
長崎駅からだと、この船に乗ることで時間もお金も余計にかかる。なので普通だったら選択しない手段なんだけど、そもそも防衛戦なんて目的そのものがある意味「無駄」の産物である。
なので旅のスタンスも、おのずとおおらかになる。船に乗りたいから船で行く。それでいいのだ。これからも、こんな風にフワフワとした旅を続けていきたい。
私鉄・第三セクター完乗に向けて
JR全線完乗を達成すると趣味が終わる、と最初に書いたが、ほかにも私鉄・第三セクターの完乗を目指すこともできる。というか私もそれを目指して、ゆっくりではあるけれど全国を巡っている(現在37%に乗車済み)。
西九州新幹線に乗るため長崎へ降り立った際も、ついでに路面電車を全線完乗してきた
これはこれで、JRとは一味違った風景が見られることが多くて楽しい。楽しいのだけれど、どうしても避けて通れないのが「地下鉄」だ。
そう、全線完乗というからには、地下鉄にも全て乗らなければならない。乗りたくね~と思いながら、「イヤなら無理に乗らんでもいいんだよ」という天使と、「いやいや乗らないと完乗にならんでしょ」という悪魔が戦っている。どうしようか、結論はまだ出ていない。