カニカマ入れてた
指揮を兼ねるのでなるべくシンプルなチャーハンを作るつもりだったんだけど、何もないのも悪いなと思い、迷った末、カニカマを刻んで入れた。
オーケストラの指揮の動きとチャーハンを作る動きが似ていると思った。
ということは、チャーハン作る動きを指揮とみなして演奏することはできるのだろうか。やってみました。
チャーハンを作る時は、一生懸命に鍋を振るタイプの人間だ。
調子がいいと鍋を振るリズムまで意識していたりする。けっこう、いいリズムを刻むのだ。チャーハンの味より鍋を振る行為自体が楽しくなっている。
そういえばテレビで見る中華料理のシェフとかも、いいリズムで鍋を振っている。
あのリズミカルに鍋を振る動き、合奏の指揮にならないだろうか。
つまり、指揮者の代わりにチャーハン作る人が指揮台に立ち、その人の鍋を振る動きに合わせて皆が演奏するのだ。演奏が終わるとホカホカのチャーハンもできあがっている。
演奏者をガンガン操りながらチャーハンをジャンジャン作れたらおもしろい。やってみました。
結論から言うと、すごく親切なクラリネットの方々に協力いただき実現しました。とにかくまずは成果物をご覧ください。
見やすいように曲の真ん中はカットしています。
曲はハンガリー舞曲の第5番。さけるチーズのCMで有名な曲だ。
出だしはグズグズしたが鍋を振り出してからは、指揮っぽくもあり、でもチャーハン作ってる、という捻れた空間を生み出すことができた。
本番中は、米と卵を炒める僕を演奏者の皆さんが見てくれているのが分かった。自分次第で曲のテンポがどうにでもなる。「これが指揮か!」と思いながら一生懸命曲を前に進めるとチャーハンができあがっていく。
いい演奏にしたいという思い、そしておいしいチャーハンを作りたいという思いが重なり、ものすごく汗をかいた。この夏、一番濃密な3分間だった。
曲も止まらずチャーハンも完成した。特に終わり方が良かった。「ジャン、ジャン、ジャン!」でチャーハンを盛ることができたのだ。「死ぬまでにやりたいことリスト」がひとつ消化された瞬間だった。
人の生とは、こういう些細だけれども切実な願いを叶え続ける営みであると、そう確信した瞬間であった。
それでは、ここに至るまでを説明します。
チャーハンを作りながら指揮をするために必要なものは下記の3つである。
思いついた時に「全部ないなー」と思った。全部ないのだ。タイヤもハンドルもエンジンもない車に乗り込んで「走らないなー」とぼやいてる状態である。大変微笑ましいけど、とにかくそれでは走らない。
演奏者をガンガン操りながらチャーハンをジャンジャン作る映像を見たい、という歪んだパッションを燃料にしてフェイスブックで聞いてみる。
そうしたらチャーハンの動きで演奏してくれる方々が見つかった。
真ん中の木以外がメンバーになります。所属する11名のうち4名が来てくださいました。
クラシックだけじゃなくて、こんな曲もやる楽しいアンサンブル。
デイリーポータルZのライターであるネルソン水嶋さんが、チャーハンの動きで演奏しても構わないというご友人を紹介してくれた。僕とTwoCubeの皆さんは初対面である。
田中さんは最近あった公演の打ち上げで、この企画の話をして人を集めてくれた。そればかりか、指揮者の方にヒアリングをしてくれたという。「チャーハン作りながら指揮、できるものですか?」と。
「プロの答え…!」と思った。しかし「それじゃあしょうがないね」と解散するわけにもいかない。ダメならダメでその様子を確かめてみよう。
というか指揮者の方にまで聞いてくれたのがすごい。こんなにチャーハン作る動きで演奏することに適した人材はいない。
自分でいくら検索しても見つからなかったので、スタッフの方に相談できるレンタルスペースの紹介サイトを使って見つけた。
楽器演奏ができて、料理もできる、広いレンタルスペース。これがすごく難しい条件だということが今なら分かる。頭はサル、体はタヌキ、四肢はトラ、みたいなものである。鵺(ぬえ)だ。
そして最後の条件「指揮しながらチャーハン作ってくれる指揮者」は自分でやることにした。指揮は未経験だけどチャーハンは経験ある。ここまで来たらやるしかないだろう。
協力してくれる方々と、ぴったりの場所が見つかった。あとはやるだけである。
曲は『ハンガリー舞曲 第5番』に決めた。有名なのと、途中でテンポが変わる部分があって誰かが指示を出さなければいけない曲だからだ。
通常、四重奏に指揮者がいることはない。リーダーの合図やお互いの呼吸を頼りに4人で曲を作り上げていく。その絆をバラバラにして、俺のチャーハンの動きに従え、と言っているのが今回の企画である。ムチャクチャ言うな、と我ながら思った。
僕の考えてきた指揮になりそうなチャーハンの動きを見てもらい、鍋だけを振って演奏と合わせていく。
やってみると僕の拙い指揮(鍋)に、皆さんが合わせてくれるのが分かる。子ども向けの演奏会の企画で、オーケストラの指揮をやってみよう、みたいなやつがあるけど、まさにああいう体験ができた。鍋の振り方によって曲がいかようにもなる万能感と責任感。
今日にしか活きない練習。今を生きるとはこういうことだ。
いよいよ実際に米と卵を炒めてやってみましょうか、となった。
フライパンが温まり次第始まる。この時の緊張感がすごかった。食材に火を通したらもう元には戻らない。その不可逆性によって演奏にも良い緊張感が生まれたらどうだろう。チャーハンの動きが指揮であることにうっかり意義が出てくる。いいぞ。
いきなりフライパンを振り始めたが、お米をほぐす動きを考えてなかったのでうまくいかない。焦ってお米が飛んでしまった。曲も止まった。
皆で何が悪かったのか考えた。
勘の良い方はコンロがIHであることが気になっていたかもしれない。そう、コンロがIHなのだ。IHのコンロは火が出ないので鍋を振って調理する用途には向いていない。
仕方がないのでたまに鍋を置いて、温めつつ調理と演奏をすることにした。
そしてまたご飯を温め、鍋を温めて、2回目で成功したのが冒頭の動画である。
もう一度載せます。
一生懸命に鍋を振り、最後に、
できたできた。チャーハンの動きで指揮。TwoCubeの皆さんも「できるもんですねー」と言ってくれた。
これはチャーハンと指揮の動きが似てるから、というよりかは演奏者の皆さんの適応力がすごかったからできた、という感じがしなくもないけど、それはそれでよかった。チームとなって何かを突破した手応えがあった。
今回のハンガリー舞曲は演奏して終わりでなく、できあがったチャーハンを食べてはじめて完成と言えるんじゃないか。
天を衝くほどの素朴な味がした。
何かというと、塩コショウが全体に混ざってないのだ。味が無いところと濃いところがある。僕は味が無いところを食べたのだ。
というわけでチャーハンと指揮、同時にできなくもない、という結論が出た。
チャーハン … 限られた鍋を振る回数の中でしっかり混ぜればおいしくできる。
指揮 … 演奏する方々が優しければできる。鍋をしっかり振るとやはり分かりやすいらしい。
そしてやはり、すごく良い緊張感があったことが達成感につながっていると思った。
米や卵を炒めることで「取り返しのつかなさ」が目に見えるようになるので、次に期待せずに今の演奏に全力を注ぐようになる。
どうだろうか。緊張感を演出する練習方法として本当にいいんじゃないだろうか。食べて終わる、っていうのもなんか良いし。
指揮を兼ねるのでなるべくシンプルなチャーハンを作るつもりだったんだけど、何もないのも悪いなと思い、迷った末、カニカマを刻んで入れた。
クラリネットアンサンブル TwoCube
東京都品川区を拠点とするアマチュアのクラリネットアンサンブル。「自由気ままに楽しく」をモットーに、年に1回の演奏会を中心とした演奏活動を行っている。次回の演奏会は、2020年6月6日(土)に品川区内のスクエア荏原ひらつかホールにて開催予定。
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