乗っちゃえば大したことない
海外に旅行に行くと、つい、地下鉄みたいな鉄道を使いがちになってしまうけれど、地下鉄は、外の景色がよく見えない。これはもったいない。
バスは、運賃も30円ぐらいだし、もし間違えて乗ってもべつにいいやという気持ちで乗れば、ぜんぜん平気です。
ちょっと前まで、床が板張りのバスがそこかしこで入っていたような気がするけれど、今でも走ってるのだろうか。
ひさびさに、乗ってみたい。
床が板張りのバス。「そういえば最近見ないなあ」というものの代表格ではなかろうか。
ぼくが子供の頃(30年ぐらい前の鳥取県)のバスはだいたい床が板張りだった。
床が板張りのバスは現在主流のノンステップバス(段差のほとんどないバス)ではなく、ツーステップバス(階段のあるバス)でよく採用されていたが、ここ10年ほどですっかり見かけなくなってしまった。
地方のバス路線などでは今でもわずかながら運行しているところもあるようだが、その数は少ない。
今でも大量に床が板張りのバスが走っているバス路線はないのか。と、探したところ、あった。バンコクだ。
バンコクではいまだに床が板張りのバスが現役でビュンビュン走っているらしい。ぜひ乗ってみたい。
バンコクにやってきた。
市内の少し大きな道に出てみると、色とりどりのバスがひっきりなしに行き交っているのがわかる。特に、赤いバスの年季の入り方は尋常じゃない。
しかしながら、知らない町の、まして言葉もわからない町の路線バスにいきなり乗るのもハードルが高い。
そこでバンコク在住のバスオタク、若生りんかさんに、バンコクの路線バスについてすこし話をきいてみた。若生さんは、バンコク市内の路線バスだけでなく、シーローやソンテウといった乗り合い路線タクシーなどにも非常に詳しい。
――バンコク市内、めちゃめちゃバスが走っていましたが、赤いバスとかやばいぐらいに年季入ってますね
若生さん「バンコク市内の路線バスは、色によって運営する会社が違ってるんです。大雑把にいうとBMTA(バンコクマストランジットオーソリティー)と呼ばれる官営のバス会社が運営するバスが赤色とオレンジ色のバスを運営しています、それ以外の色のバスは民間の会社が運営する路線バスです」
若生さん「赤バスは、ノンエアコンのバスで、これは車体がとっても古いです、まさに床が板張りですね。オレンジのバスはエアコン付きのバスです」
――床が板張りのバス、赤いバスに乗ればいいのか。ただ、旅行者がふらっと乗り込むにはけっこう勇気が必要ですね。
若生さん「たしかに住んでいる人以外にはハードルが高いかもしれないです。赤バスは料金が一律で6.5バーツ、オレンジのエアコンバスは距離によって運賃が変わってきますが、だいたい13バーツ前後です」
――BTS(スカイトレイン)が一回乗ると30バーツから40バーツぐらいかかることを考えると安いですね。6.5バーツって30円ぐらいですよね。
若生さん「だから、みんなバスに乗るんですよ、鉄道は高くて敬遠するひとが多いです」
バンコクは都市圏人口が1500万人をこえる巨大都市だが、地下鉄は2路線、BTSも3路線しかなく、鉄道の整備が遅れている。そのため、バスや運河を走る水上バスを使うひとがとても多い。
しかし、道路を走るバスは、世界最悪とも言われる渋滞に巻き込まれ、移動に時間がかかることもよくある。
とはいえ、鉄道でカバーしきれていない場所を結ぶバスは貴重な移動手段であることに変わりはない。
若生さんの話によると、年季が入りすぎている赤バスが大集結する、秘密の場所(営業所)があるという。
そこまでバスなどを乗り継いで行くために案内するので、ついてきてくれという。
まず、乗ったのはこちらのオレンジのバス。
いきなり、ヤンキーみたいなバスに乗るハメになった。というかこれ路線バスなのかな。という思いがうずまく。
車内の内装も自由奔放にイジりまくってある。なんでこんなデカいスピーカーなのか。別にいいんだけど。
若生さん「このバスは、ミニバスのノンエアコンバスで、民間のバス会社が運営するバスです、バスは運転手が運転するバスは決まっているので、車内をけっこう自由にイジりまくってますね、デカいスピーカーはよく付けてますよ」
完全にデコトラの世界に近い。
しばらくすると、車掌係が料金を徴収にきた。
運賃は9バーツ。30円ほどだろうか。独特の形状をしている筒状の料金箱をカシャカシャさせながら料金をあつめていく。
若生さん「バンコクのバスは、基本的に今でも車掌係が乗っていて、料金を現金で集めています」
――ICカード乗車券のたぐいは無いんですか?
若生さん「一部導入が検討されているようですが、車掌係の仕事が無くなってしまうので、反対もありますね、ただ、このまえ、ICカード乗車券が導入されても車掌係は解雇しないという話がニュースになってましたが」
――機械に仕事が奪われるやつだ。
若生さん「そもそもバンコクのバスは運転手と車掌係がペアなんですよ、ふたりいっぺんに採用されて働くんです、いちばん多いパターンは夫婦ですね、旦那さんが運転して、奥さんが料金を集めるという」
――さっきお金集めてた子はどうみても子供でしたよ。
若生さん「たまに子供が手伝うこともあるみたいです。夫婦以外でも、親子とか、友達どうしとか、そういうパターンも多いみたいです。バス運転手はバス会社からもらう給料のほかに、バス運賃の売上を歩合制でもらうので、どっちかというと、バスは家族経営に近いですね」
キッチンカーを買って、ロコモコ丼を売り始めた夫婦みたいな感じだろうか、バンコクのバス。
次は、待望の床が板張りの赤バスにいよいよ乗り換えだ。
――若生さん、このバス停、どこにバス停の標識があるんですか?
若生さん「このバス停、とくに標識とかないんです。自然に人が集まって自然にバス停になったバス停ですね」
――え、そういう“けもの道”みたいなバス停もアリなんだ。
若生さん「そもそも、バス停に名前がないですからね」
――え、名前がない? バス停に?
若生さん「ないですね」
――え、じゃあ、バス停を具体的に指し示すときにはなんていうんですか?
若生さん「プロンポンとか、プラカノンとか、そのエリア名で呼んでます」
バス停名に関しては、実際には存在しているかもしれないが、バス停の標識があるところに行っても、そのバス停に停まる系統の番号は書いてあるものの、そのバス停の名前はどこにも書かれていない……らしい。
よくそれで使えてるなあとは思うものの、現地の人がそれでいいわけだから、外野のひとがごちゃごちゃいってもしかたがない。
しばらくすると、ついにバスがやってきた。
やってきたバスは日野のバスだ。ぼくはバスの型番みたいなのにまったく詳しくないのでよくわからないけれど、エンブレムが古いのはわかる。
鉄板の継ぎ目をみてみると、こまかなブツブツが。これはリベット接合だ。こんなバス、いま日本ではなかなか走ってないのでは?
バリアフリーとかそういう殊勝な考え方は一切なく、ツーステップの入り口。ちなみに、出入り口はまんなかのひとつしかない。
紛れもなく、板張りのバスはバンコクにあった。
ちなみに、写真は床が板張りのバスをみて、子供の頃に乗ったバスのことを思い出して泣いているところです。嘘ですが。
赤バスに揺られてしばらくいくと、市場の中の終点に到着した。若生さんに案内され、市場のなかをずんずん進んでいく。
バス好きではあるものの、路線や乗ること自体が好きで、バスの車体自体にはあまり興味ないと、自分では思っていたが、これだけのバス(しかも妙に古い)を見させられると、さすがにスゲーというきになってきた。
若生さん「ここから赤バスが次から次へと無限に出てくるんです、こんなにバスが集まってるとワクワクしますよね、たまらないです。ここ大好きなんですよ」
若生さん、無限ピーマンみたいなことを言い出したが、気持ちはわかる。たしかに気持ちはアガる。
止まってるバスも日本の企業のものだし、営業所の雰囲気も日本とそっくりだ。
海外に旅行に行くと、つい、地下鉄みたいな鉄道を使いがちになってしまうけれど、地下鉄は、外の景色がよく見えない。これはもったいない。
バスは、運賃も30円ぐらいだし、もし間違えて乗ってもべつにいいやという気持ちで乗れば、ぜんぜん平気です。
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