水冷というソリューション
物を冷やしたいとき、水を使うのはいい考えだ。車ならエンジン周りに冷却水が入っているし、パソコンにも水冷式のパソコンがある。
ならば人間も水で冷やすことができるはずだ。水冷ウェアというものが作れないだろうか。あっ、もしかして僕は天才かもしれない。
僕の考えた未来の服
僕が考えた水冷服はこんな感じだ。タンクに冷たい水をためておく。水はポンプで汲み上げられて、チューブを通って全身をめぐる。そしてめぐり終わった水は、重力で再びポンプに戻る。
このときタンクの中に氷でも入れておけば、汲み上げられるころには水はまた冷え冷えで、ずっと冷たい水が体中を循環し続けるという寸法。もしかして大発明なのでは。そんな思いに僕はちいさく打ち震えた。
材料
興奮冷めやらぬままホームセンターに行った。そして途方にくれた。僕は工作のノウハウがほとんどない。水周りなんてなおさら。ポンプの選び方とか、水漏れしない方法とか、そういうのが一切わからない。
大発明に有頂天になってはしゃいでいたら、いつのまにかえらいところに踏み込んでいた。川遊びしてて中洲に取り残されてしまった人ってこんな気分だろうか。
よくわからないまま、想像力とフィーリングと値段の安さだけでそろえてみた材料が上の写真だ。不安でいっぱい。
最初の一手から不器用
まずはポンプとタンクをつなげてみよう。ここはこの発明の心臓部なので、早めに完成させて安心しておきたい。
ポンプは電動の灯油用ポンプを使用。熱帯魚用のポンプもあったが、性能のことがまったくわからないので値段で決めてしまった。タンクはペットボトルでいいだろう。
タンク用に買ったペットボトルにポンプが入らず
しかし開始2秒後にさっそく問題が発覚した。ペットボトルの口にポンプが入らない。なんて原始的なところでつまずき方だ。仕方がないので無理やり切り開いて突っ込むことにした。
口のところを切断して無理やりテープで貼り付ける。どう考えても水漏れ必至
この時点でもう「あきらめたほうがいいかもしれない」と思いはじめていた。しかし、このあとの出来事によって、なんだかあきらめることが許されないような雰囲気になってしまうのだ。
小学生が興味津々
この作業は近所の公園でやっている。水を使うので、部屋でやると水浸しになりそうだからだ。遊ぶ子供たちの声を聞きながら不器用な感じにモタモタやっていると、向こうから小学生くらいの女の子がやってきた。
小学生「なにしてるんですか?」
僕は全力で話しかけるなオーラを放っていたのに、小学生は汲んでくれなかった。「チューブでぐるぐる巻きになって涼しくなる」というアイデアをこの子供に説明しなければいけないのか。大発明のはずだったアイデアが、冷静に考えるとなんだか急に恥ずかしくなってきた。ここはうまくぼかしてごまかそう。
石川「工作。」
小学生「なに作ってるんですか?」
説明しなくていいようにあいまいに答えたのだが、相手は一向に空気を読もうとしない。こうなったら腹をくくる。
石川「これをこうやってつなげて(仕組みを説明)で、身体に巻いたら涼しいかと思って…。」
小学生「涼しくないと思う」
僕の大発明は15歳も年下の子供に一蹴された。そして次の瞬間、彼女は確かにこう言った。
小学生「仕事は何してるんですか?」
いやこれが仕事なんですけど
小学生にすら社会的立場を確認されるほど、そんなに僕は不審だったんだろうか。僕はこの工作がインターネットに載る予定で、それが僕の仕事であることを説明した。わかってもらえたかどうかは定かではない。
そのあとその小学生は僕の隣に居座ってしまって、なぜか僕は小学生と一緒に公園で工作をすることになった。夏の日の昼下がり。夏休みが始まったばかりの子供はテンションも高かった。
ポンプの先にチューブをつなぐ。こんなかんじでつないでみるも
案の定、水漏れし放題
僕がモタモタと不器用な試行錯誤を進める間に、小学生はいろいろと話しかけてくる。話の内容はこんな感じだ。
・いま小学校6年生
・学校ではまだ小島よしおが流行っている
・5年生の間では「ネタ」というのが流行っているらしいが、学年が違うので詳しいことはよくわからない
・夏休みの工作は紙でコマを作る予定
・そこのスーパーでワゴンのアクセサリー売ってるお兄ちゃんは、お母さんの友達
・カッターを使ったダジャレ「カッターを買ったー」
・タコ入道の絵描きうた教えてあげようか
・宿題を忘れたときは「やったけどわからなかった」って言う
・子供も大変だけど大人はもっと大変でしょ
・うちのお父さんは怖い
最初はちょうどいいのでカメラマンになってもらったりしていたのだが、このあとお父さん怖いエピソードがいろいろと飛び出すにつれ、この状況はまずいのではと思い始めた。
だってどう見ても、僕が怪しげなおもちゃで子供の気を引いているように見える。怖いお父さんがやってきた場合、「水冷服っていう大発明があってですね…」で今の状況を納得させられる自信は全くない。
とりあえずデジカメに入っていた小学生の映っている写真を全部消した。これがリスクマネジメントだ。
隙間をエポキシパテで無理やり埋めます。これはこういう用途に使うものであってるのだろうか
パテが固まるまで待つこと1時間(photo by 小学生)
そんな不安を知ってか知らずか、小学生は僕の周りを離れない。それどころか、僕のやり方にいろいろ意見も出してきて完全に共同制作の構えだ。
そうかと思えば、僕が持っていたドライバーの磁力を利用して砂鉄を集めてみたり、落ちていた木の枝をコンパスにしてきれいな正円を描いてみたり、突然駆け出していってブランコの技を披露してくれたり。
小学生は全く行動が読めない。写真が撮りたいというのでカメラを貸してあげた。
ブランコ(photo by 小学生)
くるま(photo by 小学生)
小学生の撮った写真は素朴でいい写真だった。子供の目の高さから撮られているせいもあるかもしれない。
意外な出来にちょっと目からうろこを落としつつも、そろそろパテも固まったころだ。もう一度水を通してみよう。
ポンプの電源を入れると…(photo by 小学生)
おお、水が出た!
ポンプが吸い上げた水は、漏れることなくチューブを通ってタンクまで戻ってきた。水の循環実験に成功!
完成!(photo by 小学生)
できました!これにて工作終了!
って本当はぜんぜん完成してないんだが、怖いお父さんに見つかると嫌なので場所を移動します。小学生には「できたから帰るね」って言って別れた。ああ、ドキドキした。
これで落ち着いて作業ができます
家に戻ってきた。ここなら安心して一人の工作に没頭できる。
帰りにホームセンターによったところ口の広いボトルがあったので、さっきいい加減に作ったタンク部分をこれに交換することにした。
サイズ、口径、ともに申し分なし
キャップに穴を開けて
ポンプが通った
前のページでエポキシパテの使い方はわかった。もうこのくらいの作業はお手の物だ。進化していく僕の工作スキル。合言葉は「困ったらパテで固めろ」だ。いやそれは進化といっていいのかどうか。
パテが乾いたら、今度こそ水を循環させる仕組みは完成だ。服にする前に、いちど体に巻いて、涼しさを確かめてみたい。
これまたパテで無理やり固めた
水入れて
氷いれて
スイッチオン
おおおっ
確かに冷たい
おおおおっ。スイッチを入れた瞬間に、シュコシュコっとチューブに水が流れ込む音がした。「自分の作った機械が動き始めた!」というプリミティブな喜び。
そしてまもなく水の冷たさがゴムチューブ越しに伝わってきた。氷を直接触ったときの鋭い冷たさではなくて、もっと遠くでひんやりした感じ。氷のうみたいな感じだ。
しばし冷たさを堪能したあと、チューブをはずしてみてみると表面に水滴がついていた。水漏れではない。チューブの冷たさに、部屋の湿気が結露しているのだった。なんと強力な冷却効果!
結露が冷たさを物語る
水冷装置から水冷服へ
ここまできたらあとは服にするだけだ。タンスからいらないTシャツを引っ張り出してきた。以前、下着として着ていたものだ。下着→部屋着→たんすの肥やしを経て、いまハイテクスーツへ。ずいぶん遅咲きのキャリア。
氷水でも冷たすぎないことがわかったので、チューブは直接肌に触れるように、Tシャツの内側に縫い付ける。
タンク部分はトートバッグでの携帯を想定
Tシャツを裏返して縫い付けます。
途中でうまくいかなくなって、着た状態で縫うことに変更
変更したことを後悔しているところ
できた!
30分ほどの裁縫のすえ、ヨレたTシャツはついにハイテクスーツに変身した。
慣れない裁縫のせいでTシャツは変な形にチューブが縫い付けられ、いろんなところがゆがんでいたり出っ張っていたり、ものすごく着心地が悪かった。
しかしやり直したところでうまく出来るとも思えない。ひとまずこれはこれで完成としよう。
ちなみにものすごく脱ぎにくい
と思ったら下に着てた服を縫いつけてしまっていた
改めて、完成図
次ページで、いよいよ水冷服の効果のほどを検証します。
いざ、夏の街へ
明けて翌日。水冷服の実力を試すべく渋谷にやってきた。この日は天気こそ曇っていたものの、じんわりと蒸し暑い、歩けばすぐに汗ばむような気温であった。
冷気を逃がさないように、水冷Tシャツはしっかりとズボンの中に入れ、さらにその上にシャツを着た。ふだんなら熱気がこもって仕方がない格好だが、今日は水冷効果で、Tシャツの中はちょっとした氷室になるはずだ。
肩をすくめているように見えるのはTシャツの背中がホースで出っ張ってるからです
実験には火曜ライターの大北君に協力してもらった。まずは大北君お勧めの激暑スポット、渋谷駅の銀座線の出口を訪れる。
空調がないのに壁に囲まれていて、空気がこもってすごく暑い
しかし見てくださいこの涼しい顔
さすがだ。どんよりと熱気のこもった駅構内、みんな心なしか不機嫌な顔をしている気がしたが、僕だけがニヤニヤしていた。
水冷服は確実に僕に清涼感をもたらしてくれた。そして自分だけこっそり涼しくなっていることが、うれしくて仕方がないのだった。
冷え方としてはもっとTシャツの中全体が冷気で満たされるのを期待していたのだが、そこまでの効果は出なかったようだ。
体全体が涼しいというよりも、肌に触れたチューブが冷たくて気持ちいい、という感じだ。チューブは服に縫いこむよりも体に直接巻きつけたほうがより涼しかったかもしれない。
いずれにしろ、これなら暑くない。水冷服、いけるぞ。
渋谷で今一番ホットなランチ
次にお昼ごはんを食べることにした。今日は実験のためにあえて外で食べることにする。しかも食べ物も熱々だ。コンビニでそれぞれ熱々の食べ物を選んで買ってきた。
普段なら絶対外でなんか食べたくない気温
熱々のカップヌードル
こちらも熱々のマーボ丼
大北君は熱々のマーボ丼をチョイス。意外と大丈夫、と勢いよくかき込んでいたが、食べ終わるころには首筋にいくつもの汗の筋が伝っていた。
そして水冷服の僕。僕はカップラーメンを選んだ。真夏に外で食べるカップラーメン。いつもなら自殺行為だが、今日だけは違う。
夏の気温はラーメンが冷めることすら許してくれないのだが、そんな熱々のラーメンもむしろおいしく感じられるほどだ。まるで部屋で食べてるみたいにスルスルと食べられてしまう。
もちろん汗が流れることもない。挙げ句、大北君の熱々のマーボ丼を見てうまそうだとすら思っていたのだ。
氷の投入でさらにパワーアップ
さて、食事を終えて少しタンクの水も温まってきてしまった。そんなときは氷を投入するのだ。
氷を入れてポンプ電源を入れると、ブーンという音がして、「きたぞ、きたぞ」と気分も盛り上がる。そして次の瞬間、キリリとした冷たさが服の中を駆け巡るのだ。思わず背筋も伸びてしまう。
コンビニでロックアイスを購入
タンクにたっぷり投入するとスイッチオンで服の中を一気に冷水が駆け巡る!
もっと暑い場所を求めて
この日はなんだかじっとり蒸し暑い天気だったものの、曇り空のおかげで、正直それほどの酷暑ではなかった。
水冷服はもっともっと出来る子だと思うのだが、その真価を発揮できず物足りない。
あえて暑いところを探して、飛び込んでみた。
エアコンの室外機の前。熱風もまるで海辺の潮風のよう
バスの排気口にて。ぜんぜん暑くない(ただし有毒)
インテリアショップの照明コーナー。電球の発熱でむわっと来る暑さだが、今日は気にもならない
なんだか暑い広告にも涼しい顔
本気で大発明だと思います
今回ばかりは本当に大発明だったと思う。
炎天下の真夏日の実験はまだできていないが、あれだけの冷却力があればはっきり言ってどんな酷暑でも負ける気がしない。
しかも水のかわりにお湯を入れれば暖房にもなりそうだ。そしてそれを考えた俺、すごい!
ところが、この水冷服、ネットで検索してみたら、すでに実用化されている分野があった。なんと米軍で中東での活動のために使われているのだそうだ。
米軍、いいところに目をつけたな。石川、お前こそ。心の中で勝手にたたえ合いながら、この記事を終わりとしたい。