ハチを追いに猛暑の岐阜県へ行く
ハチを捕りに行く場所は、岐阜県加茂郡八百津町。その場所がどこにあるのか全く知らないまま「喜んで行きます」と答え、取材日である7月下旬が近づいて、ようやくその場所を確認したところ、連日のニュースで猛暑が伝えられている多治見市の少し北に位置していることが分かった。埼玉県の熊谷市あたりと猛暑日本一の称号を争っている近辺でハチを追うのか。
あまりに暑いとハチがエサを追わないらしい。そんな日は人だって動けない。少しは涼しい日に当たらないかなと淡い期待をしていたが、天気予報によると当日は今年最高レベルの猛暑日のようだ。
八百津町の美しい棚田。
そして予報は残念ながら的中、現地へと向かう途中のコンビニで、飲み物を2リットル買ってもまだ熱中症が不安になるほどの暑さとなった。まだ早朝なのにだ。同行いただいた友人の顔をみると、早くもうっすら死相が出ている。鏡を見れば私も同じような表情なのだろう。
暑さ以外にも不安要素はいくらでもあって、なんでもすごい山の中でハチを追うから、ダニがたかるので肌を出すなとか、ヒルがいるから足元を気をつけろとか、ハチに刺されることは当然あるとか、友人経由で伝わってくる事前情報がいちいちおっかない。クマがいないこともないらしいし。
持参したダニをとる道具、ハチの毒を吸い出すリムーバー。さらにゴム手袋や帽子の上から被る虫よけネットも用意した。
もちろんこれらの情報は、我々を怖がらせて追い返そうとしているのではなく、しっかり対策をしてきなさいと言う助言である。なにも知らされないよりは、ちゃんといってもらったほうがありがたいのだ。
ということで、今回の目標は、『(あまり)刺されない、(なるべく)喰われない、(できるかぎり)倒れない』とする。すごく楽しみなんだけど、同じくらい不安がいっぱいだ。
78歳の同級生三人組が待っていた
友人の運転する車で山道をグイグイと登り、朝8時に待ち合わせ場所である『先輩』の家へと着くと、そこは拍子抜けするほど過ごしやすい気候だった。すっかり忘れていたけれど、山の上は涼しいのだ。といっても例年に比べると、やっぱり相当暑いらしいけど。
現地で我々を待っていたのは、友人にとって人生すべてにおいての師匠だという岩井さんと、その小学校の同級生である小川さん、岩井藤夫さん(この辺は岩井姓ばかりだそうで以下藤夫さんで呼ばせていただく)。
三人は幼なじみなので、今でもお互いを君付けで呼び合っている間柄だ。なんか良い。
ここの家主である岩井さん。エサは国産の地鶏じゃないとハチが齧ろうとしないそうで、「人間も食べるものを気をつけんといかんよ」と忠告された。
失礼ながら年齢を聞けば、なんと御年78~79歳。ちょっと前の流行り言葉でいえばアラフォーならぬアラエイティ。そして来年はリア充ならぬハチ充(80)だ。ハチ捕りはみんな小さい頃からやっているので、ハチ追い歴約70年の大ベテランである。
狙うハチはクロスズメバチという種類で、この地域ではなぜか昔から『へぼ』と呼ばれており、このハチを捕りに行くときは「へぼつけにいこうか~」と誘うそうだ。
なぜ『へぼつけ』なのかは、実際にやってみるとよくわかる。
寡黙な狩人、エサつけ名人の小川さん。全国どこにいってもへぼがいるかをチェックしてしまう根っからのへぼハンター。
へぼを捕るのは、巣にいる幼虫を食べるためなのだが、ちょっと変わっているのが、捕ってすぐ食べるのではないこと。
6月後半から7月末の間にとった巣を、用意した巣箱に入れて自宅に置いて大切に育てるのだ。これを『飼う』ではなく、『囲う』と呼ぶ。
※秋に巣を捕って、すぐに幼虫を食べる場合もあるそうです。
へぼの巣コンテストの優勝経験者である藤夫さん。
お楽しみはそれでだけではない。ここ八百津町では晩秋になると、育てた巣の大きさを競うコンテストが開催される『へぼ祭り』が行われているのだ。
へぼを捕って、巣箱で囲って、コンテストで競って、最後に幼虫を食う。
この一連の流れがあってこそ、ここ八百津町でへぼ食文化が脈々と続いているのである。うーん、日本も広いなー。
みんなハチが嫌がるからと虫よけを使わない。リスクよりもリターンを選ぶ男達なのだ。
ここに来るまでは不安もあったが、ちょっと話しをさせていただけで、この三人の人柄に早くも惚れてしまった。もう心にはワクワク感だけが充満して、心配事はすべて忘れた。
こうして新しい巣箱を積んだ軽トラに乗せていただき、小学生の夏休み気分にどっぷりと浸りながら、すぐ近くだというへぼつけの場所へと向かった。
お手製の巣箱を積んで、地下足袋を履いて出発!
へぼは意外とすぐにやってくる
やってきたのは車道から徒歩でちょっと下ったところにある、風が気持ち良い木陰のポイントだ。先輩方が数日前から通って、へぼに餌付けをしておいてくれた場所である。
このあたりは岩井さんの知人が所有する山だそうで、周囲には杉や松がまばらに生えているが、見通しはそれほど悪くない。このどこかにへぼの巣があるのだと思うと、埋蔵金探しのようなドキドキ感で胸が高鳴る。
せっかく遠くから来てくれたからと、素人でもハチを追い掛けやすい場所を案内していただいた。ありがたや、ありがたや。
ポイントへと移動する途中、事前に置いておいたというエサに、黄色いハチがついていた。それほど大きくはないが、明らかに刺されると痛そうなやつだ。その痛みを想像してお尻のあたりがキュッと締まり、一気に緊張感が高まった。
我々が狙うへぼはクロスズメバチなので、きっとこういうデンジャラスなハチの黒いバージョンなんだろう。生物の名前にクロがつくと、だいたい強くなるイメージだが、さてどんなハチなのか。
下見のときに仕掛けておいたエサを食べるハチ。怖い。
先輩方はエサである高級地鶏のササミを取り出すと、その辺にある棒に刺して、適当な間隔を置いて並べだした。
このエサに寄ってきたへぼを追って巣を探すのだが、そんな簡単にはやってこないだろう。なんといっても相手は野生動物である。
エサを仕掛ける小川さんと藤夫さん。右の黄緑色が私です。
へぼが見つけやすいように、地面から少し高い場所にエサを置く。モズのハヤニエみたいだ。
さて何分ぐらいでへぼはやってくるのかなと思っていたら、一番最初にセットしたエサに、もう一匹の黒い小さなハチが飛んできた。ミツバチくらいの大きさだ。
なんとこのハチこそがクロスズメバチ、へぼなのだそうだ。イメージしていたよりも全然小さく、そりゃへぼと名付けたくなる気持ちもわかるようなハチだ。
これがへぼか。わざわざこいつの幼虫を捕って食べるのかと不思議に思ってしまう。
小川:「ヘボも刺すよ。小さいといっても、刺されるとひどく腫れるし、ジンマシンが出る人もいる。バカにしてはいけない。……しょっちゅう刺されるけど」
やっぱり刺すのか。そして刺されているのか。ふんどしの紐を閉め直し、緊張感を保ちながらへぼを見ていると、その丈夫なアゴで肉を引きちぎり、丸めて団子にして持ち帰っていった。なんだかこうして観察をしているだけでも楽しい。
肉団子をつくるへぼ。テレビや図鑑でしか見たことないハチの生態が、目の前で繰り広げられている。
エサを前にしたへぼは周囲の人間などまったく気にならないようで、横で見ているだけなら怖いという感じはまったくしなかった。
へぼにティッシュのついた肉団子を持たせて追う
この肉団子を抱えて飛んでいくへぼを追い掛けて、巣の場所を特定していく訳だが、どれだけ先輩方の足腰が丈夫だといっても、このままではすぐに見失ってしまう。
そこで取り出すのがティッシュである。5センチ程の細長い短冊形に裂き、その一片を細いこよりにして、へぼが持っていきやすいサイズの肉団子を作り、ティッシュの先を巻き込む。この目印付きのエサをへぼに運ばせるのだ。
昔は目印に綿を使っていたそうで、色々と試した結果、農協のティッシュに落ち着いたのだとか。
少し唾をつけて、ティッシュの先に細いこよりを作る。へぼがヤニを嫌うからとタバコもやめた。
名人の技で鶏肉の団子にこよりをしっかりと絡める。昔はエサに捕まえてきたカエルやザリガニを使っていたそうだ。
こうして用意した目印付きの肉団子を、こちらの思惑通りにへぼが持っていってくれるとは思えないのだが、先輩が見せてくれた現実は想像を超えてきた。
へぼは小川さんが差し出した肉団子を迷うことなく受け取ると、ティッシュをつけたままブーンと運んでいったのだ。すごい。
エサに寄ってきたへぼに、爪楊枝で目印付きの肉団子を渡す。当然のように素手だ。
迷わずその肉団子に飛びついてきたカモ。いや、へぼ。もちろん疑い深くてなかなかエサを受け取らないへぼもいるそうで、そういうやつは諦めて単純なへぼを狙うのがコツ。
目印のついた肉団子を持たせ、巣へと送り出す。すごい、虫使いだ。
小川:「ほら、追って!」
草木の生えた林の中で、空を自由に飛ぶ生物相手に追いかけっこするのは絶対に無理だろうと思ったが、目印のティッシュは意外と目立つし、その重さと風の抵抗でへぼがヒョロヒョロと休みながら飛ぶので、これがどうにか追えるのだ。
ブーン。
といっても想像よりは追えるというレベルの話であり、一瞬でも視界から外れたら即アウト。頭上のハチを見て走っていると、転がっている木や石に躓いて転びそうになる。
すごく楽しく、とても危なっかしい追い掛けっこ。へぼは木々が混み合った場所よりも、開けた空間を飛ぶ性質があるようで、それだけが救いである。
岩井さんを紹介してくれた、ワールドカップを観戦しにロシアへ行ってきたばかりの佐藤さん。フランス代表のユニフォームでへぼを追う。
問題はへぼの巣がエサ場からどれだけ離れているかなのだが、このへぼは僅か50メートル程追ったところで、スッと地面の中へ消えていったようだ。
小川:「やっぱりここの巣か」
どうやらこの巣は、せっかく遠方から取材にきて巣がみつからなかったら申し訳ないと、先輩方が事前調査で見つけておいた場所だったようだ。
ここに肉団子を抱えたへぼが消えていった。
こうして判明した巣の場所をよくみると、落ち葉の積もった地面に、直径1センチ程の小さな穴が開いていて、そこからへぼが出入りをしている。
すごい、これはすごい。先輩方にとっては事前に知っていた巣とはいえ、本当にへぼを追って巣を探すことができたのだ。
知識としては一応知っていた話だが、やっぱり体験として学べたことはとてつもなく尊い。これがやりたくて岐阜まで来たのだ。
これがへぼの巣の出入り口。普通に探しても絶対にみつけられないだろう。
この穴を掘りかえして巣を掘る訳だが、それは後回しにして、もう少しへぼの巣探しを続ける。
なんとここまでは小手調べ。あくまで準備運動のへぼつけであり、佐藤さんと私がどこまでついてこれるかの確認という意味もあったのかもしれない。
ここから先こそが先輩方が長年の経験で身につけた、へぼつけの技の真骨頂だったのだ。
水性マーカーで色を付けて、へぼを個体識別するというトレンド
へぼの巣はこの周囲にいくつもあり、いろんな巣から働きバチがエサを求めて飛んでくる。近い巣もあれば遠い巣もあり、巣を効率的に探すためには、一番近くて探しやすい方向にある巣のハチを追えばよい訳だ。
そこで使用するのが、水性マーカーとストップウォッチである。現在進行形のへぼつけは、単なる体力勝負の追い掛けっこではないのだ。
退職祝いに水性マーカーをもらい(ゆっくり絵でも描いてねという意味だったと思う)、これはいいぞとへぼつけに使いだしたという藤夫さん。
水性マーカーの塗料をたっぷりと指先につけ、エサに釣られてやってきたへぼの背中にチョン。
それはへぼに対する攻撃とみなされて刺されるのではという私の心配をよそに、青、緑、黄と、飛んできたへぼに次々と色をつけていく。このカラーリングで個体を識別するのだ。
油性マーカーだとへぼが死んでしまうので、水性を使うのがコツ。
一度エサを見つけたへぼの働きバチは、己の勤務時間が終わらない限り、必ず同じエサのところに戻ってくる。そしてエサと巣の間を何度も肉団子を持って往復する性質を持っている。
青と呼ばれるようになったへぼ。
色付けをしたらストップウォッチを取り出し、へぼに肉団子を持たせて、エサ場から飛び立ってから戻ってくるまでの時間と、飛んで行った方向をそれぞれ覚えておく。
3分でエサへと戻ってきたへぼの巣は、5分のやつより近いということだ。あとは方向的に崖や川といった障害がなければ、一番タイムの早いへぼの巣にアタックするのが効率的なのである。
へぼが往復する時間を計測して、一番近い巣を探すという頭脳プレイ。
追い掛けるへぼを決めてからは、チームプレイでへぼの後をつけていく。後をつけるから『へぼつけ』なのだろう。
先程みたいに条件の良い巣でなければ、一度の追い掛けっこで見つけるということはまずできない。そんな巣は稀。
できる限りへぼを追い掛けたら、次のターンでは見失った場所に見張りを立てて、どっちの方向へ飛んで行くのかを確認するのだ。
何回でもエサを持って往復する働き者のへぼ。
へぼが飛ぶルートは毎回同じなので、この方法で少しずつ巣に近づくことができるのである。
いやー、すごい。対象者に特別な目印をつけて、複数人で計画的に尾行をするなんて、これは報酬のある探偵ごっこだ。いや使う道具のアナログ具合が、探偵というよりは忍者っぽいかな。
「佐藤君はここにハシゴを掛けて見張ってくれ!」と、生き生きと指示を出す岩井さん。
ようやく巣穴を発見した!
往復のタイムと飛んでいく方向を検討した結果、ターゲットに決めたのは黄色のへぼだ。
何度か追い掛けて、だんだんと巣への距離が近づいていく。すると見張りとエサ場の間が離れてしまうため、いつへぼが飛んでくるのかがわからなくなってくる。
まだ尾行されていることに気が付いていないへぼ。
そこで登場するアイテムが笛である。今回エサつけを担当した藤夫さんが、へぼの動きを笛で教えてくれるのだ。
藤夫:「ピィッ、ピィッ、ピィッ、ピーーーーーッ!(いくぞ、いくぞ、いくぞ、いったぞーーーーー!)」
こうしてへぼつけキックオフの笛が鳴った。
第一カーブを曲がったところで、最初の見張り役である小川さんがヘボを確認!
「いったぞー!」
続いて木々がごちゃっとして見失いやすい場所で、ハシゴを掛けた佐藤さんがへぼの行き先をチェック。
このハシゴの有無で、視界が大きく変わってくる。
「通過しました!そっちです!」
続いては、きっとこっちに来るだろうと予想していた岩井さんが、巣に向かう最終的な方向を指し示した!
「その辺で消えるぞ!」
そして巣探しの大役を私がやらせていただいた。
両目とも1.5の自慢できる視力と人並み程度の体力は、きっとこの瞬間のためにあるのだ。
「まてーーー!」
フワフワと空を移動しているティッシュを夢中になって追い掛けていくと、緩やかな斜面に向かって吸い込まれていった。
ここだー!!(すごい興奮する)
この穴にへぼが消えました!
この遊びはすごいね。興奮する。夢中になる。ミッションの達成感がたまらない。やっぱり灼熱の岐阜まで来てよかった。最高だ。いやー、すごいわ。
ちなみに林の中は暑いといえば暑いけれど、水分さえ取っていれば倒れない程度の気温で、埼玉の自宅よりよっぽど涼しい。心配されたダニやヒルもおらず、蚊にすら刺されなかった。さすが先輩達が用意してくれたポイントだ。
地面を叩いてへぼを巣に集約する
地中にあるへぼの巣の大きさは、出入り口である穴の大きさに比例することが多いので、今みつけた穴はかなり期待ができるとのこと。そこでさっそく掘ってみることとなった。
さてどうやるのかなと近くで見ていたら、岩井さんは適当な長さの棒を両手で持ち、巣からちょっと離れた場所で、剣道の素振りのようにドシンドシンと地面を叩きだした。なんだなんだ、どこの部族だ。
岩井:「こうすると働きバチが怖がって外に出なくなります。外にいたやつは帰ってくるので、30分もすれば全部のへぼが巣に入る。巣を掘るのはそれからです」
「今出てくるへぼは刺す気マンマンなので気を付けなさい」と岩井さん。叩く前に教えて!
なるほどー。ただ巣にいる幼虫を捕るだけでなく、巣を囲うには世話をする成虫も一緒に確保しないといけないので、こうして全員が戻ってくるのを待つという訳か。
巣を掘る七つ道具。
こうして地面を叩いている間に、残りのメンバーが巣箱や掘る道具を用意する。
この巣箱はもちろん岩井さん達のお手製で、へぼがなるべく暮らしやすいように、中には湿度管理のためのもみ殻を入れるなどの工夫がされている。
きっとこの巣箱作りさえも、へぼつけの楽しいポイントなのだろう。
巣箱はへぼの出入り口をガムテープでふさいでおく。
巣を入れられるように一部を開けて、これからの決戦に備える。この金網部分に巣を置いて、上下からしっかりと固定するようだ。
素手でへぼの巣を取り出した
さあここからがへぼつけで一番危険な仕事である。それなりに危険なハチの巣を掘りだすんだから、全身を覆う防護服を着たりするもんだと思っていたら、なんとそのままの格好でカブトムシでも捕るかのように始まってしまった。
オオスズメバチなどの巣を狙う時はさすがに装備を固めるそうだが(それでも刺されるときは刺されるらしい)、へぼが相手ならベテラン勢は素手でいけるようだ。ちょっと刺されていたけど。
この「はちとり」という花火でへぼを鎮圧していく。手袋をしているのは私の手だから。
まず最初に使うのは、「はちとり」という名称の花火である。この辺りでは駄菓子屋でも売っているメジャーアイテムだ。
点火すると最初にボボボっと火花がでて、そのあとにモクモクと煙が出てくる。ちょっとした発煙筒だ。
お彼岸の墓参りじゃないですよ。
この煙を吹いて穴に送り込んで、巣に潜むへぼを失神させるのだが、難しいのはその加減である。煙の量が多すぎるとせっかくの成虫が死んでしまうし、少なすぎると掘る時に刺されてしまう。巣を掘りだしたら、すぐに目覚めるくらいが理想なのだ。
はちとりのない昔は、竹筒にもみ殻を入れて火をつけ、それを釜戸で使う火吹き竹の要領で吹いて、煙を送り込んだそうだ。
フーフーと吹いて、穴に煙を送り込む。巣が奥にありそうなら多めに、手前なら少なめに。素人にはその加減が全く判断つかない。
煙を充満させたらすかさず穴をシャベルなどで広げて、手を突っ込んで巣のある場所を確認する。
根性試しという訳でもないだろうが、その手はなぜか素手である。見えない場所なので、きっと皮膚から伝わる感覚が大事なのだろう。それにしてもおっかない。
迷いなく素手で探りを入れる小川さん。やめてー。
へぼの穴は小さいので、素手が一番やりやすいのはわかるんだけど、見ているこっちもハラハラする。
巣のある場所がわかったら、チームプレイで素早く巣を掘り返す。モタモタしているとへぼが目覚めてしまうので、これは時間との闘いである。
こうして地中から出てきたのは、ソフトボールよりも一回り大きいくらいの巣だった。しっかりとした良い巣らしい。へぼはしっかり気絶しているようで、飛び出してくるのは一匹もいなかった。
それにしてもへぼは、どうやって地中に空間を確保して、このような巣を土の中に作るのだろう。
土の中から巣が出てくるのがとっても不思議。
このように取り出した巣を固定する。巣箱の素材や内部構造は、へぼハンターごとに独自のこだわりがあるのだろう。
巣の中には幼虫がミチミチと入っている。これが8月以降だと巣が大きくなりすぎて巣箱に入らないし、うまいこと巣が育ってくれないそうだ。
気絶しているうちに成虫もすべて巣箱へと入れる。
巣箱に巣を収納したら、しっかりと蓋をしてミッションは無事終了。
気絶から立ち直ったへぼ達は、運ばれた先で「あれ、ここはどこだろう?」と思いつつも、まあいいかと日常生活を取り戻し、ここで巣を大きくしていくのである。
うーん、今日は本当に驚くことばかりである。
秋になって幼虫を取り出す時まで封印をする。最初にこの方法を考えた人、すごいな。
へぼの幼虫を食べてみた
このへぼを追って、巣を見つけ、掘り起こすという一連のアクティビティを、場所を変えつつ昼食を挟んで、夕方までみっちりと体験させていただいた。今年は晴れの日が多かったので巣の数が多く、この日だけで3つも新たに発見することができ、まさに最高の夏休みの一日となった。
みっちりと遊び過ぎて、その後数日間はへぼがティッシュをぶら下げて飛ぶ幻影や、ブーンという羽音の空耳がついて回った。そして今もへぼを探してしまう自分がいる。
私もティッシュでこよりを作って肉団子をへぼに渡してみたが、大きすぎたようで持っていってくれなかった。やっぱり難しいな。
この日に捕った巣は、秋まで囲っておいて幼虫をいただくためのものなので、今日は残念ながら食べることができない。
気のいい先輩達なので、お願いすれば適当な巣を開けて幼虫を食べさせてもらえたかもしれないが、やはり秋まで待ってこそのへぼだと思い、それはやめておいた。食べたければ秋にまた来ればいいのだ。
七つ道具にあった謎のメガホンは、煙が弱くてへぼが動き出してしまった時、追加の煙で眠らせるためのものだった。
とは思いつつも、やっぱりちょっと食べてみたいというのが正直なところでもある。
そこで巣を取り出す時に一部が壊れてしまい、幼虫がこぼれ出たタイミングで、ちょっとつまみ食いさせてもらうことにした。
巣から落ちてしまった幼虫であれば、先輩方に迷惑をかけずに試食ができる。
本来は醤油や酒などで炒めたり、炊き込みご飯にするのがへぼの食べ方らしいが、巣から取り出す時についついパクパクと食べてしまうくらい、生で食べてもうまいのだとか。
生で虫を食べるという行為に対して、普段の私なら人並みよりちょっと弱い程度には抵抗があるのだけれど、このときばかりはとても自然に、まるでキイチゴでもつまむように口へと運んだ。先輩達に対する信頼がそうさせたのだろう。
不思議とゲテモノっぽさをまったく感じなかった。
米粒より一回り大きいくらいの幼虫を噛むと、一瞬プニュっとした歯ごたえがあり、すぐに甘みと旨みが口の中に広がった。おお、ミルキィ。なるほど、これはうまい。
食べ物が溢れる今の時代に食べてもこのおいしさなのだから、これが食糧難の時代だったら、まさにご馳走だったのだろう。
やっぱりうまいからこそ、今も食べる文化が残っているのか。ちなみに買うと結構な値段らしい。
こりゃ囲って増やしたくなる味だ。
せっかくなのでもう一匹。その姿がさっき食べた幼虫とちょっと違うような気もしたのだが、そいつしか残っていなかったので食欲に負けて口に入れたところ、噛んだ瞬間に強烈な違和感がして、すぐに吐き出してしまった。
なんだか皮の弾力が強くて、これを破ったら絶対にダメだと本能的に感じたのである。
ぐえーーーーーーー。なんだこれ。
岩井:「それはへぼの巣に寄生しているアブの幼虫だね。食べちゃダメだよ」
岩井さんに笑われてしまった。なるほど、似たような幼虫ならなんでもうまいという訳ではなく、へぼの幼虫だからこそ食べるのか。ドングリも種類によって味がだいぶ違うけど、幼虫もまた然りだ。
それにしても、へぼとそれ以外を噛み分けるという能力が自分に備わっていてびっくりした。ナイス危機管理能力。なんでも安易に食べようとするなという話だけどね。
へぼ仕様となっている岩井邸
こうして持ち帰った巣は、岩井さんの家にセットされ、周囲の虫などを食べて、勝手にどんどん育っていく。
スズメバチの仲間とはいえ、基本的には人を刺したりしないハチなので、巣があっても特に不都合はないのだ。たぶん。
あらゆるスペースに巣箱が置かれている岩井邸。
屋根裏はへぼを囲うために壁がぶち抜かれている。
今日とってきた巣も、こうして無事に屋根裏の特等席へとセットされたのだった。
やがて夏が過ぎて秋が深まってくると、先輩達は3人で久しぶりに集まって、大きくなった巣の中から幼虫をとりだして食べる。
そして交尾をすませたへぼの成虫は、来年の女王蜂となるべく、この家から飛び去っていく。
そんな人間の欲望と自然の営みが融合したライフサイクルが、ここ八百津の集落で静かに繰り返されているのだろう。
へぼ祭りのコンテストに出品した時の巣を見せてもらった。やっぱり秋にまた来るべきだな。
へぼ祭りの雰囲気を知りたい方は、別の地域でライターの平坂さんが若き日に取材した記事(
こちら)があるので、そちらをご参照ください。
へぼだけではなく、ニホンミツバチの巣箱もあった。
暑い日だったので、働きバチが巣に風を送っていた。図鑑とかでみた行動が見られてうれしい。
岩井さん達が子供の頃は、ヒキガエルでもシマヘビでも食べなきゃならない食糧難の時代だったそうなので、少しでもタンパク質を得るためにへぼをつけていたのだろう。
今もこうして毎年へぼをつけて囲うのはなぜですかと、今日の体験を通して答えはわかってはいたけれど、直接本人から聞きたくて伺ってみた。
岩井:「我々にとってこれがひとつの運動になるし、コミュニケーションというか、3人が集まる機会もなかなかないじゃないですか。こうして仲間と遊んでいるのがおもしろいんです」
ですよねー。還暦をとっくに過ぎて、おじいと呼ばれる年齢になり、こうして平日の昼間にへぼをつけても『なまかわ=なまけもの』だと文句をいわない立場となった先輩方は、暦が還って完全なる少年時代に戻っていた。
そこに一日でも仲間に入れてもらえたのが、とてもうれしかった。
本当にありがとうございました!
このへぼつけをやっているグループは、この集落にいくつかあるそうだが、そのメンバーは一番若くて65歳ととからしい。岩井さん達にも後継者はおらず、昔は一緒に来ていた息子さんも中学生時代に刺されて以降、まったくやらなくなったとか。
若い人がやらない理由もよくわかるが、銃も免許も特別な道具もいらないハンティングは、狩猟本能を満足させてくれる特別なものだった。ここが私の地元だったら、今後も絶対にやると思う。いや地元に生まれたら逆にやらないのかな。
もしへぼつけに興味を持たれた方がいましたら、クロスズメバチはどこにでもいるハチなので、遠方からわざわざ八百津へ捕りに来るのはどうかご遠慮ください。