浜松にある鈴木楽器製作所をたずねました
子どもの頃、学校で習った楽器といえばリコーダーと鍵盤ハーモニカだったのではないかと思う。
年代によって差はあるかもしれないが、この二つは今でも多くの学校の音楽の授業で使われているようだ。
今回は、そんな誰もが一度は触ったことがある楽器、鍵盤ハーモニカの製造メーカーを訪ねた。ここで長年の夢というか疑問をぶつけてみたいと思う。
編集部安藤(左)、音楽家宮城さん(右)
鍵盤ハーモニカについて、僕は学校で触った程度なので、今回はちゃんと演奏のできる人代表として宮城マリオさんにも来てもらった。宮城さんはピアノで大学の音楽科へ入学している。
今回お世話になるのは鍵盤ハーモニカ「メロディオン」の製造メーカーである鈴木楽器製作所。来月弊社のイベントスペース東京カルチャーカルチャーで
鍵盤ハーモニカのイベントがあるというので、担当者を紹介してもらい今回の企画が実現したのだ。言ってしまえば来月のイベントを盾に無理にお願いした形である。
鈴木楽器製作所の多田さん(中央)
ちなみにこの時点ではまだ鈴木楽器製作所の多田さんに吹き語りの話はしていない。来る前に断られたらいやだったからである。
鈴木楽器製作所本社にて。
というわけで詳細を説明しないまま本社まで連れてきてもらった。さすが楽器メーカーの本社である、玄関先にはこれから出荷される鍵盤ハーモニカが積まれていた。
多田さん「これでも200くらいでしょ?ピーク時はこんなもんじゃないですよ。」
多田さんいわく、鍵盤ハーモニカ出荷のピークは春なのだとか。新しい学年がはじまるときに子どものいるご家庭がみんな買うからだ。
多田さん「数多くの工程がありますからね、急に春に大量にそろえることができないんです。一年かけて春にむけてストックしていく感じですね。」
なるほど、鍵盤ハーモニカにも繁忙期はあるのだ。
鈴木楽器では鍵盤ハーモニカ以外にもたくさんの楽器を作っていて、その一端を展示コーナーで見ることができる。
くぎ付け。
僕も宮城さんも楽器が大好きなので、こういうのはずっと見ていられる。宮城さんに特に気になったものはどれかと聞いてみると即答でこれを指した。
宮城「やっぱりアンデスですね。」
アンデス。
聞いたことない楽器である。見た目は鍵盤ハーモニカを少し横に広くしたような感じだろうか。
多田さん「いいところに目を付けましたね。」
多田さんは展示してあるサイン入りのアンデスという楽器をいとも平然と出してきてくれた。触っていいんですかそれ。
多田さん「いいですよ、楽器は演奏するためのものなんだから。」
アンデスは鍵盤ハーモニカではなく鍵盤リコーダーと呼ばれる楽器なのだとか。
「うわー、いいなー。」
鍵盤リコーダー「アンデス」。有名なところだとピタゴラスイッチのオープニングのあのメロディを奏でている楽器である。中に鍵盤の数だけ笛が入っていて、吹くとそれぞれの鍵盤に対応した笛が鳴るイメージ。小学校の頃に習った2大楽器(笛、鍵盤ハーモニカ)が一つになった夢の楽器だ。
これは確かにかわいい。
アンデス以外にもハーモニカや大正琴など、いろいろな種類の楽器を作っているということだが、今回は鍵盤ハーモニカを中心に紹介したい。
鍵盤ハーモニカといっても僕たちが学校で吹いたあれ一つではない。
こちらはオール木製の大人バージョン。
通常品に比べ音が柔らかい。
明らかに僕たちが知っている鍵盤ハーモニカとは音が違う。楽器はもちろん吹き方も大切だが、本体の材質や形状でも音の質や響きが変わるらしい。この木製バージョンは職人さんの手作りだという。キータッチからして温かみがある。
こちらはアーティストモデル。パリッとしたサックスみたいな音が出る。
宮城さんに来てもらってよかった。こういうときにすらっと弾ける程度にピアノを習っておく必要があるなと思った。
低音だけのモデル。ホルンみたいな音がする。正直これが一番ほしかった。
木製バージョンもアーティストモデルも、完全にターゲットは大人である。鍵盤ハーモニカと聞くとどうしても音楽の授業で使うイメージが抜けきらないのだけれど、大人向けモデルは触ると明らかに違う。キーのタッチも音も質感も、すべてが大人心をくすぐるようにできているのだ。そして調べてもらうとわかるのだけれど、どれもわりと気軽に買えちゃう金額だからこわい。
「でしょう、欲しくなるでしょう。」
ちなみに多田さんは楽器をやらないのだとか。楽器メーカーだからって全員が演奏できるわけではないらしい。そいえば僕の友人も車のメーカーに勤めているけど免許を持っていない自転車マニアだったりするので、仕事と趣味は別なのかもしれない。
本題に移ろう
いろいろお話をうかがい多田さんとの関係も構築できたと感じたところで、そろそろ本題に移りたいと思う。
「ところで多田さん、ハーモニカの吹き語り、ってできないですかね。」
へ?吹き、語り?
鍵盤ハーモニカでピアノやギターみたいに吹き語りはできないだろうか
鍵盤ハーモニカの吹き語り。
実はこれは子どもの頃から考えていたことで、実際に何度か練習したこともあるのだ。つまり鼻で鍵盤ハーモニカを演奏し、空いた口で歌うのだ。ふざけているわけではなく本気である。
同じことを考えた人はたぶんいると思うのだけれど、これまで世に出たアーティストを見たことがないことから考えると、やはり難しいのだろうか。
鍵盤ハーモニカのメーカーである鈴木楽器製作所の多田さんに相談してみた。
「こういうことですよね?」
プロモデル「ミー、ミー、ミー、ドー」
あら、やっちゃったよ。
多田さん「鳴りますね。とりあえず吹くことはできそうです。あとは歌かー。」
子ども用のマウスピースは吹き口が平らになっているので吹き語りにはむかないのだとか。
というわけで吹き語りにはこちら「フレキシブルマウスピース」というものを勧められた。
多田さん指導のもと、僕も鍵盤ハーモニカ吹き語りに挑戦してみた。課題曲はカエルの歌、できれば演奏と歌唱とで輪唱できるとかっこいいと思っている。
鳴るよね。
音は鳴る、しかし歌うのはむずかしい。
鼻で吐く息と口で出す音とが同じタイミングならばなんとかなるのだけれど、ずれるといっきに思考が停止する。
そして鼻で息を吐きながら口で歌うことの難しさよ。ただ、不可能というわけではなさそうなので、練習の糸口はあると思う。たとえばベース音を伴奏で鼻で奏でておいて、旋律パートをハミングで歌う、とかだ。できたら宴会でモテモテだろう。
多田さんも鍵盤ハーモニカを吹き語りしてるアーティストはいまのところいないと言っていたので、始めるなら今だと思います。
満足したところで次は鍵盤ハーモニカ工場の見学です。
鍵盤ハーモニカ工場見学
目的は達成したように思うが、せっかくなので鍵盤ハーモニカの工場を見せてもらった。
本社の隣が工場になっています。
鍵盤ハーモニカをはじめとする楽器の製造は、今でも完全に機械化されているわけではなく人の手とか感覚による部分が多く残っているのだとか。もちろんプラスチック製の大量生産品なんかになると完全に機械生産なのかもしれないけれど。
ここ鈴木楽器製作所の工場でもたくさんの職人さんたちが楽器を作っていた。
これは音が鳴る「リード」部分を打ち出しているところ。
これがリードのもとになる金属板。真ん中で色が変わっているのは微妙に厚さを変えているから。
工場の中は流れ作業ではなく、専門の機械に職人さんが一人ずつついて操作している。機械もコンピューターまかせではなく、そのほとんどを職人さんが目で見て動かしていた。
途中までだとおそらく誰も鍵盤ハーモニカを作っているとは思わないだろう。時計なんかを作る精密機械の工場みたいだ。
打ちぬいたリードを一枚のプレートにスポット溶接していく。
鍵盤ハーモニカは中が見えないので、どうやって音が出ているのかわからないと思うのだけれど、基本的にはハーモニカと同じで、リードと呼ばれる薄い金属板を、吹いた息で振動させて音を出している。つまりこの金属板が音を決める心臓部ということだ。
まっすぐだったリードに風が通るよう、ほんの少しだけ曲げて持ち上げる工程。
いかにも楽器を作っていそうなメモ。
こういう工場を見せてもらうといつも感動するのだけれど、それぞれに特化した機械があるのだ。メガネ工場にはメガネを作る機械が、ドーナツ工場にはドーナツを揚げる機械がある。
そしてその作業に特化した機械を見ると、完成した製品を見る目が変わる。あー、ここあの機械が作ったんだ、と。
リードが正しい場所に溶接されているか、すき間は適正か等を判別する機械。
リード部分の制作と組み立てだけでもたくさんの職人技が段階を経て注入されていた。当たり前だけどそれぞれの段階にはそれぞれの意味があって、その意味を聞くとなるほどー、と思う。それらを全部通過しないと鈴木楽器の鍵盤ハーモニカとして出荷できないのだ。
この方は製造本部長です。
ここまではリードを本体に取り付ける、いわば機械的要素だったが、ここからは音を合わせる楽器的要素に移る。
リードを機械的に振動させながらその振動数をレーザーで計測、振動数を合わせるよう厚さを削る機械。
工場内がなんだか楽し気
この工場が他の工場と決定的に違うのは、機械の作動音に混ざって鍵盤ハーモニカの音が聞こえてくるところだ。そのため真剣ななかにも、なんとなく楽し気な雰囲気が漂っている。
リードを手で持ち上げる職人。この人にしかできない技らしい。
鈴木楽器製作所の鍵盤ハーモニカでは、機械と職人とで2回、音を合わせる調律の工程が入る。
機械で調律されたリードを、次は人が調律する。リード一枚一枚鳴らして手で削り、音を聞いてまた削り、の繰り返し。全ての鍵盤について、これをやるのだ。
日に160台くらい調律できれば一人前らしいです。
鍵盤ハーモニカはたとえばクラス全員で同じ旋律を吹いたりすることが多いため、少しの音のずれが重なると大きなずれになって聴こえてしまうという。だからたとえ子ども向けの楽器でも調律は厳しく行う必要があるのだ。多田さんは自分では楽器をやらないが、聞けばどこのメーカーの鍵盤ハーモニカだかわかりますよ、と言っていた。やっぱり好きなんだと思う。
ここはほぼ最終段階。鍵盤をボディにおさめていく。
プロモデルになると、さらに完成したあとの「慣らし」まで人の手で行うのだとか。正直ここまで「手作り」だとは思っていなかったので、さっき鼻で吹いたことをちょっと申し訳なく思っています。
他の楽器もおもしろいぞ
鈴木楽器製作所には工場の他にいろいろな楽器が展示されているスペースもあった。これがまた最高におもしろかったのでざっと紹介したい。
部屋に入りきらない楽器が廊下に置かれていたりする。
ハモンドオルガンという楽器。宮城さんが興奮していたのですごいものなのだろう。右側にある箱がスピーカー。
こちらは低音だけを切り取ったシンセサイザー。そういえば学校で見たことある気がする。
でかいハーモニカ。
和楽器も。
和楽器は伝統的に動物の皮を材料に使っていたりするのだが、それに対して子どもたちが抵抗なく使えるよう、鈴木楽器製作所では化学繊維に置き換えたものを作っているのだとか。
伝統と配慮とのせめぎ合いは技術が仲介していました。
和楽器には漢字でプレートが入れてあるのがかっこよかった。
鈴木楽器製作所の工場は小学校の社会科見学でも人気なのだとか。たしかに自分たちが使っているメロディオン(鍵盤ハーモニカ)を職人さんたちが作っているところを見ると「うわー、いいもの買ってもらったなー」と思って大切に練習すると思います。
触るとぜったいほしくなる
鍵盤ハーモニカの吹き語り、という長年の夢をメーカー本社で実現できたことも収穫だが、なにより鍵盤ハーモニカ工場で見た、ゆるいイメージとそれを支える職人技とのギャップにやられました。たぶん僕も宮城さんもプロモデルを買うと思います。
多田さんにごちそうしてもらった餃子がまた最高に美味しかったです。そうだ、浜松は餃子の町だった。
鍵盤ハーモニカのイベントはこちら。
鈴木楽器製作所の多田さんも来るので見かけたら声をかけよう。