どう受け止めていいかわからない拠点
えーとですね、まずは作品の映像(つまり、万華鏡の中に映し出される像のことです)を見ていただこう。
CGじゃないから!言っとくけどデジタルじゃないから!アナログだから!
これが、例のあの「筒の中の合わせ鏡に映る像」に過ぎないとは、じゃあこの世の出来事は全て幻か。
これらの作品を覗き見ることのできる万華鏡を作ったのは、細野朝士(ほその ともお)さんとおっしゃる万華鏡作家だ。
余談に近いが、取材日程をメールで詰めていたときに「6月だと梅雨に入っちゃうねー」とか「予報は雨だな」とか、細野さんはとにかく雨の心配をしていた。ああ、やはり万華鏡というものは天候次第で見え方も違うのかなと思っていたら、「いや、うち雨だととてもうっとおしくなっちゃうんで」とのこと。ん?
「取材には歩きやすい靴で」ともあった。んん?万華鏡はお外に設置なのかな?
東京から約2時間、千葉の山奥のご自宅兼工房に近づくにつれ、意味がわかった。
わー…わーーわーーーなんだここは!!表札「細野」ってあるけど。
美術館だよね?もしくは謎の研究施設。
なんか、謎の出っ張りが空中に突き出してる!
橋を渡って降りて振り返ったとこ。ここが個人宅だって?!
そういえば下調べのときにチラッと読んだのだ。3大万華鏡作家としてテレビに出演したことがあるらしいのだけど、そのときに「万華鏡で豪邸を手に入れた」と謎の紹介をされていたのだ。
しかし訪れてみれば、こういう予想の斜め上をゆく邸宅で、当方腰を抜かした。聞かずにはおれない、「こ、ここは、どういう由来の物件なの??」
ここはもともと、写真会社が持っていた撮影スタジオ物件らしく、それを聞けば全部腑に落ちた。どうりで、ぶっとんでる。いやどこから見てもかっこいい。
かっこいいついでに、もう少しだけお宅拝見させてください。
玄関扉が長ーい!ガラス割れたら修理大変だ。
暖炉の煙突も、オブジェのようにそびえている。
こちらがその細野さん。こんな物件に住んでるけど実に温厚・悠々・泰然としたお方。
個人宅をあまりクローズアップするのも、というか今日は目的が違うのでこれくらいにしておくが、建築好きの私には眼福な時間でしたわい。
さて細野くん(以降、くん付けで呼ばせてもらう)、工房などはどちらに?
「それがねぇー、大して見せるようなもんでもなくてねぇー。」とあながち謙遜でもなさそうな口調である。まぁ、でも作る場所はあるでしょ。
「じゃ、地下室見る?」見る見る!
ふたたび外に出て、家の裏へ回る。ん?
家の裏手側面に扉があり、開けるとそこが地下室だった。前の持ち主が、撮影用機材を収納する場所だったらしい。秘密基地だこれ。
ここでは、万華鏡のボディとなる金属筒を規定の長さに機械で切断するそうだ。
音と金属屑問題をいっぺんに解決できて、うらやましいぞ。
ここでは筒の切断のみで、あとの組み立ては家の中に工房があるらしい。どこだい?
ここだよー、って指差したのは、玄関脇の2階。高っ!2階というか、右のはしごで上がった先のロフトスペースだ。また秘密基地が!
はしごをなんとか登ったら、屋根裏部屋のような工房が。
中腰で移動するくらい天井が低くて、「入ったら仕事するしかない空間」とのことだ。仕事場として理想的な機能だな、それ。
昔見た住宅雑誌にフランスの技術者だかの部屋が出ていて、書き物用机の上にもう一つ机を置いて、書き物机を踏み台にして上の机に上がり、そこで設計している様子が載っていたのを思い出した。本人曰く「2つの机でやることが違うから合理的」とのこと。妙に感心したのを覚えている。
微妙に違う話だったなこれは。
ハードな外観、ソフトな製法
さて、作品を見ながら作り方など聞いていこう。
細野くん自らリノベしたという住居エリアに入っていく。
コンクリ打ちっ放しの広い空間を、暖かみある木造小屋で仕切って生活スペースにしている、って建物探訪はここまでにしとこう。
リビングテーブルに置かれたトランク。これが細野くんのプレゼン道具だ。
開けると、まるで冷徹な武器屋さんのような中身だ。「冷徹な武器屋さんのトランク」というのを見たことはないが。
そう、細野くんの万華鏡(カレイドスコープ&テレイドスコープ、違いは後述)は、このシンプルな無垢のステンレスボディがなんとも言えずかっこいいし、それまで万華鏡に親しみのなかった老若男女をも、とりこにすると思う。
しかしこんな密な輝きを前にして、本人は「手間をかけない作り方だから、規格物のワッシャーとか使ってるんだ」とおっしゃる。実に気負いがない。
そういえばこういう部品、通学路の工事現場に落ちてたぞ。
アクリル板に映像の具材を挟んで、接着剤で各部を組む。それだけ、とは言うが…
もともと千葉大工学部のデザインコースを修めている細野くんは、卒業後4年ほど、昼も夜もなくデザイン会社に勤めていた。その仕事の中で科学館を設計することになり、その取材でこの世界を知ったのが、万華鏡作家になるきっかけだったそうだ。
「今もその頃も、日本に作家はそんなにいなかったから。これだ!と思って飛び込んだんだよね。いい場所見つけたと思ってる。」
中でも細野くんが目をつけた素材は、「偏光板」。光の波を特定方向にだけ偏らせて通す、特殊な加工をした板のことだが、これによって細野くんの万華鏡は独自の世界を切り開いたという。
トレース板の明かりをつけて、説明してもらおう。
この上に、万力で挟んでグイッと伸ばした適当なプラスチック片を載せると…わっ突然のサイケ!
私が以前遊んで記事にしたときとは比べものにならないくらい、美麗な虹の渦が出現した。
セロテープを貼った板も、こんな風に驚きの変化を見せる。
こんな色から…
補色がどんどん現れる。
マル秘材料(ボカシ入れてます)を細く切っているところ。最後に個展のお知らせを載せてるので、実際に見て推理してみてください。
つまり、工夫だらけなのです。身の回りのものを常に観察して、ひらめいたら先入観なく取り入れる。万力で挟んで引き延ばしたPET素材も、細野くんが見つけた時点で工芸作品の重要な一部として機能する。万華鏡の「魔法」の、第一段階を見た。
中の具材がゆっくり動くよう、グリセリンで満たしてある。
映像の見え方や細かさを決める、鏡の角度の計算式などを説明してもらったのだが、ほとんどわからなかった、ということを報告します。
手前の太いのがいわゆるカレイドスコープ、その横に横たわっているのが、周囲の景色を取り込んで魅せる「テレイドスコープ」というもの。
先端にはカレイドのような具材はなく、水晶が埋め込んである。
今日は天気もいいし、ぜひ屋外でテレイドスコープを覗いてみたい!
というわけで、庭に移動しました。
これがまたすごい庭である。庭というか敷地。
うひょーーー!!!って本当に声出ます。
さあ、皆さんにも体験いただきましょう。
前もって言っておくと、スマホのカメラを覗き穴にピタッとはめながら筒を回すのは至難の技。なので全編綺麗にというわけには行きませんでしたが、片鱗だけでも味わっていただければ。
これはカレイドスコープの映像。深海を覗いているよう。
動画の一部をGIFでもどうぞ
これは風景を映し込むテレイドスコープの映像。確かこれは屋外でなく、屋内の飲料ペットボトルのケースとか地味な風景を撮ってた。それでこれ。
動画の一部をGIFでもどうぞ
これは先端の具材ケース自体が回転するタイプ。これもまた面白き味わい。
動画の一部をGIFでもどうぞ
おわかりいただけただろうか…。
この無骨とも言えるボディの中に、こんな凝縮された世界が展開されているのだ。
手の中に小さい宮殿が建ったような、贅沢であることよ。
私もいずれ1つは所有し、心の中の豪邸として愛でたいと思う。
細野くんは何度か、「手間をかけずに」作るという主旨の言葉を口にしていた。確かに見た目は非常にシンプルで、身近なものも具材にしたり、本人にとっては手間をかけてないと思われるのかもしれない。
しかし手に取ればその程よい重さと、がっちりした構成、それを完全なものに高めている接着などの細工の精度が、見る側からしてみればもう「宝物」以外のなにものでもなくなる。
もともとは商業デザイナーだったという点も、そのあたり、巧く働いているのだと思う。
昔から物腰柔らかく、ひょうひょうとしていた細野くんだった。あ、今うまく言い表す言葉を見つけた、「柔よく剛を制す」だ。そんな印象の、山奥の豪邸訪問だった。
【細野朝士 個展のお知らせ】
さて、実は細野くんの個展がもうすぐ始まるのです。
東京での単独の展示は、20年のキャリアで初めてだそうで、貴重な機会です。手の中の豪邸を見に行こう!
細野朝士 tomoo hosono 万華鏡
日時:2018年6月14日(木)~20日(水)12:00~19:00(最終日17:00まで)
場所:つかう たのしむ +ノーション
東京都中央区銀座6-4-13 銀座ヤマザキビル2F
http://blog.notion.main.jp
古賀・小堺のラジオコンビに乙幡も混ぜてもらって、3人でトークやります!
残席わずかとのこと! よろしくねい。
2018/06/22(金)
19時開場、19時半開演
料金:1500円(飲食別)
会場:神保町 ブックカフェ二十世紀(東京都千代田区 神田神保町2-5-4 2F)
出演:乙幡啓子、小堺丸子、古賀及子、ゲスト
6/16(土)追記:チケットご予約満席となりました!ありがとうございます!
ご予約の方、キャンセルの場合はお店までご連絡お願いします。
当日券が出せそうな場合は
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