インバウンド向けスタジオへ行こう
花魁、芸者、舞妓、侍、甲冑……自分がもし日本に来た外国人観光客だったら、そういう異国っぽい恰好って確かにしてみたい。
と思ったが、ずっと日本にいてもほぼしたことないな……。
甲冑だけ一瞬着たことあったが(※まったく関係ないところで撮った、数年前の写真です)
今回「貸衣装の選び放題」をすべく、そんな和装体験ができる
浅草の撮影スタジオにお邪魔させてもらうことになった。
貸衣装を着て、色んなタイプの本格写真を撮ってもらえる
外に出てちょっと歩けばすぐ雷門。この辺りだと日本人のほうが少ないんじゃないかという気もしてくる。
外国人吸い寄せられスポット・雷門のすぐそば
このお店に来るお客さんも7割が外国人だそうで、そうなると国内なのに多国籍が入り混じる外国みたいな空間でもある。
そんな「ちょっとした異国」ならではの話を聞きつつ、変身体験をさせてもらおう。
お話を聞きつつ、私も舞妓になっていきます。まずは説明を受ける。
貸衣装、選び放題
女性の場合、「花魁、芸者、舞妓」の三択となる。着物の選択肢が多いのは、花魁と舞妓。
右の方に芸者用の着物が数着あり、舞妓と芸者は兼用。この中から選ぶ。
ここからも選べる。ずらららーーーっと!
外国の人にとってみたら、こんな衣類はどれもさぞかし珍しいんだろう。
裾に綿が入ったものなんて、私にとっても珍しい(裾を長く引きずる着物には入ってる。このスタジオには、この「お引き」用の着物と外出できる普通の裾の着物、両方が用意されてる)
──どこの国の人にどういう柄が人気とかってあるんですか?
(お店の方)国関係なく、柄は桜が人気です。けど意外とその人の趣味で結構ばらけますね。
そうか、服を選ぶのと一緒で趣味によるか。そして「日本っぽい」となると、やっぱ桜なのか。
へー、桜かー……と当ててみる
銀河っぽい柄
こういうクラシックな柄もいいなぁ
──外国の方って、こういうのがクラシック……みたいなのって分かるんですかね。
(お店の方)分かる人は分かります。日本の文化がすごく好きって人とかは。
──へぇー、そうじゃないときっとわかんないですよね。花柄の服、ぐらいな感覚だったりするのかも。
ところでこれちょっと大漁旗っぽさあるな
──どこの国の人が多いんですか?
(お店の方)多いのはアジアの人ですね。香港とか。あとは中国。
──西洋の人はそんなにいないんですか?
(お店の方)いや、来られますけど、割合で言うと、アジアのほうが多いかな? という感じで、黒人の方も白人の方も来られます。
この辺、妙に柄の主張が強い
なんてポップな!
──こんな楽しい柄もあるんですね。
(お店の方)多分ほんとはこういうので舞妓はやらないです。京都のほうだとしきたりもあって、それから外れたことをするのは珍しいんですけど、うちはお客さまの要望にお応えしたいということで、こういうのも用意してます。
せっかくなら今までに着たこともなく、今後着る機会もなさそうな柄がいい気がしてきた。
「本物の舞妓さんってあんまり黒着ないですよ」とのこと。これもいいなぁ……
黒だとキリッとかっこよくなりそうだ。けど今後の人生長いスパンで考えると、黒着る機会って増えるよなー。だったらもっと弾けた柄を……
あ、こんなのもあるんだ! バラ!
これ、昔のポットとか炊飯器の柄っぽい!
色々見たけど、どうしても気になるのはこの昔の家電っぽいやつだ。よし、これにするか!
控えめな白塗り事情
ところで今回、「貸衣装、選び放題」のつぎに楽しみだったのが白塗りだ。
以前に2度、白塗りになる記事(
これと
これ)を書いているので、自分でも塗ったことはある(※これは2年前に自分で塗ったとき)
自分で塗るときは、サイトを参考にしつつ見よう見まねでやっていたが、ようやくプロの技を間近で見られるのだ!
……と思ったら、普段はほとんど「本格的に白塗り(はけで白く塗る)」というのはやってなく、「普通のメイクよりもちょっと白っぽい」な程度のメイクするらしい。白っぽいファンデーションで塗るだけのメイクだ。
私は「ぜひとも白く!」と本格的な方をお願いしたが、どうして普段はやられてないのだろう。
「本格的な白塗り」を注文したので化粧を落とされ始めたが、普段は落とさず進めるらしい
──なんで普段は白さを控えめにしてるんですか?
(お店の方)自然にかわいく綺麗にしたい人が多いからですかね。外国の方は、あんまり白いとびっくりする人が多いんです。
──え、びっくり……??
(お店の方)メイクに納得しないとスタジオのほうへ行ってくれないときがあるんですよ。自己主張のハッキリしてるお国柄の人だと。
ええーーっ! そんなめんどくさい女優(勝手な偏見)みたいなことが!(塗られつつ喋る)
(お店の方)本当なら「スタジオでライトが当たると見え方も違うんで……」みたいな説明をして納得してもらいたいんですけど、伝えきれず思うようにいかない場合があって。
だったらメイク室でも綺麗に見えて、写真もそれなりに撮れる色で……となりました。嫌だって言われそうなことがだんだん分かってきて、それをなるべく避けるようにしてます。
塗り方ひとつとっても、インバウンドならでは……という感じだ。
このときなんと撮影をしてもらってたカメラが私の顔を「赤ちゃん」と検知した! 無駄なものを塗って消していくとそうなるのか……!?
──このはけで塗る白塗りはどのぐらいの頻度で出るんですか?
(お店の方)ほぼやってないので、かなり久しぶりですね。
はけで塗る
──これもっと白く出来たりしないんですか?
(お店の方)もっと白いと乾燥してかなりガビガビになるので、あんまり薦めないようにしてます。
けど、本当に真っ白にはなかなかならないですよ。「バカ殿にして欲しい」と外部発注受けたことがあるんですが、どうしても地肌の色がうっすら見えてしまって難しかったです。
バカ殿は白塗りだけじゃなく眉毛の部分が白と混ざり合うのもちょっと厄介で、そこは思い切って描く必要があったな……とか思い出しながら聞く(※この写真も2年前。こう見ると塗りもまだらで、プロってやっぱりすごいなと思う)
どうやら白さを強くするほど乾燥してガビガビになるらしい。今回、私が施してもらってるメイクもそこまで真っ白という訳ではない。
歌舞伎メイクのようにもっと白くする場合は、下地として油を塗ったりする必要がある。
これが白塗り用の化粧下地「歌舞伎油」
これを塗ってしまうとかなり落ちにくいので、スタジオのお客さんに使うことはないようだ。
眉が赤い
ところで眉が赤くされている。赤っぽい茶色とかではない。赤だ。
赤くなりつつある眉
──眉が赤く描かれてるのは、こういうものなんですか?
(お店の方)昔は赤と黒しかお化粧品がなかったというのもあって、芸者さんや舞妓さんは白塗り以外は黒と赤しか使わないっていうのが決まってるんです。眉毛も大体この色ですよ。
へぇー、そんなもんなのか。こういうメイクの人を見たことはあっても全体の雰囲気で見てたから、今まで気づかなかった。
そして本来の眉の不要な部分は白く塗って隠す
ここでまた外国の人ならではのエピソードが出てくる。
(お店の方)外国の方に「なぜ青いアイシャドーを塗っちゃいけないの?」みたいな主張をされることがたまにあります。
まぶたに塗るのも赤というのは伝統的に決まってる
──黒と赤しか使わないのは伝統だって説明してもだめなんですか?
(お店の方)説明しても、「いや、私は青が塗りたいの!」ってなったりしますね。
そんなときは、「じゃ……塗りな!」って、もう塗っちゃうことにしてます。伝統を強要はしてないんです。ほんとに変身を楽しんでもらいたいので。それがほかの店との違いになればそれでいいかなと。
顔が一通り仕上がったら首を塗られる。これも本格的なガッツリ白塗りのときのみ。味わったことない感触
そんな訳で、着物のバリエーション同様、メイクに関しても「本場よりも自由度の高い」というのをお店の特徴とするようになった。
最後にカツラ
仕上げはカツラだ。髪が短いので、地毛では無理なようだ。
舞妓用のカツラは店舗にひとつしかない。友達同士で誘い合わせる場合は、短髪が複数名にならないようにしたほうがいいようだ。
カツラのサイズも選べないので、人によってかなり合わなかったりもするようだが……
スポッと……!!
なんとサイズがピッタリすぎて「まるで地毛みたい」という褒めの言葉をもらった! おお、やったー!! シンデレラだ。
私が着用させてもらったのは舞妓のカツラだが、花魁用のは金髪用もあった。
花魁のほうは、黒、茶髪、金髪などがある
ピッタリで喜んだのもつかの間、実際装着してみると重い……。どうやらネジを締めて頭にしっかりと装着してるので、締め付け感もある。
そういえば、私は昔から和装時に髪を盛ったりしっかりセットすると(成人式等)頭痛を起こして具合が悪くなるんだった。ちょっと肩が凝ると、すぐ頭痛がくる体質なのだ。やばいぞこれは。
着付け、撮影
迫りくる頭痛。ビックウェーブに備えて急いで鎮痛剤を飲み、着付けと撮影に挑んだ。よーし、気合いだ!! 気合いだ!!
着させてもらったらスタジオへ移動し
指示されたとおりにポーズを撮ったり、口角を上げたりした
指示が難しくて内心オタオタしてるが、何事もないかのようにちゃんと装えてるだろうか。
小道具の傘を持ったり
顔や体の傾きや手の位置、細かく指示をしてもらったが、これもまた外国人の場合は大変だろうなぁ。片言の英語での指示だそうだ。
そして出来上がったのがこちら。写真自体のクオリティの高さに感激する一方で、記事用に自分のカメラで撮った写真と並べると、色も鮮明さも差があり過ぎる……という事実が突き付けられた……。こ、これは……。
いや……それはさておき、これはいい記念になった! せっかくだからこのデータ使ってテレカでも作ったろか。
自分で撮るとき目なんか閉じてたら失敗でしかないのに、敢えて閉じさせるというのもプロの技……
このまま店の外へ出てみた。せっかくなのでこの姿のまま肉を買ってみたら妙にアートっぽくなってしまった……。そんなつもりじゃなかった。
どの肉にしようか迷う舞妓
おつりを受け取る舞妓
爽快感がすさまじい
一通り撮影を終えた。重さと締め付けから解放され、ついでに着物を脱いだときの爽快感! 身体が軽い!!
この爽快感のためにあの姿になっていたのだ……とすら思えてきた
着物の締め付けにもっと耐性のない外国の人なら、もっとそう感じるかもしれない。運動したあとのような疲労感に、甘味が染みまくった。
妙に甘いものを欲し、締めはファミレスの甘味を堪能した
着物を着てる上に、あんなに頭が重い状態で仕事をしてるだなんて、舞妓や芸者に対して「かなり体力あるのでは」と思うようになった。続けていれば慣れるのだろうか。
東京の観光客向け舞妓を経験し、本場京都ではどう違うのだろう? という興味も沸いた。いつか一度ぐらいは体験してみたい。