特集 2018年5月28日

ネット広告が具現化された世界の話

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これは筆者の日常に広告が表示されるようになったときの話だ。
埼玉生まれ、神奈川育ち、東京在住。会社員。好きなキリンはアミメキリンです。右足ばかり靴のかかとがすり減ります。(インタビュー動画)

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それは一通のハガキから始まった。

ある日、筆者のもとに一通の案内ハガキが届いた。
「広告表示世界」のご案内
「広告表示世界」のご案内
広告表示世界…?なんだか怪しいなと思いながらも読み進めてみる。

かいつまんで説明すると、いろんなものが割引や無料になる代わりにあなたの世界に広告が表示されるようになりますよ、ということらしい。ちょうど、無料のアプリに広告がついてまわるのと同じようなことだ。

そういえば最近ニュースで話題になっていた気がする。数年後の実施に向け、筆者がそのモデルケースの対象になったらしい。

少し興味がわいた。正直、ちょっといいカメラを買ってしまったので今月のやりくりが苦しかったのだ。いつでも解約できるとのことで、騙されたつもりで「契約」に丸をして返送した。

ネット広告が具現化された世界

それから数日後。承認が下りたのだろう、突如世界に広告が表示されるようになった。
こうだった光景が
こうだった光景が
こうなった
こうなった
ははーんなるほどこれが。

インターネットでよく見かけるバナー広告が目の前に現れたのだ。広告費をあてがう形で様々なサービスが格安で受けられる、ということらしい。
飲むだけで±30kgを実感
飲むだけで±30kgを実感
次々と広告が現れては消える。気にならないこともないけれど、まぁそのうち慣れるだろう。

眼鏡を初めてかけたときだってフレームが視界に入って気が散ったけれど、今じゃ何も気にならなくなった。人間とは慣れる生き物なのだ。
すぐに時計の位置とかぶる
すぐに時計の位置とかぶる
あえて言うなら時計を見るとき時間がわかりづらいくらいだろうか。これで金銭面に余裕ができるなら悪くない話だ。

日常は広告に溢れている

とまあそういった具合で軽く考えていたけれど、広告とは自分が想像している以上に世の中に溢れているものである。

あらゆる広告が世界を侵食しだすとだんだん不便なことも増えてきた。

例えば読書

無料で読めるが
無料で読めるが
それは読書中にいきなり訪れる。ある程度本を読み進めていくと、ちょうどいいところで広告が入るのだ。
しかもスキップできないタイプの広告
しかもスキップできないタイプの広告
やきもきする。このページで5秒静止しなくてはならないのだ。

無理やりめくろうにも広告が表示されている間は後ろのページがべったり貼りついて剥がれない。どういう仕組みなんだ。

例えば料理

この商品を買ったひとはこんな商品も買っています
この商品を買ったひとはこんな商品も買っています
料理も少し億劫になる。上の写真のように食材にいちいち広告が表示されて目がちらつくのだ。

はじめのうちは買い忘れがなくなるからいいかもとも思っていたのだけど、これが食材それぞれにあるとなかなかの情報量だ。冷蔵庫の内側はちょっとここでは見せられないくらいの圧迫感がある。

例えば掃除

洗濯槽に浮かぶバナー
洗濯槽に浮かぶバナー
この広告はどうやら60日間更新されていなかった…要は手をつけていなかったものに表示されるらしい。これは、前向きに考えればちょっといいかもしれない。掃除をするきっかけになる。

たまには洗濯槽も掃除しなければな…同じような広告がカーテンにもついていた。今度の土日に奮起して洗おうと思う。

少し外に出よう

どうにも落ち着かずいっそのこと寝てしまえと布団をかぶるも、夢にもいちいちCMが挟まる。「驚きの展開は90秒後!」などとテロップまで表示されるようになった。ハラハラして早く目が覚める。

家に引きこもっているのもあまり精神衛生上よくないかもしれない。そう思い今日は友人と会うことにした。
赤くて目立つ
赤くて目立つ
彼は同じライター仲間の江ノ島だ。友人とはくだらない会話ができるので良い。
この間食べた酢豚の話でこの笑顔である。具材が少なかったらしい
この間食べた酢豚の話でこの笑顔である。具材が少なかったらしい
視界の隅に浮かんでは消える広告もあまり気にならない。気がする。少しだけ「劇的にひじが増える!!」というフレーズが気になる。
いや、やっぱり落ち着かないな
いや、やっぱり落ち着かないな
そう思っている内にだんだん広告が友人にかぶるようにスライドしてきた。こうなるとさすがに会話の内容が入りづらい。
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少し目を離した隙に完全に目元を隠されてしまった
少し目を離した隙に完全に目元を隠されてしまった
バナーが横に並んだことで野生の楽天カードマンが現れた。表情がわからないだけでとても不安になる。
あと、さっきから少しづつ会話の内容がサングラスの話にずれてきている
あと、さっきから少しづつ会話の内容がサングラスの話にずれてきている
今なら海外の有名なサングラスが格安らしい。まるで人格を乗っ取られたかのように推してくる。なんだかいつもの友人と様子が違う。
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とりあえず会話を逸らそうと、その真っ赤なケチャップのTシャツ何なの、と突っ込んだら不思議な顔をされた。
「ケチャップ…?」
「ケチャップ…?」
どうやら彼が着ているのは無地の水色のシャツらしい。おれだけにケチャップの広告が表示されているようだ。
ターゲッティングされている。おれは広告主にケチャップに興味を持っていると思われている。

今思えばこのあたりから現実と広告の区別がつかなくなっていたのだと思う。
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さすがに友人に心配されたので「広告表示世界」のモニターになったことを話した。友人は笑って「無料になるのはいいなぁ」と頷きながらもおれの身を案じてくれたようだった。

「少し歩こうか。一箇所にとどまっていたら広告が増えそうだ」
おれも賛成だった。さっきから広告に追いかけられているような気がしてならなかったのだ。
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しばらく新宿の街を歩く。のどが渇いたのでジュースを買おう。自動販売機でボタンを押そうとすると、
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劇的にひじが増える!!
劇的にひじが増える!!
広告がぬっと現れた。みんなも一度は体験したことがあるだろう、ぬっと現れて思わずクリックしそうになるあれだ。あれが日常に現れたのだ。
劇的にひじが増える!!
劇的にひじが増える!!
そろそろさすがに疲弊してきた。いくら節約になるからって、このままでは日常に支障をきたしかねない。

追い討ちとなったのが友人から自分の名前を違う名前で呼ばれたことだ。このタイミングでどこぞの企業がおれの名前を買い取ったらしい。知っている、ネーミングライツというやつだ。

自分が自分でなくなる…その危機感からおれはその日のうちに「広告表示世界」を解約した。今ではもとの通り。物価は高騰するし、税金もとられる。貯金だってたまらない。それでも充分に満足して生活している。
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ここでしっかりと伝えておきたいのは、"広告は悪ではない"ということだ。広告により人々は有益な情報を得ることができ、生活が豊かになる。それにより経済も回る。
いささか我々は"情報が無料である"ことに慣れ過ぎてしまったのではないかとも思う。

今回はテストケースだったため、数年後の実施の際はもう少し穏やかな広告量になっているかもしれない。
皆様のもとに筆者と同じハガキが届いたらこの記事を参考に、慎重に検討してみてほしい。

以上です。

実はこの『広告が表示される世界』は完全なオリジナルではなく、Twitterでフォローしている方がつぶやいた「広告が出てもいいので無料で楽しめる人生もあってほしい」といった旨のツイートから着想を得て形にしたものだ(本人承諾済みです)。

広告ってなんだろう。これからどうなっていくのだろう。まだまだわからないことだらけだけど、撮影は単純に楽しかった。
広告はデイリーポータルではおなじみ透明のプレートで浮かせた
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出演(左から)ぬっと現れる広告役:トルーさん、友人役:江ノ島さん
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未来っぽくなった写真。トルーさんに「広告になって追いかけてほしいんです」と雑な出演依頼をしたら「じゃあスーツで行きますね」と瞬時に提案が返ってきて頼もしかった
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「広告が追っかけてくる」NGテイク。こんな躍動感のある広告はたぶんない
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ちびっこギャングの写真でお別れです
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