アマダイには赤と白と黄色がある
相模湾で釣れるアマダイには、赤と白と黄色がある。知識としては知っていたのだが、実際に釣れるほとんどは赤のアカアマダイであり、シロアマダとキアマダイは、釣ったことも、見たこともなかった。
もしかしたらキアマダイは、釣っても気が付いてないだけかもしれないが。
このピンクの魚がアカアマダイ。一般的にアマダイといえばこれのこと。
昨年末、幻のシロアマダイが私の竿に掛かった。水面に上がってきた見慣れない姿にびっくりしたのをよく覚えている。
どれくらい珍しいかというと、私が乗船した船宿は、秋から冬に掛けてアマダイ狙いの乗合船を毎日のように出しているが、シロアマダイはシーズン中たったの4匹だったそうだ。
12月23日の釣果なので、これが俺のホワイトクリスマス。
釣りをしない人、魚に興味のない人にはまったくピンとこないであろう話だが続ける。うれしかったから。
釣れたのは53センチの大物だ。シロアマダイというだけあって、アカアマダイにくらべて明らかに白い。そしてモッサリとした独特のシルエットがかわいい。
なんというか、シーラカンスのような古代魚を髣髴とさせる独特の雰囲気をを持っている。あるいは懐かしのシーマン(人面魚のゲーム)っぽさ。
なるほど、白い怪魚だね。
このシロアマダイ、こう見えても超高級魚。乗り合わせた方の話では、市場価格でキロ1万円オーバー。すべてが高級料亭に直行だとか。
釣果なのでプライスレスな悦びなのだが、それにしてもすごいプライスだ。相模湾でキロ単価が一番高い魚なのかもしれない。
上がシロアマダイ、下がアカアマダイ。知らずに外見だけで判断すれば、アカアマダイのほうがうまそうに思える。
さすがにキロ1万越えは都市伝説かもと思ったが、この釣果をSNSにアップしたところ、知り合いの水産関係者が、「キロ1.5万以上、高いときなら3万以上、シロアマダイは別格!」とコメントしてくれたので、どうやら本当に超高級魚のようである。
どこぞに売れば次の釣りの資金になるかなともちょっと思ったが(そんなアテはないけどね)、自分の手で料理して、食べた方が得るものは大きいだろう。しっかりとその味を確かめさせていただくことにした。
なるほど、これは高級魚だ
大事に持ち帰ったシロアマダイ、翌日にその重さを量ってみると2キロ弱だった。キロ単価の倍ということか。うわぁ。
もし市場に並ぶとしたら、安くて3万、高くて6万オーバーなのか。
昨年釣って食べたという方から聞いた話によると、その身は地鶏のようであり、腹ビレを焼くと手羽先のようだとか。え、鶏?
刺身は旨味がすごくて、昆布締めにすると昆布の味が邪魔に思えるほどなのだと、恍惚の表情で教えてくれた。
この腹ビレあたりが手羽先みたいになるらしい。
その値段と味の評判に手足を震わせながら、二度と捌くことのないであろう魚を丁寧に下ろしていく。
皮に傷をつけないよう、猫のブラッシングのように優しくウロコをとる。
内臓をとりだずと、その奥に脂肪がたっぷりと溜まっていた。うまい魚の証である。
緊張しながらその身に包丁を入れていくと、もう刃先から高級魚であることが伝わってくる。
この白身の弾力、皮の厚み、もう絶対にうまいやつだ。
とりあえず頭を落として、二枚にしてみた。
この一匹で何品の料理を作ろうかと思案しつつ、調理しやすいように切り分けていく。
生も食べたいが、火を通した味も知りたい。きっと部位ごとに味も違うのだろう。
うーん、食べる前からもう楽しい。
このように分けてみました。
これがシロアマダイの味なのか
捌いている時、骨のまわりの身がちょっと切れたので、醤油をかけて味見をしてみることにした。
人生で一番贅沢なつまみ食いである。
すごく緊張するつまみ食いだ。確かに鶏肉っぽいかも。
すごいな、シロアマダイ。なにこれ、「うおっ」と声がでたよ。
なんだこの旨味の濃さは。昆布締めした訳でもないのにこの濃さってどういうことだ。別格とはこういうことか。なんというか原始的な旨味のような気がする。
身に水っぽさがなく、この一切れだけでも口の中に味がずっと続く。ねっとりだけどコリコリ感もある歯ごたえもまた素晴らしい。すごい魚がいたものだ。
炙りにしてみた
一番脂が乗っているであろう腹側の身は、やはり刺身でいただきたい。絶対にうまいはずだ。
いやいや、ただの刺身では皮がもったいないと考え直し、バーナーを取り出して炙りにしてみた。
皮を炙ってみた。
モチモチしすぎて薄く切れなかった。
わかってはいたけれど、やっぱりうまい。アカムツのような脂の甘味、タイのようなしっかりとした歯ごたえ、そして舌にいつまでも残る独特の旨味。なんというハイブリット。
うまい魚はいろいろあるが、こりゃ値段が高いだろうなと思わせる、うまさの質と身の弾力なのである。
上品な脂の乗り具合がわかりますか。
山葵醤油だと強すぎて、市販のポン酢だと弱すぎる。なにをつけるのが正解なんだろう。皮は軽く炙っただけだと固いので、もう少ししっかり炙った方がよかったかな。
これでも相当うまいんだけれど、まだまだうまくなる可能性を感じる。更なる正解に辿りつくことで、今以上の感動が待っている気がするのだ。なぜならシロアマダイだから。
潮汁で感じる素性の良さ
刺身用に下ろしたときにでる小骨周りの身がもったいないので、それらを集めて1杯分の潮汁を作ってみた。
薄い昆布出汁で身を煮て、ちょこっとの醤油と塩で味をつけただけ。
脂が浮いている。
一口飲んでみると、味の奥行きに圧倒される。奥底が見えない。昆布の風味を支えにしながら、その上にうまく乗ってくるシロアマダイの上品な旨味と脂。ただただ素性が良い。
このスープと血合い骨まわりの身に生臭さは皆無。内臓を包んでいた腹骨はちょっとだけ生臭みと泥臭さがあったので、一度焼いてから汁にして、香ばしさをプラスしてもよかったか。
このまま飲み干すのがもったいなくて、身をほぐしてダシ茶漬けにしてみたら、行ったことはないけど高級料亭の味がした。これはきっとシロアマダイ料理における正解のひとつだ。
海苔と山葵があうんだな。
頭を酒蒸しにしてみよう
ここからは3日目。アカアマダイで作る酒蒸しが好きなので、シロアマダイの頭も蒸してみることにした。
頭は焼くとカブト焼き、煮ればカブト煮、そして蒸すとカブト蒸し。急にAikoが頭の中で歌い出した。
ネギ、ショウガ、日本酒で蒸す。
蒸し器が無くても深めのフライパンでどうにかなる。
蒸し上がった立派なカブトに、熱した胡麻油をジューッと垂らしたらできあがり。
ウロコの残った皮をはがして、その下にある身をいただく。身の質はカワハギっぽいかな。いやハタか。フルフルと柔らかく、ゼラチン質の塊といった感じ。
シロアマダイという魚は、火を通してこそ本領を発揮する魚なのだろうか。
うまいんですよ、ものすごく。
ポン酢をほんのちょっと、箸の先につける程度の味付けで充分。余計な味付けはいらない。
頭頂部、ホホ肉、目玉、アゴと、部位ごとの味を確かめつつ、身の一片でも残すものかと夢中でいただいた。
骨までしゃぶらせていただきました。
そして皿に残った汁で、ご飯を煮ると最高にうまいんだな。
こういうのは黒胡椒が合うんだ
腹ビレは確かに手羽先っぽい
軽く塩をしておいた腹ビレ部分を、魚焼きグリルで焼いてみた。手羽先っぽいと教わった部分である。
ヒレ自体は焦げて食べられなくなってしまったが、その付け根部分が独特の食感だった。
ヒレは干してヒレ酒にしたらよかったかな。
なるほど、手羽先みたいっていうのはこういうことか。
よく動かす部分だけあって、筋肉質の付け根は、確かに鶏っぽさがある。そして旨味が濃い。この肉だけ食べたら、まさか魚だとは思わないかも知れない。
うっかり捨ててしまいそうな部分だが、ここだけで晩酌を一回楽しめるくらいのポテンシャルだ。
内臓は処置の悪さがあったのか、ちょっと微妙な感じだった。
刺身はちょっと物足りないと思ったら
冷蔵庫で寝かせておいた腹身を、このタイミングで皮をむいて刺身にしてみたが、2日目の炙りを前に食べたためか、なんだか物足りなく感じてしまった。
いや、うまいんだけどね。
一切れだと味がわからないかもね。
なんて思いながら一切れ目を食べ、二切れ目、三切れ目と食べすすめると、旨味が舌に累積していくことに気が付いた。やばい。美味しさがどんどん積み重なっていく。こういう味なのかと理解が進む嬉しさ。
フグ刺しは数切れまとめて食べてこそという話を聞いたことがあるけれど、熟成されたシロアマダイの刺身は数切れ続けて食べてこそだ。
寿司でも二貫同じネタを食べてわかる旨味というものがあるけれど、まさにそれである。
オリーブオイル焼きで皮パリを堪能
脂が少ない背側の身は、洋風にオリーブオイル焼きなんてどうだろう。ムニエルだかソテーだかわからないが、きっとうまいに違いない。いや、
軽く塩と胡椒をした身を、たっぷりのオイルで皮側から焼く。果たしてシロアマダイでやる意味のある味となってくれるだろうか。
香りづけにローズマリー、隠し味に醤油を少々。
オリーブオイルで焼く意味、大いにあった。シットリしたキメの細かさと、プリンとした弾を併せ持つ、まさに白身の最高峰。そしてパリパリに焼いた皮とのコントラストが素晴らしい。
すごいな、これ。今までに食べたこの手の料理の中で、明らかに一番うまい。上手な人がソースや焼き方に凝れば、さらに化けるんだろうな。
伝わりますか、この皮のパリパリ加減と身のプリフワ具合。
これだけ皮がうまいのなら、ウロコをつけたまま天麩羅にする松笠揚げにしたらすごそうだ。最初に全部のウロコをとってしまったので、いまさらできないのが本当に悔しい。
漬け焼きがまたうまいんだ
4日目は、昨日からポン酢に漬けておいた骨付きの尾側を焼いてみた。
ポン酢に漬けて焼くというのは初めてなのだが、醤油・酒・みりんに柑橘類を加えたタレに漬けこむ幽庵焼きみたいになるかなという実験だ。
皮がうまそうに焼けました。
一度もやったことのない料理法をシロアマダイでやるというのもどうかと思ったが、これも一つの正解と言える味だった。
ほんのりと柑橘の香りがプラスされ、爽やかな仕上がりになっている。やっぱり身の質がいいな。そして皮と身の間から溢れる脂が上質なのよ。
皮がうまい。身もうまい。脂だってうまい。
なるほど、シロアマダイは、焼くことでムツやアコウの系統の味へと変化するのか。
もし次があれば、市販のポン酢で手を抜かず、ちゃんとフレッシュな柑橘を使って作りたい。次が欲しい、次が。
粕漬けと塩焼きで物語は終了
一匹のシロアマダイを1週間かけてじっくり楽しんでいるのだが、後半は粕漬け、そして塩味だけのシンプルな焼きものでいただく。
粕漬けは、酒粕、味噌、みりんに漬けてみた。
粕漬けの漬けダレを洗い流し、鉄板に乗せて、魚焼きグリルでこんがりと焼く。
ああ、焼けた皮が美しい。
脂がじわじわと溢れてくる。
こんなにもうまそうなのに、味付けが微妙だった。ちょっと酒粕の香りが強すぎて、せっかくのシロアマダイがもったいなく思える。
味噌をメインにして、隠し味程度に酒粕を入れるのが正解かな。このように反省点が多々出てくるので、次の機会が本当に欲しい。
身の感じは最高なのだが、ちょっと酒粕が強すぎた。
それに対して、塩だけをたっぷりと馴染ませて、キッチンペーパーに数日包んでおいた切り身を同じように焼いたものは、これぞシロアマダイという旨味が充分に引き出されていた。
シンプルイズベスト、そして、シンプルイズソルト。
写真だと違いがまったくわからないけれど、こっちは塩だけ。
普通の塩焼きと干物の中間といったところだろうか。程よく水分も抜けてしみじみうまく、味のパンチ力もまたすごい。優しいけど強烈。
近所の定食屋とか飲み屋で、こういう焼き物が出てきたらすごくうれしいんだけど、本当にシロアマダイの切り身だったら、一体いくらするんだよっていう話だ。
すげーうまい。
たぶん我が人生において、最初で最後のシロアマダイを、こうして堪能させていただいた。
もう釣ることも、買うことも、食べることも、きっとないだろう。一匹の魚を釣って食べただけなのに、なんだかセンチメンタルな気分になってしまった。開いてはいけない扉だったのかもしれない。
狙って釣れる魚ではないけれど、やっぱり今年も狙うだけ狙ってみようかな。
釣るより買った方が安い場合がほとんどです
こうして予想外の釣果であったシロアマダイを存分に楽しませていただいた。毎回こんな感じでうまい高級魚が釣れてくれれば万々歳だが、実際は大赤字な釣りばかり。魚は買った方が安い。楽しいからいいんだけどね。
この原稿を書いている当日も、1万円以上の乗船料を払ってマダイを狙ったものの、時価500円のイナダ(ブリの子供)一匹という貧果に終わった。だいたいこんな感じなので、珍しく大物が釣れた時くらいは浮かれさせてほしい。
シロアマダイと同じ日に連れたミノカサゴもおいしかったです。