外で着替えてはいけない
われわれは大人になると外で着替えなくなる。
これは法に反するからという理由だけではなく、モラルや風紀、地域社会とのつながりなど。つまりは社会の一員として生きていくための配慮である。
しかしダメと言われるとよけいにやりたくなるのもまた人だ。映画なんかで時間を止められる能力を身につけた主人公が女子更衣室をのぞきにいったりする場面があるだろう、僕ならそのあとに道で着替える。
そんな話を家族としていたところ、プールの時のタオルがあるよ、と子どもが出してきてくれた。これを使えばおとうさん、外で着替えても大丈夫だよ、と。
うん、これはダメだね。
試してみたがこれは一層まずい感じになっていないか。学校からたまにメールで流れてくる不審者目撃情報に乗る事案である。
いろいろ考えた末、道具に頼ることにした。僕たちは大人なのである程度のことならばお金で解決することができるのだ。欲望にまかせて背負っているものをやたらと下ろすのはよくない。
というわけで
外にやってきました。
解決策としてのテント
どういうことかというと、テントを使うのだ。テントの中でならば、着替えていても外からは見えないだろう。安心安全である。
それはすでに外ではないのでは、という意見が聞こえてくるようだが、だったらあなたが自由に外で着替えたらいいと思う。でのその前にいったん記事を読み進めてほしい。そして読んだあとに騙されたと思って同じこをやってみてほしいのだ。われわれの欲求はほぼ満たされていることに気が付くだろう。
テントは前日にアマゾンから届いた。
熱が冷めないうちに届く現代の物流まじリスペクトである。
一人用テントは実にコンパクトにまとまっていた。サイズとしては2リットルのペットボトル1本分くらいだろうか。ただ、基本的にキャンプ用品ということで、説明書にはくれぐれも本来の目的で使用するよう明記されていた。
はじめて開けたので説明書を読み込むと。
誤った使い方をすると人が死ぬ、と書かれていました。着替えは誤った使い方ではないと思うので大丈夫だと思う。
テントは初心者でも簡単に組み立てることができた。簡単すぎて心の準備が追い付かなかったほどである。
しかし途中まで作ってふと振り返ると、そこには思いもよらない景色があった。
うむ。
すけすけですね。
完全に透過である。こんな中で着替えていたら即通報だろう。本意でない形で話題になるのは避けたいと日頃気を付けていたにもかかわらずだ。
しかしテントはここからが本番だった。この上にもう一枚アウターがあるのだ。下着の上にズボンを履く、みたいなものだろうか。
つまりはこうなる。
パーフェクト。
アウターをまとったら一気にテントになった。これならば中で着替えられよう。
それでは行ってきます。
いざ興奮の着替えへ
これまでも背後にぽつぽつ人が写りこんでいたのでなんとなく雰囲気は伝わっているかと思うが、この場所は車道と広場との間に位置しており、時間帯によってものすごく人通りが増えるのだ。しかも今回はあえて最高に人が多そうな休日の昼間を選んでやってきた。攻めた。直前まで矢沢永吉の自伝を読んでいたことも大きい。
オーケー、カメラをセットしたら矢沢さっそくやっちゃいたいと思う。
おじゃましまーす。
着替え中。
テントは中に入ってしまえば完全に外界から遮断されるので余裕かと思っていだのだけれど、実はまったくそんなことはなかった。すぐそこに若者の笑い声が聞こえる。しかも近い。
外の様子がまったく見えない分「なにやってんすかー」なんつっていまにもテントがめくられるんじゃないかという恐怖心が心をざわつかす。
これはやばいなー。
外は休日の快晴である。若者たちは広場でバーベキューでもするのだろう。
「えー、やっちゃん今日バイト入っちゃったってー」「こまるー、飲み物足りないと、こまるー」「花見行けなかった分だからさー、いいんじゃーん」
楽しげな音はテントの中で乱反射し、いろいろな方向から着替え中のおれに話しかけてくる。
冷静のアウトサイド。
興奮のインサイド。
やってみてわかったが、これはやばい。
テントは大地に固定していないので、うっかり転んだりすると目も当てられないだろう。慎重に、かつ大胆に、着替えを進めなくてはいけないのだ。
しかしこの焦りこそ醍醐味ともいえよう。
緊急時に備え、なにはなくともズボンだけは先に履いておいた。焦って履いたため、途中で片足が外に出たりして緊張が走る。
興奮と後悔、反省と悦び、入り乱れた感情が狭いテントの中で行き場を失い、ぶつかりあって熱を帯びる。熱い、いまおれ、熱い。
しかしどうだろう、このテント内の熱気はまったくもって外界には漏れ出ていない様子だ。セーフである。
中は大火事、外は涼風、なーんだ(答え:テントでの着替え)。
着替えを終えて
興奮の着替えを終えて外に飛び出てくると、そこにはいつもの世界が広がっていた。ハローワールド!世界はたった一枚の布で分けることができることが示された瞬間である。
興奮でセルフタイマーで写したら顔が切れてしまったが、写っているのは着替えを終えた僕である。通報を受けて駆け付けた職員ではない。
着替えに要した時間はざっと5分ほどだろうか。その5分がこんなに長く、エキサイティングなものになるなんて。
すがすがしく周りを見渡すと、先ほど横を通って行った若者たちが遠くでボールを追っていた。そう、彼らはまだ新しい世界を知らないのだ。
ビジネスチャンスではないだろうか
今回、ただのテントでの着替えがエンターテイメントに昇華した瞬間を見た。ウォルトディズニーならばテーマパークを作っているだろう。着替えーランドである。
誰か一緒にビジネスにしませんか。