エレベーターのボタンてどんなだっけ
会社の見学に行く前に、ちょっと予習をしてみることにした。メーカーの違いに注意しながら、街中のエレベーターのボタンを見てみる。
三菱電機:巣鴨駅ビル
最寄りのJR巣鴨駅のビルのエレベーターは三菱電機製だった。こういうボタンあるよね、という感じ。
「ひらく」が緑色でやや大きい。それぞれのボタンは不透明で、真ん中がくぼんでいる。脇に点字もある。まずはこれを基準に、他のを見ていこう。
東芝:自宅アパート
自宅アパートのエレベーターは東芝製だった。ボタンが丸いのをのぞけば他はだいたい同じだ。黒地に白い文字。中がくぼんでいて、「ひらく」は大きくて緑色だ。
フジテック:東京メトロ駒込駅
隣駅で急に変わった。ボタンが透明になった。「ひらく」は相変わらず緑で、左にある。
OTIS。東京メトロ乃木坂駅。
さっきとほぼ同じ。ボタンは透明で四角、ひらくは緑で左側。
日立。JR新宿駅。
白地で不透明という初めてのパターンが来た。ここまでをまとめてみよう。
ボタンの形:四角、丸
ボタンの色:白、黒、青、透明
点字:ある
ひらくボタン:左側で緑
ひらくボタンはどれも左側で緑色だった。当サイトの11年前の記事「
エレベーターの開くボタンは、ほぼ左」にもすでに指摘がある。
ふつうのビルでよく見かけるやつについては、だいたいこんな感じだろう。しかし世の中にはちょっと違う種類のエレベーターがある。複合商業施設とかにある、高級感あふれるやつらだ。
こんな感じとか、
こういうたたずまいのエレベーターホールで、
ボタンは基本的に透明で、ひらくボタンは緑じゃない
透明なボタンにステンレスが乗ってて、ひらくボタンは緑じゃない
飲屋街の雑居ビルにあるエレベーターとは一線を画すこういうやつ。こういうのは、建物全体の雰囲気に合わせるために、特注で作られるようなものもあるそうなのだ。
そして、取材させてもらう会社はまさに、こういう特注のエレベーターの部品を専門で作っているらしい。
ということを踏まえた上で、さっそく本社と工場を見学に行って来ました。
島田電機製作所へ
訪れたのは、東京・八王子にある島田電機製作所。
島田電機製作所本社。オフィスと工場が入る。
ぼく一人で行っていろいろ失礼があると行けないということで、きょうは編集部の石川さんと一緒だ。
きょろきょろしながらお邪魔したところ、なんと社長と設計担当の方に、会社の入口で迎えていただいた。
左から、設計担当の茂木(もてぎ)さん。社長の島田さん。
すごく丁寧に対応いただいているのを感じる。こちらはかなり興味本位なのにすみません・・、と思いながら話を伺う。
島田電機製作所で作っているのは、エレベーターのボタンや、エレベーターが来たことを知らせるランタンなど。エレベーターの表示器というらしい。
島田電機製作所でつくっているものたち
島田さんによると、おおざっぱにはエレベーターのまわりで光っている部分を作っている、ということになるそうだ。
島田さん「たとえば右上のはインジケーターっていって階床表示灯ですね。ホール側にも、かごの中にもあるんですけど…」
この短い説明の中にも、すでにぐっとくるポイントがいくつかある。まず「階床(かいしょう)表示灯」という用語。ふだん名前を意識しないものの正式名称が分かると、それだけで目がぐわっと開く感じがある。それに「かご」という表現。ぼくたちはふつう乗る「かご」を指して「エレベーター」と呼んでいるけど、エレベーターというのは装置全体のシステムのことなんだろうな、ということをこの短い表現から思わせて、ぞくぞくする。
レトロ調の階床表示灯。写真は島田電機製作所ウェブサイト「
製品紹介」より。
島田さん「これなんかも昔は、ひもが動くと針が動くっていう、すごくアナログな仕組みだったんです。すこしづつずれてきちゃったり」
わかる。かごが動くとひもが動いて、それに連動してたんですね。古ーいエレベーターで見たことあるような気がする。
こういうのも。写真は同じく島田電機製作所ウェブサイト「
製品紹介」より。
島田さん「あとはこういう到着灯ですね。つぎ上いきます、下いきますという表示灯」
いい。かごに、階床表示灯に、到着灯。明日から積極的に使っていきたい感じがある。島田電機は、どちらかというとかごの中よりホール側を専門に作っているそうだ。
最初に通してもらった部屋がすごい
そしてこの部屋がすごいのだ。会議室、兼、展示室という感じだろうか。ずらっとボタンやら到着灯(いま覚えた)やらが並んでいる。
透明アクリルの到着灯(右)
ランタンの素材はほとんどアクリルだそうだ。以前はだいたいこういう透明なタイプだったらしい。
こっちは乳白アクリルの到着灯
1990年代以降は、拡散剤というのをいれたこういう乳白色のアクリルが主流になった。横からでも光っているのが見やすいんだそうだ。
分かりやすく同時に点灯してくれた。
確かに乳白アクリルのほうが見やすい。
ところで、到着灯というのは昔はなかったらしい。
島田さん「昔は階床表示灯しかありませんでした。しかし複数のエレベーターを群管理といって最適に動かすようになってくると、自分のいるところのエレベーターが通り過ぎるのが見えてしまう。なのでそれを見せないように、到着灯をつけるようになったんです」
確かに、いまのエレベーターはホール側に階床表示灯がないことも多い。そんな事情があったのか・・!
1960年代ごろのボタン
年代ごとの移り変わりを展示したコーナーも面白かった。上のは昔のボタン。後ろが真鍮製だったり皮だったり、とても凝っていた。
昔のぶあつい到着灯
到着灯も、乳白ランタンがなかったので、透明ランタンをぶあつくすることで重厚さと同時に不透明さを出し、横からでも灯りが見やすくしたそうだ。
最近のはこんなふう
2010年代以降は、形もいかにも「四角」のようにシンプルになり、薄くなってきた。そういう傾向があるんだという。
そういえば、高級なエレベーターってボタンを押さずに触れるだけでいい、っていうイメージを持ってたんだけど、そういうのはもう古いらしい。タッチ式っていうそうなんだけど、誤作動も多いとかで最近は少ないらしいのだ。タッチ式を見かけたら「ちょっと前のタイプだな」と思うことにしよう。
工場を見せてもらった
島田電機製作所では、設計から製造まで社内でぜんぶやっている。一部の工程を外注したりということは基本的にないそうだ。
というわけでその模様を見学させていただいた。
レーザー加工機でステンレスを切る
ステンレスの板金を切っている。この機械、一台で約3,000万円するそうだ。
じつは島田電機製作所ウェブサイトには、会社情報に「
歴史共有ミーティングPDF資料」というものがあり、かつて売上が停滞した時期にどう打開したかが赤裸々に公開されている。その時期に買ったんだそうだ。語り口調がプロジェクトXぽくてとても面白い。
切れたのがこれ
工場にはレーザーカッターがあるもの、じゃなくて、社長が買うと決めたからあるんだという当たり前のことにはっとする。
そしてヘアライン加工!
個人的にはこの工程にいちばん感動した。ヘアラインっていうのは、ステンレスの表面の仕上げの一つで、こういうやつだ。
縦にはいってるひっかき傷みたいなやつ
手元にステンレスの製品があったらぜひ見てみてください。けっこうな割合でこういう仕上げになってる。
回転するベルトの上に、少しづつ角度を変えて何回も押し当てる
回転するベルトに表面を押し付けてこの跡をつける、というのは知ってたけど、まさかその現場を見られるとは思わなかった。
アクリルの塊は、
なんども磨いて、
ピカピカに仕上げる(見えづらいですが、左側がよりツルツル)
そして組み立てる
板金、アクリル、配線を組み合わせたら、検査してできあがりだ。
完成品が並べられたコーナーを見ていたら、知っているやつを見かけた。
こ、これは!
かごの前の上のほうにあるやつだ。重量オーバーのブザーが鳴ったとき、全員が見つめるやつ。知ってるものがたくさん並んでるだけなのに、なぜかすごく嬉しい。
知識を得て、外へ
3時間もの時間を頂いていろいろ教えてもらった。
せっかくなので、外へ出ておさらいしてみよう。
東京都庁のエレベーター
東京都庁の展望台に上るエレベーターにやってきた。
ボタンは透明アクリルで、その上にヘアライン仕上げのステンレスが貼ってある。こういうのをつくるときは、ステンレス部分を触ったときにいたくないよう、同じだけの深さのくぼみを作って、そこにはめるのだそうだ。ツライチっていうやつですね。
そして後ろのパネルは同心円状の仕上げになっている。こういうのはバイブレーション仕上げというそうだ。
オッケー。見えてる見えてる。
山王パークタワー
このオフィスビルは、到着灯が乳白アクリルだ。だから遠くからでも横からでも到着したことが分かりやすい。そしてセオリーどおり階床表示灯はない。
かごの中
かごの中に入ってみた。開くボタンは透明で、緑色じゃない。そしてどこにもメーカー名がない。標準品じゃなくて特注品のエレベーターだろうか。
ただしボタンはタッチ式で、押し込まなくてもいいタイプだった。ということは少し前に作ったものかもしれない。
六本木ミッドタウンのエレベーター
ミッドタウンのこの階床表示灯はなんだ・・? パネルの向こうに埋まってる。乳白アクリルなんだろうか・・。これは新しいパターンのような気もする。まだまだ勉強が必要だということだろう。
島田電機製作所の方も、街でエレベーターに乗る時、思わずいろんなところをチェックしたりするんだろうか。別れ際に聞いてみた。
設計の茂木さん(左)と、島田社長(右)
茂木さん「エレベーターホールにつくと、勝手にメーカー当てをしちゃいますね。標準ボタンはメーカーごとにだいたい決まってるので、見れば分かります」
国内のメーカーは、シェアでいうとだいたい5社なんだそうだ。三菱電機、日立、東芝、オーチス、フジテック。ボタンを見ればメーカーが分かる境地、いいなあ。
島田さん「仕上げの光り方と、綺麗さなんかも見ちゃいますね。あとは建物の中にどう納まってるかも見ます。納品したランタンが実際どういうふうに周りと調和してるかは、現場に行かないと分からないですからね」
建物の設計や建築が数年の規模で行われているとしても、エレベーターホールのランタンのような部分は最後の数ヶ月くらいの段階で相談が来ることも多いそうだ。期間が短いからといって、いい加減なものを作るわけにはいかない。作ったものが街に残る仕事ってこういうことなんだなと思った。
見方が少し分かった
特注エレベーターの時代ごとの特徴を簡単にまとめるとこんな感じだろうか。
やや古い:階床表示灯、透明アクリルの到着灯、タッチ式ボタン、カバーが真鍮、分厚い。
新しい:乳白アクリルの到着灯、シンプル、薄い。
こういう手がかりや、そもそも各部名称を知ることができたのは嬉しい。
それから、調べる過程で標準品のエレベーターについても三菱電機なら「アクシーズ」とか色々あるのを知り、景色の中に見えるようになってきた。こういうのってやっぱり嬉しい。