「納豆菌」は日本限定の呼び名
納豆菌、という名前は日本でしか使われていないという話をご存知だろうか。
納豆菌は生物学的には、枯草菌(こそうきん)という細菌のごくマイナーな変種にすぎない。どちらも学名で表すとバチルス・サブチリスとなり、同じ種に含まれる。海外に行ったらどちらもそうとしか呼ばれない。
例えて言うなら、「天皇」も「皇帝」も、「エンペラー」と訳されるようなものだろうか。
納豆を作る納豆菌は、どこに住んでいるでしょう?
さてその枯草菌だが、どこに生息しているのかというと、その名前の通り、枯れ草に生息しているのである。もちろん稲のワラにもだ。なので、稲のワラで茹でた大豆を包むと、ワラに付着していた枯草菌(納豆菌含む)が頑張って繁殖し、大豆が発酵して納豆になる、というわけなのだ。
どうです、知識と名前がつながった感じがするでしょう。
ここまで説明すればもうお分かりだと思う。なぜ昔は、稲のワラで納豆を作っていたのか。それは一番大量に手に入った枯れ草だったからだろう。
じゃあ別に、そのへんの枯れ草でもいいんじゃないか。納豆できるんじゃないか。僕はさっそく実験に取り掛かった。
枯草菌(納豆菌含む)は、枯れ草に住んでいます。
まずは枯れ草採集
本当にそのへんの枯れ草を刈り取ってきた。まずはここ。
そのへんの適当な空き地。
びっくりするぐらい普通の空き地に、ばさばさと生えている普通の枯れ草だ。これをちょっと刈り取ってきた。
失礼しまーす!
枯れ草ゲットー!(以降、枯れ草1と呼ぶ)
続いてさっきの場所のすぐそば。空き地兼駐車場みたいになっている場所。ここにも普通の枯れ草がいっぱい生えていた。
なんともコメントしづらい、やっぱ普通の空き地。
お邪魔します。
ワラのいい匂い。(以降、枯れ草2と呼ぶ)
水辺の空き地は危険
ちょっと遠いところも行ってみようかと思い、市内の池に向かってみた。池のはたにアシみたいなのがいっぱい生えていた気がしたからだ。しかし取ってみて、意外な罠が潜んでいることを発見する。
おお、生えてる生えてる。
寒いので、ジャージに着替えてます。
何かの虫の……卵??
これを使うのはさすがにためらわれる。ライターのほそいさんは、
この記事で虫をバリバリ食べまくっていたが、僕はそこまで振り切れていない。 水辺の草は全体的に、陸地の草よりも昆虫や微生物たちとのふれあいが激しいようだった。平たく言えば腐りかけていて、腐葉土っぽいような印象を受けたので、使用するのはやめにして、再びさっきの場所に戻って枯れ草を採集した。
ススキっぽいの発見。
陸地の枯れ草は信用できる。
ススキ的な草、ゲットー!(以降、枯れ草3と呼ぶ)
さて、ここらで枯れ草3種類の特徴をまとめてみようと思う。
以上3種の枯れ草を用いて、納豆を作っていこうと思う。場所は、僕の勤務先である高校の理科室に移る。
大豆の方を仕込みます。
大豆の方は、普通の納豆の製法と同じだ。僕は毎年、自由研究として高校生に納豆を作らせているので、わりと慣れている。
納豆用の小粒大豆をあらかじめ一晩水に浸しておく。水を吸って大きく膨らむので、これをオートクレーブ(高圧滅菌機)にかける。これは、要は巨大な圧力鍋なので、家庭でやる場合は圧力鍋を使ってください。
加熱時間は10~15分。温度は127℃。巨大な分、圧力上昇までやや時間がかかるので、この間にメインの「枯れ草わらづと」を作る。
納豆用の小粒大豆。おいしく仕上がります。
前の晩から水に浸しておく。オーバーナイト。
オートクレーブ(高圧滅菌機)で蒸します。
枯れ草を煮込む
こっちの方は全く未知の作業だ。
まず、あの枯れ草の束を、一番大きな鍋に無理矢理詰め込んで、強火でぐつぐつ煮込む。ここで手を抜くと、試食の後にトイレに駆け込むことになる恐れがあるので、手を抜くわけには行かない。
煮込むと、ものすごい茶色い汁が出てきて、室内に草を煮た野生っぽい香りが充満する。それでもひるまずに20分間よく煮込んで、雑菌を全て殺す。
ここで納豆ワンポイント講座。
20分も煮込んで雑菌を殺して、納豆菌は死なないの? と思われるかもしれない。でも大丈夫。実は納豆菌を含む枯草菌は非常に熱に強い菌であり、100℃で煮込んでも死なないのだ。だから、煮込んだワラには納豆菌(枯草菌)だけが生き残っていて、大豆は雑菌に侵されず納豆になることができる。
というわけで、遠慮なく、枯れ草の束を煮込む、煮込む、煮込む。
無理矢理ぎゅうぎゅう詰め込みます。
インターネットで匂いが伝わらないのが残念。
続いてわらづと作り
煮上がった枯れ草。枯れ葉付き。
雑菌がつかないよう、この作業は素早く進めたい。
茹で上げた枯れ草。
この枯れ草束の上下をひもでしばって、わらづとを作る。作るに当たって上下を切りそろえようと思い、カッターで煮ワラを切っていたら……、ぱっきーん!
カッターの刃が砕け散った。
目に刺さりそうになって、めちゃくちゃ危なかった。
ワラは煮ると水分を吸ってしなやかになり、煮る前よりかなり強度が増します。ご注意下さい。
強力な金属板はさみで、無理矢理切りそろえる。
なんとか一個完成!
祝! わらづと完成!
このような苦労をもう2回くり返し、3つのわらづとが完成した。
一番上が長男。わらづと3兄弟。
こうやって成形してみると、もうそのへんの空き地に生えていた枯れ草には見えない。むしろ農家が作った冬の風物詩にすら見えてくる。まあそれは言い過ぎか。ちょうど大豆も煮上がったので、これにうまく詰めていく。
ぐいっとワラをかき分けて、煮豆を詰める。
ウズラの記事以来、1年ぶりに登場、オンボロ恒温器!
3つのわらづとを詰めて、40℃、加湿環境で24時間発酵。
水滴びっしりの恒温器。たのもしい。
恒温器を開けると、ふわっと漂う枯れ草の匂い。
そしてそれに混じって香る、かすかな納豆臭。
これは、できているのかもしれない。期待に胸を膨らませ、そうっと枯れ草わらづとを開いてみると、
できてる! ギャー! 納豆できてる!
驚くぐらいの納豆的なルックス。
てゆうか納豆だ。匂いも見た目も納豆だ。これはいけるかもしれない。
僕はおそるおそる枯れ草納豆を試食してみた。
喰えんのかな……。これ、喰えんのかな……。
うめぇ! これ納豆だ! うめぇ!
まるで、納豆をはじめて発明した人のような気分である。
うまいのだ。
煮た豆を枯れ草に包んで、一日あっためておいたものが、元の豆より格段においしくなっているのだ。感動である。
精製した納豆菌で作った市販の納豆を、近代納豆という。まっとうに稲のワラで作った場合でも、いわゆる「わらづと納豆」は、納豆菌以外の枯草菌が繁殖するため近代納豆に比較して粘りが劣る、と聞いていた。
たしかに枯れ草納豆、粘りは劣るが、想像よりもずっとよく粘る。触ってもねばっとするし、口に入れたときの食感もねっとりとしている。
納豆だ、これ納豆だ。
枯れ草1~3まで比較。
せっかくなので、枯れ草1~3までのちょっと大きな写真を載せよう。
左から順に枯れ草1(不明)、枯れ草2(ムギ系)、枯れ草3(ススキ系)。
枯れ草1。ちゃんと納豆。
枯れ草2。しっかり納豆。
枯れ草3。がっつり納豆。
どれもしっかりと納豆になっていた。味のほうは正直、そんなに大きな差があったようには思えなかった。うまみの深い、納豆の味である。
折りしも昼飯時だったので、めんつゆをかけて食べてみた。
あらためて味わうと、市販の納豆とはまた、別の物のように感じる。納豆独特の臭みは全てワラに吸い込まれ、代わりに草の香りがほんのりと納豆に移っている。まさに自然の食品を食べているな、という味がして、にわかにナチュラリストな気持ちにさせられる。
ちょうど、昨日納豆を仕込んでいるところに居合わせた先輩の先生がいたので食べてもらったところ、評判は上々であった。枯れ草納豆、大成功と言えるだろう。
混ぜると意外に粘ってくれる。
うまいうまい! 枯れ草納豆うまい!
悪くないね、と先輩の先生からも評判。
怖がって距離を置く生徒。でもこのあと少し食べてた。
試食から1日経った今、この原稿を書いているが、特に体に変調をきたした様子は無い。あれは、まごう事無き完璧な納豆だったと言えるだろう。
ただ、一点ぐらい反省するとすれば、枯れ草の煮汁の苦味が納豆に乗り移り、後味にえぐ味が残ってしまったことだろうか。でもこれは、枯れ草を二度煮すれば容易に解決できる問題だろう。
これを読んだ中高生のみんな、今すぐ枯れ草をゲットして、夏休みの自由研究に備えてくれ! どうにもこうにも発酵食品なので、100%安全とは言い切れないが、とりあえず伝統製法に従ってるので大丈夫だろう。雑草に多いイネ科の植物に、毒草はほとんどないから、そのへんに生えてるやつでたぶん平気だ。
さあ、やってみよう!
レッツ・メイク・ワラヅト、アーンド、枯れ草納豆!!