鬼の面は毎年変わっている
のっけから1ヶ月前の話で大変恐縮です。でもあったでしょう、節分の時期にスーパーで配布されていた「でん六の鬼の面」。
両耳の部分に輪ゴムを通すだけで誰でも手軽に鬼になれる、あのお面である。「♪まっめ~はでん六~」のCMでお馴染み「でん六」が毎年無料で配布しているものだ。
2018年の鬼の面は「鬼どん」。太い眉毛に面影のあるあの人である。
鬼の面のデザインは赤塚不二夫(フジオプロ)によるもので、実は毎年モデルチェンジしている。その年のトレンドを絶妙に織り交ぜているのだ。その変遷はでん六公式HPの「鬼の面ギャラリー」で見ることができる。
でん六「鬼の面ギャラリー」より。テレビになったりスニーカーになったりと忙しい。よく見るとエコ鬼の鼻がリサイクルのマークになっていたりする。
毎年楽しませてくれるこの鬼の面、いったいどのように作られているのか? 節分の「超繁忙期」が落ち着いたタイミングで、でん六の本社にお邪魔した。
本社兼工場がある山形県に来ました! 雪の量!
対応していただいたのは宣伝企画課の阿部さん(中央)と加藤さん(左)。2代目社長が使っていたという、立派なお部屋でお話をうかがいました。
さっそく社史を見せていただくと、「鬼の面」の配布が始まったのは1971年とのこと。
最初はでん六オリジナルのデザインだったが、翌72年から赤塚不二夫デザインが始まり、いまに至っている。45年以上も配り続けているのだ。
社史の「節分・鬼面」特集。壮観!
70年代当時のポスターは「赤塚不二夫の鬼の面プレゼント!」と、赤塚不二夫推し。70年代のポスターには天才バカボンやおそ松くんなどのキャラクターも総登場である。いかに人気絶頂だったかがうかがえる。
保存されている鬼の面も見せてもらった。2009年の「ラブ鬼」はあのドラマで主人公が身につけていた兜にインスパイアされたもの。ちなみに直江兼続は山形(米沢)に縁もある。
保管している中で最も古い鬼の面は1974年のもの! 顔がいかつい!
でん六のお二人も「これはなんでしょうね……」と首をかしげる、五月人形っぽいお面まで出てきた。右の鬼は1975年のもの。
阿部さんによると「お面を配り始めた理由や、赤塚不二夫さんにデザインを頼んだ経緯ははっきりわからない」そう。始まった当初は特にトレンドを意識しておらず、「目ん玉つながり鬼」(2007年)や「ニャロメ鬼」(1986年)など、赤塚不二夫ゆかりの絵柄も登場している。
「トレンドを考え始めたのがこの辺ですね」と阿部さんが指さしたのは1993年の「ドスコイ鬼」。若貴ブームだ……!
相撲がベースの「ドスコイ鬼」(1993年)と、サッカーがベースの「鬼九郎」(1994年)。鬼九郎は「きっくろう」と読みます。
以後、1994年「鬼九郎」(Jリーグブーム)、1996年「野球鬼」(野茂&イチローがメジャーで活躍)、1997年「テニス鬼」(伊達公子が海外初優勝)など、スポーツ関連の鬼が続く。
頬がラケットになっている「テニス鬼」(1997年)。奥に見えるのが「スニーカー鬼」(1998年)。大変アクティブな鬼2枚。
サッカー、野球、テニスと球技が多いのは、豆まきとの相性の良さもあるかもしれない。ただ豆を投げても打ち返されそうな気もする。
デザインの検討は「5月」から
阿部さんが鬼の面を担当するようになったのは、10年ほど前のこと。毎年のデザインを検討し始めるのは「5月」だという。早い!
阿部さん「5月の連休前後にフジオプロさんへ案をいくつか持っていきます。7月には決定しますね。商品カタログを準備して、展示会で『来年の節分はこれをやります』っていうのが節分の半年前。これくらいのスケジュールじゃないと間に合わないんです」
鬼の面デザイン提案から節分までのスケジュール。5月の段階で来年2月のトレンドを予想しないといけない。
もちろん鬼の面自体の印刷もあるが、何枚印刷されているかは企業秘密とのこと。鬼の面は商品の段ボールに同梱し、全国に出荷されているそうなので、そりゃぁそれなりの枚数であろう。各自フェルミ推定など駆使して予想してほしい。
それにしても気になるのは時期の早さである。5月の段階で、来年2月に流行っているものを予想しないといけない。阿部さんは常に「鬼の面視点」でテレビや雑誌、ネットをチェックしているという。
参考までに、阿部さんが2017年5月に挙げた「2018年の鬼候補」を聞かせてもらうと……
なんと3つとも2017年新語・流行語大賞トップテン入りのキーワード! 2017年5月の段階でこの的中率はすごい。阿部さん自体がトレンド予測の鬼だ。
さらに2018年は「平昌オリンピック」も候補にあったそうだが、オリンピックは権利関係が厳しいのでそのまま使うわけにいかない。「とんち」がいる。
阿部さん「『ぴょんちゃんランドセル』のキャラクターがうさぎなので、うさぎをモチーフにした鬼にしようと思ったんですけどね。あ、ソチ五輪の時は『ジャンプ鬼』にしてですね、ここに5色が……」
2014年「ジャンプ鬼」。目と鼻とほっぺに、青・赤・黒・緑・黄の5色が! あとは察してください!
阿部さん「ソチ五輪ではジャンプの高梨沙羅選手が期待されていたんですけど、高梨選手がジャンプのワールドカップで最年少優勝したのが山形の蔵王なんです。山形に縁があるかどうかも考えているんですよ」
また、今年の「鬼どん」のようにドラマをモチーフにした鬼も多い。トレンドとして予測しやすいのもあるし、1月スタートのドラマは節分の時期にいい感じで盛り上がっているのもメリットのひとつ。あとは「困ったら干支」とのこと。
そんな阿部さんお気に入りの鬼の面は、2015年の「カブキ鬼」だそう。
2015年「カブキ鬼」。歌舞伎メイクの鬼、意外に違和感が無い。
阿部さん「たまたまネットで歌舞伎フェイスパックを見かけて、取り寄せて自分でやってみたんです。うちは赤鬼がベースなんで、歌舞伎メイクもすごく映える。これはまさにクールジャパンだと思って、関係者を説得しましたね」
2017年「にゃんじゃ鬼」もクールジャパンを意識。「ニンジャ、ニンジャ……ニャンジャ!」ということで、忍者と猫が融合。
個性豊かな鬼たちの連続で、「鬼」とはそもそもなんなのか忘れそうになる。こんな鬼たちが住む鬼ヶ島だったら桃太郎も手ぶらで帰っただろう。
さて、でん六には鬼の面意外にもうひとつ気になる存在がいる。キャラクターの「でんちゃん」だ。この生き物、犬なのか、リスなのか、熊なのか……?
CMでおなじみのこのキャラクター。名前は「でんちゃん」という。見たことありますよね?
でんちゃん(クマ・54歳)
でん六の社史によれば、「でんちゃん」が意匠登録されたのは1964年のこと。なんと御年54歳である。なかなかの壮年だ。そしてこの生き物は「熊」なのだそう。
このファニーフェイスで「クマ・54歳」
なんで熊なのか、その理由はでん六の創業までさかのぼる。でん六の創業は大正13年。当初は”おこし”や甘納豆を製造していた。
甘納豆の原料である小豆は北海道のものを使っていたため、「北海道熊」を甘納豆のキャラクターとしてパッケージに起用。これが「でんちゃん」のルーツ。昭和34年(1959)のことだ。
この当時はなかなかのリアル熊である。
しかし、甘納豆は夏場になかなか売れなかった。そこで「夏に売れる商品を」と豆菓子の作り方を学んで生まれたのが、今でもお馴染みの「でん六豆」。
「でん六」という名前は、創業者の「鈴木傳六」から。地元の有力者であり、「でんろくさん」の愛称で親しまれてたので、それがそのまま商品名と企業名になった。
昭和41年(1966)、工場の落成式の様子。工場の上に「でん六」ロゴとでんちゃんがいる。この頃からロゴとでんちゃんが変わっていないのすごい。「昔の写真を見てても、ロゴもでんちゃんがそのままなので、なんだか不思議な気持ちになります」(加藤さん)
ところで、でんちゃんには名前以外に設定はあるのだろうか? 体重が「でん六豆30個分」だったりとか?
加藤さん「それが……歴史が長すぎるだけに、私たちで勝手に決められないんです。やっぱり、キャラクター設定があったほうが何かと便利なんですが、あまり面白おかしくするのもどうかと……」
でんちゃん54歳、この場にいる誰よりも先輩である。先輩で勝手に遊ぶことはできないのだった。
でんちゃん。販促用のぬいぐるみ(非売品)がかわいい……。真ん中のものは、地元のサッカーチーム「モンテディオ山形」のカラーに合わせた青バージョン。ピンクの子の名前は「でんこちゃん」。
Rイベント用のかぶり物。冬場にちょうどいい暖かさでした(夏は死ぬほど暑いそうです)
恵方巻きは敵なのか?味方なのか?
さて、この取材が決まったときから、どうしても聞きたかったことがある。「恵方巻き」の存在である。
近年、コンビニやスーパーでその勢力を増している恵方巻き。同じ節分の風物詩として、豆サイドに影響はないのだろうか。「にっくき恵方巻き!」みたいな対抗心はないのだろうか。
……と、恐る恐る聞いてみたのだが、その影響は「特に無い」という。むしろ「嬉しい」という言葉が飛び出した。
阿部さん「恵方巻きブームによって、節分自体が盛り上がったほうがこちらも嬉しいんです。節分で豆を買う人は増えもせず減りもせずですし。ただ、今後は少子化の影響でゆるやかに減るかもしれませんね。節分は大人と子どもが一緒にやるイベントですから」
「鬼は外!福は内!」と豆を投げるのは、大人よりも子どもたち。節分の豆にとっては、恵方巻きより少子化のほうが深刻なのだ。恵方巻きはむしろ味方だったとは。
「海外に出荷している商品には、まだ鬼の面は入れてないんです。今後入れたら面白いかもしれませんね」
少子化待ったなしの今、こうなったら大人だけで節分が盛り上がるようになったらいい。カギは「インバウンド」だとお二人は言う。外国人に節分をもっと知ってもらいたい!
加藤さん「今年は東京のホテルで、外国人向けの節分イベントに協賛しました。イベントでは英語の冊子が作られていたりして、学びも多かったですね。『豆まき』をひとつのコミュニケーションツールとして、海外に展開していけたらなと」
阿部さん「日本でハロウィンが盛り上がるなら、節分もやりようによってはできると思うんです。外国の方に”What's SETSUBUN ?" って思ってもらえたら、すごくいいですね」
阿部さんお気に入りの「カブキ鬼」。裏をめくると「SETSUBUNを世界に発信!」の文字があった。
レッドモンスターにビーンをヒットさせるフェスティバル「SETSUBUN」。トマトを投げるお祭りがあるのなら、節分だって外国人にウケてもおかしくないですもんね。
恵方巻きでちょっぴり困ること
さっき「恵方巻きの影響は感じない」という話だったのだけど、ちょっぴり困ることはあるらしく……。
阿部さん「うちの鬼の面を、恵方巻きコーナーのディスプレイに使われちゃう時があるんですよね。鬼の面の使い方はお店次第なんですけど、見かけると『あ~』とは思いますね……」
節分だし売り場に鬼を飾りたいな~という時に、ちょうどいい感じなので使ってしまうらしいのだ。でん六の鬼の面を。恵方巻きの売り場で。
でん六さんが5月から暖めていた鬼の面である。どうかその辺りお手柔らかにお願いしたいし、一緒にでん六豆を置くなりしてあげてほしい。
昔のでんちゃんの着ぐるみはなかなかにパンチがありました。