サメの卵で玉子焼きをカサ増し?
数年前、駿河湾で深海漁をしている漁師さんに聞いた話である。
昔、鶏卵が高価だった時代には深海漁で採れた深海鮫の卵を玉子焼きに混ぜ込み、カサを増すために利用していたというのだ。
鶏卵と魚卵を混ぜる!?どう考えてもバレるだろう!…と思って半信半疑に聞いていたが、実物の深海鮫卵を見て考えが変わった。「さもありなん」と思わされるものだったのだ。
今回は深海鮫を自身の手で釣り上げ、その「駿河湾風 昔ながらの玉子焼き」を再現することにした。
東京湾の深海鮫は水深450~500メートルでよく釣れる…気がする。
釣りの仕掛けを沈めるオモリの重量はなんと約1キロ!うっかり足にでも落としたら大変だ
目指したのは東京湾の底に口を開ける「東京海底谷」。水深は深いところでは1000メートルを超え、深海鮫が非常に豊富なことで世界的な注目を集めている海域である。
ここにサバの切り身やエビを沈め、子持ちのサメが食いつくのを待つ。
おお、竿が曲がった!何か大物がかかったようだ。
500メートルの旅路を経て水面へ浮いたのは…サメだ!深海鮫だ!
水深およそ500メートルで何かが餌に食いついた!口から針が外れないかとビクビクしながら引き上げると、水面を割ったのは大きな深海鮫!
黒っぽくてかっこいいアイザメの仲間だ。そして気になる性別は…雌だ!!
釣れたのは立派なアイザメの一種。あんまりかっこいいので船長に無理を言ってたくさん記念写真を撮ってもらった。ありがとう船長!
大きな眼は満月のようにギラギラと輝く。これは眼の中に「タペータム」という反射板が入っているため。暗い深海で少しでも光を増幅してものを見るために発達した特徴だ。
しかもアイザメの仲間は魚なのに目をつぶることができる。かわいい!
この手の深海鮫の口は下向きに小さく開く。そして鮫にしては歯が小さい(ただし鋭いので扱いには注意)。近海の鮫のように大きな獲物を追いかけて切り裂く!というより落ちている餌を吸い込む、あるいは削り取るような食事方法に特化しているのかも。
深海鮫卵はドロッと濃厚(肉もおいしい)!
血抜きをし、お腹を開くと中からは13個もの立派な卵が出てきた!
この手の深海鮫の多くは卵をお腹の中で孵し、小さな子ザメを出産して増える。つまりこれはニワトリでいうところのキンカン、サケでいうところの筋子。いわゆる内子ということになる。
色は黄色味がかった不透明な白色で、魚卵というより鳥類の卵黄っぽさはある。期待が高まる。
お腹を開くと卵(内子)がたっぷり!
肉ももちろん無駄にはしない。外見に似合わない綺麗な白身で、揚げるとクセも小骨もなく食べやすい。釣った直後にイベントで提供してみたが、お客さん達からの評判も上々だった。
深海鮫は痛むとアンモニア臭が出るので氷と塩でキンキンに冷やして持ち帰り、下処理を済ませる。ちなみに肉はフライにして食べた。普通においしいです。
卵には筋子のように透明な膜がまとわりついているので、塩水と酒で洗いながら剥がして分ける。
下ごしらえを終えたサメ卵。ニワトリの卵黄と比べるとかなり白っぽい。色で言うならアイボリーかな。
サイズは…ソフトテニスのボールくらいかな?触り心地はぷよんぷよん。『恐竜のたまご』というチューブ入りアイスを思い出した。
さて、いよいよ玉子焼きを作るぞ。漁師さんが言うにはあくまで「玉子焼きのカサ増し用」とのことだったので、とりあえず鶏卵と1:1の割合で混ぜ込んで焼いてみよう。
まずは鶏卵を割って卵液を作り…
深海鮫卵を割り入れ…
かさを増す!サメの卵、思ったよりねっとりどろっとしている。
鶏卵の卵液に比べると鮫卵は黄色味がとても薄く、粘度もかなり高い。不安がよぎったが、いざかき混ぜてしまうと違和感はなくなった。ちょっと色味が薄くなったかな?と言う程度だ。
鶏卵と深海鮫卵がおよそ1:1の卵液。深海鮫卵の粘りのおかげか、鶏卵オンリーの場合よりもモッタリしている。黄色はやや薄くなったか。
卵自体の味がわかるように醤油だけでシンプルに味つけ。あとは玉子焼き鍋で普通に焼くだけ。
見た目はバッチリ!味は…練りもの?
こうして焼きあがった玉子焼きがこちら!
完成!深海鮫と鶏卵の玉子焼き。
見た目は想像以上に普通な玉子焼き。食べるのが楽しみだが、ここでもう一品。
おお。見た目には半分もカサ増ししているとは思えない仕上がりだ。100%鶏卵の玉子焼きと並べると多少色は薄いが、それでも「黄身の色が薄い卵を使ったのかな?」と言う程度。
まずビジュアルだけでは粉飾調理を見抜かれることはないだろう。
…では深海鮫の卵だけで焼いたものはどう仕上がるんだろう?
やっぱりサメの卵だけを使った玉子焼きも作ろう!!これを食べないままでは正確なジャッジはできまい。
深海鮫卵100%の玉子焼き!白い!
鮫卵オンリーの玉子焼きは案の定真っ白なものになった。玉子焼きというより沖縄のお菓子「ポーポー」のような見た目である。
…さあ、食べてみよう!
上が鶏卵のみで作ったごく普通の玉子焼き。右下が鶏卵と深海鮫卵が半々のカサ増し玉子焼き。そして左下の白っぽいのが深海鮫卵のみを使った玉子焼き。こうして並べると、二倍にかさ増ししても見た目は意外と変わらないのがわかる。…味はどうだろう。
いただきます!
まずは半々のカサ増し卵焼きをかじる。
…見た目は玉子焼きなのに、味と食感がすり身製品に近い…! プリプリしていて魚介系の味がはっきりと感じられる。惜しいラインには届いているが、僕の脳はこれを玉子焼きとは判断してくれなかった。フライを供したイベントでも数人のお客さんに食べてもらったが、やはり「かまぼこっぽい」という意見が複数聞かれた。これは……玉子焼きというより伊達巻の方が近いのでは。
味は悪くないけども……玉子焼きではないな!!
でも、決してマズくはない。おいしい。カサ増しの事実を知らない人に食べさせれば「変わった玉子焼きだね。何か入ってる?」くらいの感想とともに喜んで食べるだろう。
卵が入手しづらい時代のカサ増し法としてはかなり優秀だと思われる。
一方で鮫卵のみの方はというと、完全に玉子焼きの範疇から逸脱してしまっていた。むしろチーズに近い。それもカッテージチーズなどの脱脂チーズから水分を切ったような感じ。食感はモソモソと粉っぽく、口内の水分をことごとく奪われる。味は「なんかの卵だな」とはわかるものの、鶏卵とはかけ離れたものだった。やはりニワトリとサメ、地上と深海。分類も生息環境も遠いのだから、味だって程遠くなってしかりということだろう。
新しい(?)静岡名物にならないかな
というわけで、鶏卵を好き放題に食べている我々のような現代日本人にとってみれば駿河湾風の深海鮫玉子焼きは一般的な玉子焼きとは似て非なるものだった。
しかし、そのユニークな味わいには鶏卵とは異なる独自の食材としての価値があるように思えた。今後、カサ増し玉子焼きをはじめ深海鮫卵の加工品が静岡名物として返り咲いたりしたら面白いのだが。
ゆで卵も作ろうとしたが……。案の定爆発。食感は100%鮫玉子焼き以上にモソモソしておりました。