真水に棲むサヨリはタイにいる
普通イメージするサヨリってこんなんだよね?クチバシの生えた小さいサンマみたいなあの魚ね。
僕らが魚屋さんで目にするサヨリはだいたい小さめのサンマくらいの大きさだろう。市場に並ばないほど小さなものは『エンピツサヨリ』なんて呼ばれてないがしろにされるが、それでも鉛筆程度の太さ、長さはあるものだ。
しかし、この記事で紹介するサヨリはエンピツどころかつまようじ級の小ささである。
バンコク郊外の田園地帯
そのちびサヨリは学名からとった『デルモゲニー』という名前で呼ばれるのが一般的である。また、激しいケンカを繰り広げることから英語圏では『レスリングハーフビーク(※ハーフビーク=サヨリ)』と呼ばれることもある。
思いっきり横文字表記なあたりでお察しかと思うが、デルモゲニーは日本にはいない。彼らはタイやベトナムなどを始めとする東南アジア諸国に住んでいる。
…の用水路
しかも、海ではなく淡水に。しかも、田んぼやその周辺の用水路に特に多い。
田んぼにサヨリって……。素晴らしい。興味を引かれずにはいられない。これが若い子らの言う『ギャップ萌え』とかいうやつか。おじさんデルモゲニーでギャップ萌えを理解したよ。デルモゲニーで。
萌えちゃったなら採るしかないよね。バンコク市内で網を買ってタクシーを拾い、いざ郊外の田園地帯へ。
まずバンコクの観賞魚店へ
小魚用の網を購入
午前10時頃。たどり着いた水田の用水路ののぞいてみる。すると、水面に落ちた僕の影に驚いた小魚たちがワッと逃げていくのが見えた。
そしてその中に数匹、針のように細長い魚を確認した。いきなり発見!デルモゲニー。
水路をのぞきこむと…大量の小魚が逃げ惑う!これはもしや!
まんまミニチュアのサヨリだ!デルモゲニーだ!
捕獲成功!めちゃくちゃかわいいぞ
デルモゲニーはこのようにまったく珍しい魚ではない。掃いて捨てるほどいるいわゆる『雑魚』だ。現地の方が言うにはタイではとりたてて食用にされることもなく、他の(もう少し食べ応えのある)小魚に混ざって採れたものをそのまままぜこぜで調理して食べられている程度だという。つまり、基本的には誰もわざわざ捕まえたりしない存在なのだ。まぁそりゃそうだろうな。
水草の陰に追い詰めて網を入れると…
それでも、水鳥や肉食魚、水棲蛇たちからしてみれば格好の餌であるらしく相当警戒心が強い。のぞきこんだり網を差し出すとサッと水草の際や物陰に逃げる。
しかし逃げる進路に先回りするように網を打ち込むと…採れた!逃げ足はなかなかだが、数が多いので捕獲自体は簡単といえそうだ。
おー!入ってる!
その姿はまんまサヨリである。ただでさえ華奢な印象を持たれがちなサヨリだが、もはや栄養失調のメダカかというほどの佇まい。
長く伸びた下アゴのクチバシを勘定に入れても3~4センチ程度しかないのだ。
恐ろしく小さいが、まちがいなくサヨリ。よく見ると背ビレとしりビレのつけ根が赤く染まっていてなかなかキュート。
だが評価すべきはその小ささゆえの愛らしさ。ヒレのつけ根なんかワンポイント的に赤く染まって非常にキュート。実はこのデルモゲニー、観賞魚としても地味に人気があって日本の観賞魚店でも『ゴルデンデルモゲニー』と言う金箔をまぶしたようなキレイな個体が販売されている。僕も小学生の頃に飼っていた。
また、タイでは同種間でケンカをしまくる習性を利用して闘魚(闘鶏やカブトムシ相撲みたいなもの)に使われることもあるという。
かわいい!また飼いたくなってきた。
これでも実はかなりの大物。
幼魚にいたってはこの小ささ!でもちゃんとサヨリ!
なんとなく釣りでもゲット。「そんな小さい魚釣れるの!?」と地元の人たちにびっくりされた。
まあこういう日本の技術力と変態性の結晶みたいな釣りバリ使ったので…。※エサは蚊。
意外とサヨリ味!!
たくさんいるので気を抜いて観察していたら、いつのまにか目につくデルモゲニーの数が減ってきた。どうやら午前中はひらけた場所でも活発に動き回っているが、日が高くなると物陰に身を潜めがちになるらしい。
1時間ほどがんばって145匹のデルモゲニーをゲット。
やばい。焦って捕獲を再開し、1時間ほどで145匹を捕獲。145匹も!と思われるかもしれないが、なんせ一匹一匹が恐ろしく小さいので実際は手のひらに収まる程度の量である。
でもこれだけあれば試食には十分。「純淡水に暮らすサヨリはどんな味がするのか」という疑問は僕にとって小学生時代からの解決すべき命題だったのだ。
デルモゲニー以外にもティラピア、カダヤシ、ピグミーグラミーやバンブルビーゴビーの仲間などが採れる。しかし彼らはターゲットでないのでリリース。
デルモゲニーと氷を詰めた魔法瓶片手に意気揚々とホテルへ引き返す。
ホテルの従業員に「部屋のポットで簡単な料理を作ってもいいか?」と聞くと「もちろん!」との答え。だが、まさか用水路で採ってきた生魚を調理するとは思っていまい。備品に汚れやニオイがつくのはさすがに申し訳ないので、せめてもの気遣いとして持参の器を使って湯煎することにした。釜揚げデルモゲニーを作るのだ。
ホテルのポットを借りて茹でる。もちろん汚さないように自前の器で湯煎。
釜揚げデルモゲニー
やはりサヨリだけあって腹の内側はうっすら黒い。
いただきます!
あっ……思った以上にサヨリだ!川魚特有の泥臭さはない。
釜揚げサヨリを恐る恐る口へ運ぶ。なぜ恐る恐るなのかといえば、淡水の雑魚にありがちな泥臭さを警戒したためである。
しかし、噛みしめてびっくり。泥臭さは感じない。考えてみればデルモゲニーは海産のサヨリと同じく水面直下で獲物を捕食する魚。用水路であれば主食は蚊などの昆虫だろう。コイのように泥を食む訳ではないので、水が極端に汚くなければ身は臭くならないのだ。
それどころか、サイズの割に身の旨味が強くてけっこういける。当たり前なようで意外にも、その味はサヨリによく似ていた。住んでいる場所や食べているものは違っても、生物としての根本というか、DNAはたしかに共通しているのだなと感じる味であった。
あ、茹で汁にいいダシが出てるような…?
そしてもう一つ気づきがあった。茹で汁を舐めてみると、なんかいい具合に旨味が出ているような気がする。
じゃあガッツリとダシとってみるか。
よし!潮汁にしてやろう!配慮して湯煎で!
というわけで潮汁にしてみた。そういえば知人の魚屋さん曰く、潮汁は魚の味をもっとも公正に判断できる調理法の一つだという。
いただきます!ぐびっと!
おー、ちょっと生臭いが可能性を感じる味!やはり海水魚的なダシが出ている。
熱いうちにすすってみると、やはりダシは強く出ている。このサイズの淡水魚からこの味わいが得られるとは…。やるじゃん。
ただ、泥臭さこそないのだが多少の生臭さとえぐみがある。これはおそらく内臓を除かずに丸ごと茹でたためだろう。カタクチイワシの煮干しだって内臓は取り去らないと風味が落ちるのだから、これは当然の帰結か。
そうだ!ひょっとしたらデルモゲニーは煮干しにしてはらわたをちぎって使うのが良いのかも。……渡航、捕獲、処理の労力が割に合わないのは明らかだが。
告知:大阪でイベントやります(※試食もあるよ)
来たる2月1日(木)に大阪ロフトプラスワンウエストでトークイベントを行います。
イベント名は『珍生物大宴会』。国内外で捕獲してきた、あるいは食べた変な生きものの話をたくさんします。ハントしてきた珍しい食材を使った料理も提供します。
詳細はこちらから!
延々と各地で捕まえた/食べた珍しい生きものの話をします。お好きな方はぜひ!