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寅さん最後のロケ地、津山で検証「男はほんとうにつらいのか」

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男はつらいのだろうか?
『男はつらいよ』という映画があるが、本当に男はつらいのだろうか?

どんなふうにつらいのか、「男はつらいよ」の主人公の寅さんになって検証してみたい。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

前の記事:路線図の聖地ロンドンで、路線図マニアと路線図について語る

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ほんとうに男はつらいのだろうか

「私、生まれも育ちも葛飾柴又。帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅とはっします」

映画『男はつらいよ』テーマ曲冒頭の、仁義切りの口上は、映画を見たことない人でも聞いたことがあるはずだ。

「男はつらいよ」の映画シリーズは、1969年に公開された第1作から、1995年公開の第48作まで作られた。ひとりの俳優が演じた映画のシリーズとしては、世界最長という。

山田洋次監督は、さらにあと2作、49作、50作でシリーズを完結させるつもりだったらしいが、寅さん役の渥美清が1996年に急逝したため、『男はつらいよ』は48作が最後となった。

さて、そのシリーズ最終作となった48作『寅次郎紅の花』は、岡山県の津山市が舞台だ。

津山にやってきた。
津山の誇る洋学者、箕作阮甫(みつくりげんぽ)とSL
津山の誇る洋学者、箕作阮甫(みつくりげんぽ)とSL
盆地特有の底冷えする寒さに身が縮む。しかも、取材のこの日、日本海側に大雪を降らせた寒波がやってきており、ときおり雪がちらついていた。

事前に「寅さんのかっこうで津山を巡ってください」とだけ言われている。

「寅さんのかっこう」ってどういうことなのかな。と思っていたら、こういうことだった。
スマホをぶら下げたニュージェネレーション寅さん
スマホをぶら下げたニュージェネレーション寅さん
つらいか、つらくないかでいえば、すでにつらい。というか、寒い。寒くてつらい。さすがに寅さんでも、冬場はもうちょっとこう、温いかっこうをしてたんじゃなかろうか。

これはもう、タイトル通り、男はつらかった。で、すでに検証終了である。

ところが、そうは問屋が卸さない。このかっこうで、津山市の観光地を巡らなければいけない。

うー、寒い……。

実は鉄道のまち、津山

まずやってきたのは「津山まなびの鉄道館」だ。
津山駅のすぐ近くにあります
津山駅のすぐ近くにあります
左・観光協会の岸本祥吾さん
左・観光協会の岸本祥吾さん
観光協会の岸本さんに案内されて中に入ると、思わず、うわぁーというため息が漏れ出た。

この鉄道館、なにがすごいかって、扇形機関車庫をそのままミュージアムとしているところだ。

ちょっと見て欲しい。
ずらっとならぶディーゼル機関車たち
ずらっとならぶディーゼル機関車たち
これは、やばい。鉄道好きでなくても、このビジュアルは確実にアガる。

京都の梅小路にある京都鉄道博物館も、扇形機関車庫の鉄道館だが、中にある車両はほぼSLだ。しかし、津山まなびの鉄道館は違う。ディーゼル機関車や気動車がズラリと並ぶ。ディーゼル機関車をこういった形で、間近で見られる機会はなかなかない。
もちろん転車台もある
もちろん転車台もある
な、なつかしい
な、なつかしい
ちょうど、ぼくのような、SLの現役時代に間に合わなかった世代にとっては、SLよりもディーゼル機関車や気動車の方がなじみ深い。

とくに、JR(国鉄)しかなかった鳥取県で育ったぼくにとって、ここにあるディーゼル機関車や気動車はどれもなつかしい車両ばかりだ。

このディーゼル機関車なんかは、ちょっと前まで客車を引っ張って走ってたような気がするが、普通列車の客車なんていまやどこにも走ってない。
これが引っ張っる客車に乗ってた
これが引っ張っる客車に乗ってた

扇形機関車庫が津山にある理由

この扇形機関車庫は、1936年に作られた。80年以上まえのものだ。

津山は、姫新線、因美線、津山線と、鉄道の結節点であり交通の要衝だったため、このような扇形機関車庫が設けられた。日本国内に現存する扇形機関車庫としては、京都の梅小路機関車庫に次ぐ二番目の規模だ。
いやいやいや、なつかしいじゃねえか
いやいやいや、なつかしいじゃねえか
なかにはSLもあるけれど(D51)
なかにはSLもあるけれど(D51)
メインはディーゼル機関車だ
メインはディーゼル機関車だ
転車台などは、現在も稼働しており、扇形機関車庫も、一部、車両の整備用に使われているので、現役である。
車輪と記念写真
車輪と記念写真
ハイテンションなあまり、なにを血迷ったか、うっかり車輪と記念写真を撮ってしまった。

鉄道館あるあるとして、でかい車輪を保存しがち、というのがあるが、ここは車輪の横に、メジャーが設置してあり、親切である。このおもてなしスピリッツは見習いたい。

近すぎる鉄道模型

さて、この車庫の端にある部屋には、津山駅周辺と津山市の鉄道の様子がよくわかる鉄道模型が設置されているまちなみルームという部屋がこしらえてある。

こちらもとにかく見て欲しい。
津山駅周辺を完全再現
津山駅周辺を完全再現
鉄道館には、鉄道模型がありがちだが、普通はガラスケースの向こう側にあったりするので、若干の距離感を感じるのだが、ここはちがう。

小ぶりなものの、本当に目の前で精巧な列車の模型が動くのだ。
扇形機関車庫がどんなふうになっているのか、よくわかる
扇形機関車庫がどんなふうになっているのか、よくわかる
うっわーすげーこまけえー
うっわーすげーこまけえー
もう、寅さんのかっこうとかどうでもよくなっているのがおわかりいただけただろうか?

いやぁだって、これほんとすごいんですよ。
これボタン押すんです
これボタン押すんです
カメラを積んだ列車模型が走るんです!
カメラを積んだ列車模型が走るんです!
模型の車両に積んであるカメラから電波でモニタにリアルタイムの画像を送ってくれるやつ。これ、他の鉄道館で何回かみたことはあるけれど、壊れておらず、かつ、キッズ達に占領されてない状態で遊べるのは、はじめてみた。

そうするうちに、部屋の中が薄暗くなってきた。
夜になった
夜になった
朝、列車が動き出す
朝、列車が動き出す
このジオラマでは、1時間ごとに、実際に模型の列車をはしらせる。

朝、列車が車庫から出庫して、夜車庫に入るまで、列車をはしらせつつ再現し、町を紹介するというぐあいになっている。
扇形機関車庫の転車台が実際に動く。

既製品の製品を幾つか組み合わせつつ、扇形機関車庫の建物などは、手作りでつくったものらしい。

これは子供が釘付けになるだろうなというのはわかる。
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目線が子どもになる

これまたなつかしい「あゆみルーム」「しくみルーム」

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ほかにも、この鉄道館には「あゆみルーム」「しくみルーム」という部屋が準備されている。

鉄道の歴史と仕組みについてまなべるというわけだ。
箱をそのまま引きずるのと、車輪をつけたばあい、線路の上を転がすばあい、と3パターンの摩擦のかかり具合を試せる
箱をそのまま引きずるのと、車輪をつけたばあい、線路の上を転がすばあい、と3パターンの摩擦のかかり具合を試せる
ここでおもしろかったのは、タブレット交換の機械だ。展示してあるだけでなく、実際に動かしてそのしくみを体験できる。
タブレットの仕組みを解説
タブレットの仕組みを解説
タブレットというのは、列車の正面衝突を防止するための列車の通行手形のようなものだ。現在JRでは使われていないが、一部の私鉄ではまだ使われているところもある。
真ん中のメダルみたいなのがタブレットだ
真ん中のメダルみたいなのがタブレットだ
かなりでかくて重い
かなりでかくて重い
ある一定の区間「閉塞区間」を列車が走るとき、必ずこのタブレットを持った列車でなければ、その区間を走ることができなくして、列車の正面衝突を防ぐ仕組みだ。

つまり、線路を順番に走る権利のやり取りを手渡しで行っていたというわけだ。しくみ自体は単純だけれど、絶対に間違えてはいけないので、タブレットも異常にでかくて重く、装置がかなり大げさになっていておもしろい。

カレンダーがかっこよすぎるぞ

この鉄道館、規模としてはそんなに大きくないとはいえ、かなり見どころが多く、はっきりいってたのしい。そして、ミュージアムショップにもなかなかシブいものが売っている。
気動車大集合だ
気動車大集合だ
鉄道のカレンダーにしては、かっこよすぎる。完全にスターウォーズだ。
面構えとしては地味めなキハ系の気動車も、配置の仕方によってはかっこよくなるのがわかった。


現代の寅さんは自撮りする。


そずり鍋を食べる

さて、鉄道館でわちゃわちゃやっている内に、昼どきになった。

皆さんすでにお忘れかもしれないが、いちおう寅さんという体で取材している。
さきほどの鉄道館が、おもいのほかおもしろかったので、つらいかつらくないかでいったら、そんなにつらいというわけでもないきがしてきた。寒さには変わりないのだが。

続いてやってきたのは、津山市内の旅館。
老舗の旅館
老舗の旅館
雰囲気あるー
雰囲気あるー
寅さんというより、犬神家の一族で金田一耕助が泊まった旅館っぽい。店の人に聞いたところ、この建物はすでに築90年ほどは経っているという。

この店には、泊まるためではなく「そずり鍋」という鍋を食べるためにやってきた。

部屋に通されると、すでに鍋の準備はされていた。
肉だ!
肉だ!
牛肉、野菜をずいずい投入していく
牛肉、野菜をずいずい投入していく
そずり鍋とは、牛の骨の周りについている肉を「そずって(けずって)」とったそずり肉を、醤油ベースの割り下にいれて食べる鍋料理だ。

こちらの店では、ケンケン鍋(キジ鍋)なども出すのだが、最近はこのそずり鍋の人気もかなり高い。鍋料理ということで、やはり冬場に食べる人が多いのだが、そずり鍋は一年中食べられるので、夏場、部屋に冷房をガンガン効かせてわざわざ食べるひともいるほどだという。贅沢すぎる。

そんな話を伺っていると、もう鍋が完成したという。早い。さっそくいただく。
あっという間にできた!
あっという間にできた!
うめえ
うめえ
牛肉
牛肉
やわらけえんだよ、肉が
やわらけえんだよ、肉が
まず、牛肉がやわらかい。しっかり熱が通った上にだしも染み込んでいるのにちゃんとやわらかい。牛肉のくさみも気にならないし、逆に噛むと肉の旨味がじゅっとでてくる。

そして、割り下のうまさ。喉が渇かない程度に味がほどよく、ごくごく飲めてしまう。

そんなうまい割り下で煮込んだ野菜や豆腐がまずい訳がない。
満面の笑み
満面の笑み
これは、つらくない。まったくつらくない。男はつらくないよこれ。

なお、うっかり帽子を脱いでしまったので、高校の国語教師みたいだが、寅さんのつもりである。

古くから牛肉を食べる文化があった

シメはうどんで……
シメはうどんで……
しかし、なぜ牛肉の鍋が津山の名物なのか?

お店のひとにきいてみた。すると、詳しい発祥はわからないものの、もともと古くから、近江の彦根藩と、美作の津山藩は、養生食として牛肉を食べていたという。

これは、ぼくのかってな推測だが、津山の他にも、中国山地には、鳥取の大山や、広島の三原市などに大きな牛馬市があったため、おおっぴらではないものの、牛肉を食べる文化が江戸時代からあったのは間違いないのではないか。
食いすぎたー
食いすぎたー
男はつらいか。すくなくとも、そずり鍋にかんしてはつらくなかった。
いやしかし、仕事中なので、ビールを飲めなかったのが、つらかったといえるかもしれない。


寅次郎、次のページでマドンナと出会う。


古い町並みがのこっている

そずり鍋でビールを我慢して、次に向かったのが、城東の重伝建地区だ。

津山にはかつて、姫路城に匹敵するほどの立派な天守閣や櫓があったが、1873年(明治6)の廃城令でほぼすべて破却されてしまったため、いまやその姿は見る影もない。
昔の津山城。櫓の数は姫路城なんかよりも多かった。もったいなー
昔の津山城。櫓の数は姫路城なんかよりも多かった。もったいなー
その代わり、城の東側にあった古い町並みは、そのまま残され、いまでは「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。
冷えるのでマフラーを許してもらった
冷えるのでマフラーを許してもらった
重伝建といっても、普通に人が暮らしている町なので、細かい場所を観察すると、植木や缶風車などが吊るしてあったりして、そこそこ生活感があって、逆におもしろい。
おう、ごめんよー
おう、ごめんよー
城東地区の観光案内を行っている、和蘭堂(おらんだどう)に行き、どんなところを見ればいいか聞いてみよう。

そこで待っていたのは……。
マドンナ?
マドンナ?
マドンナ……というわけではなく、案内をしてくれる、観光協会の髙橋さんだ。
髙橋さん、津山生まれの津山育ち、津山っ子です
髙橋さん、津山生まれの津山育ち、津山っ子です
髙橋さん、まずは津山の誇る偉人について知ってほしいという。
銅像だらけの場所にきたぞ
銅像だらけの場所にきたぞ
観光案内所のすぐ裏にある津山洋学資料館の前には、津山の誇る洋学者の胸像が並べてある。

--ここに並んでるのはすべて津山にゆかりのある方々ということですか?

髙橋さん「そうです、宇田川榕菴、箕作阮甫を始め、津山にゆかりの深い洋学者たちですね」

東京大学の源流がここに

--箕作阮甫は、駅前にも銅像がありましたけど、ここにもあるんですね。

髙橋さん「箕作阮甫は津山藩の藩医の家に生まれて、東京大学の前身となった蕃書調所(ばんしょしらべしょ)の教授になったほどのひとです、ペリーの持ってきた国書を翻訳したのも有名ですよ」

箕作阮甫と言われても「ほう」としか感想がなかったが、ペリーの持ってきた国書を翻訳したひとだと聞くとピンとくる。しかも蕃書調所だ。字面だけだとただのリサーチ専門の編プロっぽいけど、そういうやすっぽいものではない。

蕃書調所の「蕃」は、異民族や外国を意味する漢字だ。異民族の書物を調べるところ、洋学研究の専門機関である。

蕃書調所は、のちに開成学校となり、東京大学の法学部、理学部、文学部の源流となる。 つまり、東京大学は津山が発祥……というと、言い過ぎだけど、その源流のひとつは確実にあったといえる。

髙橋さん「宇田川榕菴は、もともと岐阜の大垣藩の藩医の長男ですが、津山の藩医、宇田川家の養子となって津山藩に仕えました」
へー、これが藩医か~
へー、これが藩医か~
髙橋さん「小学生が見学にきたら、みなさん『あたまがよくなりますように』って銅像の頭をなでるんですよー」
は、はずかしー
は、はずかしー
図らずも、精神年齢の低さを露呈してしまったところだが、この宇田川榕菴、さまざまな洋学書を翻訳していて、特に「舎密開宗(せいみかいそう)」は、日本初の化学書と言われている。

髙橋さん「宇田川榕菴は、日本ではじめてコーヒーについて日本に紹介した『哥非乙説(こっひいせつ)』を書いていて「珈琲」の漢字を考案したのも彼だといわれてます、ほかにも『酸素』『水素』『窒素』『細胞』『元素』といった言葉は、榕菴がつくりました」

すごい。化学に関する言葉は宇田川榕菴が造語したのか。わたしたちは知らず知らずのうちに、宇田川榕菴の恩恵を受けていた。

髙橋さん「こちらの洋学資料館は、津山にゆかりのふかい洋学者の資料を集めて展示しているんです」

--そうなんですね、これはぜひ見学させていただきたい。
休館ですね
休館ですね
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--髙橋さん、休館ですね。

髙橋さん「そうなんです……今日は休館なんです」

このかっこうで行かざるをえない場所が

せっかくなので、髙橋さんに古い町並みを案内してもらった。
建物が蔵っぽい
建物が蔵っぽい
--髙橋さん、建物の端っこに壁みたいなのが飛び出てますけど、あれはなんですか?

髙橋さん「あれは、『袖壁(そでかべ)』ですね、『うだつ』というのがありますが、それと似たようなもので、防火用のものですね」
急に道が曲がる
急に道が曲がる
髙橋さん「ここは大曲と呼ばれてる場所なんですが、どうして道がクランクになってるかわかります?」

--なんでって、そうなってるから? じゃないんですか?

髙橋さん「これは、敵の侵入を防ぐためにわざと道が曲げてあるんです」

--なるほど、城の東側を守るための仕掛けか。

実際、地図で見てみると、この城東地区は、西と南が川、北が山になっているので、津山城を目指して東から侵入してきた敵を叩くにはうってつけの場所だ。
山の麓にある幾つかある寺に部隊を待機させておき、敵が侵入してきたら横から突く。そう思うと、町屋の細い路地の作りも、軍事的な意味合いがあるのかもしれない。
南北をつなぐ「小路」は、道幅が狭い
南北をつなぐ「小路」は、道幅が狭い
そんなことを考えつつ、散歩していると、ついにやってきた。
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さすがにこのかっこうをしていると、ここにこないわけにはいかないだろう。
今気づいたけど、全体的につんつるてんだな
今気づいたけど、全体的につんつるてんだな
『男はつらいよ』第48作のオープニングで、寅さんが祭りで消火器を啖呵売してるシーンで出てきた場所だ。映画ではほんの数秒のシーンだけど、石碑が立っている。

以前「昭和天皇の乗ってきた車が止まった場所を記念する石碑」を見たことがあるけれど、それに匹敵するぐらい出来事が小さい気はする。

しかし、石碑は、デジタルデータや印刷物なんかよりも残りやすい。石に刻まれた情報は1000年単位で残っていく。

5千年後や1万年後『男はつらいよ』の映画フィルムは残ってないかもしれないが、寅さんロケ地という情報は確実に残る。

絶対に残したい情報は石碑にすべきである。

牛乳に最高に合うまんじゅう

さて、そろそろ次の目的に行かねばならない。髙橋さんに寅さんにお似合いのお土産を聞いてみた。

すると「五大北天まんじゅう」がいいという。

このおまんじゅう、賞味期限がめちゃめちゃ短く、2、3日しかもたないという。赤福なみの賞味期限のまんじゅうである。
賞味期限が短すぎるまんじゅう
賞味期限が短すぎるまんじゅう
うまい
うまい
いわゆる、黒糖蒸しパンにこしあんをはさんだようなまんじゅうだ。牛乳が欲しくなるうまさ。といえばわかってもらえるだろうか?
ぺったんこだけど、しっとりしててうまい
ぺったんこだけど、しっとりしててうまい
お土産に持って帰った
お土産に持って帰った
このまんじゅう、かなりうまいけれど、日持ちがあまりしないので、津山以外ではあまり食べられていないという。もったいない。

そして、美作滝尾駅へ

髙橋さんと別れ、ぼくは最後の目的地、美作滝尾駅へ向かった。
あの美作滝尾駅
あの美作滝尾駅


津山にはレトロとモダンがどちらもある。


あの美作滝尾駅
あの美作滝尾駅
あの美作滝尾駅。といっても、寅さんファン以外はなんのことやらかもしれない。
ここもロケ地なんだよなー
ここもロケ地なんだよなー
実はこの美作滝尾駅も、寅さんのロケ地なのだ。48作の冒頭のシーン、寅さんが中国勝山までの切符を買うシーンでこの駅が出てくる。
たしかこうやって切符を買ってた
たしかこうやって切符を買ってた
さて、美作滝尾駅の構内は、すっかり寅さんファンの聖地となっている。
撮影当時の写真
撮影当時の写真
記念の落書きノートだ
記念の落書きノートだ
力作!
力作!
何気なく手に取った記念の落書きノートを見てみると、いきなり寅さんの似顔絵の力作がすごい、この圧。
やはりここにも石碑。後世に伝えたいロケ地情報
やはりここにも石碑。後世に伝えたいロケ地情報
しばらくすると、列車がやってきた。
学生しか乗ってなかった
学生しか乗ってなかった
降りる乗客に、挨拶をしようとホームで待ち構えていたのだが、列車から降りてきた学生たちは、ぼくのいでたちをちらりと見ると、スーッと帰ってしまった。
学生諸君! 勉学に励み給え!
学生諸君! 勉学に励み給え!
変な人がいたら、さけたほうがよいので、彼らの反応は至って正常である。
いやー、フーテンはつらいな
いやー、フーテンはつらいな
急にドローン撮影になったようにみえるが。ドローンではない。
知恵である
知恵である
寒さがだんだん厳しくなってきたので、このへんで終わりにしたい。

つらかったり、つらくなかったり

『男はつらいよ』最後のロケ地、津山で男はつらいのか、つらくないのか、検証してみたわけだが、つらいこともあり、つらくないこともあった。

いいこともあれば、悪いこともある。

人間万事、塞翁が馬。

どこかで得すればどこかで損をし、そのぎゃくもまたしかりである。

おそらく、寅さんが『男はつらいよ』というのは、照れ隠しみたいなものなのかもしれない。


寅次郎も愛した津山、くわしくはこちら。


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