小ピンチで問われるビジネスパーソンの資質
相手の名前を忘れないように、名刺を交換したら日付と特徴を書き加えること。そう教えてくれるビジネス書は数多い。普段から意識を高くしていればピンチになることはない。
いや、そんなことは承知の上である。でも大体のことは気づけばもうピンチになっているのだ。起きちゃったんだからしょうがないのだ。できれば角を立たずに丸く収めたいのだ。
そんな泥縄もはなはだしい考えの我々に対し、快く取材に応じてくださったのは、「大人力」に関する著書を数多く持つ石原壮一郎さんである。
石原壮一郎さん。『SNS地獄を生き抜く オトナ女子の文章作法』『悩める君に贈るガツンとくる言葉』絶賛発売中!
石原:小さなピンチをどう乗り切るかで、ビジネスマンとしての思いやりや社会経験が問われます。
ミスをしたり気まずかったりという状況は、片一方だけがピンチなのではなく、双方ともにピンチであるわけです。そこで工夫をこらして、いかに笑い話にできるかで器の大きさがわかりますよね。
のっけから頼もしいお言葉である。その大きな器にどっかり乗っかっていこう。
添付したつもりで添付がないメールを受信
AIだシンギュラリティだと叫ばれる昨今だが、「ファイルを添付したつもりがしてなかったメール」は未だ消えることがない。
特に取引先から「添付しました」と添付ファイルがないメールが届いたとき、どうやって指摘していいか悩む。「添付が無いようです」って返すのもなんか冷たいですよね?
石原:そうですね。相手も添付を忘れたことに気づいたら恥ずかしい思いをするわけで、ストレートに「ありません」では、さらに追い打ちをかけることになります。相手の引け目を埋め合わせるよう、優しく包み込んであげたいですね。そう、伊勢うどんのように……
石原壮一郎さんは「伊勢うどん大使」でもある。伊勢うどんは腰がやわらかく、石原さんの物腰もまた柔らかい。
石原:例えば……「私のPCの調子が悪くて、添付ファイルがどっかにいっちゃうみたいなんです。念のためもう一度送っていただけますか?」とか。
そんなわけないのである。ないのであるが、ここには「自分が泥をかぶる」精神がある。
石原:そんなことが起きないのは先方も百も承知。だから「あぁ、自分のミスのために言ってくれたんだな」と気がついてくれるはずです。メールを再送するハードルも低くなります。
自分を一段下げる。謙譲語の考え方だ。
ちなみに、もっと気心が知れた仲であれば「どうやら悪の組織が我々の添付ファイルを狙っているようです。お手数ですが再送お願いします」というのもアリだそうだ。薄々お気づきだと思うが、「添付ファイル消えた大喜利」だと思ってもらえれば大体間違いない
「悪の組織が我々の添付ファイルを狙っているようです」
期日までに返事が返ってこない
もうひとつ、メールで悩ましいのが「催促」だ。期日までに欲しい返事が返ってこないとき、何と書き添えるか。石原さんは「よく催促される側」らしく、豊富な事例を紹介いただくことができた。
「難しいテーマだと思いますが……」
「悩んでらっしゃる姿が目に浮かびますが……」
「出来上がるのをワクワクしながらお待ちしています」
石原:「大変なことをお願いしているのはわかっています」が伝わる文章だと角が立ちにくいでしょう。
あと、忘れてはいけないのはフォロー。相手を急かせておきながら、受け取ってもノーリアクションの人っていますよね……。「確認いたします」「お待ちした甲斐がありました」「はたと膝を打ちました」など、なんでもいいのでフォローがほしいですね。
次回から編集部からのメールがみんなこんな感じになるかもしれない。まずは締切に遅れないようにしたい。
「はたと膝を打ちましたって、実際に口にしたことはないですけどね(笑)」
名刺交換した相手の名前を忘れる
小ピンチ界の四番バッターと言えば「相手の名前を忘れた」だろう。過去に名刺交換をしたらしく、相手は自分を覚えているのに、こっちは名前が出てこない……。
そういえば田中角栄だったか、名前は忘れたときは「君、名前は?」とストレートに聞き、相手が名字を答えたところで「それはわかっている。下の名前だよ」と返したそうだ。
名前を忘れたことを誤魔化せるし、角栄さんに名字を覚えてもらった!というプレミア感も付く。ただ、一般人の我々がやっても「なぜ下の名前を……?」と不審がられるだけである。
石原:どうにかしてもう一度名刺をもらいたいですね……。「事務所がボヤで焼けたんで改めて名刺もらえますか?」とか……。
いや、変な見栄を張らず、思い切って聞くのが一番じゃないですか。忘れたことを攻められたら「一段とおキレイになっていたのでわかりませんでした」と返せばなんとか。
石原さんによれば「誰だか覚えてます?」とクイズ形式で聞かれることもあるそうだ。「もちろんです」と言うしかないが、続けて「松嶋菜々子さんですよね?」と返せば「違いますよ(笑)」と場が和む。男性の場合は「福山雅治さんですよね?」でよい。
そして、「そもそもクイズ形式は心臓に悪いので、自分から名乗るようにしてほしい」というのがこの場の見解であった。鶴の恩返しだって「あのときの鶴です」と名乗っているのである。ハラハラさせないでほしい。
よく知らない人と帰り道が同じに
取引先での打合せが終わり、最寄り駅まで社内のよく知らない人と一緒になった。気まずい。意識が高い人なら人脈を広げるチャンスであるが、我々は一人になりたいので駅に着くまでになんとか上手く別れたい。これには多様なソリューションが提案された。
「寄っていくところがあるのでここで……」
「(コンビニで)買いたいものがあるのでここで……」
「本屋で資料を探すのでここで……」
「(ATMで)お金を下ろしていくのでここで……」
「電話をかけるところがあるのでここで……」
「トイレに行きたいのでここで……」
コンビニも本屋もATMも無かったら、電話かトイレを使うという順番だ。まさか「トイレに行きたいので」と聞いて「待ってます!」と返す人もいないだろう。相手も「なんとか別れたいな……」と思っていることが多いので、だいたいこれで丸く収まるはずである。
しかし、どうしてもうまくいかず、同じ駅から同じ方向の電車に乗ってしまったらどうするか。
石原さん曰く「まずは『どちらまで行かれるんですか』でペース配分を図る」とのこと。長丁場になりそうだ、と思ったら覚悟を決めよう。
石原:駅名を聞いたら「あの辺も賑やかになりましたよね」や「あの辺も変わりましたよね」と聞けば、とりあえずの糸口になります。行ったことが無い場所でも構いません(笑)
「そうですね、人気のラーメン屋とかもできて……」などフックとなる単語が出てきたら、「ラーメンお好きなんですか?」と繋いでいく感じです。「そうですね」とだけ返されたら、相手に話す気がないと思ったほうがよいですね。
行ったことも無い場所を「賑やかになりましたよね」とうそぶくのは不安かもしれない。
しかし、全く問題ない。「いえ、昔から全然変わってなくて……」→「あれそうでしたか……結構長くお住まいなんですか?」と進めるからだ。しりとりみたいなもので、最初の単語は後に続けられればなんでもいいのである。
間違いを部下に指摘された
当サイトのウェブマスター林は、かつて上司が「C.W.ニコラスが……」と思いっきり間違えるのを聞き、訂正するか迷ったそうだ(正しくはC.W.ニコル)。
上司としても、部下に間違いを指摘されて「うるさいな!」「わかってるよ!」と反射的に返してしまっては色々と台無しである。器が小さすぎる。ここは余裕を見せつけたい
石原:「うちの田舎ではそう言ってたんだけどな」とかどうでしょうか。田舎で「C.W.ニコラス」なんて言わないでしょうけど(笑) 「うちのおふくろからそう聞いたけどな……」でもいいですね。上司のお母さんのことは否定しづらいでしょうし。
プロジェクターがなかなかつながらない
会議室でお馴染みの小ピンチといえば、なかなかつながらないプロジェクターだ。なにをどうやってもPCの画面が出ず、出席者全員が「HDMI 1」とだけ出た青い画面を見つめる無の時間。プロジェクターもつなぎたいが、場もつなぎたい。
石原:これは登壇者と同じように、出席者も困るんですね。雑談をしていいのかわからない。なので「しばしご歓談ください」など空気を一旦解放するといいですね。
「隣同士で自己紹介してください」とか、部下がいるなら「今から○○くんが~について話します」と振っちゃうのもありでしょう。
先ほどの電車の小ピンチでもそうだが、沈黙対策のため「2~3分つなぐ話題」を持っていると心強いそう。
季節ネタ、地域ネタ、食べ物ネタは個人で見解が違うので話が続きやすい。「うちのお雑煮は餅が丸いんですよ」「あー、うちは四角です」「カミさんの実家はあんこも入れますよ」「え!ご実家どちらですか」といった具合だ。
講演会で登壇したときなど、自分以外の人がプロジェクターをつなげないでいる場合はこんな手も。
「このプロジェクター、真空管で動くんで時間がかかるんです」
もはやアメリカンジョークだ。「ボブのガレージから持ってきたんだが、とんだオンボロだったね」と肩をすくめたい。そして、とうとうつながらなかったら、こう言い放とう。
「ビジネス書かなにかで読んだのですが、昨今のビジネスマンはパワポに頼りすぎだというものがありました。視覚から入る情報より、聴覚から入る情報のほうが脳に定着しやすいという説があるそうなんですね。というわけで、今日はパワポを使わないプレゼンに挑戦したいと思います」
もちろん何から何までデタラメである。パワポがあったほうがいいに決まっている。でも成功したらかっこいいし、会場の人も攻められずに済む。Win-Winを生めばデタラメも方便である。
バカになればピンチでもなんでもない
「会議なんかで、難しい言葉とかよく知らない略語とか、平気でバンバン使ってくる人いますよね、あれ困りますよね」という小ピンチについて、石原さんに相談したときの答えがこの企画全体を貫くものだった。
石原:難しい言葉を多用する人は、自分のことを「バカだと思われたくない」んですね。ビジネス書が売れ続けるのも「バカだと思われたくない」からですし、「バカだと思われたくない」を外すととても楽になりますよね。
バカだと思われてもいいなら、「添付がありませ~ん」と返信しちゃうし、「プロジェクターつながんないんですよ~」と頼るだろうし、「トイレから戻るの待ってます!」と答えちゃうだろう。ピンチがピンチじゃなくなるのだ。そしてそんな人はちょっと可愛い(バカだけど)
ピンチを完璧に乗り切るだけでなく、隙を見せるのもまた大人のたしなみなのだった。