酔った勢いの企画が現実に
工場マルシェの会場は代官山蔦屋書店内の代官山T-SITE GARDEN GALLERY.。オシャレガスが充満していて、足を踏み入れたらオッサンは30分も経たず息ができなくなり死に至ると噂される敷地内での開催です。
大丈夫。オシャレですが工業の香りでオッサンでも息ができました。
会場内は多くの来場者で賑わっていました。かなりマニアックな展示と思われますが、みなさん興味深く出店者の方の話を聞いたり、ワークショップに参加したりしています。
全部で14の町工場が出店しています。
まずはこのイベントの発起人であり、商品の展示も行っている北山さんと落合さんに話を聞きます。
左が北山さん。右が落合さん。どちらも町工場の社長さん。
北山さんは、電子部品や機器の製造販売などを行う会社の代表取締役。「完璧に計算された芸術」「プリント基板に新たな価値を」ということで、プリント基板を用いたアートな製品
「moeco PCB ART」を出展しています。
後ろの絵も全部金属の配線で描かれています。
こちらがその製品の一つ。配線やシルクパターン、電子部品で絵が描かれているスマホケースです。
新世紀エヴァンゲリオンとのコラボ商品。着信時などの電波が出る際にパイロットが搭乗している部分のLEDが光ります。
元のデザイン画を回路図用のCADで描きなおしてプリント基板を製作。最後に樹脂で表面をコーティングして作られています(詳しくは
製造工程の動画を見てください。)。
配線は基本的に直線なので、曲線部分は短い直線で細かく描かなければなりません。写真のものだと19万程の直線で描かれています。
こちらはマネークリップ。スイカをタッチするとLEDが光ります。
デザインとしての基盤ですが、一部の配線や電子部品はちゃんと機能しています。表面で配線が重なるところは2層基板にして裏で配線、接続。アンテナで電波をキャッチし、電圧と電流を高めて電力に変える回路が組み込まれていて、それにより表面のLEDが発光します。
地図バージョンもあります。
続いて、落合さんは金型設計などを行う会社の代表取締役。町工場3社とデザイナーでコラボして立ち上げたオリジナル文房具ブランド
「Factionery」を出展していました。
見た目は普通だが、実は凄い定規。
例えば、落合さんが手にしている定規。一見、色のついた普通の金属製の定規のようですが、色々凄い作りになっています。仲間の町工場の持つ技術で高精度に切削。寸法誤差は1000分の1ミリ(1ミクロン)。文字やメモリも削って描かれているので長く使っていても消えません。デザイン的にも手に取りやすい形状となっています。
こちらは精密スプリング加工技術を用いて製作したカードスタンド。カードを刺す部分が見やすい角度に変更可能。
そもそも、北山さんと落合さんが自社や仲間の工場が持つ技術を使ってオリジナルの製品を作り、このようなイベントを開催するに至ったのには日本の町工場の持つ1つの悩みがあります。
日本では高い技術を持った多くの町工場がありますが、そのほとんどが大手企業の下請けをしているのが現状です。そのような状況から抜け出し、生き残る為にはオリジナルの製品を開発していかなくてはなりません。
工場マルシェには「新鮮なものづくり、そろっています」
北山さんは最初に女性物のアクセサリーをプリント基板で作り、試しに本業のである電気製品関係の展示会に出品したそうです。それが思いのほか人を集める。ならばとアクセサリーだけで別の展示会に出たところ、代官山蔦屋のバイヤーの目に留まります。その時、男性物の雑貨は何かつくれないかという話になり、出来上がったのがトップ写真にもある路線図のスマホケースです。
その後は、パッケージや価格設定などバイヤーからアドバイスを受けて商品としての価値を高めていきます。さらに「いいところを選んで置いてもらわないとブランドにならない」とバイヤーからのアドバイスを受け、ビッグサイトで開催されるギフトショーに出展。
ギフトショー前夜の証拠写真。ここから工場マルシェへの道が始まる。
その時、落合さんもギフトショーに出展していて、開催前の準備が終わった後に二人で飲みに行くこととなりました。明日から展示会だというのに、現状や将来など話をしていて深夜まで飲酒、泥酔。
再現映像。大きな事が酔った勢いで決まる。あるよね。
そして、店を出て肩を組みながら宿泊先のホテルまで夜の街をフラフラと歩きます。そこで「何か面白い事しようぜ!」という話になり、工場マルシェの計画が始まることとなったそうです。
その後は、代官山蔦屋のイベント担当の方と相談したり、参加してくれる知り合いの工場に1社ずつ交渉したりと色々あり、最終的に開催にこぎつけたとのこと。
酔った勢いからのスタート。しかし、色々凄い物が集まっていました。次のページでそれらを紹介していきます。
やたらにハイスペックな爪楊枝ケース
では、工場マルシェに出展していた各工場の製品を紹介していきます。
鉢呂社長。デイリーポータルZの読者だそうです。ありがとうございます。
そもそも爪楊枝ケースなんて使っている人いるのだろうか?
その1つがこちら。ジュラルミンという硬質のアルミ合金を削り出して作った爪楊枝ケースです。チタンという硬い金属で作った爪楊枝付き。
ジュラルミン削り出しで作った綿棒ケースやミントタブレットケースもありました。
削り出しというのは、1つの金属の塊から刃物で削って目的の形を作る加工方法です。溶接や部品を組み上げて作るのと比べ、接合部が無く見た目が綺麗で強度を出すことも可能です。しかし、その引き換えに加工費用がかかります。また、材料的にもジュラルミンやチタンは他と比べて割といいお値段のする金属。無駄にオーバースペックな気がしますが、格好いいのでいいとしましょう。
新機種が出るたびに買い替えるリピーターもいるそうです。
ちなみに、上下2枚を組み合わせるネジまで金属削り出しで作ったスマホケースもありました。大変丈夫で落としても安心。付属の専用ドライバーを使わないとネジが外せず開かないので、物理的にセキュリティーが高いかもしれません。
なぜそこに医療用金属
工学博士でもある小松社長。お猪口サイズですが、見た目以上に重いです。
この酒器欲しい!と思ったが約4万円とかなりいいお値段。
こちらの商品はこの砂時計と金属製の酒器。ただの砂時計ではありません。上下のカバーには人工関節にも用いられる医療用の硬いコバルトクロムモリブデン合金を使用。周りの支柱には世界で最も硬いステンレスと言われる超微細粒化ステンレスを使用。砂には±5ミクロンの精度でプレス加工により作られた、直径100ミクロンの高精度金属粉が使われています。
非常に計測誤差が少ないそうですが、いったい何を測ると言うのだろう。
これで酒飲むと最高。
そして、酒器。これもコバルトクロムモリブデン合金でつくられています。医療用に使われるので、イオンの溶出が少ないとのこと。そのため、口につけても金属的な味が全く感じられず、酒の味をダイレクトに楽しめます。
欲しい!が値段がアレで、ソレなんでちょっと…。
中身よりもカバンが心配
軽くて丈夫。F1の車体と同じ素材だそうです。
次は株式会社中部プログレスの製品。自動車部品屋が作る、高級車・スポーツカーに似合うアイテム
「EDGEFFE」。
お値段280万円。そりゃ中身が入ってなくても、GPSで追跡できるようにしておかないと心配だよな。
こちらでは自動車部品用の金型製作の技術を活かし、カーボン製のカバンなどを製作しています。写真の品は表面が更に漆塗りされていて、オプションで追跡用のGPSが内蔵できるそうです。
怖くてそんなカバンは持てない。そもそも値段的に買えない。でも形成や表面の加工も含めて高い技術があることはよく分かりました。
画面割れの心配なし
ナカハラオートテクニカルの内野社長。本業は精密マシニング加工などをされているそうです。
これなら安心。
こちらのスマホケースは、角にある4つの支柱でスマホが浮いた状態で支えられます。落としても画面割れの心配がありません。
画面がバリバリに割れたスマホを使っている方をたまに見かけるので、是非こういうケースをオススメしたい。
バーとかに置いてあると恰好いいかも
ミナミ技研の南川社長。パイプ曲加工の会社です。
いい音出していました。
パイプを曲げて作ったラッパ構造のアナログスピーカーです。もちろん電源は要りません。iPhoneを上にセットすれば金管楽器のように音を増してくれます。
現状はステンレス製ですが、より音を良くする為に真鍮での製造を検討しているそうです。その場合、真鍮の溶接が難しく、溶接工程は楽器製造が盛んな浜松あたりの工場に出さないと出来ないそうです。
工業製品もインテリアになる
金型用の部品がこうなるとは。
次は中辻金型工業株式会社の製品。素材が持つ形状の美しさを活かして作られた香炉
「ゆらり1/f」。
元が何かわからない。
同じ形のプラスチック製品などを大量に作る時、製品の上下の形に穴が開いた金型というものを使います。金型の穴に溶けたプラスチックを流し込み、上下の金型をバネなどで押し当てて1つにすることで製品となります。その金型を押す時に使用するバネで出来ている香炉がこちらです。無骨な工業製品もこうするとオシャレなインテリアになります。
バッグだけじゃない
取締役の武鑓さん。倉敷は国産ジーンズの聖地。繊維の街だそうです。
学校とかにあるとよさそう。
帆布を使った製品というとバックが直ぐに思いつきますが、こんな製品も作れるそうです。跳び箱型の小物入れ。上の手をつくところが帆布で作られています。結構自由度が高い。
大人も楽しめる組立キット
ワークショップが人気でした。
組立済のFACTORY ROBO。元は1枚のステンレス板です。
レーザー加工、精密板金加工などを行うこちらの会社。「ものづくりの楽しさを伝えたい」という思いから、手のひらサイズのロボット人形の組立キットをつくりました。
大人でも作るのに結構時間がかかる本格仕様。
薄いステンレス板に作られたパーツを取り外し、折り曲げて組み上げていけばロボットが完成します。会場では組立ワークショップが行われ、子供も大人も真剣に組み上げていました。
力を合わせて世界に出る
工業製品というよりアート作品ですね。
上下が綺麗に重なるように、高い精度で金属を曲げるのは結構難しい。
花と金属、その組み合わせによる美しさを表現した金属製の花瓶などを製作しています。イタリアで開催される世界最大規模の家具見本市ミラノデザインウィークにも出店したそうです。
人力でも樹脂製品が作れる
金型を使った樹脂製品ですがかなりアート寄り。
少量の試作にも対応してもらえます。
射出成形による樹脂製品の企画、デザイン、設計、試作、量産など手がける会社。樹脂射出成形品の製造業として35年の実績を持ち、3Dプリンタによる製品製造など幅広く手掛けています。
子供でも樹脂成型品を手動で作れます。
こちらでは「人力成形機」を使った樹脂製品成型のワークショップが行われていました。バーを人力で押すことで樹脂が射出されて製品が作られます。子供でも製作可能。
ただ塗っているだけではありません
深江社長。物腰穏やかな大阪商人でした。
塗装で細かい点を描くにも深い技術が有るそうです。
塗装職人によりプラスの意匠をモノに与えるということで、様々な製品に特殊な塗装を施しデザイン性を高めています。金属やプラスチック素材に美しく、色落ちしないように塗装するというのは実はかなり難しい作業でして、こういう技術が製品の幅を広げます。
1年以上飾れる
ブリザーブドフラワーが入っているそうです。
インテリアとしていいですね。
認定資格をもったデザイナーが作るハーバリウムは、特別なハーバリウムオイルを使い1年ぐらい美しさを保つそうです。日々人が出入りするような場所の飾りとして使えそうです。
海外の方にも大人気
アイアンカフェの戸田さん。今回もお世話になります。
最後はアイアンカフェ。以前の
記事で取材させていただいた鋳造がテーマの秋葉原のカフェです。このイベントもアイアンカフェの戸田さんに紹介していただきました。
海外の方も注目。
アイアンカフェの鋳造体験ワークショップは海外の方からも注目されていました。確かにあれは面白い。
町工場凄いぞ
工場マルシェは大変面白いイベントでした。私はかつて機械設計屋でしたが、駆け出しの設計屋の頃に研修で取引先の町工場に研修に行った事があります。何も知らない若者を工場の人は手厚く向かい入れてくれて、様々な機械加工の方法を教えてくれました。あの時の体験はその後の設計屋人生に大いに役立ちました。
町工場の人は高い技術を持っているのですが、製品を企画することや、自分の技術をアピールすることは極めて苦手です。こういう形で幅広い人に自分の工場でやれることを知ってもらえることは大変いいことだと思います。
工場マルシェは今後も開催される予定だそうなので、この流れがもっと大きくなればと思いました。
家に残っている町工場へ研修に行った時のノート。今から20年以上前の話。デジカメなんてまだあまり普及していなかったので手書きイラストで対応していました。懐かしい。