日本にもトリュフは生えている
2016年5月に、『
地下生菌識別図鑑』という本が発売された。その表紙はトリュフがドーンだ。
地下生菌の不思議な生態や意外性のある進化が学べる上に、トリュフというキャッチーなキノコを採取する方法を教えてくれる素敵な本なのである。
誠文堂新光社の『地下生菌識別図鑑』。
細かい内容は本を買って読んでいただくとして、日本でもトリュフが採れるのであれば、自分の力で採ってみたい。
ヨーロピアンでゴージャスな食事に慣れていないため、食材としての魅力は正直ピンと来ていないのだが、やっぱり採ってみたいじゃないですか。だってトリュフだよ。
本でも「非常に高価な食材でもあるトリュフ」と煽ってくる。それが身近な場所にトリュフが発生するらしいよ。
身近にあるはずのトリュフが見つからない
この本を手に入れた2016年の秋、時間を見つけては近所の公園などでトリュフ探しをした。
本にはトリュフを含めた地下生菌の探し方が書いてあるけれど、もちろんトリュフ狩りの攻略本ではない。テレビゲームの世界のように、『どこそこの山のホニャララの木の下を探せ!』と具体的に書けるものではないのだ。
文章や図から読み取れる情報を元に、自分で探す場所を決めて、そこでトリュフと共生するであろう木を選び、中腰になって実績ゼロの地面を探し回るのである。
張り切って落ち葉をどかす道具を作ったりもした。
こうした採れる確証のない自力採取は、見つかれば最高にうれしいのだが、見つけられるまでは不安しかない。
身近な場所に発生するらしいけれど、その探すべき場所が絞りきれない。どこにでもあるものほど、実は探しにくいのだ。
ヨーロッパでは犬や豚を使って探すと聞く。私も犬を飼えばトリュフと出逢えるだろうかと、本気で悩んだりもした。
とりあえあず春にアミガサタケが採れた場所を探してみたりした。今思うと全然的外れだ。
トリュフが生えている状態がイメージできず、ギンナンなどにもいちいち反応してしまう。
まぎらわしい石にドッキリ。
思わず声がでたムクロジという木の実。
私が住む埼玉県にもトリュフは発生するらしいのだが、この年は1つも見つけることができなかった。
さすがは世界の三大珍味。そう簡単には見つからなくて当然だろう。荒川でチョウザメを釣って、キャビアを採取するくらいに難易度が高くてもおかしくないのだ。
と思わせておいて、その辺でサクッと見つけるのが理想だったのだが。
採ったことがある人に案内してもらった
そして今年だ。トリュフのハイシーズンは秋っぽいのだが、サマートリュフと呼ばれる夏に発生する種類もあるらしいので、一応夏も探してみたのだが、蚊に刺され損の空振り。
秋になってから、ふたたび何か所かチェックしてみたものの、やっぱり御縁が感じられない。
こうなったら最終手段ということで、昨年国産トリュフを手にしている、茸本朗さんという友人に案内してもらうことにした。『
野食ハンマープライス』というサイトを運営しており、『
野食のススメ 東京自給自足生活』という本も出している御方だ。
茸本さんとその友達のキノコ狩りに同行させてもらった。これは途中でのアケビ採り。食べられるものがあれば何でも採る愉快な方々。
本来キノコ狩りの場所は親兄弟にも教えたくないものであり、「トリュフの採れる場所を教えてください」と聞くのすら失礼な話なのだが、そこは思い切って甘えさせていただいた。
そしてキノコ狩り当日の車中、茸本さん達は余裕たっぷりだった。
「トリュフはいけばあるので、後回しにしましょう。全然心配しなくていいです。我々の間でトリュフの隠語はTRFなんですが、『EZ DO 採取』ですよ」
キノコ狩りは早いもの勝ちのシビアな競争なのだが、どうもトリュフは違うようだ。珍しい巨石とか変わったマンホールの蓋くらい、時期と場所さえ知っていれば、確実に出逢えるものらしい。マジか。
斜度45度の林でキノコ探しをする元気な方々。
まさかのホンシメジが見つかった
私としてはトリュフが憧れの本命なのだが、彼らにとってはあくまで確実なお土産といったところらしい。
難易度の高い香茸(こうたけ)をメインに探しつつ、食べられるキノコをピックアップしていく。キノコマニアに教わりながらのキノコ狩りほど、贅沢な時間はないだろう。教えてもらった名前を全然覚えられない頭の悪さが憎い。
それにしてもうまそうな毒キノコが多いこと。ちなみにトリュフは断面を見れば間違いようがないので、茸本さんに言わせれば初心者にこそ探してみてほしいキノコなのだとか。
肉厚で美味しそうなカキシメジ(毒)。
たくさん生えていたクサウラベニタケ、(毒)。
旨味成分がたっぷりのベニテングタケ、(毒)。
味噌汁に入れたいニガクリタケ、(毒)。
今年は夏に雨が少なかったせいで、キノコの発生が極端に悪いそうで、たまに生えていても毒キノコがほとんど。
それでもキノコマニアがスルーするルートをぼんやりと通っていた私が、偶然にもホンシメジの群生を見つけることができた。『香り松茸、味しめじ』のシメジである。
「キノコ狩りはマニア同志だと同じような場所を通っちゃうので、初心者と行くとこういうビギナーズラックがあるんですよ!」と、熱く語る茸本さん。トリュフの話をするときよりもテンションが明らかに高い。
またクサウラベニタケかーと思ったけど、ちょっと違う気がする。
これは食べられる系では?
茸本さんを呼んだところ、ガッツポーズが出た。
残念ながらコウタケは見つからなかったが、まさかの特大ホンシメジをゲットでウハウハとなった。
うっかりトリュフ探しのことを忘れて、満足してこのまま帰りそうになった。
トリュフ採りという本筋と関係ないけど、自慢のために載せました。
そして肩車でサルナシを採る陽気な方々。
確かにトリュフは発生していた!
秋の日は釣瓶落とし。いろいろな食材を採取しまくり、そろそろ太陽が沈んじゃうよと不安になってきた頃、ようやくトリュフ探しがスタートした。
具体的な場所は書けないが、自然林ではなく造成地や攪乱地など人の手が入った場所で、土がフカフカして柔らかく、下草がほとんどはえておらず、日当たりと風通しがそこそこ良く、それでいて地表は乾いてはおらず、ドングリがコロコロと落ちていて、まだ若い木がまばらに生えているようなところだ。
この苔の生えた地面から頭を出しているらしい。
「この辺に絶対あるから、あとは自分で探してみてください。僕はもう見つけましたよ」と茸本さん。
「うわー、もう2個も見つけちゃった。だから心配しなくていいっていったでしょ?」と茸本さんの友人。
もうちょっと具体的に書いちゃうと、とある公園内の道路沿いで、「え、こんなとこ?」というような場所である。
いろんな木の実が落ちている地面をじっと探す。
なんでも幼菌時代は地中の浅いところに埋もれているが、成熟に伴って地表に一部が現れるれるそうだ。そのときに特有の怪しい匂いを発して動物を引き寄せて食べてもらい、胞子を運搬させるのだとか。
目視で探せるのだから、その匂いに敏感な豚や犬がいなくても、人間だけで探すことも可能である。地面を掘り返して探すのは、地中の菌糸を痛めるので絶対禁止とのこと。
顔をなるべく地面に近づけて、サイゼリヤの間違いさがしに挑むときのように集中して睨んでいると、苔の下から黒い松ぼっくりみたいなものが顔を出しているのを発見した。
これがトリュフなのかな。
おお、動く。
周りの土を崩さないようにそっと取り出すと、なにかの木の実みたいな黒い球状の物体が出てきた。よくお土産として売っている『ゴリラの鼻くそ』とかいうお菓子みたいだ。
念のため茸本さんに確認すると、間違いなく狙いのトリュフとのこと。これかー。
これがトリュフだと知らなかったら、絶対に拾わないな。
日本で発生するトリュフは、イボセイヨウショウロというキノコで、ヨーロッパで珍重される黒トリュフとはごく近縁のものらしい。
国産トリュフの研究はまだまだ途中のようで、その分類や共生する木の種類もわからないことが多く、このトリュフも『広義の』イボセイヨウショウロとなるようだ。
茸本さんはトリュフと同じ場所に生えていたハタケシメジに興奮していた。
ありすぎてありがたみがデフレする
「最初はあえて数の少ないところを案内しました。簡単すぎるとありがたみがないですから。次の場所はヤバいですよ」と、茸本さん。
同じ公園内にあるその場所は、小さいのも含めれば、それこそドングリのようにトリュフがゴロゴロと見つかった。
「ほら、これとか大きいですよ」
狭い場所でギュウギュウと生えるトリュフ。
ここのトリュフは9月頃に発生し、10月から11月くらいまでが収穫のシーズン。
昨年、茸本さん達が別の探し物をしている時に、たまたまこの公園でトリュフを見つけたそうで、その時は変な声が出たのだとか。
私も自力で見つけて、変な声を出したいよ。
このゴロゴロしているやつ、もしかして全部トリュフなの?
この場所は都心から少し離れているが、東京23区内でも発見例はあるそうで、条件さえ揃えば確かに身近なキノコのようだ。これらの写真から発生する場所の雰囲気を掴んで、現実世界とリンクさせることができれば、もうトリュフは採ったも同然。
共生する木の種類、土の性質、発生するシーズンなど、トリュフの種類によって違うそうだが、そのパターンさえ見つければ、この場所のようにTRFの『EZ DO 採取』ができるのだろう。
トリュフを割ってみる
この泥団子みたいなのがトリュフだと言われても、どうしても納得できない部分がある。そこでナイフで切ってみることにした。
大理石のようなマーブル模様があれば、それがトリュフの証明である。真っ黒だったら、それはきっと泥かウンコだ。
泥団子なのか、世界の珍味なのか。おとぎ話みたいな話だが、さてその正体は如何に。スパン。
でた、マーブル模様!
その断面は、まさにマーブル模様だった。これぞ、ザ・トリュフ。脳味噌のCTスキャンのようでもある。
採ったばかりのトリュフは匂いがほとんどしないというが、このトリュフは少し腐りかけている部分があり、なかなか強烈な香りがする。
「おー、これこれ、このイヤらしい香りが堪らない」と茸本さん。
「ごはんですよにシンナーかけたみたいな匂い……」と私。
その匂いは日本のキノコとは方向性が全く違い、いやこれも日本のキノコなのだけど、揮発性のちょっとツンとするような香りだ。食欲を刺激するというよりは、ブランデーや葉巻のような大人の嗜好品といった類だろうか。なるほど、媚薬といわれるのもわかる。
この匂いに価値を感じるようになるには、トリュフに対する知識と経験が必要なのかもしれない。豚に真珠、私にトリュフ。
味に深みが出る気がする
持ち帰ったトリュフだが、『
トリュフって本当にうまいのだろうか』という記事の経験を踏まえて、自分で調理をしてみた。
いろいろやってみたのだが、やはりトリュフそのものに旨味がある訳ではなく、バターやクリーム、あるいは他のキノコを使った料理に、独特の香りで奥深さを与える役割のように思える。
4つほど収穫してきた。
たとえば刻んだトリュフをオリーブオイルに数日漬けて、茹でたパスタと炒めてみたのだが、トリュフの香りこそするのだが、ちっとも美味しくない。
なんというか、おっさんが裸で香水だけをまとっているような味なのだ。これが堪らないという人もいるのだろうけど、もう少しなにかを着ていてほしい。
トリュフの香りを受け止める旨味が必要かな。
そこでこのオイルとレトルトのクリームソースを合わせてみると、トリュフが俄然プラスの要素となる。
安物のレトルトの薄っぺらい味に、嗜好品といえる深みが増すのだ。そして食べれば食べるほど、少しずつそのありがたみがわかってくる気がする。
ソースが一気にうまくなる。ただしトリュフ自体は微妙な歯ごたえで、美味しいと思えない。
残ったトリュフは生米に入れて保存しておいた。このお米で鶏ガラスープと様々な天然キノコを使ってリゾットを作り、仕上げにトリュフを加えたものが、現時点での正解と言えるだろう。
まだ熟成していないトリュフは、こうして香りが出るのを待つそうです。
もちろんバターはたっぷりと使った。乳脂肪とキノコの旨味を限界まで吸った炭水化物にこそ、トリュフの香りがよく似合う。
この料理にトリュフは無くてもいいんだけど、あった方がいうまいんですよ。
とかなんとかいいつつも、ホンシメジの方が好きというのが正直なところかな。
トリュフはまた採って食べる機会がありそうだけど、このホンシメジのバター炒めは、人生で一度きりの経験になりそうな気がする。
いやー、やっぱりホンシメジは違うよ。
本来ならこの経験を生かして、家の近所でトリュフの自力採取に成功してから記事にしたかったのだが、どうにも探すのが下手なようで、未だに見つけられていない。キノコ狩りというよりは、砂金採りとか化石堀りが感覚的には近いのかな。
発生する条件は茸本さんのおかげでなんとなくわかったのだが、その理想的な場所が見つからないのだ。どこにでもありそうで見つからないのがトリュフの森。とりあえず来年の課題にしておく。悔しい。
お尻を拭くのに最高だという葉っぱも教えてもらった。