フランス貴族は言語界のファッションリーダーだった
推しひらがなは「き」と「ぬ」だというダミアンさんに、再び話を聞く。
今から15年前、高校生の頃に日本語の勉強をはじめたダミアンさん。先日「
外国人に推しひらがなを聞く」という企画で取材させてもらったところ、
「フランス語には下品な言葉が多い」という話が飛び出して、それで冒頭の話を思い出したのだ。10年越しに、フランス語における上品下品の正体を突き止める。
ダミアンさん「たとえば同じ口(くち)を意味する言葉でも、ブーシュは人に、ガールは動物に使います。が、人が人に、喧嘩のときなどに感情的になってガールと使うこともある。これが下品とされる理由です」
私「上品と下品の関係としては、『あなた』と『てめぇ』の関係に近いのかな?動物は関係ないけれど」
ダミアンさん「そうですね、近いものはあります」
ここで突然ですが、今回は会話中心で写真がほぼないため、個人的に7年前に行ったフランス旅行の写真を挟んでいます。ヴァーチャルなフランスの旅をお楽しみください(ただし私がちょくちょく映り込みます)。
私「それで、上品と下品の言葉が生まれた経緯は?」
ダミアンさん「もともと区別はあったのですが、とくにその傾向が強くなった背景にある貴族のサロンがあります」
私「貴族のサロン!」
ダミアンさん「17世紀に存在したプレシウーズ(Precieuses)という貴族のサロン。貴族の女性が平民と同じ言葉を話すことを嫌がって、わざわざ上品な言葉をつくったんです。すべてではありませんが、一部は、もともと平民の間で話されていた言葉が下品、新しく貴族がつくった言葉が上品、という扱いになりました」
私「使う言葉にまで階級意識を持ち込むってすごい時代だなー。その垣根がなくなって同じ言葉を使っている今の状況は、当時の貴族にとっても、革命で彼らを引きずり下ろした市民にとってもなにか皮肉な感じ」
ヴェルサイユ宮殿はすごかったです、ゴージャスの食傷状態。
ダミアンさん「だけど中には失敗例もあって、たとえば『歯』を『口の道具』と形容しようとした貴族もいたんです。『口の道具が痛いわぁ』、という風に。ただ、それはあまりに滑稽で浸透しなかったようです」
私「滑稽でウン百年語られるってやっちまった感あるなー」
ダミアンさん「そういった貴族たちの言葉遊びは、モリエールという作家が書いた『才女気取り』という作品でもバカにされています」
私「『パンがないならケーキを食べればいいじゃない』という言葉にあらわれる時代背景がよく分かりました」
貴族と言葉という掛け合わせを聞くと、平安貴族の和歌を思い出す。食べることすらままならない時代で、文化をつくる人達は生活にゆとりがある貴族くらいだったんだろう。さすがに日本では和歌の失敗例は聞かないけど、フランスは機能的な要素も兼ねる「言葉」だったからこそ、滑稽に映ったのかもしれない。
でも、きっとその人、しょっちゅう言ってたんだろうな。「口の道具を磨きますわ」「私の口の道具きれいですのよ」とか。それに陰で「流行んねーよ」って言われたり。なんだか可哀想になってきた。
しかしながら規模を広げて見れば、18世紀頃までは欧州各国の貴族にとってフランス語が話せることは教養のひとつだったらしい。つまり、上品な言葉を開発するフランス貴族たちは言語におけるファッションリーダー。いや、流行りをつくる雑誌の編集部の面々だったといってもいいのかもしれない。
ヴェルサイユ宮殿前の広場で貴族風の男女と撮影。 撮影代払ってもいいつもりで撮ったら「じゃあ!」と去っていった、趣味?
それはそうとフランス的な美しい言葉を知りたいです
あなたとは違うんです的な、フランス貴族の階級意識に対する情熱は分かった。だが、ブーシュとガールの違いは正直なところ日本人的にはまるで分からない。なにを以てして彼らはガールよりブーシュが美しいと感じたのか?そのへんを日本語がめちゃくちゃ堪能なダミアンさんに、(ラクして)聞かせてもらいたい。
ダミアンさん「僕にも分かりませんね」
私「分からんのかーい」
ダミアンさん「物心ついた頃から発音と意味はセットとして覚えたので、それはもう、そういうものです」
私「まぁ、そうですよね…。日本人が日本語について同じ質問をされたとしても、言葉の好き嫌いを言えたところで、こういう発音が美しいとまでは言えないかもしれない」
そもそも、貴族たちの暇を持て余した言葉遊びのようなものだったと考えると、こうだから上品、こうだから下品、という考えは実はなく、その場のノリで決めていた可能性だってある。ダミアンさん自身もブーシュがガールより発音がキレイなのかというと、明らかにそうだとも言えないとのこと。
ダミアンさん「ただ、文章になると話は変わってきます」
私「お!」
ダミアンさん「僕が考える美しさですが、3つの基準があって、『発音』『文脈』『言い回し』です。文脈の良い例として『プルーストのマドレーヌ』がいいでしょう」
私「プルーストの…マドレーヌ…??」
こちらがマルセル・プルーストさん(1871-1922)(Wikipediaより)。
プルーストは、20世紀はじめに活躍したフランスの作家。「失われた時を求めて」という邦題の長編小説が有名で、作中で40歳の主人公がマドレーヌを口にして、幼少期の頃を思い出すという場面が象徴的。
ダミアンさん「もともとは小説の一節をあらわす『プルーストのマドレーヌ』は、今では個別でも意味を持つほど有名で、フランスで『あなたのプルーストのマドレーヌは何か?』と聞けば『あなたの懐かしい記憶を思い起こさせるものは何か?』という意味になります。『Madeleine de Proust』、文脈が美しいと言えるでしょう」
私「へー!作品由来の言葉ってことか、日本にもありそう」
モンサンミッシェルにも行きました。
ダミアンさん「言い回しとしては同作品が『Longtemps, je me suis couché de bonne heure』という書き出しではじまるのですが、これがとても美しい。日本人でも分かるんじゃないでしょうか?和訳すると、『長い間、私は早く寝た』という文章になります」
私「長い間…私は早く寝た…??」
ダミアンさん「長い期間に渡って早く寝る年頃…つまり、幼少期であるということを表現しています」
私「あ!そうかなるほど。確かにそれは美しい…というより詩的だと言った方が日本人にはしっくり来る」
ダミアンさん「でもこれ、日本でも同じく美しい言い回しの表現はあります。たとえば、川端康成の雪国の、『国境の長いトンネルを抜けると雪国だった』とか」
私「そうか、言われてみれば…。ダミアンさんの知識に対して慣れてきたこともおもしろいけど」
まじめな話をしているのにこんな写真ですみません、奥に見えるものはモンサンミッシェル。
この言い回しの妙に対する美的価値観はフランス文学と密接に関係するそうで、ゾラという作家が書いた「ボヌール・デ・ダム百貨店」というデパートを題材に書いた作品では、シナリオそのものは日常的な話だが、その言い回しこそが素晴らしいのだという。
私「文脈と言い回しはよく分かりました、それでは『発音』は?発音的に美しいってどういうものです?」
ダミアンさん「え、だって『Longtemps, je me suis couché de bonne heure』だよ!美しいでしょ?」
私「いや、ごめん!そこは分かんない!」
フランスにおいて「言葉と文章」は「音と曲」の関係に似ているなと思った。独立した言葉ではもともと知っている意味に引っ張られるけど、組み合わせ次第で美しさが見えてくる。フランス語の語彙がほぼない私には分からないだけで、「Longtemps, je me suis couché de bonne heure」は美しい曲なんだろう。ちなみにこの一節は「フランス人の6割は知っていると思う」とのこと(なんと
Wikipediaにも載っていた)。
余談だけど、ダミアンさんは「この言い回し、ドイツ人だったら『子どもの頃って言えばいいじゃん』って言うんじゃないかな」と言っていた。確かにドイツ人は固いイメージはあるが、ここでサッとドイツ人が例として出るあたりさすがはEUの国同士というべきか、日本人の私には新鮮に感じた。
モンサンミッシェルの名物オムレツは…チャレンジしてみてください。
フランス語的に美しい日本語は…「お~いお茶」?
フランス人のダミアンさんにとって単語における美しいフランス語はあまり思い浮かばないということだが、それでは日本語としてはどうなんだろう。聞いてみた。
ダミアンさん「うーん」
私「…」
ダミアンさん「『お~いお茶』かな」
私「それは予想できなかった…!」
ダミアンさん「フランス語には長く伸びる『おー』がないんですよ。だから、フランス人が言うと『さようなら』も『さよなら』となっちゃう。なので、長い『おー』は日本語らしくて美しいなと思います。そもそも大和言葉が好きなんです。なので、『美味しい』とか、『楽しい』とか、『しい』が付く言葉も優しく伸びる響きがあって好きです」
地下鉄で音楽を演奏していました(このあとコインを差し上げました)。
私「ほかは?その、『Longtemps…』みたいな長めのフレーズでは」
ダミアンさん「うーん」
私「…」
ダミアンさん「『秋深き隣は何をする人ぞ』かな」
私「それも予想できなかった…!」
日本人ならご存知、松尾芭蕉さんの俳句です。
ダミアンさん「日本語らしい『か行』がたくさん入っているところがいいですね」
私「そもそも『か行』って日本語らしいんだ」
ダミアンさん「そうですよ!空手とかカラオケとか、『か』が入っている日本語はたくさんあります」
私「言われてみれば…考えたことなかったなぁ」
ダミアンさん「ただ、気になってあとから意味を調べて知ったら『なんだこれ』ってなったんですけどね」
私「そりゃまぁ、そのままの解釈だと『秋が深まってきました、隣の人は何してるんだろう』ですからね…作者の背景を踏まえてこその良さがあるらしいのですが、そのへん一切無視すると謎すぎる」
この「お~いお茶」も「秋深き…」もダミアンさんだったらというものだけど、フランス人全般だったとしたらどう思いますか?と聞くと、『さなえ』がいいんじゃないかとのこと。まさかの人名!理由は、フランス語には『クロエ』という比較的現代風の女性の名前もあり、『オエ』や『アエ』という発音は優しい感じで親しみがあるらしい。
ダミアンさん「古風だけどカッコイイ男性の名前としては、『マオ』もあります。日本で言うところの、菅原道真(みちざね)」みたいなものですよね」
私「ダミアンさん、そのたとえは日本人でも意見が別れると思う」
移動式遊園地の乗り物がいろいろとあれだった。
フランス語にはワビサビのような美しさがある(と思う)
話を聞く前までは、フランス語における上品と下品の境界線は明確にあるのか、もしあればフランス語的にそれらに当てはまる日本語を知りたいなと思っていたら、実際はもっと複雑だった。そもそも音単位で上品か下品か言えるなら、当時の貴族もそれほど苦労はしなかっただろう。
ダミアンさんの話ではノーベル文学賞はフランス人の作家が数多く受賞しているそうで、やはり言葉に対しては並々ならぬ情熱を注ぐ国民性なのだという。フランス人のフランス語に対する美しいかどうかの基準は明文化できないだけで確実に存在する。日本における、「ワビサビ」のようなものに近いんじゃないだろうか。
言葉のテーマとは離れるけれど、こぼれ話として「フランス人と日本人は正反対でおもしろい」と教えてくれた。フランス人は、店の常連になるとすぐ仲良くなる、話好きで公共の場でもよく喋る、政治の話をしょっちゅうする。それほど正反対でありながら、日本の文化には敬意の念を払う人が多いのだという。
タイミングよく開催されていたアニメ関連のイベント。
フランスは世界で日本の次に日本の漫画が読まれる国だといわれる。もしかしたら、そうした作品を通じて、今回私がダミアンさんの話を通してフランス語の美しさの概念を感じたように、漫画を通して日本のワビサビを感じてくれていたりするのかも…しれない。
ほかにも収まり切らないほどおもしろい話が聞けたので、こちらに列挙します。
・ダミアンさんが美しい響きだと感じるフランス語は、しいて挙げれば「グルガンディンヌ」、3音の響きが良いという。ちなみに近い意味は「尻の軽い女」。
・フランス語の美しさを示すエピソードとして、宇宙人が地球に来たらどうせ意味が通じないのでせめて響きの良いフランス語を話そうというものがある。
・フランス語は鼻を使うので、少しでも風邪を引いて鼻がつまったらすぐに分かる。(フランスでは人前でも鼻をかむ習慣があるのもこのためかも?)
・フランスの文学は日本と違って、500年くらい前の小説でも読もうと思えば読める。分からない単語もあるかもしれないが、辞書を引くだけ。
・「美徳」はフランス語として読むと、それはそれは猛烈な下ネタになるから気をつけよう。「お●りにち●こを入れる」、とのこと。
モナリザというよりモナリザの周りがすごい。
この一枚だけはスペインのバルセロナだけど、幸せそうな人。
最後に…フランス人は料理に対するこだわりも強い
最後に、言葉と関係ないけど、おもしろいたとえを聞いたので紹介して終わりにしたい。
ダミアンさん「フランス人は料理に対するこだわりも強いです。このメインには、このサイドでこのワイン、という定番が決まっています。魚料理には白ワインといったように」
私「話には聞くけどそこまでなんだ。ちなみに、魚料理に赤ワインが出てきたらどう思います?」
ダミアンさん「バカにしてるのかな?と思います」
私「ひえ~っ!」
ダミアンさん「いや、『寿司とポン酢がいっしょに出てくるのと同じ』ですよ」
私「めっちゃ分かりやすいわ、そのたとえ。バカにしてるのかな?と思うわ」
このあとめちゃおいしいフォンダンショコラ(チョコレートソース入りのケーキ)のお店を教えてもらいました。