特集 2017年9月13日

久米島のハブはかっこいい

いい背中だ。実にいい。
いい背中だ。実にいい。
沖縄本島をはじめ石垣島や奄美大島、宝島に小宝島とハブスタンプラリーを繰り広げてきたが、全然ハブを見つけられていない。(宝島、小宝島で見つけたのはトカラハブ)
ハブなんて本当はいないんじゃないの、などとツチノコみたいな事を言われもしたが彼らは確かに、存在しているのです。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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> 個人サイト バレンチノ・エスノグラフィー

丸井メンズ館のようなハブ

沖縄本島から西へ約100km、沖縄諸島の最西端に位置する久米島。
夏期は羽田空港より日本トランスオーシャン航空というかっこいい名前の航空会社の直行便が出ており、アクセスがトランスオーシャンな感じで手軽になっている。
空港のポスター。乗客にハブの姿はなし。
空港のポスター。乗客にハブの姿はなし。
島の面積は約60㎢、沖縄県で5番目に大きい島だが、車で2~3時間ほど走れば1周できてしまう。

西部の繁華街の他、周遊道路沿いに集落が点在するが、中央部には広大な森と畑が広がっている。
かっこいいホームセンター
かっこいいホームセンター
首里城のような車止めがそびえる。
首里城のような車止めがそびえる。
そんな久米島にお住まいのハブは「久米島型」と呼ばれ、他の島のハブと比べてシンプルでモード感のあるヘビ革をまとっている。
背中に一筋の斑紋が通る。久米川ホタル館で展示されていた個体。
背中に一筋の斑紋が通る。久米川ホタル館で展示されていた個体。
こちらは沖縄島型のハブ。斑紋が身体中に刻まれている。
こちらは沖縄島型のハブ。斑紋が身体中に刻まれている。
沖縄島のハブが丸井で買ったメンズニコルやトルネードマートのジャケットを1枚はおった感じだ。大人の装いがかっこいいのだ。
ふたたび久米島ハブ。ジャケットから猛々しいシャツの柄をチラ見せ、みたいな。
ふたたび久米島ハブ。ジャケットから猛々しいシャツの柄をチラ見せ、みたいな。
島の北部の宇江城岳と南部のアーラ岳の間にはいくつかのダムと共にサトウキビ畑などの農地が広がり、ハブ味のありそうな林道や農道が走っている。
宇江城城跡からの畑スケープ
宇江城城跡からの畑スケープ
山か、畑か、どこから始めようか、とりあえずそばでも食べようか、悩ましい。
そばにしました。地元の人もおすすめ「ゆき」のソーキそば。うますぎて心の三線がベンベカ鳴いた。
そばにしました。地元の人もおすすめ「ゆき」のソーキそば。うますぎて心の三線がベンベカ鳴いた。
そして日暮れでございます。
そして日暮れでございます。
結局林道を探ることにしたが、取り急ぎ国道沿いに現れたオカガニが尋常ではなかった。
でかい!3割30本打つキャッチャーか。
でかい!3割30本打つキャッチャーか。
ヌエのような不気味な鳴き声が響く林道では関東でスター級の甲虫達がほいほい現れた。
オキナワヒラタクワガタ。
オキナワヒラタクワガタ。
クメジマカブトも飛んで来た。いわゆるカブトムシより小さく、角が短い。
クメジマカブトも飛んで来た。いわゆるカブトムシより小さく、角が短い。
手足が短いトカゲ界のダックスフント、ヘリグロヒメトカゲ。ハブは発見できず。
手足が短いトカゲ界のダックスフント、ヘリグロヒメトカゲ。ハブは発見できず。
毎度の事だが、この時期は暑い上に雨が少ない。
地元の人に聞いても長い間夕立すら降っていないようで、ヘビが活動するにはすこぶる条件が悪い。
恵みの放物線。
恵みの放物線。
サトウキビ畑ではスプリンクラーが水を放射し、限定的に潤いを与えていた。スプリンクラーがもっとでかくなって、島中を濡らさないだろうか。
血の雨が降っていた。
血の雨が降っていた。
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ハブよりよっぽど珍しいヘビ

ハブに会えないまま、久米島観光協会の主催する「ニブチの森散策ツアー」に参加する。
島の北西部に広がる「ニブチの森」にはラムサール条約に登録されている湿地があり、キクザトサワヘビなどの貴重な固有種も数多く生息している。その森をガイドの保久村昌欣(ほくむら しょうきん)さんと散策するツアーである。
保久村さんは久米島で生まれ育ち、農業を営む傍らガイドをつとめている。
保久村さんは久米島で生まれ育ち、農業を営む傍らガイドをつとめている。
歩き出すやいなや発見したヘビが事態を急展開させる事になるとは、今は知っているがその時はゆめ思わなかった。そのヘビがこれ。
クメジマハイ。思わず駆け寄ったが残念ながら絶命していた。
クメジマハイ。思わず駆け寄ったが残念ながら絶命していた。
炎天下の路上にもかかわらず生きてると勘違いするほどみずみずしい。死んでからそんなに時間は経っていないだろう。

久米島では超スーパー特別スペシャルレアーなヘビ「キクザトサワヘビ」の影に隠れているが、かなり珍しいヘビである。

コブラ科のヘビで、毒の強さだけならハブよりも強力だが性格がめちゃくちゃおとなしい上に体も小さく、何より人前に現れるのがごく稀なので人畜無害に近い、のだが……。保久村さんが驚きのハイエピソードを語る。
ピンポイントで顔をやられているが死因は不明、生きている姿を見たかった……。
ピンポイントで顔をやられているが死因は不明、生きている姿を見たかった……。
「ハイはハイウマトーサー(走っている馬を殺す)と言われ、ハブ以上にこのヘビを恐れている人はたくさんいます」

なんだそれ。ゴルゴ13ですか。
「尻尾の先で刺すような動作をするでしょう。そこから猛毒を出すと恐れられていて(実際、尻尾に毒はない)、ハイを見ると殺してしまうおじい(お年寄り)なんかもいるんです」

なるほど。それにしても走っている馬を殺すとは大仰な。ハイにしてみれば迷惑千万、「いや、走ってる馬とか止まってるアンドレ・ザ・ジャイアントとか言われても無理っすよ。あんたら見たんかい」と抗弁のひとつもぶちたくなるところだろう。
まだ全然森に入ってないのに盛り上がってきた。
まだ全然森に入ってないのに盛り上がってきた。
「あとね、クメトカゲモドキっているでしょう、あれもそんな風に猛毒を持っていると思われていたんですよ」
クメトカゲモドキも!走っている馬の方に同情しそうだ。
久米島の固有種。天然記念物に指定されており、採取は一切禁じられている。禁止ですからな。
久米島の固有種。天然記念物に指定されており、採取は一切禁じられている。禁止ですからな。
しかしトカゲモドキにはまったく毒はないはずだ。
「ハイと同じでね、尻尾を立てて威嚇する動作が、猛毒持ちだと怖がられていたんです。やはりそれで殺される事もありました。」
動画でどうぞ。尻尾をさそりのように立てている。繰り返すが毒はありません。
なんと不憫な。「いや、これ毒じゃなくてWi-Fi受信してんですよ、なんなら接続してもいいっすよ」と言ったところで通じる相手じゃなさそうだし。

ハブ愛を見込まれる

森に入り、ここに息づく木々とこの島の生活との関わりの興味深い話を聞きながら歩く。
日本最大のどんぐり、オキナワウラジロガシの見事な板根(板状になった根)SNSで「いい根!」をつけたい。
日本最大のどんぐり、オキナワウラジロガシの見事な板根(板状になった根)SNSで「いい根!」をつけたい。
で、そのどんぐり。でかい!
で、そのどんぐり。でかい!
やはりこの時間帯にハブに会う事はないが、痕跡はところどころに残っている。
ハブの抜け殻があったが最近のものではないとの事。
ハブの抜け殻があったが最近のものではないとの事。
足元を駆けていったガラスヒバァ。子供をあやしているような名前だが立派な毒へビ。
足元を駆けていったガラスヒバァ。子供をあやしているような名前だが立派な毒へビ。
「それにしてもクメジマハイを見られるなんてそうとう運がいいですよ。ハブよりよっぽど珍しいよ」

今までのハブ探しでも「よっぽど珍しい」枠にポジショニングされている方々にお会いできた。
石垣島で見つけたサキシマバイカダ。ハブより珍しいだろおい、と言われている。
石垣島で見つけたサキシマバイカダ。ハブより珍しいだろおい、と言われている。
奄美大島のヒャン。ハイと同じくコブラ科の毒へビで、え、ちょっとハブより珍しいじゃないのさ、と言われている。
奄美大島のヒャン。ハイと同じくコブラ科の毒へビで、え、ちょっとハブより珍しいじゃないのさ、と言われている。
しかし、探しても探しても肝心のハブはまったく見つからなかった、悲しい。私が政権与党の国会議員なら「隠蔽するな!公費でそば食うな!」と野次の集中放火を浴びせられるに違いない、政治家にはなりたくない。

そんなことを切々と訴えていると、その愚鈍さが保久村さんの心を動かしたというかずらした。
「ハブがそんな好きですか…じゃあね、ハブが見られそうなところを教えるから夕方にでも私の家に来なさい」
まじですか!そば食べてから行きます!
ふたたび「ゆき」の沖縄焼きそば。焼いてもうまい。
ふたたび「ゆき」の沖縄焼きそば。焼いてもうまい。
ブロックに付けられたポップな石敢當。昼間は集落を回ってこういうのを探しているので基本、いそがしい。
ブロックに付けられたポップな石敢當。昼間は集落を回ってこういうのを探しているので基本、いそがしい。
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マンゴーもハブ話もおいしい

陽も傾き、現在の沖縄では珍しい木造の家の縁側でそよそよと扇風機の弱風を浴び、保久村さんの農園で採れたマンゴーをごちそうになりながらハブ話を聞くという至高の旅情タイム。
みずみずしさと甘さがやばい。森中の生き物が寄ってきそうだ。
みずみずしさと甘さがやばい。森中の生き物が寄ってきそうだ。
「ハブはもちろん山にもいる、けれども夜に探すなら畑の間の道を探す方がいいですね。それも水源に近い方。ここでいったら海よりも山側のほうがいい。私の経験だと日暮れ前から宵のうちくらいによく見るね」
こういう所とか。ハブがよく出没する「ハブ道」も教えてもらった。
こういう所とか。ハブがよく出没する「ハブ道」も教えてもらった。
昔から農業をしている保久村さんの生活はハブとの関わりも深い。
「ここの農家は皆ハブに咬まれたらどう応急処置するか知っています。咬まれたら自分で毒を吸い出して来るから処置が楽だと医者が言ってました」

「長靴を履く前にはね、必ず逆さにしてハブが入り込んでないか確認する。家の周りにハブが少なくなった今でも習慣になっています」
軒下にはハチが巣を作る竹筒が下げてある。家の中に入ってくるのを殺さずに防ぐために保久村さんが用いた策。
軒下にはハチが巣を作る竹筒が下げてある。家の中に入ってくるのを殺さずに防ぐために保久村さんが用いた策。

アカマタ色男伝説

「ヘビを探してるならアカマタはかなり見たでしょ?」
久米島にはハブよりもよく見られるアカマタというヘビがいる。毒はないが戦闘能力は抜群で、時にはハブをも食べてしまう。
畑の穴に頭を突っ込んでいた。顔を出したらおっさんに見つめられていたので動揺している。
畑の穴に頭を突っ込んでいた。顔を出したらおっさんに見つめられていたので動揺している。
「アカマタは、なんか色っぽいでしょ、色合いとか体型もハブよりずんぐりしてて」
確かに、赤い帯がアクセントのしゃれた体表にしっとりと濡れ感を漂わせ、ぬたーっ、するすると音もなく動く。夜に出会うとなんとも言えない妖艶さを感じる。
路上でカエルの死体をペロリ。
路上でカエルの死体をペロリ。
「沖縄では旧暦の3月3日に女性が海に入って身を清める『浜下り』という行事があって、その由来がアカマタなんですよ」

昔、美しい娘のところに赤い鉢巻を着けた美男子が夜な夜な通い詰めた。やがて娘は子供を身ごもったが、その美男子の正体がアカマタだという事が親族縁者の尽力で発覚。まじで?やばくない?と浜に下りて海の水で身を清めてなんとか無かった事になった。これが伝統行事「浜下り」になったという。
夜行性なので夜這い感たっぷり。
夜行性なので夜這い感たっぷり。
えらい所に名を残してるな。久米島に来てから見るヘビ見るヘビアカマタで、「またお前かよ、第一赤玉はら薬みたいな名前しおって」とか悪態をついたりもしたがおみそれしました。
「おれの浜下り」浜に下りてカニをかっこよく撮ったつもりだったがサンダルが写りこんでいた。
「おれの浜下り」浜に下りてカニをかっこよく撮ったつもりだったがサンダルが写りこんでいた。
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ハブは薮へ消えた

保久村さんの家を辞し、教わったハブ道などを探しまわる。ちょっと歩くと汗がサウナのように流れ落ちる。湿度が上がってきたのと、やはり保久村さんの教えてくれたポイントが環境的にハブライフにベストマッチなのだろう。
カメラもくもる。
カメラもくもる。
バナナの花にいたキマエコノハ。嘘みたいな黄色。
バナナの花にいたキマエコノハ。嘘みたいな黄色。
リュウキュウヤマガメ。沖縄本島、渡嘉敷島、久米島のみに生息する天然記念物
リュウキュウヤマガメ。沖縄本島、渡嘉敷島、久米島のみに生息する天然記念物
しばらく歩いていると、少し先の道路脇の茂みから、明らかにアカマタとは違う雰囲気をたたえた蛇が顔を出していた。矢印のような三角頭を少しもたげて往来を凝視している。
「ハブだ!」
カーキ色のシャープな体を2つに分けるように中心に走る鎖型の斑紋、どこに出しても恥ずかしくない久米島型のハブである。

寝る間も惜しんで久米島を徘徊して4日目、やっと会えた、うれしいたのしいライプチヒ、じゃなかった大好き。

きっと相手(ハブ)も同じマインドに違いない。悪役になりがちじゃんハブって。そんなのにわざわざ会いに来てくれるんだよ、東京から。うれしくないわけないよね。

満面の笑みで駆け寄り、ハウドゥーユドゥーとハグを交わす、頭の中では完璧に友好的なシーンが描かれていた。ハブも動き出した。
逃げた!
逃げた!
まじかよ!しまった!
浮かれすぎたおっさんをあざ笑うかのように素早く身を翻し、ハブは薮の中へ消えていった。
かろうじて撮った1枚を拡大。見事にぶれている。幸せなら解像度で示そうよ。
かろうじて撮った1枚を拡大。見事にぶれている。幸せなら解像度で示そうよ。
後悔が寄せては返し、大きな結晶となって胃の底に沈殿した。ハブが逃げちゃうという危惧が、なぜかすっぽり頭から抜け落ちていた。結局、ハブを見たのはこの時だけだった。
悔しくて真夜中に見つけたスッポンとたわむれる。
悔しくて真夜中に見つけたスッポンとたわむれる。

まとめ

ハブを見つける事はできたが、ほらネッシーが首を出したところですよみたいな微妙な写真しか撮れなかった。ハブへの愛は一方通行なんだという当たり前の教訓を抱きしめて、次のスポットを目指そう。
想定外のハブビジネスが立ち上がっていた
想定外のハブビジネスが立ち上がっていた
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