夏のIKEAはザリガニ押し
2年前の夏の話になるが、新三郷のIKEAにいったら、やたらとザリガニをプッシュしていた。スウェーデンの夏といえばザリガニらしく、期間限定メニューが登場している。なんだよ、ザリガニウィークって。
外国にはザリガニを食べる食文化が存在するのは知っていたが、パーティーってどういうことだ、日本人が土用の丑の日にウナギを食べたり、節分に恵方巻きをほおばるようなものだろうか。
2015年夏のIKEA。早めのハロウィンかと思ったら、まさかのザリガニだった。
ザリガニプレートという単語が強い。RPGの中盤に活躍する防具みたいだ。
プレートの上にはザリガニが2匹。細かい品種まではわからないが、真っ赤に茹ったその姿は、まさに私が子供の頃にさんざん捕まえたマッカチン(でかいアメザリ)である。食べてもいいのか、こいつ。
殻を外して食べてみると、可食部分こそちょっと少ないけれど、同じプレートに盛られたエビやカニ爪に負けない味だった。なんだ、ザリガニ、おいしいじゃないか。
記憶にあるザリガニの姿そのままだ。赤くなっているのでオモチャみたいでもある。
身はエビに比べると柔らかく、カニとかシャコっぽいかな。
驚きのザリガニ押しはこの年だけでなく、今年は
ザリガニフェスティバルと銘打たれて開催されていたようだ。パーティーを通り越して、もはや祭りである。
ザリガニがうまいとわかれば、自分で捕まえて食べるザリガニパーティーを開きたいと思うのは当然のこと。そんな構想2年の野望が、今年になってようやく開催されたのである。
ザリガニが見つからない
ザリガニパーティーといえば夏のイベント。そこで開催日は、子供の頃に夏休み最終日だった8月31日とした。場所は友人宅。夏の最後の思い出作りだ。社会人にとっては月末の平日という、単なる休みづらい日だが。
パーティー当日にももちろん捕るが、事前にある程度はザリガニをキープしてきたい。きれいな水で泥抜きをさせておいた方がおいしいだろうし。
子供の頃に憧れていたリール竿を使って釣りまくってやるぜ。
こういう用水路を網で攻めれば、バケツ一杯も余裕だろう。
そこで開催日の少し前に適当な用水路を見て回ったのだが、なぜかザリガニが全く見当たらない。さんざん歩き回ってゼロ匹である。底が見えないような深場にスルメを落としても反応なしだ。
子供の頃はいくらでも捕れた記憶があるのだが、あれは毎日のようにザリガニを追いかけて現場を知り尽くしていたからこその成果だったのだろう。常に海へ出ている現役漁師と、たまに釣りをするだけのアマチュアの差と同じである。
今の私は、小学生の頃の自分よりもザリガニ力が低下していることを認めなければならないようだ。
用水路を諦めて池にきたが、こちらも無反応。
昔はザリガニの巣穴に手を突っ込んで捕っていたが、今は手が大きくなりすぎて入らない。
ようやくザリガニのポイントを見つけた
全然ザリガニが見つからないよ~という連絡をパーティーのホスト役である佐藤さんにしたところ、こっちもあまり捕れてないからドレスコードはザリガニ3匹以上だぞと、本気か冗談かわからない返信がきた。
ザリガニがなければパーティーの意味がない。そこで実家の近くにある子供の頃に通っていた場所に訪れてみたのだが、すべて暗渠になっていて、網も竿もまったく出せなかった。
こりゃどっかで買うしかないかなと諦めかけた頃、適当に走り回って見つけた用水路でザリガニの姿を発見!
絶滅したはずのカワウソが国内で発見されたニュースがちょっとだけオーバーラップした。
クワイ畑と田んぼの間を流れる用水路。ここは絶対にいるなとピンときたね。
網は丸型ではなく角型を使うのがポイント。昔は安い丸網しか買えなくて、無理矢理曲げて角を作ったっけ。
網を手に本気でザリガニを追いかけていると、あの頃の記憶や感覚がどんどんと脳裏に蘇ってくる。なんだか昔のアルバムを見ているみたいな体験だった。アンチエイジングにいいかもしれない。
気が付けば、網をくるっと時計回りにひっくり返して、ネットの中のゴミを落とす手さばきが自然に出ていた。すごい、今このザリガニ捕りは俺の中で時空を超えている。
ちょっと小さいけど、ちゃんとザリガニらしい握力だった(挟まれた)。
ザリガニとタニシばかりの用水路だが、フナ、ドジョウ、タナゴもちょっとだけいた。
あそことあそことあそこでドブに落ちたなーとか、ある時期だけナマズのいる秘密のポイントがあったなーとか、丸太のような雷魚を見つけて興奮したなーとか、そんなことを思い出しながら網を動かし、1時間ほどで十分な量の確保に成功。
ただIKEAで食べたような立派なサイズはおらず、殻を剥いたらカップヌードルに入っているエビくらいになりそうな大きさが多い。食べられるのか迷うところだが、逆に殻ごといけるかもしれない。
ザリガニが小さく感じるのは俺が大きくなったからだろうか。いや、実際に小さいだけか。
持ち帰ったザリガニは、三日後のパーティーの日まで泥抜きをしておく。共食いなどでザリガニが亡くなるリスクもあるのだが、日を追うごとに水の汚れ方が遅くなるので、それなりに意味はあるのだろう。泥抜きすればいいってもんでもないだろうが。
少しでもリラックスできる環境を作ってやろうと隠れ家を考えたりしていると、うっかり愛着が湧きそうになって危険。
根本的にもっときれいな水が流れる場所で捕れよという話なのだが、自分の生活圏のザリガニを食べてみたかったのだ。
これが俺たちのザリガニパーティーだ
そしてパーティーの当日がやってきた。午前中は会場として自宅を提供してくれた佐藤さんの案内で、また童心に帰ってザリガニを探し回る。
この日は月末の平日で予報では大雨という最悪の日だったが、それでも参加者が多くて驚いた。世の中には意外とザリガニを捕まえて食べたいと思っている人は多いのかもしれない。
左の東南アジアの現地ガイドみたいな人が幹事の佐藤さん。子供の頃に田舎で地元の子たちと、ザリガニを棒に刺して焼いて食べた経験があるそうだ。
ちなみに本職は現地ガイドではなく、
ネイチャーテクニカラーという生き物ガチャを作っている会社の中の人。佐渡牛乳けしごむマスコットが最新作。
ちょっと参加者に話を聞いたところ、戦時中に食糧にしていたおじいさんと食べたことがあったり、おやつ代わりに友達とよく食べていたりと、頻度と思い入れこそ違えど、半数くらいは子供の頃に食べた経験があるようだ。
集まってくれた人たちに偏りがあるだけのような気もするが、もしかしたらイナゴやハチノコよりも、ザリガニのほうが食材としては一般的なのかもしれない。
網を使わずに抜きあげるのが非効率だが楽しい。無料で遊べるUFOキャッチャーみたいで燃える。
泥でみえない水の中に手を突っ込んで、素手で掴まえる緊張感に細胞が若返る。
何か所かポイントを回って、無事に全員がザリガニの捕獲に成功。個人的には、網、釣り、素手の3種トライアスロンを成功したので大満足。
ちなみに今日は8割の方が初対面だったりする。初対面がザリガニ釣りって小学生か。「一番大きいのを釣ったやつが今日のチャンピオンな!」みたいな会話が普通に聞こえてくる愉快なメンバー達だった。
なんだかザリガニが小さいイセエビに見えてきた。
パーティー会場に到着すると、佐藤さんが事前に捕まえておいた大量のザリガニが泥抜き中だった。
今日食べる分として参加者が捕まえる必要はなかったのだが、捕まえるという体験があってこそのザリガニパーティーなのである。
料理番組でよくある「そしてこれが泥抜きをしたザリガニです」という展開だ。
さらに事前に釣っておいたという巨大なナマズを川の中から回収。すごいな、アマゾンの部族に最大級の歓迎を受けている気分だ。
ザリガニパーティーを開催します!
食材が揃ったところで、ようやくザリガニパーティー本番の開始である。
せっかくだからと雰囲気を盛り上げるためにそれっぽい飾りを買っておいたのだが、ちょっと気の早いハロウィンパーティーみたいになってしまった。なぜならハロウィン用の飾りしか売ってなかったからだ。
飾り付けとか不要かなとも思ったが、やっぱりあるとパーティー感がアップするね。ハロウィンっぽいけどさ。
俺の考えるザリガニパーティーの正装。
まずはシンプルに塩茹でから。しっかりと泥抜き済みのザリガニの中から大きなものを選りすぐり、たっぷりの塩水で茹でる。
茹でる前は昔から知っているいつものザリガニだったが、茹ってしまえばしっかり食べ物と認識できるものになっていた。
本場ではハーブ類と一緒に茹でるらしいのだが、持ってくるのを忘れました。
ほらほらほら、ズワイガニにも負けない真っ赤な色が食欲をそそるじゃないですか。
「インスタ映えするね~」と、なぜかインスタをやっていない人ほど喜ぶ美しい盛り付け。
さっそく茹で立てを食べてみると、その身は甘みがあって柔らかい。エビがプリンプリンだとすると、これはフワリフワリという食感だろうか。冷凍ではなく生きたザリガニだからこそのジューシーさだろう。
川魚っぽいクセも若干あるけれど、これは個性の範疇だ。固い殻をむいて食べるのが、カニやギンナンくらいは面倒だが、私はこういう手間のかかる食べ物が大好きなので、どんとこいである。
佐藤さんが事前に用意したものも、私が持ってきたものも、どちらも味は同じようにおいしかった。
ほら、うまそうでしょう。うまいんですよ。
尻尾の中に背ワタがしっかりとあるのだが、これはとってもとらなくても、味の違いはよくわからなかったので、気にしないことにした。
もちろんとったほうがいいのだろうけれど、この日の参加者は、誰も取らずに食べていたようだ。
立派な背ワタ、丁寧にとったほうが気持ちよく食べられると思います。
ものすごく固い爪を歯で割って、中の身をほじくるのが楽しいんですよ。耳かきみたいなスプーンが欲しくなる。
このように、味はおいしいのだけれど、食べるのに手間がかかるため、ザリガニパーティーは一通りの感想が出尽くすと、全員が無言になることがわかった。
この静かにザリガニを食べるという空間、別になにか悪いことをしている訳でもないのだが、ちょっとした共犯気分の妙な連帯感があった気がする。
北欧のオシャレなパーティーを目指したはずが、地元の名物料理(フジツボとか)を食べる親戚の集まりっぽい。
こちらは比較用に参加者が取り寄せてくれた北海道産のウチダザリガニという外来種。もともとは食用として移入されただけあって、さすがの貫録と味だ。お金を出して買うならならこっちだな。
殻ごとだって食べられる
殻を剥いて食べるには小さすぎるザリガニは、殻も頭も丸ごと食べてみることにした。調理担当は、郷土料理を得意とする料理人である。
テナガエビならともかく、ザリガニなんてはじめてだよと首をひねりながら作ってくれたのは、たっぷりのバターでスパイシーに焼いたゴーヤとザリガニの炒め物だ。
中国あたりに実在しそうなメニューである。うまそう、でも硬そう。
恐る恐る食べてみると、ウズラの卵を殻ごと串焼きにしたやつを初めて食べた時のような違和感があったが、すぐに慣れて問題なく食べられた。
なんだ、いけるじゃないか。ちょっとした内臓の苦さはあるが、泥臭さは感じない。この食べ方なら捨てる部分がないから、小さくても食べごたえ十分だ。
まだ赤くなる前のザリガニなら、殻ごとバリバリ食べられるという知見を得たことで、一気に食材としての可能性が広がった。これなら唐揚げや串焼きにしても丸ごといけるかも。頭を外した殻付きの尻尾でエビチリなんてのもうまそうだ。
料理人の方から差し入れでいただいた天然のアユ。これも丸ごと食べられるのだが、小型のザリガニよりも固い。よってザリガニも丸ごとでOK。
どうやって食べてもうまい
他にもいろいろ試してみたが、どれもちゃんとおいしかった。
ザリガニじゃなきゃ絶対にいけないというほどでもないけれど、ちゃんとザリガニらしい味というものがある。
ザリガニのダシが隠し味になっているトムヤムクン。いや、トムヤムザリかな。これが一番好きかも。
ザリガニのパスタ。ソースにザリガニは入ってないけど、横に飾ると雰囲気がでる。
この方とは初対面だったのだが、パスタのザリガニをバリバリ食べているのを見て、信頼できる人だなと思った。
残った殻をネギなどと煮込んでラーメンのスープを作ってみた。
ザリガニ独特のダシがちゃんと出て、なかなかおいしいスープになった。
ザリフライやザリパエリア、ザリ天にザリカレーなど、まだまだ試したいメニューもあるので、来年もまたこのパーティーを開きたい。ゼラチンで固めたザリーなんてのも。
一人で料理して食べてもいいんだけど、それはなんかちょっと違うかなと思うのだ。
「はい、ザリガニー!」といってシャッターを切るというパーティールールができた。
本場スウェーデンのザリガニパーティーの雰囲気とはたぶん全然違うものになったと思うけれど、自給自足のザリガニパーティーはとても楽しかった。
泥抜きをする都合で捕った日に食べられないという問題があるので、はやくタイムマシンができればいいなと思う。