降りたらご飯と布団、Oh、エクストリームな宿よ
経緯はこうだ。何度か列車旅をご一緒したことのある、漫画家YASCORNさんから久々に旅のお誘いが来た。
別件で北海道までフェリー旅をするのだが、そこから「比羅夫駅」へ行きませんか?というもの。もちろん目当ては、そう、「駅の宿 ひらふ」である。駅員のいない無人駅でありながら、駅が宿泊施設になっている。この駅に、宿泊するというのだ。
ところで私はなぜか駅舎の本を読むのが好きで、杉崎行恭さんの著書を、半身浴のお供に文字通り穴が開くまで読んでいたりするので、この比羅夫駅の様子は写真と文章で目にしていた。以来、この「駅に泊まる」ということを私の様な旅初心者にも味あわせてくれるこの宿が、ずっと憧れであったのだ。
湯気でボコボコになっている2冊の本、両方にこの駅の記事が(左:「駅旅のススメ」 JTBキャンブックス、右:「駅旅入門」 JTBパブリッシング)。
ほら、こんな客室、憧れるに決まってる。
もちろん行く行く!と二つ返事でOK。そしてその日はあっという間にやってきた。5月中旬、北海道へフェリーで入り(この辺は割愛!)函館本線、比羅夫駅へ。スキーで世界的に人気の、ニセコの近くである。
フェリーで苫小牧に降り立ってから何箇所か立ち寄った後、ここ長万部から函館本線で85分。17時少し前、だいぶ日も傾き、周囲に寂しさも漂ってきた。
淡い風景の中をひたすら走る。
18時過ぎ、比羅夫駅に到着。つまり本日のお宿に到着。
ログハウスと積まれた薪が、ここがただの駅でなく宿であることを物語る。盛り上がってまいりました。
来た…ついに来た!
いつかはと思いつつ数年、そして今日北海道入りからもほぼ1日かけてたどり着いたここは、しかし列車を降りてから17歩で着いちゃう駅の宿なのであった。
YASCORNさん誘ってくれてありがとう。
しかも部屋の予約から夕飯の交渉から何から、任せっぱなしなのだった。YASCORNさん重ねてお礼申し上げます。
さてその予約内容が、着いた目の前に展開されていた。ジンギスカンだ!本場の、ジンギスカンだーー!!
列車から降り立った目の前のホームに、私たち用のお食事が用意されているのを想像してみてください。
まさに今、オーナーさんにご用意いただいているところだった。もう火がカンカンに熾っていて、気分上がりっぱなし。
ジンギスカンは夏季のみ提供だが、特大焼きおにぎりが2つついて1人前1600円。ビールは別売で300円。これで本場の羊肉が、しかも山の駅のホームで楽しめるのだから、すばらしい。
荷物をいったん部屋に置き、さてまずはこの最高の夕食を楽しもう、そうしよう。ほほほほほ。
戻ると、おや先客が。
5月のGW明け、この時期は実は閑散期で、私たちは希望通り列車の見える線路側の2階の洋室をとることができた(ちなみに繁忙期には男女別の相部屋になったりするそうで)。
一方こちらは、何度かここを訪れているというリピーターの兄弟。それぞれ別の地域に住んでいて、1人は北海道、もう1人は神奈川から登山をしに来ているのだという。こちらは私たちの部屋の奥の和室に宿泊するそうだが、ジンギスカンでは同じテーブルを囲むことになったのだ。旅人宿の醍醐味ですなぁ。
やあどうもどうも。とても穏やかなご兄弟でした。
肉焼くのに夢中で、記録程度の写真で申し訳ない。
地元の羊肉、やわらかくておいしかった…。タレも、他にはないオーナーこだわりのタレで。写真撮らなくていい時に、また食べたい。原稿書きながらも、ああ、このときに戻りたい。
静かな山あいでは、近くを流れる川のせせらぎとカエルの鳴き声しか聞こえない。そんな中へ、列車でやって来ていきなりチェックインして、もうジンギスカンをつついている。その上、サッポロクラシックをばんばんいただいて。これ、もうほとんど夢だろう。
この静寂は来てみないとわからなかったな(タイミング的に、兄弟がすごい勢いで食べてるように見えますが、実際はくつろいでます)。
と、その静けさの奥のほうからズドドドドッとディーゼル機関の響きが近づいてきた。私たちの乗ってきたのとは逆方向、長万部に向かう列車だ。
学校やお勤め帰りの方々がそこそこ乗っていたが、ホームで羊を焼いて食べている私たちは彼らにはどう見えるだろう。
あ、でもいつものことだから気にならないか。小さな優越感は圧倒的な日常の前に崩れ去る。
ビールのおかわりを多少躊躇する瞬間ではあります。
しばらくすると、ご兄弟は翌朝が早いとのことで、部屋へと辞していった。あとは女2人で、駅ホームで飲んで食べてデザートまで堪能したのだった。
夕張?!と思ったが季節的にこれは他から取り寄せたもの。最初から最後まで心づくしのご馳走でした。
さて待望の、今宵のお部屋である。先ほども書いたが、閑散期ということで希望通り、線路側の2階の、あの屋根裏っぽい部分を取れたのだ。
わぁ…ここだ。まさに山小屋のよう。
これこれ。この感じですよ。
ここも、いいねえ。
狭いところが好きなので、私はこの屋根傾斜のあるほうを。
今は駅としては無人駅だが、この部屋は元々は倉庫だったそうだ。定員は4名。他、奥の和室は元々は駅員さんの宿直室で、定員3名。
待合室に入ると、宿への入り口が。そう、見覚えのあるようなこのたたずまい。昔ここは事務室だった。
事務室の対面には、除雪用具などを保管。
地獄表((c)みうらじゅん氏)ほどではないが、鉄道でなかなか来にくい場所ではある。
駅に滞在するということが、頭ではわかっているが体がまだ信じてないという、奇妙な感じだ。この感じを味わうのが目的の1つではあるが、ちょっと心を落ち着かせよう。
そうそう、下のロビーでコーヒーをいただけるのだ。それからオーナーに話を聞いてみよう。薪ストーブもあったよね。うふふ。
駅で1/365、年をとったのだ
下の談話室もまたいい雰囲気だ。オーナーの南谷(みなみたに)さんが薪ストーブの手入れをしている。
昔、高校の部活の合宿でペンションに泊まったとき、この屋内の雰囲気をかりそめでも一晩自分の家のように使えるんだと思うととてもうれしかった、そんな気持ちを思い出した。これからくつろごうってときに句読点少ない文章ですみません。
ここで漫画とか図鑑とか読んで夜更かししたい。
コーヒーはセルフで自由に。
…(と、無心になりたいが見たいものがまだまだ控えているので実は落ち着いてない)。
―このテーブルや椅子、手作りといった趣ですね。しっかり作られてる。
(南谷さん)「これ皆僕が作ったんですよ。そもそもこの宿自体も、いろいろなところをDIYで日々手を入れているんです」
―すごいセルフビルドぶりですね!
とても穏やかな話し振り。しかしその佇まいからは想像できないくらいアクティブなお方だった。
「実はここを始めたのは前のオーナーでして。この比羅夫駅が1982年に無人駅になってから宿をやろうと思い立ったそうなんですが、そのときは許可が下りず、その後あきらめずにJR発足時(1987年)にも問い合わせたところ、いきなり許可が下りたそうで」
長万部行き最終列車。誰も降りなかった。
―そういえば南谷さんは北海道の方じゃないんですよね。ホームページで拝見しました。
「ええ、元は京都で大学を出て就職し、そのかたわら日本各地、世界中を自転車で旅していたんですが、その中で立ち寄ったこの比羅夫に縁が出来て、移住したのが始まりです。」
―では特に鉄道が好きで、というわけではないと。
「そうですね。お客様も、鉄道好きな方、家族旅行の旅程に組み込んでという方、山登りやスキーの方がそれぞれ同じくらいの割合、といった感じです。」
―お客様の交通手段は鉄道が多い、というわけでは?
「車のほうが多いですね。5月のこの時期は閑散期ですが、夏は羊蹄山登山がありますし、冬は外国人がニセコにスキーをしに大勢いらっしゃいますんで、それぞれ書き入れ時なんですよ。」
去り行く列車。次の21時28分、倶知安行き最終列車を最後に、明日6時31分まで列車は来ない。そこに今夜泊まる。急に少し寂しくなった。
お話を終えると、南谷さんは共用部の電気の処し方や緊急時の電話のことなどを私たちに丁寧に説明してくれた。そうして、近くにある、やはりセルフビルドで作ったご自宅に戻っていくのだった。
さて、私たちも明日に備えて、寝ますかな。あのベッドで。
視線の先にはカメムシがいる。この季節、山は彼らの活動の舞台だ。邪魔ならこれで吸い取ってください、と掃除機も置かれているが、それも詮無いというか切ないこと、無視して寝よう。
翌朝の列車を撮影するためにアラームをセットし、カーテンも少し開けて寝たのだが、そんな必要はなかった。
枕を通して、はるか線路の彼方から、あのディーゼルの響きが伝わってきたのだ。ドッドッドッド、ガラガラガラガラ。旅情たっぷりのアラームでした。起きざるを得ません。
理想は階下に下りての撮影だったが、現実は寝起きのままベッドから腕を伸ばして撮影。しかも網戸越し。
9時19分の出発にしたので少し余裕がある。昨夜は薄暮の中たとりついたここ比羅夫駅の周辺を少し歩いてみよう。
といっても、店などは無い。周囲に数件、人家が建つのみである。
夜に見たときは寂しげだった待合室が、うってかわって爽やかに。
線路と反対側、つまり駅前広場がこちら。
広場のもう一方、長万部方向。もちろん道路はその先につながっている。
コテージ発見!もちろんこちらもオーナー自らでDIY。かわいらしく見えるが5名泊まれるそう。うーん寝てみたい。
もっと大きなコテージも!こちらは12名泊まれるそうだ。そのDIY精神、すごすぎる。
駅前広場から駅舎を臨む。質素だが、大雪にも耐える丈夫な頼もしい駅舎だ。
雪のときもいいですよ、とオーナー。ぜひ雪中の宿に鉄道でピンポイントで訪れ、閉じこもりに来たい。
「実は去年、好評だった"丸太風呂"をやめて、普通のシステムバスにしてしまったんですよ」と南谷さんは悔やんでいた。丸太をくりぬいて涌き水でお湯を沸かし、ランプの灯を頼りに入る露天風呂だったのだが、メンテナンスが大変で変えたのだそうだ。
俄然便利にはなったが、趣きの点では断然、丸太のほうに軍配が上がる。というわけで、また新たに来年の初夏に合わせて、丸太の露天風呂を作る計画だという。もちろん自分で。
「じっとしていられないんですよね。次は何を作ろうかって」
駅前の自然の風景と対照的な、オーナーの燃えるDIYぶりが、とてもバランスが合っているように思えて、少しうらやましかった。
そういえば、北海道新幹線。2030年度末には札幌まで延伸される予定だそうだが、そうなると比羅夫駅も、今後どうなりますかねぇ、とおっしゃっていた。
列車で宿に直接来られるこんな素敵な場所を、なくして欲しくない。ペーパードライバーな見地からも、強く願うものであります。
駅の宿 ひらふ
http://hirafu-eki.com/
そして撮影などで超ギリギリの出発になってしまい、サザエさん級の大慌て乗車になってしまったときの1枚。お、お世話になりましたー!
【告知】
さて私 乙幡からの告知が4つほどございます。夏休み前なので何卒お許しを。
1)東急ハンズ新宿店7階にて、このほど発売しましたカードゲーム「民芸スタジアム」を8月上旬まで実演中。ゲームを体験できます。
(金曜~日曜・祝日12時~20時、水曜・木曜は16時~。一部休止時間あり ※私は常駐していません)
2)東京カルチャーカルチャーでレギュラーイベントになっている「おバカ創作研究所」が、展示=京都(8/26~9/4)、イベント=大阪(9/1)で初の関西開催!