[3月25日]コロニーは恋のダンスホール
桜の花もぽつぽつと開きはじめた3月の終わり、東京メトロ東西線南砂町駅を降りてぶらぶらと仙台堀川公園を西へ行く。
アオサギ博士、白井剛(しらい たけし)さんの主催する「アオサギ繁殖地観察講座」である。
柵についた鳥の足跡のサイズがわかるように撮影中。
白井さんはライフワークとして多摩川を中心に身近なアオサギの行動や繁殖の生態の研究を20年以上続けており、現在では都留文科大学と和光大学で動物生態学の非常勤講師を勤める傍ら、都内近郊で街ナカの都市鳥などを観察して身近な自然保護を啓発する自然ガイドとして活動している。
アオサギや都市鳥の他に、鉄道、地形にも精通しているいろいろ混沌とした博覧強記の人なのだが情報量が増えすぎて進行に支障をきたすので今回はそれは置いておく。
思慮深そうな、でも実は何も考えてなさそうな感じで水際にぼーっと突っ立っているでかい鳥アオサギ。
来ないバスを待っているかのように1点を見つめている。
エサを食べる時の表情の冷酷さがすごい。
でもよく考えたら小さい頃、つまりヒナ見た事ないよね。あれ昔は小さかったんですよね、と素朴な疑問をぶつけたら「それじゃあ見に行きますか」と臨時に講座を開いてくれたのだ。
仙台堀川の水路沿いに横十間川との合流地点を目指す。
護岸の壁画がかっこいい。
たどりついたのは横十聞川親水公園。園内の川に囲まれたちいさな「野鳥の島」にアオサギ達がたむろしていた。
正面の中州が「野鳥の島」
せっせと枝を運ぶ。
アサー!谷岡ヤスジのようなテンション
「ここはアオサギが繁殖期(2月~8月ごろ)を過ごすコロニーになります。ここで巣を作ってつがいになり、子作りと子育てをします。規模は小さいですが都内ではもっとも巣が観察しやすい場所のひとつです」
――あー恋か。それでみんなハイテンションなんですね。
「見た目もテンションがあがります。婚姻色といってクチバシの色や脚の色が赤くなります。ピークの時は目も赤くなります」
右が繁殖期。クチバシだけでなく目も岩下の新生姜のようにピンキーになる。かのアリストテレスは「動物誌」の中で「交尾の時に騒ぎ立て、眼から血が出る」と解説しているが、言いすぎだろう。
――ところどころになんか挙動不審なのがいますね。
「ディスプレイといってオスがメスにアピールする求愛行動ですね。首を斜め下に伸ばしてクチバシを鳴らすスナップディスプレイや、首を伸ばしてぐーっとそり返るストレッチディスプレイなどがあります」
クチバシをカスタネットのように鳴らすスナップディスプレイ。わかりやすい動画でどうぞ。
ストレッチディスプレイ。昔エコーズのライブでボーカルの辻仁成がこんなポーズをしていた気がする。
けたたましい声がこだまするコロニーの周囲を回る。何個か巣は見つかったがヒナの姿は見られない。
「ガガガガ...と小刻みに鳴き声が聞こえてきますね。これはアオサギの幼いヒナの声なのでどこかで生まれている事は間違いありません。ただ、巣が木の奥の方にあったり、まだ体が小さくて外から見えにくいんですね。」
白井さんが観察しやすそうな所に巣を見つけた。
「親鳥が座っています。抱卵(卵を温めている)しているんでしょう。」
――隣でディスプレイしまくっているのがいますがあれはまだパートナーがいないという事ですよね。
「そうですね。抱卵しているすぐ隣なのでなんか残酷な対比ですね……」
「抱卵しているメスがこのオスに魅かれるなんて事はあるんですか?」「いやーないでしょうねー」
この日ヒナは見られなかったが、後日この巣をまた覗きに行く事にした。
[4月22日] 似ても似つかぬ親子の横で孤独な求愛は続く
1ヶ月ほど経った4月の下旬、ふたたびコロニーを訪れた。
あの巣でヒナたちは無事生まれているだろうか。
「ヒナにとって一番危険なのはカラスですね。卵の時から生まれて2、3週間くらいまでは食べられるおそれがあるので、それまでは片方の親が巣にいます」
――卵からヒナが生まれるまでどのくらいかかるんですか?
「一般的には24、5日です。ヒナが生まれて巣立ちまでは早ければ70日前後です」
――ということはあれからほぼ1ヶ月なので無事ならもう生まれている可能性が高いですね。
例の巣で先月うずくまっていた親鳥は立ち上がって下を向いていた。
「お、いますよ!」
白井さんが指差す先、親鳥の足元あたりをよく見ると巣の枝の隙間からロマンスグレーの毛玉がのそっと持ち上がってきた。すかさず望遠レンズをつけたカメラのファインダーを覗く。
アギラ(ウルトラセブンに登場したカプセル怪獣)じゃないか。
――なんか、アオサギの子どもとは思えないですね……
「生後1~2週間くらいはクチバシも短いし、羽毛もちゃんと生え揃ってないので確かにちょっとした恐竜感がありますね」
ふと見せる我に返ったような横顔がこわい。
全部でヒナは3羽。
「親が座って覆い被さっている時はおとなしくしていますが立ち上がるとエサをくれるのかと思ってガッガッと鳴いたり兄弟をどついたりします」
――どつく!
どつきます。開始2秒くらいからどつきます。
奥の1羽が際立ってでかい。一番小さい右との差が明確。
「簡単に言うと生まれる早さが違うからです。アオサギは一気に何個も卵を産むのではなく、1個目を産んだら2日以上後にもう1個と、間隔を開けて3~5個の卵を産みます。抱卵はすべての卵を産み終わる前に始めるのでヒナが生まれる日にも差が出てしまいます。」
――つまりこの場合、最初のヒナと3羽目のヒナでは4日以上の差があるわけですね。
「はい。成長の早い鳥の場合は数日が結構な発育の差となります。エサの取り合いではどうしても後に生まれた方が不利になるので、親がもってくるエサの量によってはケンカしたりしてエサを食べられずに衰弱死してしまうこともあります」
――あーやっぱりシビアな世界なんですねえ……。
首をつきだしたらクロスカウンターみたいになった。ちっさいの頑張れ。
――ところで、先月隣で取り憑かれたようにディスプレイ(求愛行動)をしてたやつは……まだやってますね……。
「そうですね、まだやってますね……」
「まだ相手が見つかってないってことですよね」「そうですね……」
[5月21日]早くも貫禄のついた子らの姿に心が逆立つ
次の訪問はさらに1ヶ月後、東京は真夏を思わせるような猛暑に見舞われた。これは絶好のアオサギ日和でしょ(何が)と横十間川を目指す。
その何よ。
日光浴とよばれる姿がヤンキー座りのようだ。
ヤンキーといえば我々のすぐ傍らに降り立ったアオサギの毛の逆立ちっぷりが壮観だった。
近くを他のアオサギが滑空するたびに逆立つ。ガンを飛ばしてるような感じか。
「興奮したり相手を威嚇する時などに毛を逆立てます。これは生まれて1年目の若い個体ですね。冠羽(かんう)という頭の後ろから生えている長い羽根がまだないし、首の羽根が灰色です。成長すると首の羽根は白くなり、紺色の過眼線(かがんせん)や冠羽、首の斑点とのコントラストがくっきり出てきます」
これだけパキッとしてきたら大人。
こちらのテンションも逆立ってきたので早速あの巣へ行こう。
でかっ!!
なんかぼんやりした色彩のでかい鳥が突っ立っていた。子育てに疲れた親鳥か?
「いやいや、さっき言いましたけど色がぼんやりしてるのは若いからですよ。この前のヒナが成長した姿です。まあ確かに前と比べると俄然鳥っぽくなってますね」
しかしなんかすでに中年っぽい。先月親の体の下にいたとはとても思えない。
1羽しかいなかったので心配したがしばらく見ていると強い日差しでくっきり濃くなった木陰から2羽が登場した。ミュージカルか。とにかく無事で何より。
カーテンコールプリーズ。正面から見た顔のぶさいくさがサギっぽくなってきた。
――もうサイズでいったらほぼ大人ですね。巣立ちも近いですか?
「いや、まだ巣立ちまではあと1ヶ月くらいかかりますね」
――えーっ、そんなにですか。
「このぐらいの大きさになると親鳥は巣から離れてエサを持ってくる時だけやってきます」
――あれだけでかくなってもまだ飛べないから自分でエサを捕れないんですね。
だんだんニート感出てきた。
[6月17日]大きくなっても無邪気な怪鳥たちに芽生えた羞恥心
またまたひと月後、すっかり遅くなってしまったがなんとか陽が沈む前にたどり着いた。そろそろ彼らも新社会人だろうと巣を見てみるとえらい騒ぎになっていた。
もつれあう4羽の巨鳥。夕暮れ時の高ISO画像でお楽しみください。
舌とかこわいから…..。
あの3羽は無事に堂々たるアオサギに育っていた。が、まだバイトすらせず親に食わせてもらっていた。親鳥がエサを持ってくると食に飢えた3兄弟が一斉に飛びかかる。
もはやかつあげ状態。自分のでかさに気付いてないのか。
親が去ると、さっきまで目を剥いて「めしだ、めしをよこせ」と相手を攻撃しながら親の首に噛みついていた浅ましさをごまかすように、お互い目を合わさずに静かに立っていた。
うっすら漂う気まずさがいい。
[6月24日]あの巣にアオサギはいませんでした、いませんでした、いませんでした
梅雨時だというのにさっぱり雨が降らない。このクライシスをどうにかするために雨乞いするにはベストスポットはそうだな、親水公園じゃないかな。とまたもコロニーへ。
パンダの黒いとこめっちゃ熱そう。
汗腺のない鳥は暑くなると口を開けて喉元を震わせ、はあはあ言って体温を下げる。
もうずっと巣立ちせずに、時々コメダでたっぷりブレンドコーヒー飲みながらサンデー毎日でも読んで暮らすんじゃないかと思われた3羽の様子を見に行く。
もはや巣は空っぽ。
抱卵を見てから約3ヶ月、ついに巣立ってどこかへ行ってしまったのだろう。
近くの水辺に幼鳥がいたが、あのヒナかどうかは確かめるすべもない。
また彼らはここに来るだろうか。
白井さんは多摩動物公園で繁殖するアオサギを捕獲し(もちろん許可を取って調査目的で)足環をつけて9年間にわたる追跡調査を行った。
「その時の調査では巣立ちしてすぐはコロニーの近くにいるのもいたけど、だんだん遠くに行くようです。そして巣立った幼鳥のうち、翌年生まれた場所に戻って来たのは10%前後でした。生存率(巣立ちして1年目は死亡率が高い)なども影響していますが基本は生まれたところとは別のコロニーへ行くようです」
そうか、実家には帰ってこないのか。
「巣立ったアオサギはとにかくその年をうまく生き延びられるかが勝負です。
なんとか2年目まで生きられれば、生存率はグッとあがります」
空になった巣の近くで1羽のアオサギが立っていた。
あそこは確か……。
まだあの巣がにぎやかだった頃、隣で伴侶が見つからずにひたすら首を反らし求愛活動を続けていたオス(たぶん)がいた場所である。足元にはなんと……。
恐竜みたいなお子様たち!(立っている親鳥はメスか?)
いつの間にかモテていた、そして遅ればせながら3羽のヒナを育てはじめていた。順調に行けば8月の終わりくらいまで子育ては続く事になる。
無事にでかくなってだらだらして、働いたら負けだよなとかいって親を困らせてほしい。