しっかり黒いうどんに出会った
立ち食いそばのある街に引っ越した。それまではチェーンだったり駅の立ち食いそばを利用していた。
それらはそこそこの濃さだった。関西のだしでいう薄口醤油を濃口に変えたのかなというくらいの濃度だった。
ところが新しい街のそばはしっかり黒かった。一瞬、心が疲れているのかなと思った。何かの間違いであり、それも自分が間違っているのだと思ったのだ。間違いではなかった。「東京のうどんは黒い」が本当だったのをここで知った。
翌日また食べに行った。真っ黒なうどんが新鮮だった。こうして私は黒い汁にずぶずぶと足を踏み入れた。
近所の立ち食いでたべたうどんが黒かった。そうか、このレベルがあるのか
黒いうどん、むしろうまいのではないか…
この力強すぎる醤油味。新しい。悪くないどころかむしろうまいぞ黒いうどん。
30歳を越えて入ってきた新しい価値観に人は熱狂する。ご多分にもれず、私も東京の黒いうどんをもっと探りたくなった。そして大阪の友人に「黒いやんけ!」とうれしい悲鳴をあげさせたくなった。
一店目、そば千 東神田店。この辺りは駅前でなくとも立ち食いそばがある。問屋街が近くて商人のためのファーストフードということだろうか
黒いうどん探し、問屋街へ
世の中にはどれくらい黒いうどんがあるのだろうか。
黒いうどんを探して検索する。食べログやTwitterのサイト内検索で口コミまで見る。
そしていかにも黒そうだった3店をピックアップした。どれも岩本町、浅草橋、馬喰横山の隣り合う3駅のエリアだった。このうどん黒い三角地帯に何かあるのか?
一店目はこの三角地帯の真ん中に位置するそば千東神田店へ。
かけそば290円でトッピングは100円。汁の黒さが妖気のようにただよっている
昼時、労働者が入って数分で食べて出ていく。恐るべき回転の早さよ
そば屋が多い地域だった
このあたりは問屋街だったり小さな商社がたくさんある。ビジネスマンというより商人の街といった感じだ。街にはそば屋が多い。立ち食いそば屋も駅前でないところにぽつんとある。
商人さんむけファーストフードとして黒いうどん(そばを食うのだろうが)があるのだろうか。それともただ昔の面影が残る下町にあるということなんだろうか。
黒い。情報開示請求をしてこのうどんが出てきたら怒るレベルだ
これだ。色が変わっていくほどに黒いのだ
なにかの間違いではないかと思うほどの黒さ
今にも関西人の悲鳴が聞こえてくるようだ。筆者が近所で衝撃を受けた黒さよりもう一段階アクセル踏んだ黒さだった。これは一体なんなんだと思うほどに黒い。
さてここでどうでもいい比喩「アクセル踏んだ黒さ」についてのノベライズをお楽しみください。
コーナーを抜ける。ここからアクセル全開でトップだ。しかし踏めども踏めどもF1は動かずうどんの汁が黒くなるばかりだった。
考え込んだのでこの汁に対しての自分なりの答えは出た。「きっと店員さんがざるそばのつけ汁と間違ったのだろう」であった。
ウホッ! これや! うどんは真っ黒にかぎるんや!
舌の横から裏側にまわりこむように醤油の酸味が入る。これがクセになってうまい
ダシを黒さでカバー!
どうしてこんなに黒いのだろうか。関西では薄口醤油を使っていて関東では濃口醤油を使うというがそれ以上の黒さだ。
検索して出てきた情報によると醤油自体にもうまみ成分がふくまれており、関西がダシをきかせまくるのに対し、関東は醤油でうまさを補っているらしい。
とすれば黒ければ黒いほどウマいということになる。この黒さは少しでもうまいものを食いたいという欲望の黒さだ。
飲むのを躊躇するほどに濃い。周りをみるとやはりみんな飲んでない。やはりこれはあれか。「ざるそばのつけ汁がたっぷり入った」状態であるのか
黒さは早さのためか?
「東京のつゆが黒いのは濃口醤油なだけだから塩分は変わらない」というのが定説。そう思っていたが、ここまで黒いと話はちがってくる。原因と結果が視覚化されたようなこの黒さ、きっちりとしょっぱい。
これ以上飲んだら体に悪いかもしれないなと身体に訴えかけるような塩っけ。それはうどんが敵対する生物に汁を飲まれないようにするために生物学的に進化したような塩っぱさだった。
まてよ。もしかしたら汁を飲まない分「さらに早い」ファーストフードとなってるのか。それは時間のない商人さんのための飯、だからこの地域ということなのか。
二店目、岩本町スタンドそば。これも駅前というわけではない
中央区、千代田区が濃い説浮上
つづいての店も近くにある。このあたりに事務所をかまえる知り合いに聞いてみたところ、とくにこの地域が濃いというわけではないが中央区と千代田区は濃いイメージがあるとのこと。
古くから商売人が多い街が黒い説、まだ続行中である。
トッピングが豊富だ。ラーメンもあるしビールも出る。住みたい。
「こっちではふつうだよ、昔からの色。醤油の色だね」と大将。
まあこれがふつうかと言われたら今はそうでもないと思うんです。一店目よりかは色は明るい
特に汁にこだわりがあるわけではない
二店目は岩本町スタンドそば。一店目よりかは黒さはいくぶん弱め。
お店の大将に黒さについて聞くと「昔っからこうですよ。黒いっていうか、醤油の色。基本的にはダシと醤油だね、あと他の調味料も入れるけど内緒」とあまりこだわりがなさそうな口ぶりだった。
麺を引き上げたときに黄色くなってるのが東京黒いうどんの特徴。視覚的にも黒いうどん食ってるなという気にさせる
汁だけを見るとしっかりと黒い。メタリカが歌いそうな黒さである
三点目は浅草橋側に。この大きなビルの一角に存在する
スタンドそばと書かれた「野むら」である
雑誌の切り抜きが貼られていた。「暗黒汁」と呼ばれているそうだ
暗黒汁あらわる
三店目は浅草橋にある野むら。前述の知り合いがこの辺では特に黒いと言ってた店でもある。
店の前には雑誌の紹介記事の切り抜きがある。「暗黒汁」と書いてある。店のお姉さんも「うちは『暗黒汁』なんて呼ばれてますから(笑)」と言っていたが、うどんのつゆにあてる字面ではない。戦隊ヒーローが悪の組織につかまって飲まされるやつである。暗黒汁。
動物性蛋白質はイカ、ちくわ、めんち、ソーセージ、コロッケというラインナップ
これが暗黒汁。これは黒い。関西の薄口しょうゆ原液よりも濃いのではないだろうか
味も特徴的だ。甘みを感じる。もはやうどんだしではない。すきやきに近い
最強の黒さ、味も独特
一体おれは何をしているのだろう。かつおと昆布でダシをとった薄いうどんを食べていたはずが、今や東京で暗黒の汁だ。
うどんってもっと平和な、丁稚どんが番頭はんに怒られてしょんぼりしてるときに「うどんでも食いや」とやさしい女将さんにごちそうしてもらってちょっと元気を出す、そんなやさしいものだと思っていた。
今や東京で、暗黒の汁だ。
その味も独特だ。際立ちまくった醤油味に甘みがあってすき焼きを食べてるような気さえしてくる。三重の伊勢うどんが近いかもしれない。暗黒汁、もはやツユではなくタレなのではないか。
「ほっとくと染まるでしょ」と店のお姉さんが言う。染まる…染まる…。ホワイトバランスがおかしくなったような画像だ。断面を見ると染まりっぷりがよくわかる
じっと見てると奥から黒髪の女が出てきてうどんつゆに引きずり込まれる。そんな都市伝説を広めたい。
これらは東京の中でも黒い店だ
野むらの店員さんたちにこの地域のツユだけこんなに黒いんですか?と聞くと「みんなこうですよ。これがふつう」という。
三店回るとだんだん感覚がマヒしてきて、ああそうなんですか、これがふつうなんですかと納得して帰ってきたのだが、さすがにこれはおかしいのではないかと思い近所のまた別の立ち食いそばに入ってみた。
やはりあれは普通汁ではない。暗黒汁だ。
東京のうどんがわからなくなって近所の別の立ち食いそばに行った。やはりこれが標準だ。つゆを飲んでも罪悪感がない
やはり暗黒汁最強か。1と3店目が拮抗してるが…
器が黒かったり味がちがったりで3店目の暗黒汁に軍配をあげておこう。
これを大阪の人に見せる
こうして最強が決定した東京の黒いうどん。この写真を大阪の友人にメッセージで送ってみた。さあ大阪のうれしい悲鳴が聞こえてくるはずだ
うどんの写真を見せた所マイケル・ジャクソンの『black or white』やらミスター・ポポやらが画像で送られてくる
オセロもそう。白と黒のコントラストが新鮮なようで、特に悲鳴は上がらず目論見は失敗に終わった
立ち食いそばファンに聞いてみた
関西人は誇らしげにダシを自慢するが、関東の濃いうどんダシも慣れればうまいものだ。そう言いたいがためにはじめたような企画だったが、最も黒いところはもう別物だった。うまいのはうまいが、ここまで濃いかという濃さである。
知り合いの立ち食いそばファンのキンさんにうどんの黒さ事情を聞いてみたらとくに地域によって差があるわけではないという。
今は全体的に讃岐うどんが流行ったり健康志向でどんどん薄くなっていってるらしい。昔ながらの作り方をしてる店が黒いのではないかと。
なので黒い店はどんどん減っていってるという。今後この黒い汁は貴重になるかもしれない。
今はこの黒い汁が貴重であるから最後まで飲み干そう。
お店の方がサービスで写真を撮ってくれた。ありがとうございます…