こんなカメラを作った
今回作ったのは、撮影した写真がレシートプリンタから「白黒二階調写真」として印刷される、自作のチェキ(のようなもの)である。まずは、どういうものか簡単に紹介したい。
各部名称。プリンタが大胆にくくり付けられているが、これが正面である
裏側はこうなっている。こんな工作でも、黒背景で照明を当てて撮ると雰囲気が出る
使い方は簡単。まずは、普通のカメラのようにグリップを握って構え、
被写体にカメラを向けて、iPhoneの画面を見ながら構図を決める
そしてシャッターボタンをポチッと押すと……
前面に設置されたプリンタから、じわりじわりと写真が出てくる
ほどよい待ち時間の後、手動で写真をちぎり取る。「ビリッ」っていう紙を破る音と、手に伝わる感触が心地良い
印刷されるのは、こういった白黒写真である
拡大するとこんな感じ。中間的な色が出せないため、ドットによってグレイを表現している。漫画のスクリーントーンと同じ理屈である
なぜこのカメラを作ったのか、どうやって作ったのかを話す前に、どういう写真が撮れるのか、もう少し作例を紹介したい。そんなわけで、街へ出てスナップ写真を撮影してみた。
白黒二階調の世界
このカメラの利点は、あまりにも見慣れない形状をしているため、写真を撮っている風には見られないところだ。自分でも「写真を撮る」というより、「レーダーを持って何かを探索している」という気分に近かった
こういういつもの見慣れた景色が、
自作チェキを通すとこんな風景に変わる
特に狙ったわけでもないけど、なにか意味ありげな写真になった。写真のフィルター効果としてはなかなか面白い。白黒といっても、グレースケールではなく、純粋に白と黒だけの二階調なのだ。レシートプリンタを使うと、この画質が限界なのである。
外でレシートプリンタを動かしてると、なにやら既視感があった。そういえば、駐禁を取り締まる人がこういうのを使っていた気がする。自転車を止める人が、微妙に私に気を遣っている感じがした(申し訳ない)
あとはやはり、写真がその場で印刷されるというのは、想像以上に面白い。撮り終わったあと、じわりじわりと印刷されてくる写真を待つ。そして、失敗しないように一呼吸置いてから、一気にレシートをちぎるっ……「ビリビリッ」。
一連の作業が終わるまでは、しばらく動けない。時間も取られるし、寒い屋外で何をやってるのかという気分にもなってくるが、でも不思議と満足感があった。
作例。こういうカメラを持つと、なぜかオシャレさを追求した撮り方をしてしまう。心の向くままにシャッターを切ったので、これぞ本来のスナップ写真なのかもしれない。右上は電車の時刻表なのだが、その場で紙に印刷されるので、意外と実用的な面もあることに気付く
もう少し作例。ごちゃごちゃした被写体は苦手で、逆にシンプルな看板などはかなり良い感じに撮影できた
さて、このカメラはそもそも、「レシートって面白いよなぁ」という気付きから始まった。レシートがなぜ面白いのか、まずはその話から。
「枯れた技術の水平思考」
任天堂の開発者だった、故・横井軍平氏の残した「枯れた技術の水平思考」という言葉が好きだ。「枯れた」というと、悪いように聞こえるかもしれないが、要はすでに広く世界で使われている一般的な技術でも、見方を変えれば新しい商品のタネになるという、そういう発想の哲学である。
私は以前に、街にあふれる電光掲示板のドット表示が気になって、いろいろ調査したり、自作してみたりしたことがあった(
『極めろ! 電光掲示板』 )。
精細化が進む現代のディスプレイ界隈において、いまだに重宝される低解像度の電光掲示板。実用性とコスト性、そして味わいも兼ねそろえた、最高のディスプレイだと思う。
そして今回、新たに気になり始めたのが「レシート」なのである。
放っておくとどんどん溜まっていくレシート。あまりに身近にありすぎて、もはや誰も気にしてないモノの筆頭だと思うが、これがなかなかミニマルな良さに溢れている
まず、感熱紙を使っているのが良い。熱が加わると黒くなってしまい、文字が読めなくなる。さらには、日が経つと消えてしまう。もろく儚い存在である
熱が加わると黒くなる感熱紙を使って、サーマルプリンタで印刷している。昔は家庭用ワープロで使われているのをよく見たけれど、時間が経つと印刷が消えてしまうので、保管に向かないのが欠点だった。現代の家電では、かろうじてファックスに残っているくらいだろうか。
しかし街を見渡せば、いまでも感熱紙は第一線で活躍している。そのひとつがレシートなのである。
そしてこの、若干レトロ感のある表示が良い。一行に記載できる文字数も限られているので、半角カナがごく自然に使われている
これはマクドナルドのレシートなんだけど、改めてマジマジ眺めてみると、20年くらい時間が止まっている感じの見た目である。解像度も低く、「M」のロゴはすでに消えかかっている。
いろんなレシートから、レシート的な表現手法を抜き出してみた。上から、「囲み」、「白黒反転」、「文字幅200%」。色が白と黒の二色しか使えないため、紙面の彩り方も限られてくる。この乏しい表現力こそが、レシートの大きな魅力である
こんな風にレシートには制約が多く、かなり割り切った仕様で運用されていることが分かる。しかし、レシートの用途ではこれで必要十分なのだ。その不自由さが、独自のレシートワールドを生み出している。
書いているうちに、これってまさに電光掲示板と同じ理屈だなぁと思い至った。
「なんでもできる」という高い自由度を持つのではなく、「これしかできない」という制限された環境に置かれてこそ、発露する創造力もあるのだ。
レシートを媒介にすると、私たちが普段見ている世界はこんな風に変化する。色数も精細感も失われるが、あとに残ったものには被写体の本質が含まれている……気がする
レシートを使った試作機「おみくじマシン」
そんなわけなので、このレシートを使って何か作りたい! と思ったのだ。考えた末に制作した初号機が、先日行われた『Webメディアびっくりセール』でお披露目した「おみくじマシン」である。
『Webメディアびっくりセール』で、「おみくじマシン」を稼働させた。ボタンを押すと、その場でレシートにおみくじが印刷されて出てくる。別名、リアルタイムおみくじ生成マシン
まだβ版ということで、おみくじは試験的に用意した数パターンの中から印刷する仕様。見慣れたレシートがおみくじになっているのは、妙な感動がある
大まかな仕組みはこんな感じ。ボタン部分には、iPhone用の外部ボタンとして使える
「レジプラ」を、プリンタにはキングジムの「ロルト」を使っている。アプリは自作した
ボタンを押すとおみくじが印刷される。たったそれだけなのに、無性にわくわくしてしまう。私は「おみくじコレクター」なので、おみくじに特別な想いがあるのは確かである。しかし、当日おみくじを引いてくれた200名近い方にも、同じように楽しんでもらえた……はずだ。
「おみくじ」も「レシート」も、ありふれたものである。また、印刷が終わるまでしばらく待たなければならないし、出てきた紙は手でちぎらないといけない。そんなありふれていて、どちらかといえば不自由な装置なのに、なぜか愛おしい。
この感覚を大事にしていきたいと、そんなことをぼんやりと考えた。
そして、次ページでカメラ制作に至る。
そしてカメラに至る
そういうことがあって、レシートが好きになり、レシートプリンタも気に入ったので、思い切って業務用っぽいのを買った。
スター精密のSM-L200というレシートプリンタ。楽天ペイの推奨プリンタということで、飲食店のレジなどで普通に使われている質実剛健なやつである。サンプルを印刷してみたら、まごうことなきレシートだった
これを使うには、対応しているレジ系のアプリを使うか、自分でアプリを作る必要がある。逆に言えば、アプリさえ作れば何にだって使える可能性を秘めている。
感熱式プリンタのモジュールを買ってきて、自分で一から設計してみるという手もあるが、既製品を使うことでお手軽になんでも作れるのが利点である。
さて、何を作ろうか。そう考えていたとき、ふいに「チェキ」が頭に降りてきた。チェキで写真が出てくる部分を、レシートに置き換えたら面白いのではないか。
そんなレシートに対する思いが巡り巡って出来上がったのが、この自作チェキである
レシートの特徴である「白黒二階調」と「低解像度」は、写真を印刷するにはどう考えても不向きである。
しかし時代は移ろうもの。最近では、独特の風合いが逆にオシャレだということで、「写ルンです」が再興してきているという。スマホの写真も、フィルターをかけて雰囲気を出すのが一般化している。ならば思い切って、白黒二階調という選択肢もありなのではないか。
先ほども書いたように、余分なものを削ぎ落とすことによって、被写体の本質が浮き彫りになる……かもしれない。よし作ろう。
自作チェキを作る
自作チェキは、大まかにこんな構成とした。スマホを操作するためのボタン(konashiを使って、BLEことBluetooth Low Energyでスマホと接続)があり、そのボタンが押されたのをスマホ内の自作アプリで検知。レシートプリンタに向かって、BLEで画像を転送して印刷する
本体制作のために、ホームセンターで木材などを買ってきた
やっぱりカメラは「グリップ」にこだわるべきだろうということで、そこだけはちゃんと(?)作ることにした。逆にいえば、どんな形になってもグリップさえあればそれなりに使えるはず。具体的には、この円筒形の木の棒を、
この金具で止める。本来何に使う金具なのかはよく分からない。工作をしていると、「実はこのために作られたんじゃないか?」という材料がたまに見つかる
あとはドリルで穴を開けたり、
のこぎりカッターでカットしたりすると、
何かそれっぽいものができた
裏側はこんな感じ。三ヶ所に貼られた黒いもの(スチレンボード)は何のためにあるのかというと、
このように通した結束バンドの上に、
スマホケースを貼り付けるための「ゲタ」である
結束バンドは、前面でレシートプリンタを固定する用。少しだけ拷問っぽさがあり、車のフロントに縛り付けられたマッドマックス的な雰囲気がある
スイッチは、グリップの上を少し削って埋め込んだ。木と電子部品が融合した感じはなかなか面白い
最後にスマホを装着すれば完成。全部無線(BLE)でつながっているので、スマホはただケースにはめ込んでいるだけである
グリップが功を奏し、とても持ちやすくなったので普通のカメラみたいに使える
これを使って撮影したスナップは、最初に紹介した通りである。狙い通りに、白黒二階調が独特な雰囲気を醸し出してくれた。
最後に、このカメラを持ってある場所に行ってきた。
記録としての白黒二階調写真
唐突だが、シャープの旧本社ビルが取り壊されるらしい。そのニュースを聞いて、「工事が始まる前に見ておかないと!」という使命感に駆られた。
別に深い意味はないのだが、自分は家電が大好きだというのと、昔からある建物がなくなるのは純粋に寂しいという気持ちもある。そういう想いがまぜこぜになって、「じゃあ自作チェキで写真を撮っておこう」、となった。理屈がおかしいかもしれないが、そう思ったので仕方がない。
そんなわけで、大阪市阿倍野区にあるシャープ旧本社ビルにやってきた。ニュースでよく見た光景だ
その姿を写真に収める。この日は2017年3月26日。工事は27日から始まる予定だったので、こうして見られるのは本当に最後の姿になる。奇しくも私の自作チェキは、この前日に完成した
報道陣や写真撮影する人でごった返しているのかと思いきや、別に誰もいない。一人だったので、仕方なく「右手で撮影する様子を左手で自撮りする」という、自分史上もっとも高難度な撮り方でこの写真を撮影した
その姿を目に焼き付けながら、静かにシャッターを押す
「ガー」という音を立てながら、レシートプリンタから写真が印刷されてきた
「ガー」「ガー」……
やがてレシートには、写し取られたシャープ旧本社ビルの姿が
レシート自体は、たしかに枯れた技術かもしれない。でもあえて書いてなかったけど、スマホと無線(BLE)でつながったり、写真を転送して印刷したりと、少し前までは考えられなかった技術をたくさん使ってこのカメラはできている。
いろんな技術が生まれ、組み合わさって、その末に古い技術が再び光り出すこともある。そんなことを実感する一連の工作であった。
最後に、撮った写真をオシャレにまとめてみた……かったのだが、誰かに頼めば良かったなと後悔した。私のセンスではこれが限界だったので許して欲しい
レシート写真の保存性について
残念ながら、レシートなので長期の保存には向いていない。でもよく考えると、最近は写真が自動で消える「Snapchat」が流行っている。こういうところでも、時代は巡り巡っているのかもしれない。これからの最先端はレシートだ。
【告知】
私も参加している「TOKYO FLIP-FLOP」というグループが、技術系オンリーの即売会『技術書典2』に出展します。おみくじマシンを改良した「新おみくじマシン」の実演展示や、フロッピーグッズなどを頒布予定。ぜひお越し下さい!
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『技術書典2』
日時:2017年4月9日(日)
会場:アキバ・スクエア(秋葉原UDX内)
スペース:い-10 「TOKYO FLIP-FLOP」
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