特集 2016年12月1日

錯視ざんまいイベント開催中

手前にあるオブジェが背景の鏡に写っている、のだが形がぜんぜん違う。
手前にあるオブジェが背景の鏡に写っている、のだが形がぜんぜん違う。
インターネットは錯視画像が好きである。実はこことここが同じ色です、この文字が傾いて見えますなどの画像がSNSでよく流れてくる。

クールなふりをして書きはじめたが、僕も大好きである。そんな画像は必ず見るし、自分で宙に浮いて見える記事を書いたりもした。

さて、日本科学未来館で「数理の国の錯視研究所」という展示が始まったのだ。
行く。絶対に行く。
1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。
編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。(動画インタビュー)

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凹んで見える理由

会場の中央にあったのがこれ。何か起こりそうな雰囲気がプンプンしている。
きっと球が登っていったりするんだろうなあと思うが
きっと球が登っていったりするんだろうなあと思うが
やっぱりその通りでもたまらない。
やっぱりその通りでもたまらない。
で、これは横から見るとこうなっているのだ。
これでもよくわからないかな
これでもよくわからないかな
こういう感じです
こういう感じです
凹ではなく凸である。そしてすごく歪んでいる。

これを作った明治大学の杉原厚吉先生に錯視が起きる理由を聞いた。
・写真に撮るとものには奥行きがなくなる
・なくなった奥行きを脳が推測する
・でも脳は直角・長方形だと思う性質がある
・そこで間違える(4本の道が実際には鋭角に交わっているけど、直角だと思う。ってことは凹んでるんだな解釈する)

ということらしい。
人間の脳のばかさ加減よ
人間の脳のばかさ加減よ
なぜ直角だと思うのだろう?自然界に直角はあるだろうか?
杉原先生いわく「水は水平になるし、重力は垂直にはたらくので直角はある」とのこと。そうか重力という超メジャーなものが直角だった。脳が直角に慣れてしまうのもわからなくもない。
いろんなアングルからの映像をどうぞ
いろんな角度から見てすっきりすることもなく、一層わけがわからなくなった。
ただ実際の形はナナメで気持ち悪い。この「気持ち悪い」という感覚は直角じゃないから脳がやんわり拒否しているのだろう。

錯視は諦めよう

杉原先生の作品はほかにも展示されている。
穴から覗くと(もうこの時点でおかしいのだが)
穴から覗くと(もうこの時点でおかしいのだが)
ギャー!鏡にうつった屋根が凹んでる
ギャー!鏡にうつった屋根が凹んでる
形が変わっているのならまだわかるが、でっぱっているところが凹んでいるのはどういうことだ?こんなガレージがあったら困るじゃないか(水はけが悪くて)。

でもこの展示会では横から見ることもできる。

この写真がピンボケだったのは今年いちばんの後悔である。
この写真がピンボケだったのは今年いちばんの後悔である。
はあ……。なるほど!とはまったくならない。横から見てもよくわからない。
ただ杉原先生が言ってたのは「見え方はひとつでもそれを実現する立体はたくさんある」ということ。
見え方が1だけど、立体はnなのだ。

いいことを聞いた(けどどこで応用していいのかわからない)。
鏡にうつった像がぜんぜん違う
鏡にうつった像がぜんぜん違う
実際にはこんな形
実際にはこんな形
少し浮いてる(奥は説明する杉原先生)
少し浮いてる(奥は説明する杉原先生)
横や斜めから見て実際の形を知ったにも関わらず、正面から見るとまた錯視が起こる。
「錯視は知識を無視して起こる。直角ではないとわかっているのに、そう見えてしまう。」とのこと。学習しないのだ。とても身に覚えがある性質である。

先生はずっとこれを作っているので正確な形を学習して錯視が起こらないのではないか。聞いたところ
「見える(錯視が起こる)」
とのこと。 じゃあもうしょうがない。
僕らもわー不思議―と言ってればいいのだ。

回転すると形が変わる

錯視作品は見る角度が大事なのだそうだ。見る角度を決めてから計算して作っていくのだが、錯視が強いのでどこから見てもいいという作品もあった。
最初は四角いが17秒あたりから丸くなる
まったくわからないが細かい筋がついているので3Dプリンタで作ったことだけはわかる。「昔は紙で作っていたから大変だった」と話していた。
わからないことだらけの錯視のなかで「紙で作るのがたいへん」という話はすっきりとわかって気持ちがいい。

錯視画像を自在につくる

今回の展示のもうひとりの作者は東京大学の新井仁之先生である。
モニターの前で頭を左右に動かすと「動いて見える」の文字が動いて見える(「文字が動いて見える浮遊錯視」制作:新井仁之氏、新井しのぶ氏)
モニターの前で頭を左右に動かすと「動いて見える」の文字が動いて見える(「文字が動いて見える浮遊錯視」制作:新井仁之氏、新井しのぶ氏)
「動いて見える」の文字が動いて見えるなんて単純すぎて悔しい。

この新井先生は浮遊錯視画像を自在に作ることができる。
なぜなら浮遊錯視が起こるときの脳の神経細胞の活動を推定したからだ。その神経細胞が反応するような処理を画像に施せばなんでも浮遊錯視画像にできる。
「あなたの脳に直接話しかけています」みたいな話である。

じゃあ会社のロゴとか勝手に錯視画像にできてしまうじゃん、と思ったらもうなっていた。
六花亭のバレンタインチョコレートが錯視画像なのだ。

新井先生のサイトに画像がある(リンク)

バレンタインのチョコレートに数学が使われているなんて意外である。

錯視を飼いならした

この文字がナナメに見えるというのが数年前にネットで話題になった。
杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
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これも新井先生は原因となる神経細胞を推定して、錯視をコントロールすることができるようになっている。
たまたま見つけた野生の錯視ではなくて、自分で作れるのだ。狩猟採集から農耕ぐらいの変化である。
文字を入れると斜めに見える並び順を作ってくれる(「文字列傾斜錯視のソフトウェア」制作:新井仁之氏、新井しのぶ氏)
文字を入れると斜めに見える並び順を作ってくれる(「文字列傾斜錯視のソフトウェア」制作:新井仁之氏、新井しのぶ氏)
脳がやっているのと同じ処理をコンピュータにやらせると画像が鮮明になるそうだ。
だから脳が錯視を起こすのは欠陥ではなく、見るべき対象を見やすくしてくれている。その代償が錯視と話していた。
フォトショップの自動カラー補正はたいてい便利だけど、たまにとんでもない色にするみたいな話である。たぶん。

展示は来年2017年5月15日まで(長い!)

左が新井仁之先生、右が杉原厚吉先生 実は新井仁之先生のほうが小さい!ということは、ない。
左が新井仁之先生、右が杉原厚吉先生 実は新井仁之先生のほうが小さい!ということは、ない。

錯視は知識を無視するし、新井先生が作るのは脳のクセをつかんで作られているので錯視が起きてもしかたない。膝小僧を叩くと足があがるみたいなものである。

手品と同じでタネ明かししてやろうと腕組みして見るよりも、ひたすらほほーと言うのが錯視を見るときの正しい態度なんじゃないかと思った。
理由がわからなくて悔しさ半分で書いているが。

リンク:
メディアラボ第17期展示「数理の国の錯視研究所」
錯視の科学館
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