記憶を書き換える
まずドラフトに臨むにあたり気持ちを高めよう。
振り返ってみればプロ野球を夢見た野球少年ではなかった。しかしドラフトにむけて高めていくためにはここは「プロを夢見ていた」ことに記憶を書き換えよう。
……はい、書き換わりました。私はかつてプロを夢見てました。
一方私たちは歌や物語により何度も何度も「夢をあきらめるな」という言説をすりこまれてきた。そうだ、プロ野球の夢をあきらめてはならない。
デイリーポータルZにはバックボードがあるので用意してもらった
最高のセッティングを整えた
こうしてメンタルは整った。あとは物理的なセッティングだ。
まず学生服を着る。そしてデイリーポータルZには幸いバックボードがある。あとは長机やマイク、入団の連絡がくる電話である。また、取材記者や学校の先生役も頼んでいる。
こうしてniftyさんのフリーミーティングスペースに「有力指名候補の高校生が今か今かと先生と電話を待ち受ける場所」ができあがった。
先生役だれかいないかと頼んだら根岸さんというniftyの人が用意されていた。先生っぽさの薄い、ただのおっさんである
デイリーポータルZ編集部から撮影兼記者役として2名用意してもらった。
こうしてドラフト会議のネット放送がはじまった
その瞬間を今か今かと先生と待つ…!!
空間のむこうは思いっきり会社である。これは一体どういうパラレルワールドだろうか
多少肩身が狭いが…
私たちは残念ながらスペース的にフリーミーティングスペースでやるしかなかった。ここにお仕事中の人がたくさん通るのが多少メンタル面でマイナスであった。
「お、ドラフトだドラフト」
「ほら、デイリーポータルZだよ」
「デイリーならしょうがないな」
そんな声が聞こえてきた。もちろんこちらも業務である(らしい)。ここでドラフトを観覧する権利は有るはずだ。
しかしそれでもやはり会社の真ん中で高校生気分でドラフト観覧していいかといえば疑問が残る。それは理屈ではない。やっちゃいかんだろというビジュアルなのだ。
「ほらデイリーポータルZですよ」「デイリーポータルZか(ならしょうがないか…)」そんな声が聞こえてくる。理屈ではやっていいことなのだがこんなことをすべきではない気がしてきた
志望球団を悩むプレイ
「どこが志望なの?」と先生である根岸さんが声をかけてくる。実際のドラフト候補生も先生にこう聞かれるのだろう。
もちろん声がかかればどこでもいいが、第一志望は決めておくべきだろう。家から通えるところがいいだろうし、となると在京球団のどちらか、新聞読み放題かヤクルト飲み放題か……だんだん夢が拡がってきた。
「パフィーの二人、付き合うならどっち?」
こうした質問も実際に答えが知りたいのではなくて、天秤にかけた瞬間に脳内で二人と付き合ってる状態が生みだされるというサービスなのである。
どの球団に行きたいか。そう考えるだけで私の夢が少しだけかなった気がした。
いよいよドラフト一巡目指名……
読売ジャイアンツ…
「大北栄人、ライター、フリーランス」まさか!?
まさか本当に投手や野手でなくライターをとってくる球団が出るのか!?
しかし当然外れる。このくやしさをどれだけ感じられるかがプレイの分かれ目だ。
まさかを狙う
まさか自分がドラフトにかかるとは。そもそもプロ志望届を出していないのに、まさかである。
球団はプロ志望届けを出していない若者でもなくただのライターである男に貴重な指名権を行使する。まさか!
しかしそうした「まさか」が人生において3つめの坂として存在することは結婚式のスピーチのとおりである。
私たちはあの3つの坂のスピーチを信じて、ひとつひとつの指名権発表を祈るような気持ちで聞く。それは未だ戦争や異常気候が終わらないこの世界で一番不毛な祈りでもある。
連絡がないならにぎりしめろ、子機! ドラフトは長いぞ
悔しがることが楽しみでもある
やはり自分が指名されることはない。ある投手に五球団から指名がかかった。一球団くらいこのライターに……いや、なんだったらこの先生にでもいい。二人いたら一人くらい選ばれてもいいじゃないか。
しかしそれでも外れる。指名は時速155km以上のストレートを投げられる投手に集中する。毎時2000文字起こしできるようなライターには指名がかからない。
この球団も、この球団も、だめか。一巡目がだめなら二巡目も。ドラフトでこれだけ上がいるのだ。プロに入ったらどれだけ上がいる世界なのだろう。
途方もない世界である。指名から外れるたびに、それは実感としてやってくる。
これはすごい世界だ。しがないライターごときが太刀打ちできる世界ではない。だからこそ楽しいではないか、プロ野球。これだ、これがドラフトの醍醐味である。
指名されない選手を気遣う先生
先生も祈る。しかし実態としてこの人はただのおっさんである
この人はただのライターである
この人はただのおっさんである
「おれが悪いんです。そもそもプロ志望届出してなかったんです」 「プロ志望届出してなかったのかお前」
会議前の人たちがいぶかしがりながらドラフトは進んでいく
ドラフトを10倍たのしむ方法
私たちは本気になることを恐れ、当事者であることを恐れる。それはダサく、面倒くさく、すぐに傷ついてしまうものだからだ。
しかしだからこそ得られるものがある。傷つくほどにのめりこんでその世界の大きさと自分の小ささを知ることができる。運が良ければ大きな結果を残す。そうやって人類はおもしろがってきたのである。
だがそうした言説は本当に野球にのめりこんだ者が残すべきかもしれない。ドラフトにコスプレでのぞむような人間がえらそうなことを言うべきではないのだろう。ただビールでも飲んで悲しみを癒そう。
のめり込んで傷ついて、今夜は飲もうという気になった。そんな高校生の気持ちが今わかった。
(後日、飲酒が見つかりわが野球部は廃部となる)