特集 2016年8月24日

日本唯一の飛び地の村で水上の県境をまたぐ

川の上の県境をまたぐ
川の上の県境をまたぐ
日本で唯一村全部が飛び地となっている自治体、和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡北山村。

県境マニアとしては、行かずにはおられない聖地のひとつでもある。

そんな北山村で、川の上にある県境をまたいできた。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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日本でここだけ。村まるごと飛び地

県を超えた飛び地は日本各地にいくつかあるけれど、ひとつの自治体まるごとがそのまま飛び地となっているのは、和歌山県の北山村しかない。

ちなみに地図で見てみるとこのあたり。
わざわざ「(飛び地)」と書いてある(『新TVのそばに一冊ワールドアトラス世界・日本』帝国書院)
わざわざ「(飛び地)」と書いてある(『新TVのそばに一冊ワールドアトラス世界・日本』帝国書院)
ちょっとわかりにくいので、白地図に色付けしてみた。
赤=三重県、緑=奈良県、青=和歌山県
赤=三重県、緑=奈良県、青=和歌山県
ご覧のとおり、北山村から本体の和歌山県に行こうと思うと、必ず三重県か奈良県を通過しなければ行き来できない。(ちなみに、北山村のしたのほうに、もうひとつある飛び地は新宮市の飛び地)

北山村について調べると、夏場は観光筏下りやキャンプなどでにぎわうという。とくに観光筏下りは、北山川の急流を筏にのってくだるというアトラクションである。
川を下るということは、すなわち、川の上の県境をまたぎながら下るということにほかならない。
このあたり、県境では?
このあたり、県境では?
ぜひ、筏にのって川の上の県境をまたいでみたい。

近いけど時間がかかる熊野地方

公共交通機関で北山村に向かうには、まずは熊野市を目指すことになる。

こんかいは時間の都合で夜行バスをつかったが、かりに新幹線と特急を乗り継いでいくと、東京駅から熊野駅まで約5時間はかかる。新幹線にそのまま乗っていけば、博多までいけてしまう時間だ。

直線距離ではそんなに遠い気はしないが、行くのにけっこうな時間がかかる。
ものすごい時間かかったな……。
ものすごい時間かかったな……。
熊野市駅からは北山村村営バスが、一日二便でている。
マイクロバスですな
マイクロバスですな
乗り込むと、おっちゃんが「筏下りするんだったらバス代無料だから」とぶっきらぼうに教えてくれた。
筏下りの参加者は、熊野市駅と北山村の往復のバス代が無料になるらしい。
ダムだらけ
ダムだらけ
熊野市駅からバスにのって五十分ほど、北山村に到着した。
当たり前すぎる感想だけど、暑い!
当たり前すぎる感想だけど、暑い!
じつはこの北山村、デイリーポータルZでは、ライターの尾張さんが、2009年に訪問し、すでに紹介している。(『飛び地のアイデンティティ』)

北山村がどんな雰囲気かについては、上記の記事をよんでいただければと思うが、今回の主眼は筏下りである。

筏下りの集合場所となっている「北山村観光センター」は、筏下り体験のひとたちでごった返していた。
観光客おおい!
観光客おおい!
山間の静かな村……という雰囲気はまったくなく、普通にハイシーズンの観光地である。

むかし、北山村で伐採された木は、川で組み立てられ、筏となって北山川下流の新宮市まで運ばれて出荷されていた。
観光センターにあった昔の筏流しの写真
観光センターにあった昔の筏流しの写真
新宮では、北山村などから運ばれた木材が大量にストックされていた
新宮では、北山村などから運ばれた木材が大量にストックされていた
しかし、昭和40年代に川の途中にダムがつくられ、筏による木材の出荷は行われなくなった。しかし、観光筏下りとして筏下りの伝統は残った。


川の上の県境を……またいだ!

筏下りの時間がやってきた。送迎用バスに乗り込み、筏下りのスタート地点に向かう。
筏下り客専用のバス
筏下り客専用のバス
いい景色
いい景色
見事な渓流の北山川、もちろんこのあたりも県境である。
県境をわかりやすく色分けするとこんな感じだ
県境をわかりやすく色分けするとこんな感じだ
通常、川の上や湖の上に引かれた県境はなかなか近づくことができないのだが、この北山川の県境はわざわざ筏下りで県境をまたがせてくれる。

県境マニアのため作ったわけではないかもしれないが、県境マニアにとってはありがたい存在である。
ATMの並ぶところみたいな感じだけど、筏です
ATMの並ぶところみたいな感じだけど、筏です
筏には、座る椅子と手すりがついており、急流で筏が大きく揺れても振り落とされないようにはなっている。

この辺りでは、筏下りのほか、ラフティングやカヌーなどのレジャーを、県境など関係なく楽しみに来ている若者の観光客が多く、渓谷に楽しげな歓声がこだましている。

いよいよ出発である
いよいよ出発である
出発した筏はゆっくりと川の真ん中=県境に近づく。
急流に近づくぞー
急流に近づくぞー
県境に近づくぞー
県境に近づくぞー
あれ、なかなか県境に近づかない
あれ、なかなか県境に近づかない
県境きた! またいだぞ!
県境きた! またいだぞ!
急流の県境きた。またいだ。県境だ。これ、これがやりたかったのだ。水上の県境を直にまたげる貴重な場所である。

ふたつの県を踏みしめるというこの醍醐味。地上ではなんども経験しているものの、水上でふたつの県をまたぐというのは、地上とはまた違ったおもむきがある。

ちなみに、地図でいうとこのへんだ。
はっきり言って、この県境も、本当にここであってるのかどうかは、ぼくの感覚しだいというところもあるが、いずれにせよ、川の真ん中に県境が引かれていると考えれば、概ねまちがいはないだろう。

ひとまず、目的は達せられた。

ゴールで解体される筏

筏は、急流をすぎると、ゆっくりすすみはじめた。このあたりは、水深が深いので、川の流れがゆっくりしている。
想像してください、真ん中あたりが県境です
想像してください、真ん中あたりが県境です
流れがゆっくりでかつ、谷底なので、あたりがシンと静まり返っている。セミしぐれもなんだか控えめだ。

しばらくすると、船頭さんがジュースを配りはじめた。
じゃばらのジュース
じゃばらのジュース
北山村は「じゃばら」という柑橘類が名物だが、そのジュースだ。

船頭さんは、夏場は筏下りの船頭の仕事をして、筏下りが終わる秋にはじゃばらを収穫し、そのじゃばらを冬場に缶ジュースにしているという。

ジュースをのみおわると、また急流にさしかかる。
県境すれすれを行く筏
県境すれすれを行く筏
急流と緩やかな場所を何回か繰り返し、筏は約1時間をかけてゴール地点に到着。
ゴール見えてきた!
ゴール見えてきた!
筏は無事ゴールに到着。

下ってきた筏は、いったんここで全て解体され、まとめられてトラックで上流に輸送し、組み立てられた後、また川をくだってくる。
解体される筏
解体される筏
昔のように、乗ってきた筏を下流の町で売り払って帰る……というわけにはいかないので、こんなに手間のかかる作業をしているのだ。

いやー、またいだ(県境を)
いやー、またいだ(県境を)
この観光筏下り、大人はひとり6000円(8月は7000円)するのだが、こんなに手間がかかるのならば、その値段でも仕方がないよな。と、思った。

なぜ飛び地はできたのか?

さて、この北山村、いったいなぜ飛び地になったのか。そのひみつは観光センターにある看板に書いてあった。
日本昔ばなしっぽい絵
日本昔ばなしっぽい絵
飛び地の成り立ちが書いてある
飛び地の成り立ちが書いてある
看板の説明によると、明治四年の廃藩置県のとき、筏による材木の輸送で新宮との結びつきが強かったため、住民の意志により、和歌山県に編入された……。とある。

しかし、よく考えると、現在の三重県南部は、江戸時代、紀伊国であった。しかし、尾鷲市あたりから熊野市周辺は、和歌山県にならず、なぜか三重県になった。

熊野市周辺も和歌山県になっていれば、北山村は飛び地にならなくて済んだのではないか?
わかりにくいので図解しました
わかりにくいので図解しました
国会図書館で調べてみると、こんなことがわかった。

『和歌山県史研究14号』(1987)の「和歌山県の飛び地」によると、もともと徳川家の領地であった紀伊国は、廃藩置県のさい、旧紀州藩の石高を削り、政府直轄の度会県(わたらいけん・現在の三重県中部にあった県)の石高を加増するため、紀伊国の熊野地方を度会県に合併させた。という説がひとつある。
明治初期は、まだ租税制度が整っておらず、江戸時代と同じような領地の概念がまだあったのだ。
また、熊野地方が度会県に編入された理由として『鵜殿村史・通史編』には、和歌山県庁の置かれた和歌山市が遠すぎるという説もあった。

いずれにしろ、この合併のさい、度会県と和歌山県は、川にそって県境をひいて領地を分けたが、北山川より奈良県側にあった北山村は、和歌山県と分断されてしまった。
そのさい、もともと紀伊国であった北山村の人たちが、生活の結びつきがつよい新宮のある和歌山県への編入を選んだのは自然なことだったのかもしれない。

その後、度会県は、三重県と合併し三重県となったが、北山村の飛び地はそのまま残った。

北山村は、明治時代の廃藩置県の歴史を残す貴重な県境といえるかもしれない。

唯一無二の飛び地自治体

日本で唯一の飛び地の自治体、北山村。

地元の人に話を聞いてみると、たしかに飛び地だからといって特に不便も感じたこともなく、飛び地であることにかんして特に何の感想もない。という人が多かった。

ただ、最近は道路ができたので、和歌山県の新宮市よりも、三重県の熊野市のほうと結びつきがつよくなっているらしい。

北山村(と新宮市の飛び地)は、飛び地以外にも三県境が五ヶ所もあったり、など、じつにきょうみぶかい県境がおおいので、このまま唯一無二の飛び地として我が道を行ってほしい。
北山村、県境マニアを意識してか、じゃっかん県境案内に力をいれはじめている
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