特集 2016年5月23日

まずい料理、プロのひと手間でおいしくなるか?

「プロのひと手間」で、まずい料理はおいしくなるのか?
「プロのひと手間」で、まずい料理はおいしくなるのか?
困ったことに料理が下手なのである。最近は健康のために自炊を心掛けているが、何を作っても味がぼんやりしてしまう。どんな料理も醤油やソース一辺倒で、舌で感じる奥行きや深みといったものが皆無だ。

しかし、私が作ったそんな素人料理も、プロの料理人に「リカバー」してもらえば少しはおいしくなるんじゃないだろうか? いったん作った料理をプロにひと手間加えてもらい、「お店の味」になるかを検証した。
1980年生まれ埼玉育ち。東京の「やじろべえ」という会社で編集者、ライターをしています。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴の持ち主ですが、英語は全く話せません。

前の記事:昔は捨ててたうまいもの

> 個人サイト Twitter (@noriyukienami)

自炊でもおいしいものを食べたい

自炊といってもたいした料理は作っていなくて、たいてい肉を炒めて醤油をドバドバかけるとか、せいぜいがカレーかチャーハンである。まあ特においしいとも思わず、エネルギー源として摂取している。

だが、そんなことではいかん。人生で口にできる料理は限られているのだ。せっかくならおいしいものを食べなくては。

一念発起した私は、スーパーで買ってきたそこそこ高い豚を煮てみることにした。
醤油とみりんと砂糖で豚を煮る。炒める一辺倒の僕にとって「煮る」というのはかなりの進歩だ
醤油とみりんと砂糖で豚を煮る。炒める一辺倒の僕にとって「煮る」というのはかなりの進歩だ

まずいうえに茶色い。誰か助けて

かくして、この日は自分なりに料理らしい料理をこしらえてみた。といっても焼きそば、肉じゃが、豚の角煮と、誰にでも作れるような献立だが、なんとなく「料理をした」という実感が得られて満足である。しかし、味にも満足できるかといったら別で、食べてみたら案の定おいしくなかった。
味もそうだが、見た目が茶色すぎるという問題もある
味もそうだが、見た目が茶色すぎるという問題もある

プロになんとかしてもらおう

ちゃぶ台をひっくり返すほどまずくはないが、決しておいしいわけでもない。彼女がこれを作ってくれて「おいしい?」と聞いてきたら、一瞬間をおいて「うん、うまいよ」と言う。そんな感じの味とでもいおうか。

こんな残念な料理もプロの手にかかればなんとかなったりするのだろうか? 3品をすぐさまタッパーに詰め、私はとある場所へと向かった。
東京・高円寺にあるこちらのお店
東京・高円寺にあるこちらのお店
こちらは東京・杉並区にある「高円寺メタルめし」。以前デイリーポータルZの「狂気の晩餐? メタラーたちが集う食堂に潜入」という記事で取材させていただいた。そのときは、メタル好きでダジャレ好きの店主・ヤスナリオ氏が作る「メタルめし」という一風変わった料理を紹介したのだが、じつはヤスナリオ氏、おおざっぱで簡単な(かつ、激うまという)自炊メシを日々研究する「料理勉強家」でもある。

本人は「ヒドウマ系」などと言っているが、そのレシピ本が何冊も出版されるなど、ただへんな料理を作るだけのおかしな人ではないのだ。
カメラを向けるとかならずポーズをとってくれる、サービス満点の人物でもある
カメラを向けるとかならずポーズをとってくれる、サービス満点の人物でもある
なお、店は「おしゃれなダイニング」というたたずまいだが
なお、店は「おしゃれなダイニング」というたたずまいだが
ところどころメタルが潜んでいるので要注意
ところどころメタルが潜んでいるので要注意

まずは試食。プロの判定は?

まずは持参した料理をヤスナリオ氏に試食してもらおう。しかし、プロに僕の料理を食べさせるなんて、どんな罰ゲームだろう。料理人を夫に持つ妻の気持ちが少しわかった気がした。
まずは焼きそばから
まずは焼きそばから
食ってる、プロがおれの焼きそば食ってる
食ってる、プロがおれの焼きそば食ってる
「あれ? おいしいじゃないですか」
「あれ? おいしいじゃないですか」

やっぱりまずいみたいだ

企画的にはまずいと言ってもらわないと困るのだが、そこはやさしいヤスナリオ氏。「ふつうにおいしいですよ」と高評価だ。まあ、焼きそばなんてむしろまずく作るほうが難しいと思うが…。

そこで聞き方を変えてみた。おいしい・まずいではなく、「この焼きそばを店で出すとしたら、何が足りませんかね?」

すると、以下のようなダメ出しを拝受した。

・ソースを入れすぎでべちゃべちゃしている
・焼きそばとしては酸味が強い(味付けはブルドッグの中濃ソース)
・野菜を炒めすぎていてシャキシャキ感がない

うん、ようするに「まずい」ってことですよね、それ。やはり先ほどは私に気を遣っていたのかもしれない。「店に出す」という自分事としてとらえることで、ヤスナリオさんに当事者意識が芽生えたようだ。
次は豚の角煮
次は豚の角煮
見た目は悪くないと思うのだが…
見た目は悪くないと思うのだが…
「これもおいしそうじゃないですか」と言いつつ、一番小さいやつをとるあたり、私への不信が見て取れる。
うん…おいしい…ですよ
うん…おいしい…ですよ
表情とセリフが一致していない。これもおいしいと言ってくれたが(たぶんまずいんだろうな)、もっと煮込めば脂身が溶けて肉に移り、よりおいしくなるとのアドバイスを頂いた。

最後は肉じゃがだ。
えらいもんで、素人料理でもこうして置くと小料理屋のカウンター風に
えらいもんで、素人料理でもこうして置くと小料理屋のカウンター風に
静かに咀嚼するヤスナリオ氏
静かに咀嚼するヤスナリオ氏
首かしげちゃった
首かしげちゃった
ちなみに肉じゃがは砂糖とみりん、醤油でシンプルに味付けをした、まっとうな肉じゃがである。企画のためにわざとまずくしようなどという意図はなく、全力でおいしく作ろうと試みた。それでもまずいのだ。人と違うことができるのを特殊技能と呼ぶならば、まずい料理を作れるのもひとつの才能といえるかもしれない。まったくありがたくない授かりものだけど。
なにやら思案顔のヤスナリオ氏。引き受けたことを後悔しているのかもしれない
なにやら思案顔のヤスナリオ氏。引き受けたことを後悔しているのかもしれない
なお、それぞれの料理の問題点を整理すると

肉じゃが…甘ったるい、味がぼんやり
角煮…脂っこい、味がぼんやり
焼きそば…べちゃべちゃ、味がぼんやり

それぞれの問題点に加え、味がぼんやりしがちというダメな共通項があるようだ。このぼんやり料理を、どうにかお店の味にしてほしい。いや、してください!
じゃあ、肉じゃがからはじめますか
じゃあ、肉じゃがからはじめますか
いったん広告です

リカバー開始

少し天を仰いだのち、すぐに「リカバー調理」にとりかかるヤスナリオ氏。頭の中ではもう組み立てができているのだろうか、その所作にはまるで淀みがない。
まずはジャガイモをフォークでつぶし
まずはジャガイモをフォークでつぶし
牛乳を少々
牛乳を少々
耐熱皿に移して
耐熱皿に移して
黒コショウをぱらぱら
黒コショウをぱらぱら
うーん、いい香り。ヤスナリオ氏はじつに楽しそうに料理をする
うーん、いい香り。ヤスナリオ氏はじつに楽しそうに料理をする
さらに、チーズをのせて
さらに、チーズをのせて
もうおわかりだろう。そう、グラタンである。和の肉じゃがを洋のポテトグラタンにリメイクしてしまおうというわけだ。ちなみに、ここまでの所要時間わずか1分半。材料代も10円くらいのものだろう。
そのままオーブンへ
そのままオーブンへ
私の不祥事(まずい料理を作ったという不祥事)を、華麗に事もなげに処理するヤスナリオ氏。すごい、かっこいい。いま、上司にしたい料理人ナンバーワンである。

次のターゲットは角煮だ。覚悟しろよ。
心なしか所在なげな角煮。まな板のコイならぬ、まな板のブタである
心なしか所在なげな角煮。まな板のコイならぬ、まな板のブタである

メタルめしの新作

ちなみに余談だが、このメタル食堂では「メタルめし」という、メタルバンドや曲名をもじった料理を出している。つまり、メタルめしとはダジャレめしでもあるのだ。
たとえばジューダスプリーストをもじった「ジューダスプリントースト」。新メニューの開発は、まずダジャレを考えるところから始まるという
たとえばジューダスプリーストをもじった「ジューダスプリントースト」。新メニューの開発は、まずダジャレを考えるところから始まるという
新作はありますか? と尋ねたところ、ヤスナリオ氏は懇親のダジャレを披露してくれた。
「喝采と激情の黒ドリア」。聞く人が聞けば爆笑もののネーミングだというが…
「喝采と激情の黒ドリア」。聞く人が聞けば爆笑もののネーミングだというが…
メタルに関して不勉強な僕にその笑いどころはよくわからなかったが、ヤスナリオ氏は自信満々だ(元ネタは摩天楼オペラというバンドの『喝采と激情のグロリア』というアルバム、らしい)。

ここに集う人たちはメタルという共通言語があるから、こうしたメニュー名の一つひとつがおかしくってたまらないのだろう。こういうのを、本当の意味で笑いのツボが合うっていうんだろうな。
黒板には国内外のメタルバンドの系譜がまとめられている
黒板には国内外のメタルバンドの系譜がまとめられている
ヤスナリオ氏もお客さんをいかに笑わせるかに知恵を絞り、よりばかばかしくてくだらないメタルめしの研究に日夜いそしんでいるのだ。なんて素敵な店主と客の関係性だろうか。あ、もちろん味もおいしいですよ。
さて、角煮はどうなったかというと、フライパンで湯に浸かっていた
さて、角煮はどうなったかというと、フライパンで湯に浸かっていた
そうこうしているうちにグラタンが焼き上がり
そうこうしているうちにグラタンが焼き上がり
う、うまそー
う、うまそー
一方、豚の角煮にはカレールーをひとカケ投入
一方、豚の角煮にはカレールーをひとカケ投入
なるほど角煮カレー
なるほど角煮カレー

とりあえずカレーにしとけ

この企画を編集部に提案したとき、失敗料理はなんでもカレーにしちゃえばなんとかなると身もふたもないことを言われてしまったのだが、あながちその理論は誤りではなかったのかもしれない。

特に肉料理はカレーにしとけばまず間違いないそうだ。なお、ヤスナリオ氏のおすすめはエスビー食品のゴールデンカレー(辛口)。チョコレート入れたりトマト入れたり、特にアレンジせず、市販のルーをそのまま使うのが一番うまいという。「エスビーの人が考えたスパイスの配合が最強だから、余計なことはしないほうがいいですよ。(毎日カレーのことばっかり考えている)エスビーの開発力に勝てるわけがない」(byヤスナリオ氏)
スパイスが香ってきそうなビジュアル。これもうまいに違いない
スパイスが香ってきそうなビジュアル。これもうまいに違いない
さて、最後は焼きそばである。そのべちょべちょ感と酸味をどう克服するのか。見ものである(なぜか上から目線)。
えっぼくっすか? と油断している焼きそば。今からうまくしてやるからな(ヤスナリオさんがな)
えっぼくっすか? と油断している焼きそば。今からうまくしてやるからな(ヤスナリオさんがな)
と、おもむろに包丁を取り出したヤスナリオ氏。
そして不適な笑みを浮かべる。包丁をもつと人格が変わるタイプだろうか
そして不適な笑みを浮かべる。包丁をもつと人格が変わるタイプだろうか
仕込みのときはメタルの音楽にのせて食材を切り刻むという。スピーカーから流れるBGMのリズムに合わせ、高速で焼きそばを切り刻み始めた。
地獄の形相で切り刻む。ああ、おれの焼きそばが…
地獄の形相で切り刻む。ああ、おれの焼きそばが…
スピーカーからはANTHEM「Shine On」が。ヤスナリオ氏が一番好きな曲だそう
スピーカーからはANTHEM「Shine On」が。ヤスナリオ氏が一番好きな曲だそう
地獄の包丁さばきで容赦なく切り刻まれた焼きそばの残骸は、そのままフライパンへ。そこへ白飯を投入して…、ははーん、これはアレだな!
「そばめし」でしょ、ねえ当たりでしょ!
「そばめし」でしょ、ねえ当たりでしょ!
ねえったら
ねえったら
なるほど、ごはんと一緒にもう一度火にかけてパラパラのそばめしにすることで、べちょべちょ感を軽減しようというわけか。しかし、もうひとつ「酸味」という問題点はどうするのかと思ったら…
ふわふわのスクランブルエッグを
ふわふわのスクランブルエッグを
そばめしにオン
そばめしにオン
そばめしにしてべちょべちょ感を緩和し、スクランブルエッグで酸味をマイルドに抑え込む。すばらしい連続攻撃。合わせ技一本である。元の焼きそばの問題点を解決する、見事なリカバーである。もう食べなくてもうまいってわかる。

なお、 こちら世間的には「オムそばめし」だが、ヤスナリオ氏いわく「ヌードルライス」というメタルめし(元ネタはQueensricheの「The Needle Lies」という曲)になるという。自分の料理がメタルめしにアレンジされるとは思ってもいなかった。
なんということでしょう、元の茶色料理が華やかな3品に生まれ変わりました
なんということでしょう、元の茶色料理が華やかな3品に生まれ変わりました
これほど心躍るビフォー・アフターが他にあるだろうか。匠に家をリフォームしてもらった施主の気持ちがわかる。

心していただこう。
角煮カレー。脂身たっぷりのしつこさをスパイスがねじ伏せている。脂身が辛口のカレーにコクを与え、濃厚な味わいに。この一皿でごはん3杯はいける
角煮カレー。脂身たっぷりのしつこさをスパイスがねじ伏せている。脂身が辛口のカレーにコクを与え、濃厚な味わいに。この一皿でごはん3杯はいける
続いてオムそばめし、もといヌードルライス。王様のブランチ風に物撮りをインサート
続いてオムそばめし、もといヌードルライス。王様のブランチ風に物撮りをインサート
こ、これは…
こ、これは…

うまい!

にらんだとおり、べちょべちょ感はどこかに消え失せ、いい具合にパラパラなそばめしに仕上がっていた。スクランブルエッグはあえて味付けをしておらず、元の濃い味をマイルドに包み込む役割に徹している。

刻んで、ごはん混ぜて炒めて、卵のっけただけなのに、味の深さとバランスがケタ違いにアップしている。具体的にいうと、元の焼きそばの8倍うまい。
なんだこれ、最高すぎるじゃないか…
なんだこれ、最高すぎるじゃないか…
このうまい飯に、自分の焼きそばが関与しているかと思うと感動してしまう。お荷物だった焼きそばが、よきパートナーと巡り合うことで陽の目を見たのだ。そもそもの負を生み出してしまった張本人としても、こんなに喜ばしいことはない。

そして言わずもがな、グラタンも最高だった。少し加えた牛乳がじつに機能していて、チーズの塩気、じゃがいもの甘みが絶妙に入り混じる奥行きのある味になっていた。そう、和と洋の間をとりもつ、優秀な外交官のように…。

なお、ヤスナリオ氏いわく、リカバー食材として汎用性が高いのはチーズ、カレー、卵の3つ。チーズのせるか、カレーにするか、卵でとじときゃなんとかなる! との力強くも雑なアドバイスを頂いた。おお、超簡単!

明日から、僕の自炊ライフが充実しそうである。

僕の残念料理が、お店で出せる「メニュー」になった
僕の残念料理が、お店で出せる「メニュー」になった

なお、今回のリカバーに使ったのは冷蔵庫に常備してあるようなものばかり。仮に彼女が作った料理がまずかったとして、それを冷蔵庫のあまりもので華麗にリカバーできたら、きっともてるんじゃないだろうか。…いや、逆にもてないか。

ともあれ、やはりプロはすごい。今回は僕の単純な料理に合わせてシンプルな方法でリカバーしてくれたが、きっと複雑な料理でもその味のバランスを考慮して最適なゴールに仕上げるための引き出しを、たくさん持っているのだろうな。

【取材協力】
高円寺メタルめし
http://kouenjimetalmeshi.wix.com/metalmeshi
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