周囲は静かな住宅街
高円寺駅南口を出て約5分、閑静な住宅街を抜けた先にその店はあった。
平和な住宅街を抜ける。今のところ、メタルの狂気は感じられない
すると突如現れる「高円寺メタルめし」。ここがメタラーの巣窟か
お洒落! 意外!
外観はイギリスのパブのような、思いのほかお洒落な雰囲気。だが、これはカモフラージュに違いない。きっと中では血に飢えたメタラーたちが鉄球をぶつけ合ったり、コブラから調合した毒霧を吹きかけあったりしているはずだ。
ロゴがかわいいからって騙されんぞ
フランクな物言いが逆にあやしい
正直もう帰りたい。だが、勇気を出して入ってみよう。
おじゃまします…
なんだっ! てめえはっ!!
茶番おわり
「僕が扉を開けたら襲い掛かってくるテイでお願いします」
そんな事前の打ち合わせ通り、茶番に全力で応えてくれたのは「高円寺メタルめし」のマスターにして、生粋のメタラーであるヤスナリオさん。
怖いどころか常に穏やかな微笑みを絶やさないナイスなお人柄である。メタラーなのにちょっと弱そうなところも萌えポイントだ。
最近の悩みは腰痛
じつはヤスナリオさんには1年前、「
地獄のレシピ? 『メタルめし』とは」という記事で取材をさせていただいた。(※メタルめしがどんな料理なのかは同記事を参照してください)
それから親交…は特に温めてはいなかったが、今回お店をオープンさせると聞きつけお邪魔させていただくことにしたのだ。
1年前は「おかしな料理を作っている人」として紹介させていただいたのだが、いきなり専門店を始めてしまうという急展開。いったいヤスナリオさんに何があったのか? 色々と聞いてみたい。
飢えたメタラーをも満足させる究極のガッツリメニュー、それが「メタルめし」
―― なぜ店をオープンしたんですか?
「メタルめしエボリューション(メタルをお茶の間に広める啓蒙活動のこと)の一貫です。食からメタルを世の中に広める活動の第1章として本を出し、第2章は店だろうと」
―― 啓蒙できてますか?
「どうでしょうね、でも去年くらいから30年ぶりくらいにメタルが世の中的に面白がられているような気配はありますよね。BABYMETALだったり、メタルの本が流行っていたりとか。サマソニとかにもメタルが必ずまぎれるようになってきたし。せっかく盛り上がってきているから、この波に乗らないと」
8席のカウンターが厨房を囲む落ち着いた雰囲気。『深夜食堂』のメタル版を意識しているという
スピーカーからはヤスナリオさんセレクトのメタル音楽が絶え間なく流れる。しかし爆音ではなく、会話が聞き取れるくらいの心地よい音量
メタラー癒しのコミュニティ
ここは爆音でメタルを響かせるメタルバーではなく、適度なボリュームのなかメタルにまつわる会話を楽しみながらくつろぐ、メタラーにとっての癒しの空間なのだそうだ。メタルに癒しのイメージはなかったが、お客さんからは「こういう場所を求めていた」という声が数多く聞かれるという。
そんなコンセプトもあって、内装もドクロだらけ! みたいな雰囲気ではなく、どちらかというとスタイリッシュ。それでいて、メタルのエッセンスも所々にちりばめられている。おしゃれとメタルが見事に融合しているのだ。
おしゃれ!
メタル!
おしゃれ!
メタル!!
おしゃメタル!!!
――お店、カッコいいですね
「内装は、こういう悪ノリが好きそうな工務店さんをネットで探してお願いしました。デザイナーさんも音楽好きの人だったので、メタルの魂を汲み取って色々やってくださったんです。換気扇やダクトをわざと錆ついた仕様にしたり、壁に血みたいにペンキを垂らしてみたり。ちなみにこのメタルの壁画は、堀道広さんという漫画家さんの作品です。堀さん自身はメタラーではないんですが、僕が一方的に堀さんのファンだったので説得して描いていただきました」
オジー・オズボーン、キッス、モーターヘッド。メタル界のスターたちが食卓に並ぶ、晩さん会の様子を描いた壁画
炎に焼かれるヘヴィな食卓
なお、こちらの絵のタイトルは炎にちなみ「最後のバーン(Burn)さん」だそう。ダジャレである。
――ダジャレですね
「そう、常にダジャレ。堀さんも僕のダジャレ魂を汲み取ってそういうタイトルにしてくれたみたいです。メタラーの人って僕も含めてくだらないダジャレが好きなんですよね。タモリ倶楽部の空耳アワーでもメタルからもじった投稿がけっこう多いんですよ。たぶんメタラーの人が投稿しているんじゃないですかね」
あえて錆っぽい塗装を施した換気扇
細部まで手が込んでいる
壁の質感もどこか地獄っぽい
赤は不快だからと「白い血」をタラリ
髑髏のデキャンタ。赤ワインが似合いそう
ロック魂あふれるギター型のまな板
客は「ふつうの人」が多い
―― ちなみに客層はどんな感じなのでしょうか(どうせ、怖い人ばっかりなんでしょう?)
「いやいや、おとなしそうな人が多いですよ。格好も『長髪で、タトゥー入ってて』みたいな、見るからにメタラーっぽい人は逆にほとんどいなくて、みんなごくふつうな感じです。絶対この人違うだろうなって思ったらじつは凄いコアなメタラーだったりすることのほうが多いですね」
そんなおとなしい客たちも、酔いが回るとメタラーの血が騒ぎだし、時間が深くなるにつれてメタル談義でヒートアップするという。しかし、暴れたりする人はいなくて、基本はみんな落ち着いて好きなメタル話を楽しみたいだけなのだ。
ジャパニーズメタルバンドの大御所・ANTHEM(アンセム)のリーダーも来店
潜水艦風のドアを開けると
掃除の行き届いた清潔なトイレ
飛び散り防止のため座りションを推奨。女性への配慮である。メタラーのホスピタリティの高さよ!
メタルのこと、おしえてください
――ちなみに、ものすごく初歩的な質問なんですけど、メタルと普通のロックの違いって何なんですか?
「うーん、境目は難しいですよね。僕の中では『BURRN!』っていうヘヴィメタル雑誌に載っていれば全てメタルだと思っています。ひどい解釈ですけどね。でも、そういう論争ってメタラーの間では定番なんです。ここでもよく、これはメタルだ、いや俺は認めない! みたいな、永遠に終わらない議論が起きてますよ。
『BABYMETALを認めないとメタルの未来はないんだぞ!』って熱く語るおじさんがいたり、めんどくさいことばっかり言ってる(笑)。でも、それがおもしろいんですよね」
「聴く人がメタルだと思えばメタルなんですよ」とヤスナリオさん。金言出ました
ちなみに店内は禁煙。ヘルシーだ
メニューはパンダのコップにささっていた。メタルだけじゃなく、かわいい雑貨も好きらしい
ビール好きにはうれしいサッポロラガービールの「赤星」を用意
う~ん、なんかメタルって凄くおもしろそうだ。じつは前回話を聞いたときは、積極的にメタラーになろうという気持ちにまでは至らなかったのだが、俄然興味が沸いてきた。今度はちゃんと好きになりたい。
そこで、この1年メタルをまったく聴いてこなかったことをヤスナリオさんに正直に告白し、改めて教えを請うことにしたのだが…。
何だと、てめえ!
…なんてことはもちろんなく、普通にやさしく「いいですよ」とのお返事。ていうか、なんどもすみません。
――では改めて、そもそもメタルの魅力ってなんですか?
「色々あるけど、メタルって聴いているだけで魂が燃えてくるんですよ。うおーやるぞ~って感じで。で、最終的には泣いてしまう。これってメタラーにしか分からない感覚だと思うけど、泣けるんですよね、メタル。ライブ行くとみんな泣いてますよ。アニソンに近いと思うんだけど、闘いに挑む勇敢なメロディというのかな。鼓舞される感じですよね」
――ヤスナリオさんはどんなシチュエーションで聴くことが多いですか?
「寝起きもいいと思うけど、僕は仕込みの時が多いですね。食材を切り刻む時とか肉を叩くときのバックミュージックとしては最高です。メタルが鳴っていないとやはり仕込みがはかどらない。榎並さんだったら熱い原稿を書くときとか、熱量が必要なときに聴くといいと思います」
メタルのリズムに合わせ、ヘドバン(ヘッドバンギング)しながら肉を仕込むのが日課だという
――入門編としてオススメのバンドはありますか?
「僕がさっき言った雰囲気を味わうにはジャーマンメタルっていうジャンルがいいと思います。メロディック・パワー・メタル、通称『メロパワ』とも言うんですけど、その代表格のハロウィンなどから入ると、燃える感じが分かってもらえると思います。メロディアスかつ、スピーディかつ、勇敢な音楽です」
……ほんとうに勉強になる。教わった通り、この原稿はハロウィンを聴きながら書いているのだが、その疾走感を感じていただければ幸いである。
このように、メタルにまったく無知なぼくのような人も大歓迎だという。むしろ「そういう人を洗脳するのが目的のひとつですから」とヤスナリオさん。メタラーの皆さんの憩いの場であると同時に、メタルに興味を持つための入口として利用してほしいとの思いがあるようだ。
「メタルの登竜門」でありたいとの思いから、アメリカの学校で使うような椅子を採用している
脈々と続くメタルの系譜を黒板で掲示。お客さんにも意見をもらいながら、その都度書き足しているという
メタルめしを食べてみよう
さて、せっかくなのでメタルめしを食べてみようと思う。開店まではまだ少し時間があったので、マンガ喫茶で『デトロイト・メタル・シティ』を読破して時間をつぶし、再び来店したのは18時。
店内に明かりが灯り、地獄の宴が始まる
すでに店内には、飢えたメタラーが2人
18時の開店時にはヤスナリオさんの奥様もかけつけ、夫婦仲良く厨房に立つ。なお、奥様は特にメタル好きではないが、お客さんのメタル話を聞くのは大好きなのだそうだ。
お客さんからは「奥さんもつき合わされて大変だね」と同情されるらしい。でも凄く楽しそうだった。ちなみに好きな音楽ジャンルはJ-POP
「メタルで生きていく」ことを決めた夫を支える妻。世の中には色んな形の愛がある。感動しつつ、メニューを物色する。
「マスター・オブ・ナゲッツ」「ブラッディ サバ酢」。おなじみのダジャレメニューが並ぶ
軽くつまめるクイックメニューも充実。だが、どんな料理か名前からは全く想像できない
よく見ると「BABYMETAL」Tシャツ。夫婦ともどもファンらしい
メタルなのに健康志向
とりあえずアルコールメニューから「アイアンサワー」を注文してみた。銀、亜鉛、銅、マグネシウムなどヘヴィ「メタル」な成分がたっぷり入った健康に良さそうな酒である。
鉄分不足の女性にもぴったり
そういえばいつだったかの健康診断で鉄分不足と言われたのでこれは有難い。
味もプルーン風味でうまい、いや、うま死!
続いて、つまみをいくつか、おかませでオーダーしてみた。
メタルのリズムに乗って手際よく調理するヤスナリオさん
「ハロウィン」をイメージした「カボチャサラダ ベーグルフライフリー」。カレー風味のスパイスが聞いたカボチャサラダは酒が進む。これも、うま死!
「悪魔の翼がポイントです」
こちらはBABYMETALがモチーフの「赤と黒のモッシュッシュマリネ」
ビンからお皿にモッシュして食べる。湯むきした甘酸っぱいトマトとモッツアレラチーズ、オリーブの相性が抜群DEATH!!
2杯目は「ブラッディ・アイアンサワー」。紅に染まったカシス味。これもうまいでござる(メタラーの語尾がわからなくなってきた)
うまい飯と微笑ましい会話
ちなみに、隣の席にいた二人組の先客はどうやら大学のメタルバンドの先輩後輩らしい。
メタルめしのダジャレネーミングに爆笑し、出てきた料理のインパクトとおいしさにいちいち感動している。めちゃくちゃいい人たちだ。そして、メタラーはやはりダジャレ好きのようだ。
聞けば大学にはメタルのサークルがあって、その火を絶やさないよう毎年必ず1人は新たな仲間を引き入れることが使命なのだという。
「まずはボン・ジョヴィやエアロスミスあたりから洗脳していきます。(アイアン)メイデンを好きになってもらえるかがひとつの壁ですね」と青年たち。それを受け「俺らの時代と変わらないな~」としみじみ返すヤスナリオさん。なんと微笑ましいやりとりだろう。
それにしてもメタラーの会話には「洗脳」という言葉がよく出てくる。
「和製ブラックサバ酢」。ヤスナリオさんが思う「サバ缶の一番うま死!な食べ方」。サバ缶にのっているのは山芋とシソ。メタルめしに和洋中などの垣根はないようだ
やわらかいスペアリブを香ばしく焼いた「ポークディスウェイ」。酢みそを和えて(和えろ酢みそ→エアロスミス)いただく
たたみかけるダジャレにうまい飯と酒。そして心地良いヘヴィメタルの戦慄(旋律)。こんなに楽しい夜はひさしぶりだ。
心優しいメタルの伝道師よ、ありがとうございました
素晴らしい夜だった
ヤスナリオさんの言っていた通り、お客さんは穏やかで、ただただ好きなメタルの話を思い切りできることが楽しくて仕方がない様子だった。
あまり広く理解されにくいジャンルだからこそ、ゆっくりと落ち着いて語らえるこうした場が重宝されるのだろう。今度はもう少しメタルを聴きこんでから再訪したいと思う。
※なお、来店する際は席数に限りがあるため「なるべく予約頂いたほうが安心DEATH!」とのことです。